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2.令嬢の正体?
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「まったくだ。誰か他の男といたら、難癖つけて伯爵家有責で婚約を破棄してやるのに、"ぼっち"とはな。あいつの魅力がなさすぎるせいだ」
(……! そんなことを考えていたなんて)
ランバートとの婚約破棄は望むところだが、いつもひとりにされるのが故意で。浮気をでっち上げるつもりだったとは、悪意が過ぎている。
(つくづく馬鹿にしてくれるわね)
「あの……?」
隣の令嬢が、案じるようにクローディアを見た。
「アルドリット伯爵令嬢……、先ほど伺ったお名前は"クローディア"様と……。もしや、いまの会話は……」
クローディアの強張った様子から、話題の本人だと気づかれたらしい。不安がらせないよう明かした身元を、彼女はしっかりと聞いていたようだ。
「──先客がいるみたいです。別の部屋に、移動しましょう……」
どうにか紡ぎ出した言葉に、令嬢は察するような表情で頷いた。
「……っ。はい。少し先に、私に用意していただいた控室があります。私の侍女も待機しておりますので、ぜひ、そちらに」
クローディアと令嬢はもう少し歩くことにした。
◇
「ここは……ラグナス国用の控室では」
令嬢に促されてやってきた部屋は、貴賓に使用される特別室だった。
クローディアは途端に緊張する。
令嬢が誰かわかったからだ。
(大国ラグナスのリアナ王女様!)
今年の新年祭に、ラグナスのリアン王子とリアナ王女が来訪していると聞いていた。
ラグナス王家は、なぜか男女の双子で生まれる。
だが双子のうち片方は身体が弱く、公式行事の参加も稀。そして成人前後に隠者として表舞台から消える。例外なく。
その後どうなったかは語られない。国民が知らぬところでひっそりと……というケースもあるかもしれない。
ラグナス王家独特の慣習。双子の片割れが消えるのは古からで、国の発展と引き換えに課せられた"神との契約"と言われている。
(じゃあ、この方が身体が弱いとされる……)
双子の妹姫のほうだろう。
兄王子は頑強で、文武に優れる後継者と有名だ。同じ双子で大きな差があることに、切なさを禁じ得ない。
今年十八ということだから、噂通りなら公務を引退する日も近い。
(思い出作りに我が国の新年祭にいらしたのかしら。でも、きっと無理されたのね。寒さがお身体の負担になったに違いないわ)
生まれつき身体が弱いのは、本人のせいじゃない。
(私も病弱だった前世で辛かったもの)
王女に寄り添う気持ちが、むくむくと湧き上がってくる。
一層彼女をいたわりながらドアに声かけると、控室の中から年配の侍女が、慌てて出てきた。
「殿下! どうなさいました?」
(やっぱり。王女様)
「身体を冷やしすぎたようで、めまいが酷く、こちらの令嬢に送ってもらった。お礼がしたいので入って貰って。──筋肉量の少ない女性の体は冷えると知っていたけど、これほどとは」
侍女に対する王女の声に、ハリが戻りつつある。
(良かった。症状が落ち着いてこられたのね)
控室に招き入れられ、先ほどの侍女が温かなお茶の用意を始める傍らで、勧められるままにクローディアは腰掛けた。
改めての自己紹介で、彼女は予想通りリアナと名乗る。
"フレーベルの冬を甘く見たつもりはなかったのに、失敗してしまって"と悔い、クローディアに感謝を述べた。
「今日は特に寒いです。他国の方には、堪えるかと。ラグナスは温暖な国と聞きますので、なおさらですよね」
言いながらも、クローディアの脳内では先ほど聞いたランバートたちの言葉がぐるぐる回っている。
ああまで馬鹿にされて、婚約を続行したいとは思わない。
帰宅したら、何が何でも父に訴えて、縁を切ってやる。向こうもそれを望んでいるのだから。
嫌な気持ちを振り払うように、クローディアは王女に集中した。
大国の王女と会話出来る貴重な機会に、不快なランバートなどお呼びでない。
「あの、王女様。もし良かったらこれをお使いください」
王女と侍女の視線の中、クローディアは自身のドレス裾を持ち上げた。
「アルドリット伯爵令嬢? な、なにを!? 足が見えてしまいます」
なぜか王女が目を瞑ったが、クローディアのドレス下は、素足ではなくレッグウォーマー完備である。なおドロワーズは毛糸製。
色気なんて知らない。防寒が最優先だ。命大事。
冷えは何より避けるべき万病の種だと、クローデイアは知っている。前世が前世だったから。
そして今世。クローディアは転生後の世界で、様々なグッズを製作していた。
前世の病床では読書時間がたっぷりあったため、伝記などを読み漁り、他人の人生をトレースして、"生きてる"感覚を味わった。おかげであらゆる発明秘話が頭にある。実際に作ってみたかったし、必需品でもあった。
服下に忍ばせておいた懐炉を取り出す。
王女も"冷え"に弱いらしい。
仲間だ。力になってあげたい。
「私が使用していたもので恐縮ですが、こちらを。"カイロ"と言います。殿下の冷えが少しでも緩和されれば良いのですが」
「カイロ? とは、何でしょうか?」
「鉄が酸化するときの熱を利用して、暖を取る携帯アイテムです。この中には、鉄粉や塩などが入っております」
「!」
王女が目を見開く。
侍女も目を丸くしていた。
化学反応を利用した防寒グッズは、この世界にはまだない。
日本が誇る使い捨てカイロは、その前身を米軍のフットウォーマーに由来する。
水と鉄粉と食塩を瓶に入れ、振り混ぜると発熱する仕組み。
酸素が無くなり冷たくなると、また蓋を開けて振り、何度でも使用できた。瓶は陶製、石製、金属製。
使い捨てカイロに使用される鉄粉や炭などの中身は用意できても、外装用の素材が難しく、クローディアのカイロはフットウォーマー寄りの代物である。が、十分役に立つ。いずれは現代のカイロに進化させたい。貼るカイロを切に求める。
「見せていただいても……?」
王女が興味津々といった様子で手を伸ばす。
「どうぞ。お譲りしますわ。今日は予備を持っておりませんが、後日使い古しではなく、新しい品をお届けします。よろしければ、ご利用ください」
クローディアが渡したカイロを手の中に収め、王女が夢中で見入っている。
(愛らしくていらっしゃるわ。そうだ、他にも!)
「王女様。温熱といえば、あと私のコルセットも細工がありまして──」
クローディアが背に手を回せば、再び王女が慌てふためいた。
「あああっ、お話だけ。お話だけお聞かせくださいっっ」
(必死で止められてしまった。ラグナスは肌を見せない国だったかしら)
だが王女はデコルテを見せている。
(?)
「そ、それで細工とは?」
慌てたように話を促す王女の頬が、赤い。
(カイロはそこまで熱くないはずなのに……?)
気のせいか、汗まで滲んでいるように見える。クローディアはうっかり王女を見つめ、沈黙を不思議に思ったらしいリアナと目が合った。
上気した頬が色っぽく、黒曜石のような瞳が煌めいて吸い込まれそう──。
「はっ、ええっと、失礼しました。細工ですね。遠赤外線が出る天然鉱石をコルセットに仕込み、"冷え"を防ぐのですが──」
「エンセキガイセン?」
(しまった。異世界にはない言葉だったわね)
動揺したせいで、普段しないミスをしでかす。ンンッと咳払いしてクローディアは気持ちを立て直した。
「遠赤外線をわかりやすくいえば、太陽の波長とでも申しましょうか……」
ざっくりだが必要な概念を交えながら話すと、王女はたちどころに理解した。
「石が体と共鳴して血の巡りを良くし、身体を温める? そんなことが可能なのですか?」
「まだ試作段階ですが、将来商品として売り出すつもりです。こちらもカイロとともにお届けしますので、効果はお試しください。リラックス効果や疲労回復効果もあります」
「試作品、といわれるとまさかアルドリット伯爵令嬢が開発されたのでしょうか?」
「ええ、私の発案で、カイロともども手持ちの工房で生産しております」
リアナが感嘆の息をもらす。彼女から、クローディアに対する畏敬の念が感じ取れた。
(ううっ。前世にあった品々をパクっただけだから、良心が疼く。で、でも、うろ覚えだったから材料探しまくったし。一番良い配合になるよう頑張ったし。開発者を名乗っても良いよね?)
資産も注ぎ込んだのだ。
聞いて貰えるなら、他の品の話もしたい。寒さ対策で作った品々が、冷えで悩む女性に届いて欲しい。
続けて語るクローディアに、くるくると表情が変わる王女が新鮮で嬉しくなる。物静かな印象を受けていたが、何が何が。とても好奇心旺盛で親しみやすい人柄に、自然と頬が緩む。自然体が愛らしいって最強だ。
弾む会話の中、相槌を打つリアナが律儀に毎回"アルドリット伯爵令嬢"と呼ぶので下の名で呼んで欲しいと伝えると、王女ははにかみながら頷いた。
(ほんっっっと可愛い! それにこの方とお話しするのはとても楽しいわ。同じ内容でも、ランバートには鼻で笑われたっけ)
"寝言は寝て言え"と一蹴され、以来、彼にアイテム類の話はしていない。
(そうだ、ランバート。彼との婚約を解除するなら、お父様の怒りを買うのは必定。勘当もあり得る。今後は出来るだけ、稼いでいかなくちゃ)
これまでもささやかな収入はあったが、もっと大々的に商売していく必要がある。
気合が入った。
幸い、目の前の相手は大国の王女。パイプはいくらあっても良い。
さりげなく、興味を引きそうな題材をぶち込んでいく。
「そういえば天然鉱石は、ラグナス産の黒鉛珪石を使用しているのですよ」
「えっ」
(黒鉛は鉛筆の芯にもなる私のお気に入り鉱石。黒鉛の錬金術、なんてね)
厨二なワードを心で発し、すらすらと王女に告げる。
「先ほどのカイロの鉄粉や保水剤となる蛭石も、ラグナス産です」
「なんと……。我が国の石や岩に、こんな素晴らしい活用法があるなんて──」
突然、リアナが立ち上がった。
(えっえっ、失礼があった?)
慌てるクローディアを前に、リアナが瞳を輝かせる。
感極まった様子の彼女はたおやかな手を伸ばし、クローディアの両手を包み込んだ。
「素晴らしいです、クローディア様。あなたは天才です! 穀倉地帯で知られるラグナスですが、国土が広いため、農業に向かない土地も多い。特産物として鉱石を利用することが出来れば、民の暮らしも潤います」
興奮気味に言った直後に。
ドクン!とリアナの身体が跳ねた。
「!?」
リアナが驚きの表情を作る。脇の侍女も目を見張って狼狽えた。
「で、殿下、まさか」
「そのまさからしい! っつ、すみません、クローディア様。少し失礼します」
(えっ、えっ、何?)
「誰もいない部屋! 続きの間は──?」
「あちらはいま、召使いたちが控えておりますが、すぐに部屋から出します」
「いや、とても間に合わない!」
とんでもなく焦った様子で部屋を見回したリアナが、カーテンの影に走り込む。
(いったい何が起こったの?)
目をしばたたかせるクローディアをよそに、カーテンが揺れる。
と、布が破れる音がした。
「まずい、ドレスが」
(!? え、今の、王女様の声?)
先ほどまで聞いていた、軽やかで愛らしい声と違う。低く、まるで男性のような……?
「殿下、急ぎこちらを」
侍女が服を一式、カーテン裏に持ち込む。
(どうしよう、私、ここにいない方が良いのかしら。でも部屋を出るにしても挨拶もなく立つわけには……)
クローディアがおろおろしながら迷っていると、とてつもなく、疲弊したようなため息が聞こえた。
「あ──……」
リアナがカーテンから出てきた。はずだった。
(誰???)
リアナしかいなかった場所から、初対面の青年が出てくる。身に纏う男性服は、先ほど侍女が運び込んだものだろう。
黒髪黒目で面差しがリアナに似ている?
「あ、の……?」
戸惑うクローディアに、青年が断りを入れた。
「お見苦しい姿をお見せすることになってしまってお恥ずかしい……。私はリアナで……、リアンです。他言無用に願いたい……です」
(え────っっっ)
クローディアは心の中で絶叫した。
(……! そんなことを考えていたなんて)
ランバートとの婚約破棄は望むところだが、いつもひとりにされるのが故意で。浮気をでっち上げるつもりだったとは、悪意が過ぎている。
(つくづく馬鹿にしてくれるわね)
「あの……?」
隣の令嬢が、案じるようにクローディアを見た。
「アルドリット伯爵令嬢……、先ほど伺ったお名前は"クローディア"様と……。もしや、いまの会話は……」
クローディアの強張った様子から、話題の本人だと気づかれたらしい。不安がらせないよう明かした身元を、彼女はしっかりと聞いていたようだ。
「──先客がいるみたいです。別の部屋に、移動しましょう……」
どうにか紡ぎ出した言葉に、令嬢は察するような表情で頷いた。
「……っ。はい。少し先に、私に用意していただいた控室があります。私の侍女も待機しておりますので、ぜひ、そちらに」
クローディアと令嬢はもう少し歩くことにした。
◇
「ここは……ラグナス国用の控室では」
令嬢に促されてやってきた部屋は、貴賓に使用される特別室だった。
クローディアは途端に緊張する。
令嬢が誰かわかったからだ。
(大国ラグナスのリアナ王女様!)
今年の新年祭に、ラグナスのリアン王子とリアナ王女が来訪していると聞いていた。
ラグナス王家は、なぜか男女の双子で生まれる。
だが双子のうち片方は身体が弱く、公式行事の参加も稀。そして成人前後に隠者として表舞台から消える。例外なく。
その後どうなったかは語られない。国民が知らぬところでひっそりと……というケースもあるかもしれない。
ラグナス王家独特の慣習。双子の片割れが消えるのは古からで、国の発展と引き換えに課せられた"神との契約"と言われている。
(じゃあ、この方が身体が弱いとされる……)
双子の妹姫のほうだろう。
兄王子は頑強で、文武に優れる後継者と有名だ。同じ双子で大きな差があることに、切なさを禁じ得ない。
今年十八ということだから、噂通りなら公務を引退する日も近い。
(思い出作りに我が国の新年祭にいらしたのかしら。でも、きっと無理されたのね。寒さがお身体の負担になったに違いないわ)
生まれつき身体が弱いのは、本人のせいじゃない。
(私も病弱だった前世で辛かったもの)
王女に寄り添う気持ちが、むくむくと湧き上がってくる。
一層彼女をいたわりながらドアに声かけると、控室の中から年配の侍女が、慌てて出てきた。
「殿下! どうなさいました?」
(やっぱり。王女様)
「身体を冷やしすぎたようで、めまいが酷く、こちらの令嬢に送ってもらった。お礼がしたいので入って貰って。──筋肉量の少ない女性の体は冷えると知っていたけど、これほどとは」
侍女に対する王女の声に、ハリが戻りつつある。
(良かった。症状が落ち着いてこられたのね)
控室に招き入れられ、先ほどの侍女が温かなお茶の用意を始める傍らで、勧められるままにクローディアは腰掛けた。
改めての自己紹介で、彼女は予想通りリアナと名乗る。
"フレーベルの冬を甘く見たつもりはなかったのに、失敗してしまって"と悔い、クローディアに感謝を述べた。
「今日は特に寒いです。他国の方には、堪えるかと。ラグナスは温暖な国と聞きますので、なおさらですよね」
言いながらも、クローディアの脳内では先ほど聞いたランバートたちの言葉がぐるぐる回っている。
ああまで馬鹿にされて、婚約を続行したいとは思わない。
帰宅したら、何が何でも父に訴えて、縁を切ってやる。向こうもそれを望んでいるのだから。
嫌な気持ちを振り払うように、クローディアは王女に集中した。
大国の王女と会話出来る貴重な機会に、不快なランバートなどお呼びでない。
「あの、王女様。もし良かったらこれをお使いください」
王女と侍女の視線の中、クローディアは自身のドレス裾を持ち上げた。
「アルドリット伯爵令嬢? な、なにを!? 足が見えてしまいます」
なぜか王女が目を瞑ったが、クローディアのドレス下は、素足ではなくレッグウォーマー完備である。なおドロワーズは毛糸製。
色気なんて知らない。防寒が最優先だ。命大事。
冷えは何より避けるべき万病の種だと、クローデイアは知っている。前世が前世だったから。
そして今世。クローディアは転生後の世界で、様々なグッズを製作していた。
前世の病床では読書時間がたっぷりあったため、伝記などを読み漁り、他人の人生をトレースして、"生きてる"感覚を味わった。おかげであらゆる発明秘話が頭にある。実際に作ってみたかったし、必需品でもあった。
服下に忍ばせておいた懐炉を取り出す。
王女も"冷え"に弱いらしい。
仲間だ。力になってあげたい。
「私が使用していたもので恐縮ですが、こちらを。"カイロ"と言います。殿下の冷えが少しでも緩和されれば良いのですが」
「カイロ? とは、何でしょうか?」
「鉄が酸化するときの熱を利用して、暖を取る携帯アイテムです。この中には、鉄粉や塩などが入っております」
「!」
王女が目を見開く。
侍女も目を丸くしていた。
化学反応を利用した防寒グッズは、この世界にはまだない。
日本が誇る使い捨てカイロは、その前身を米軍のフットウォーマーに由来する。
水と鉄粉と食塩を瓶に入れ、振り混ぜると発熱する仕組み。
酸素が無くなり冷たくなると、また蓋を開けて振り、何度でも使用できた。瓶は陶製、石製、金属製。
使い捨てカイロに使用される鉄粉や炭などの中身は用意できても、外装用の素材が難しく、クローディアのカイロはフットウォーマー寄りの代物である。が、十分役に立つ。いずれは現代のカイロに進化させたい。貼るカイロを切に求める。
「見せていただいても……?」
王女が興味津々といった様子で手を伸ばす。
「どうぞ。お譲りしますわ。今日は予備を持っておりませんが、後日使い古しではなく、新しい品をお届けします。よろしければ、ご利用ください」
クローディアが渡したカイロを手の中に収め、王女が夢中で見入っている。
(愛らしくていらっしゃるわ。そうだ、他にも!)
「王女様。温熱といえば、あと私のコルセットも細工がありまして──」
クローディアが背に手を回せば、再び王女が慌てふためいた。
「あああっ、お話だけ。お話だけお聞かせくださいっっ」
(必死で止められてしまった。ラグナスは肌を見せない国だったかしら)
だが王女はデコルテを見せている。
(?)
「そ、それで細工とは?」
慌てたように話を促す王女の頬が、赤い。
(カイロはそこまで熱くないはずなのに……?)
気のせいか、汗まで滲んでいるように見える。クローディアはうっかり王女を見つめ、沈黙を不思議に思ったらしいリアナと目が合った。
上気した頬が色っぽく、黒曜石のような瞳が煌めいて吸い込まれそう──。
「はっ、ええっと、失礼しました。細工ですね。遠赤外線が出る天然鉱石をコルセットに仕込み、"冷え"を防ぐのですが──」
「エンセキガイセン?」
(しまった。異世界にはない言葉だったわね)
動揺したせいで、普段しないミスをしでかす。ンンッと咳払いしてクローディアは気持ちを立て直した。
「遠赤外線をわかりやすくいえば、太陽の波長とでも申しましょうか……」
ざっくりだが必要な概念を交えながら話すと、王女はたちどころに理解した。
「石が体と共鳴して血の巡りを良くし、身体を温める? そんなことが可能なのですか?」
「まだ試作段階ですが、将来商品として売り出すつもりです。こちらもカイロとともにお届けしますので、効果はお試しください。リラックス効果や疲労回復効果もあります」
「試作品、といわれるとまさかアルドリット伯爵令嬢が開発されたのでしょうか?」
「ええ、私の発案で、カイロともども手持ちの工房で生産しております」
リアナが感嘆の息をもらす。彼女から、クローディアに対する畏敬の念が感じ取れた。
(ううっ。前世にあった品々をパクっただけだから、良心が疼く。で、でも、うろ覚えだったから材料探しまくったし。一番良い配合になるよう頑張ったし。開発者を名乗っても良いよね?)
資産も注ぎ込んだのだ。
聞いて貰えるなら、他の品の話もしたい。寒さ対策で作った品々が、冷えで悩む女性に届いて欲しい。
続けて語るクローディアに、くるくると表情が変わる王女が新鮮で嬉しくなる。物静かな印象を受けていたが、何が何が。とても好奇心旺盛で親しみやすい人柄に、自然と頬が緩む。自然体が愛らしいって最強だ。
弾む会話の中、相槌を打つリアナが律儀に毎回"アルドリット伯爵令嬢"と呼ぶので下の名で呼んで欲しいと伝えると、王女ははにかみながら頷いた。
(ほんっっっと可愛い! それにこの方とお話しするのはとても楽しいわ。同じ内容でも、ランバートには鼻で笑われたっけ)
"寝言は寝て言え"と一蹴され、以来、彼にアイテム類の話はしていない。
(そうだ、ランバート。彼との婚約を解除するなら、お父様の怒りを買うのは必定。勘当もあり得る。今後は出来るだけ、稼いでいかなくちゃ)
これまでもささやかな収入はあったが、もっと大々的に商売していく必要がある。
気合が入った。
幸い、目の前の相手は大国の王女。パイプはいくらあっても良い。
さりげなく、興味を引きそうな題材をぶち込んでいく。
「そういえば天然鉱石は、ラグナス産の黒鉛珪石を使用しているのですよ」
「えっ」
(黒鉛は鉛筆の芯にもなる私のお気に入り鉱石。黒鉛の錬金術、なんてね)
厨二なワードを心で発し、すらすらと王女に告げる。
「先ほどのカイロの鉄粉や保水剤となる蛭石も、ラグナス産です」
「なんと……。我が国の石や岩に、こんな素晴らしい活用法があるなんて──」
突然、リアナが立ち上がった。
(えっえっ、失礼があった?)
慌てるクローディアを前に、リアナが瞳を輝かせる。
感極まった様子の彼女はたおやかな手を伸ばし、クローディアの両手を包み込んだ。
「素晴らしいです、クローディア様。あなたは天才です! 穀倉地帯で知られるラグナスですが、国土が広いため、農業に向かない土地も多い。特産物として鉱石を利用することが出来れば、民の暮らしも潤います」
興奮気味に言った直後に。
ドクン!とリアナの身体が跳ねた。
「!?」
リアナが驚きの表情を作る。脇の侍女も目を見張って狼狽えた。
「で、殿下、まさか」
「そのまさからしい! っつ、すみません、クローディア様。少し失礼します」
(えっ、えっ、何?)
「誰もいない部屋! 続きの間は──?」
「あちらはいま、召使いたちが控えておりますが、すぐに部屋から出します」
「いや、とても間に合わない!」
とんでもなく焦った様子で部屋を見回したリアナが、カーテンの影に走り込む。
(いったい何が起こったの?)
目をしばたたかせるクローディアをよそに、カーテンが揺れる。
と、布が破れる音がした。
「まずい、ドレスが」
(!? え、今の、王女様の声?)
先ほどまで聞いていた、軽やかで愛らしい声と違う。低く、まるで男性のような……?
「殿下、急ぎこちらを」
侍女が服を一式、カーテン裏に持ち込む。
(どうしよう、私、ここにいない方が良いのかしら。でも部屋を出るにしても挨拶もなく立つわけには……)
クローディアがおろおろしながら迷っていると、とてつもなく、疲弊したようなため息が聞こえた。
「あ──……」
リアナがカーテンから出てきた。はずだった。
(誰???)
リアナしかいなかった場所から、初対面の青年が出てくる。身に纏う男性服は、先ほど侍女が運び込んだものだろう。
黒髪黒目で面差しがリアナに似ている?
「あ、の……?」
戸惑うクローディアに、青年が断りを入れた。
「お見苦しい姿をお見せすることになってしまってお恥ずかしい……。私はリアナで……、リアンです。他言無用に願いたい……です」
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*--*--*
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