【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第七章:恋を知る夜、愛に包まれる朝

第132話・世界一可愛いと言われて

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翌朝。
シルヴェールの宿を後にした一行は、石畳を抜けて馬車乗り場へと向かっていた。

ルナフィエラは2日間の休養ですっかり体力を取り戻し、頬には血色も戻っていた。
それでも、出発の時は自然とヴィクトルが傍らに付き、荷物を持ちながら、時折シグが支えるように手を添える。

「……今日は、いよいよクルミアの谷だね」

ユリウスが眩しい朝の光を仰ぎながら小さく呟く。

ルナフィエラは胸が高鳴り、思わずぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
髪には、今朝ヴィクトルに結ってもらったリボンが揺れている。

「……どんなところなんだろう。谷っていうくらいだから、山に囲まれてるのかな」

「うん! 山を切り開いてできた温泉の集落なんだ。すごく過ごしやすいところだよ!」

フィンが元気いっぱいに返すと、その声にルナフィエラの表情も自然と和らいだ。

――こうして、一行は王都発の馬車に乗り込み、谷へ向かう人々の中に混じって座席についた。


がたごとと車輪が揺れ、街を離れると景色は徐々に深い森へと変わっていく。
窓から差し込む光に目を細めながら、ルナフィエラは小さく呟いた。

「……こうして馬車に乗って、みんなで遠くへ行くの、なんだか不思議な感じ」

「不思議じゃなくて、“楽しい”って言うんだよ」

フィンが笑い、ユリウスは「楽しさの中に油断は禁物だけどね」と静かに釘を刺す。

シグはそんな2人のやりとりを聞きながら腕を組んでいたが、ふと彼女の頭が窓に傾きそうになると、大きな手で支え、自分の肩へと誘導した。

「……揺れる。こっちにしとけ」

「……ありがとう」

ルナフィエラは小さく呟き、彼に寄りかかる。
肩越しにヴィクトルの優しい眼差しを感じ、胸の奥に安心感が広がっていった。


胸にぬいぐるみを抱え、流れる景色を夢中で追うルナフィエラ。
小さく首を傾ける仕草や瞬く瞳は、まるで子どものように可愛らしい。

「……楽しみだなぁ」

胸の奥から零れた呟きに、頬がふわりと緩む。
その様子に、隣のフィンがすかさず身を乗り出した。

「ルナ、すっごく可愛い顔してる! やっぱりルナは世界一可愛いんだから!」

「えっ……」

不意の言葉にルナフィエラは真っ赤になって視線を逸らす。

「……君は本当に」

ユリウスは微笑を浮かべ、瞳を細める。

「どんな宝石よりも愛らしいよ」

ヴィクトルは黙って彼女の肩に外套を掛け直し、穏やかに見つめる。

「ルナ様がこうして笑っておられる時ほど、我らの望むものはありません」

「……ああ」

シグは腕を組んだまま短く応じ、しかし彼女の頭が揺れると無言で支えてやる。

「も、もう……」

頬を真っ赤にしてぬいぐるみを抱きしめ直すルナフィエラ。
けれどその表情は、隠しきれない嬉しさに満ちていた。

そんな光景を眺めていた向かいの席の老婦人が、思わず声を漏らす。

「まあ……なんて可愛らしいお嬢さんなのかしら。そのぬいぐるみも、とても似合っているわね」

「えっ……!」

思わぬ第三者からの言葉に、彼女はさらに真っ赤になって俯いた。

「でしょ!」

フィンがすかさず胸を張り、得意げに言う。

「ルナは世界で一番可愛いんだ!」

「……フィン、落ち着け」

ユリウスが軽く窘めるも、口元は緩んでいる。
ヴィクトルも目を細め、シグは短く「……当然だ」と呟いた。

「……もう、ほんとに……」

ルナフィエラは小さな声でそう言いながらも、抱きしめたぬいぐるみごと顔を隠すように身を縮め――その肩は嬉しそうに小さく震えていた。


馬車が進む音が、静かな山道に響く。
窓から覗く景色は、次第に深い森から岩肌の多い山あいへと変わっていった。

「ルナ!」

フィンが窓の外を指差す。

「もうすぐ着くよ! 谷のあちこちから温泉の湯けむりが上がってて、夜になると灯りと混ざってすっごくきれいなんだよ!」

「……ほんとに……!」

ルナフィエラは目を丸くし、抱きしめたぬいぐるみごと身を乗り出すように窓へ。
そこに映る光景は、山肌に点々と広がる湯けむりの白と、斜陽に染まる淡い橙の光。
瞳が輝きを増し、胸の奥から期待がふくらんでいく。

「ルナ様がこんなに楽しそうなのは久しぶりですね」

ヴィクトルが微笑むと、ユリウスも穏やかに頷いた。

「温泉は体にも良い。……きっと、君の疲れも癒えるだろう」

シグは腕を組んだまま短く「……そうだな」とだけ呟く。
その低い声には、彼なりの安心と期待が込められていた。

やがて、馬車が最後の坂を下り始める。
谷底に広がるのは、湯けむりに包まれた小さな集落。
木造の宿屋の屋根からも白い煙が立ち上り、灯籠の灯りが点々と並び始めていた。

「わぁ……」

彼女の口から自然に感嘆がもれる。
山の静けさと湯けむり、そして人々の灯りが織りなす幻想的な景色に、瞳がさらに輝きを増した。

馬車が石畳の広場に停まる。
辿り着いたのは、温泉郷――クルミアの谷。
旅の新たな舞台が、静かに幕を開けようとしていた。
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