141 / 177
第八章:湯けむりに包まれて
第139話・魔力が紡ぐ、世界にひとつの宝石
しおりを挟む
ルナフィエラは教えられた通り、硝子玉を掌にのせた。
淡く透きとおったそれは、太陽の光を受けて微かにきらめいている。
「それでは……息を整えて、心を静めて。魔力を、糸のように少しずつ流す感覚で」
店主が穏やかに促す。
「……うん、やってみる」
ルナフィエラは深呼吸をひとつ。
長いまつげを伏せ、指先に意識を集中させた。
静寂が工房を包む。
炉の火が小さく唸り、溶けた硝子の泡がぱちりと弾ける音だけが響いた。
彼女の白い指先から、淡い光が滲む。
それは最初、朝靄のように淡く――
けれど瞬く間に色を変え、
深紅の光が硝子の中を満たしていった。
「……っ」
店主が小さく息を呑む。
紅はゆるやかに脈打ち、次第に銀の光が溶け込んでいく。
まるで月と血が混ざり合い、ひとつの宝石を生み出すかのようだった。
光が収まると同時に、ルナフィエラはそっと目を開ける。
「……できた?」
掌を見下ろした彼女の声は、どこか不安げで、けれど柔らかく震えていた。
次の瞬間――
誰もが息を呑んだ。
そこにあったのは、もはや“硝子玉”とは呼べないもの。
透明な硝子の面影は消え、深紅の中に銀の筋が幻想的に流れている。
角度を変えるたびに淡い光が虹のように走った。
「……まさか」
店主が思わず口元を押さえる。
「硝子が……宝石に、なっている……?」
ユリウスは目を細め、静かにその現象を見つめていた。
「……魔力の純度が高すぎる。素材の構造そのものが変質したんだ」
ヴィクトルが小さく頷く。
「これほどの変化……もはや“錬成”と呼ぶべきでしょう」
「……ルナ、やっぱりすごいよ……!」
フィンは目を丸くしてルナフィエラの手を掴み、興奮気味に叫んだ。
「すごい! きれいすぎる!! あっ、でも触っていいの!? 壊れない!?」
「フィン、落ち着け」
シグが低い声で制するが、その瞳も驚きでわずかに揺れている。
「……いや、無理。これ、すごすぎるって……」
フィンは叫びながらも、彼女の手の中の宝石から目を離せなかった。
ルナフィエラはそんな彼らの反応に、少し戸惑いながらも微笑む。
「……ただ、教わった通りにやっただけなのに……」
「“教わった通り”でこうなる人はいませんよ……!」
店主が半ば笑うように言いながら、驚愕の面持ちで宝石を覗き込む。
「これは……伝説級の逸品です。
魔力を宿すというより、魔力そのものが結晶化している……。
お嬢さん、もしかして魔術師の方ですか? それとも、どこかの……」
ルナフィエラは困ったように視線を彷徨わせた。
「えっと……ただ、ちょっと魔力が多いって言われるくらいで……」
その言葉にユリウスがくすりと笑い、「“ちょっと”どころじゃないよ」と小さく呟いた。
炉の炎が、ぱちりと小さく弾けた。
ルナフィエラの手の中で淡く光る宝石は、まるで息をしているように微かに鼓動を刻んでいる。
「……本当に、綺麗だね」
フィンがうっとりと呟く。
「うん」
彼女は微笑みながら、その赤と銀のきらめきをそっと見つめた。
「自分で作ったのに、信じられないくらい……」
「旅の記念には、これ以上のものはありませんね」
ヴィクトルが柔らかく言う。
「この郷の人々にも、きっと語り継がれるでしょう」
「そんな……大げさだよ」
ルナフィエラは小さく笑いながらも、どこか照れくさそうに頬を染めた。
その様子を見ていた店主が、思い出したように声を上げる。
「そうだ、この工房では体験された方の硝子玉を、そのまま装飾品に加工することもできるんです」
「加工……?」
ルナフィエラはぱちりと瞬きをした。
「ええ。耳飾りやペンダント、指輪に仕立てることもできますよ。
もちろん、もっと簡単に――革紐や金具で飾りにしても素敵です」
彼女は宝石をそっと見下ろし、少しだけ考えこむ。
光を受けたそれは、まるでみんなの笑顔を閉じ込めたみたいに暖かく輝いていた。
淡く透きとおったそれは、太陽の光を受けて微かにきらめいている。
「それでは……息を整えて、心を静めて。魔力を、糸のように少しずつ流す感覚で」
店主が穏やかに促す。
「……うん、やってみる」
ルナフィエラは深呼吸をひとつ。
長いまつげを伏せ、指先に意識を集中させた。
静寂が工房を包む。
炉の火が小さく唸り、溶けた硝子の泡がぱちりと弾ける音だけが響いた。
彼女の白い指先から、淡い光が滲む。
それは最初、朝靄のように淡く――
けれど瞬く間に色を変え、
深紅の光が硝子の中を満たしていった。
「……っ」
店主が小さく息を呑む。
紅はゆるやかに脈打ち、次第に銀の光が溶け込んでいく。
まるで月と血が混ざり合い、ひとつの宝石を生み出すかのようだった。
光が収まると同時に、ルナフィエラはそっと目を開ける。
「……できた?」
掌を見下ろした彼女の声は、どこか不安げで、けれど柔らかく震えていた。
次の瞬間――
誰もが息を呑んだ。
そこにあったのは、もはや“硝子玉”とは呼べないもの。
透明な硝子の面影は消え、深紅の中に銀の筋が幻想的に流れている。
角度を変えるたびに淡い光が虹のように走った。
「……まさか」
店主が思わず口元を押さえる。
「硝子が……宝石に、なっている……?」
ユリウスは目を細め、静かにその現象を見つめていた。
「……魔力の純度が高すぎる。素材の構造そのものが変質したんだ」
ヴィクトルが小さく頷く。
「これほどの変化……もはや“錬成”と呼ぶべきでしょう」
「……ルナ、やっぱりすごいよ……!」
フィンは目を丸くしてルナフィエラの手を掴み、興奮気味に叫んだ。
「すごい! きれいすぎる!! あっ、でも触っていいの!? 壊れない!?」
「フィン、落ち着け」
シグが低い声で制するが、その瞳も驚きでわずかに揺れている。
「……いや、無理。これ、すごすぎるって……」
フィンは叫びながらも、彼女の手の中の宝石から目を離せなかった。
ルナフィエラはそんな彼らの反応に、少し戸惑いながらも微笑む。
「……ただ、教わった通りにやっただけなのに……」
「“教わった通り”でこうなる人はいませんよ……!」
店主が半ば笑うように言いながら、驚愕の面持ちで宝石を覗き込む。
「これは……伝説級の逸品です。
魔力を宿すというより、魔力そのものが結晶化している……。
お嬢さん、もしかして魔術師の方ですか? それとも、どこかの……」
ルナフィエラは困ったように視線を彷徨わせた。
「えっと……ただ、ちょっと魔力が多いって言われるくらいで……」
その言葉にユリウスがくすりと笑い、「“ちょっと”どころじゃないよ」と小さく呟いた。
炉の炎が、ぱちりと小さく弾けた。
ルナフィエラの手の中で淡く光る宝石は、まるで息をしているように微かに鼓動を刻んでいる。
「……本当に、綺麗だね」
フィンがうっとりと呟く。
「うん」
彼女は微笑みながら、その赤と銀のきらめきをそっと見つめた。
「自分で作ったのに、信じられないくらい……」
「旅の記念には、これ以上のものはありませんね」
ヴィクトルが柔らかく言う。
「この郷の人々にも、きっと語り継がれるでしょう」
「そんな……大げさだよ」
ルナフィエラは小さく笑いながらも、どこか照れくさそうに頬を染めた。
その様子を見ていた店主が、思い出したように声を上げる。
「そうだ、この工房では体験された方の硝子玉を、そのまま装飾品に加工することもできるんです」
「加工……?」
ルナフィエラはぱちりと瞬きをした。
「ええ。耳飾りやペンダント、指輪に仕立てることもできますよ。
もちろん、もっと簡単に――革紐や金具で飾りにしても素敵です」
彼女は宝石をそっと見下ろし、少しだけ考えこむ。
光を受けたそれは、まるでみんなの笑顔を閉じ込めたみたいに暖かく輝いていた。
0
あなたにおすすめの小説
【長編版】孤独な少女が異世界転生した結果
下菊みこと
恋愛
身体は大人、頭脳は子供になっちゃった元悪役令嬢のお話の長編版です。
一話は短編そのまんまです。二話目から新しいお話が始まります。
純粋無垢な主人公テレーズが、年上の旦那様ボーモンと無自覚にイチャイチャしたり様々な問題を解決して活躍したりするお話です。
小説家になろう様でも投稿しています。
この世界に転生したらいろんな人に溺愛されちゃいました!
キムチ鍋
恋愛
前世は不慮の事故で死んだ(主人公)公爵令嬢ニコ・オリヴィアは最近前世の記憶を思い出す。
だが彼女は人生を楽しむことができなっかたので今世は幸せな人生を送ることを決意する。
「前世は不慮の事故で死んだのだから今世は楽しんで幸せな人生を送るぞ!」
そこからいろいろな人に愛されていく。
作者のキムチ鍋です!
不定期で投稿していきます‼️
19時投稿です‼️
【受賞&書籍化】先視の王女の謀(さきみのおうじょのはかりごと)
神宮寺 あおい
恋愛
謎解き×恋愛
女神の愛し子は神託の謎を解き明かす。
月の女神に愛された国、フォルトゥーナの第二王女ディアナ。
ある日ディアナは女神の神託により隣国のウィクトル帝国皇帝イーサンの元へ嫁ぐことになった。
そして閉鎖的と言われるくらい国外との交流のないフォルトゥーナからウィクトル帝国へ行ってみれば、イーサンは男爵令嬢のフィリアを溺愛している。
さらにディアナは仮初の皇后であり、いずれ離縁してフィリアを皇后にすると言い出す始末。
味方の少ない中ディアナは女神の神託にそって行動を起こすが、それにより事態は思わぬ方向に転がっていく。
誰が敵で誰が味方なのか。
そして白日の下に晒された事実を前に、ディアナの取った行動はーー。
カクヨムコンテスト10 ファンタジー恋愛部門 特別賞受賞。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~
川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。
そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。
それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。
村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。
ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。
すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。
村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。
そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる