純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第八章:湯けむりに包まれて

第140話・おそろいの耳飾り、絆の証

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「ねぇ、これ……もう少し作ってもいい?」

ルナフィエラが顔を上げ、掌の宝石を見つめながら言った。

「もう少し?」

フィンが首をかしげる。

「うん。……みんなにも、同じのをあげたいの」

その言葉に、4人の間に静かな空気が流れた。
ヴィクトルが瞬きをしてから、わずかに微笑む。

「我々に……ですか?」

「うん。だって、みんなのおかげでここに来られたから。
この旅の思い出を、形にして残したいの」

言葉は柔らかく、けれどまっすぐで。
ルナフィエラの瞳が光を映した瞬間、誰も反論できなかった。

「ふふっ、いいね!」

最初に笑ったのはフィンだった。

「ルナからの贈り物なんて、最高だよ!」

「では、こちらの硝子玉をお使いください」

店主が微笑みながら、透明な硝子玉を4つ並べる。

彼女は頷くと、指先をそっとそれぞれにかざした。
息を整え、ほんの少し魔力を流す。
瞬きする間に硝子玉は深紅に染まり、銀の光を脈打たせた。

まるで命を宿したかのように、4つの宝石が淡く光を放っている。

「……っ、やっぱりすごい」

店主が思わず息を呑む。

「先ほどとまったく同じ輝き……いえ、それぞれ少しずつ違う……?」

確かに、よく見れば微妙に色の揺らぎが異なっていた。
ひとつは淡く黒が入り、ひとつは赤が強く、ひとつは銀が多く、ひとつは穏やかな光を湛えている。
まるで、彼女が心の中で彼ら一人ひとりを思い浮かべながら作ったようだった。

「……不思議ですね。まるで持ち主の方を選んでいるようだ」

店主の言葉に、ユリウスが小さく笑う。

「そう見えるのは、きっと“作った人の想い”のおかげですよ」

ルナフィエラは少し恥ずかしそうに俯いた。

「……そうかも。みんなのことを考えてたから」

ヴィクトルが穏やかに頷き、店主へ視線を向ける。

「温かいお心です。ですが、加工は何がいいでしょうか?」

店主がすぐに答えた。

「小ぶりの耳飾りにすると良いでしょう。旅の邪魔にもなりませんし、5つ揃えば見事です」

「耳飾り……いいね」

ユリウスが口元を緩める。

「うん。みんなとおそろいがいい」

ルナフィエラは嬉しそうに笑い、宝石をひとつずつ店主へ渡した。


数刻後、出来上がった耳飾りが並ぶ。
金具に深紅と銀がきらめき、灯りを受けるたび小さな光を散らした。

「どうぞ、お嬢さんの贈り物です」

店主が丁寧に差し出す。

ルナフィエラは受け取ると、ひとつひとつ丁寧に渡していった。

「ヴィクトル、ユリウス、シグ、フィン……これ、私からのありがとう」

その声に、4人は一瞬言葉を失った。

ヴィクトルが静かに片膝をつき、耳飾りを手に取る。

「……ルナ様。これほど光栄な贈り物、他にございません」

ユリウスは小さく息をついて笑った。

「まったく、罪な人だね。
こんなものをもらったら、一生手放せなくなる」

「だな。……命より大事にするさ」

シグの低い声が、工房の中に静かに響く。

「僕も! 絶対なくさない!」

フィンが胸を張るように言って、にこっと笑った。

ルナフィエラは少し照れながら、けれど嬉しそうに頷いた。

「うん、なくさないでね」

灯りの下で、5つの耳飾りが柔らかく輝いていた。
その光は、まるで彼らの絆そのもののように――深紅と銀の間で、静かに脈打っていた。



夜の帳がゆっくりと谷を包み、露天の湯から立ちのぼる白い湯けむりが、灯籠の光を柔らかく揺らしていた。
離れの縁側には、ひんやりとした風が流れ込み、遠くで風鈴が小さく鳴る。

ルナフィエラはぬいぐるみを抱きしめたまま、星明りに照らされた庭を眺めていた。
穏やかな夜。
心の奥まで温泉の熱が染み込んでいるようで、どこまでもやわらかい。

ふと、部屋の中から笑い声が聞こえる。

「ほら、フィン。お前のは逆さまだ」

「えっ!? あ、ほんとだ!」

シグが呆れたように笑い、ユリウスが静かにグラスを傾ける。
灯の下、4人の耳元で紅と銀の耳飾りが小さく光を弾いた。

ルナフィエラはその光を見つめながら、胸の奥がじんと熱くなる。
――ちゃんと、つけてくれてる。

昼間、硝子玉に魔力を込めたときは、ただ“綺麗”と思っただけだった。
けれど今、こうして彼らの耳元で同じ色が揺れているのを見ると、それが「自分とみんなを繋ぐもの」になっているとわかる。

宝石になったのは、硝子でも魔力でもなく――きっと、この想いだったのだ。

「……ありがとう」

胸の奥から、ふっとこぼれた言葉。
それは湯けむりに溶けて、夜空へ静かに消えていった。

ヴィクトルがこちらを見て、柔らかく微笑む。

「ルナ様、湯冷めなさいませんように。お部屋へ」

「うん」

頷いて縁側を離れた彼女は、ぬいぐるみを抱えたまま寝室へ戻る。

布団が5つ並んだ真ん中が彼女の場所だった。
白い布の上にそっと腰を下ろし、ぬいぐるみを胸に抱く。
あたたかい。
湯のぬくもりも、心の奥に残る幸福も、すべてが一緒に包んでくれるようだった。

ーーこんなにも優しい光景を、自分が見ているなんて奇跡みたいだ。

ルナフィエラはふわりと微笑みながら、ぬいぐるみの柔らかな毛並みに頬を寄せた。
嬉しくて、照れくさくて、胸の奥がじんわり熱くなる。

「……ふふ」

微かな笑いをこぼし、布団に潜り込む。
目を閉じようとした、そのとき――

「ルナー! まだ起きてるー?」

襖の向こうから、弾むようなフィンの声が聞こえた。
ルナフィエラはぴくりと肩を揺らし、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ直した。
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