【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第十章:星霜の果て、巡り逢う

第175話・眠りの輪の中で、ほどける心

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部屋は静かで、窓から入る夜気がやわらかい。

大きめのソファにはルナとシグが寄り添うように座り、その周りを囲むようにヴィクトル、ユリウス、フィンが自然と円を描いて集まっていた。

フィンは床にぺたんと座り、膝に腕をかけてルナを見上げながら拗ねた声を漏らす。

「いいなぁ、シグ……僕も膝に乗せたい……」

頬をぷくっとふくらませる顔は、どう見ても子犬だった。

ヴィクトルは黙ってルナの髪をタオルで丁寧に拭き、終わるとそっと肩にストールを掛ける。

「風邪を引いては大変です。……温かくしていてくださいね、ルナ様」

触れた指先すら大事にするような眼差しで。

ユリウスはその横でお茶を注ぎながら、懐かしさを含んだ穏やかな声で呟く。

「……思い出すな。この感じ。
ルナは昔から、疲れたり不安があったりすると……よくシグの膝に避難していた」

「……!? ユ、ユリウス! それ言うな!」

シグが珍しく動揺する。

「え、えっ……そ、それは……無意識で……」

ユリウスはくすりと笑った。

「わかってるさ。
……でも、それだけシグは“安心できる場所”だったということだよ」

その言葉に、シグは照れ隠しのようにルナの肩を引き寄せる。
その腕の力は、胸がじんわりするほど優しかった。


5人で囲む空気は、信じられないほど穏やかだった。

フィンがふと思い出したように笑う。

「そういえばさ、ルナが倒れる度に……ヴィクトル、泣きそうだったよね~」

「泣いてはいません。ただ……胸が締め付けられただけです」

「それを泣きそうって言うんだよ~」

そんな何気ないやり取りに、自然と笑いがこぼれる。
その温度が心地よくて、ルナの瞼はゆっくり重くなっていった。

(……ああ……こういう時間が……ずっと欲しかった……)

ヴィクトルが穏やかに微笑む。

「……ルナ様の眠そうなお顔を見るのも、久しぶりですね」

フィンもそっとルナの手を握る。

「うん……嬉しいね……ルナがここにいるのが……」

ユリウスは静かにルナの頭を撫でた。

「眠っていいよ。もう大丈夫だ。……僕たちはずっとそばにいる」

その優しさが、胸をふわりと包む。

(……うん………みんなと……やっと……ここにいる……)

時間を忘れて、心の奥がゆっくりと満たされていく。

ルナはシグの胸に頬を寄せ、穏やかな息のまま──静かに眠りへと落ちていった。

ヴィクトルは薄い毛布をそっとかけながら、
泣き笑いのような声で小さく囁く。

「……本当に……帰ってきてくれたんですね」

フィンはフィンで、ルナの左手をそっと包み込み、「寝顔も……可愛い……」と息を漏らす。

シグは自分の胸に沈むルナを、落とさないよう大切に抱きしめていた。
4人の表情は皆、静かな幸福に満ちている。

その静かな空気の中──
ユリウスが、ぽつりと呟いた。

「……本当に、よかった」

その声音にはいつもない“揺らぎ”が混ざっていた。
シグが目を細める。

「……ユリウス、お前……なんかあるんだろ」

ユリウスはすぐには答えなかった。
ただ、眠るルナの髪にそっと指先を添えて──長い沈黙のあと、ようやく口を開く。

「……ずっと、怖かったんだ」

3人が静かに視線を向ける。
ユリウスは続けた。

「ルナを……ひとりにしてしまうことが」

小さく震える吐息。

「仕方のないことだ。寿命はどうにもならない。
僕が最後まで残ってしまったのも……偶然でしかない」

でも──と、彼はかすかに唇を噛む。

「最後まで……彼女の隣にいたのは僕だ。
でも、それは……ルナを置いていく役目を背負ったということでもある」

ユリウスは、その重さを誰にも見せず抱え続けてきた。

「僕が死んだ後……ルナがどれほどの時間をひとりで過ごすのか、知る術はない。
想像するだけで……胸が潰れそうだった」

そう言ったユリウスの横顔は、悔しそうで、苦しくて、それでも誰にも言えず耐えてきた人の顔だった。

今世で、ルナだけがいなかったとき──
彼がどれほど自分を責めていたのか、痛いほど伝わる。

フィンは胸の前で手を握りしめ、「ユリウス……」
と小さくつぶやく。
ヴィクトルは、普段冷静なユリウスの本音を聞き、目を伏せた。

「……僕だって本当は、ルナを手放したくなかったんだ。
誰よりも……強く願っていた。ずっと隣にいたいと」

その言葉は、ユリウスの仮面を静かに剥がすようだった。

「でも……叶わない願いだった。
ルナを一人にしてしまう未来が避けられない以上、余計に……求めることができなかった」

シグがぼそりと呟く。

「……お前はいつもそうだ。
一番苦しんでるくせに……誰にも言わない」

ユリウスは肩をすくめた。

「言っても……どうにもならないからね」

そして──眠るルナの頬にそっと触れる。

「……でも。彼女が戻ってきた。
僕たちのもとへ帰ってきてくれた」

その声が、わずかに震えた。

「それだけで……救われたんだ」

その瞬間、フィンがぽろりと涙をこぼす。
ヴィクトルも静かに目元を拭った。
シグでさえ、大きく息を吐き、視線を逸らす。

「だから今日は……譲るんだ。
今日は、君たちに任せる」

ユリウスは優しく笑った。

「また明日……僕も、ルナの隣で眠る。
……今度は、“置いていかない未来”を一緒に選べるから」

その言葉に、3人も深く頷いた。

ルナは眠っていて聞こえていない。
でも──ユリウスはようやく、言えたのだ。

何百年も胸の底に沈めていた想いを。
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