純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第二章:4騎士との出会い

第8話・満月の夜

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静まり返った古城の中で、ルナフィエラは深く息を吐いた。

(……熱い……)
倦怠感、微かな眩暈、そして体の奥がじわりと灼けるような感覚に包まれる。

(……また、満月の影響ね)

満月はヴァンパイアや魔族にとって魔力を活性化させるもの。
しかし、ルナフィエラにとっては魔力の乱れを引き起こし、体調を悪化させる原因となっていた。

しかし、それだけならば今まで何度も経験してきたことだった。
だが、今回は違う。

ヴィクトルとユリウスとの共同生活——それが、思った以上にルナフィエラの負担になっていたのだ。


(私は……誰かと一緒にいることに慣れていない)

100年間、孤独が当たり前だった。
食事を共にすること。
誰かが傍にいること。
自分を気にかける存在がいること。

それらが、無意識のうちに彼女の心と体を疲れさせていたのかもしれない。

(……少し、一人になりたい)

そう考えたルナフィエラは、ふらふらと書庫へ向かった。
書庫の奥には、昔、身を隠すために作った狭いスペースがある。
誰にも邪魔されずに休める場所——。

誰の目も届かないその場所に身を横たえ、ゆっくりと瞼を閉じた。

——————

「……ルナフィエラ様がいない?」

食卓に現れなかったルナフィエラの姿を確認し、ヴィクトルの表情が険しくなる。

「おかしい……」

「別に、彼女がどこかへ行くのは珍しいことじゃないだろう?」

ユリウスがテーブルに肘をつきながら、面白がるように微笑む。

「城の中で一人になりたい気分だったんじゃない?」

「いや……」

ヴィクトルはすぐに首を横に振った。

「ルナフィエラ様は、決して無断で姿を消すようなことはなさらない」

「何か異変があったのかもしれない」

ユリウスの表情が少し変わる。

「……そんなに心配なら、探してみたら?」

「当然だ」

ヴィクトルは即答すると、すぐに城内を探し始めた。

——————

ルナフィエラは静かに目を閉じたまま、ゆっくりと浅い呼吸を繰り返していた。

(……意識がぼんやりする)

熱があるせいか、頭が重い。
けれど、少し眠れば回復するはず——。

その時。

カツ……カツ……

誰かの足音が書庫の中に響いた。

「……ルナフィエラ様」

(ヴィクトル……?)

低く落ち着いた声が、ルナフィエラの名を呼ぶ。
それでも、ルナフィエラは身動きしなかった。

(今は……そっとしておいて)

しかし、ヴィクトルはすぐに異変に気づいた。

「……ルナフィエラ様の魔力が、妙に弱い」

その瞬間——ヴィクトルの焦りが爆発する。

「ルナフィエラ様!」

書庫中をくまなく探し、ついに彼は書庫の奥の狭い空間へと辿り着いた。

ルナフィエラはそこで、身を縮めるように眠っていた。

「……どうして、ここに?」

ヴィクトルの声がかすかに掠れる。
その瞳には、焦りと困惑、そして強い感情が揺れていた。

「……なぜ、こんな場所にお一人で……」

「……迷惑を…かけたくなかったの」

「迷惑……?」

ヴィクトルの眉が、ぎゅっと寄せられる。

「……私は、ルナフィエラ様にとってそんなにも“負担”でしたか?」

「……違うの」

ルナフィエラは掠れる声で答えた。

「……ただ、あなたたちと過ごすのは、私にとって初めてのことだから……」

「……」

ヴィクトルは、ほんの一瞬、息を詰まらせた。

(……そうか)

彼女は、誰かと一緒にいることにまだ慣れない。
そのことに、なぜ気づかなかったのか。

「……ルナフィエラ様」

ヴィクトルはそっとジャケットを脱ぐと、ルナフィエラの肩に優しくかけた。

「冷えておられます」

「……あなたの服、汚れてしまうわ」

「気にしません」

ヴィクトルは静かに膝をつき、ルナフィエラの顔を覗き込む。

「……私は、貴女を守ると誓ったのです」

「なのに……ルナフィエラ様が私に何も仰らず、こうして倒れている……それが、どれほど恐ろしいことか……」

その声には、深い苦悩が滲んでいた。

「……ごめんなさい」

ルナフィエラがそっと瞳を伏せると——

「——ああ、なるほどね」

ユリウスの軽い声が響いた。

ヴィクトルが鋭く振り返る。

「貴殿……」

ユリウスは壁にもたれながら、ゆったりとルナフィエラを見下ろしていた。

「ルナフィエラ、君は本当に“誰にも頼らない”んだね」

「……」

「君にとって“誰かに頼る”って、そんなに難しいこと?」

ルナフィエラは言葉を失う。

ユリウスは微笑みながら、ルナフィエラの額に手を伸ばした。

「熱い」

その指が、そっと頬を撫でる。

「……こうやって、君はずっと一人で耐えてきたの?」

「……そうするしかなかったから」

「……そう」

ユリウスの紫の瞳が、静かに細められる。

「じゃあ、今は?」

「……」

「君が“ひとり”じゃないなら、そうする“しか”ないってことも、なくなるんじゃない?」

「……」

ルナフィエラは、ほんの少しだけ目を見開いた。

ヴィクトルが、静かに彼女の肩に手を添える。

「ルナフィエラ様、お部屋に戻りましょう」

「……でも」

「歩かせるつもりはありません」

ヴィクトルはそう言うと、躊躇いなくルナフィエラを抱き上げた。

「……っ」

腕の中に感じる体温は、思った以上に高い。
彼の眉がわずかに寄せられ、唇が結ばれる。

(こんな状態で、一人でいるなど……)

「……ユリウス」

「ん?」

「貴殿の戯言は結構だ」

「やれやれ、忠犬さんは相変わらずだね」

ユリウスは小さく笑いながら、ルナフィエラの手をそっと取る。

「次は、ちゃんと頼るんだよ?」

「……」

ユリウスの言葉が、ルナフィエラの胸の奥で小さく響く。

けれど、それを考えるより先に——
ヴィクトルの腕の温もりに包まれたまま、彼女の意識は深い眠りへと沈んでいった。
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