36 / 184
第三章:堕ちた月、騎士たちの誓約
第37話・ヴィクトルの決意/優しい朝
しおりを挟むヴィクトルは静かに息を整えながら、腕の中のルナフィエラを見つめていた。
すやすやとした穏やかな寝息が、静寂の部屋に心地よく響く。
「……ルナ様……」
囁くように彼女の名を呼ぶも、 彼女はすでに深い眠りの中。
あの紅き月の儀式以降、ルナフィエラは幾度となく苦しみ、そして攫われ、心身ともに限界を迎えていた。
夢遊病まで発症し、夜に徘徊してしまうほど、心も体も削られていたのだ。
それでも、今は。
こうして自分の腕の中で安心しきったように眠る姿を見て、ヴィクトルは安堵した。
(……せめて今だけは、ゆっくりお休みください)
ルナフィエラの銀の髪を そっと撫でる。
柔らかな髪が指の間をすり抜け、 心地よい温もりがヴィクトルの胸に広がる。
「……安心して眠ってください……私は、貴女のそばを離れません」
そう囁くように呟き、 ルナフィエラの頭をそっと抱き寄せた。
彼女の穏やかな寝息が、ヴィクトルの胸にやわらかく響く。
このまま、何も考えず、ただ安らかに眠ってほしい。
そう願いながら、ヴィクトルもゆっくりと目を閉じた。
静寂の中、 ルナフィエラの温もりを感じながら、ヴィクトルはそっと眠りについたのだった。
——————
朝の光が静かに差し込み、柔らかな風がカーテンを揺らしていた。
ルナフィエラは、ぼんやりとした意識の中で温かな何かに包まれている感覚に気づいた。
(……ぬくもり……?)
まどろみの中でぼんやりと目を開ける と、そこには ヴィクトルの胸があった。
「……っ!」
ハッとして顔を上げようとすると、しっかりと抱きしめられていることに気づく。
(え……? えっ……!?)
心臓が大きく跳ね上がる。
あまりにも近い距離。
呼吸をするたびに、彼の落ち着いた香りが鼻をくすぐる。
(なんで……こんな格好に……!?)
ルナが 焦りに動揺しているのを感じたのか 、ヴィクトルもゆっくりと目を覚ました。
「……おはようございます、ルナ様」
低く穏やかな声。
ルナは反射的に「おはよう」と返してしまった。
(……違う! こんな場合じゃない!)
「……あ、あの……」
ようやく思考が追いついてきたルナフィエラは、混乱しながらも問いかける。
「な、なぜ私はヴィクトルとこんな格好で……?」
するとヴィクトルは、 まったく動じることなく さらりと答えた。
「ルナ様の方から寄り添ってこられましたので」
「……なっ!!?」
ルナフィエラの顔が、一気に 真っ赤に染まる。
「そ、そんなはず……!」
「ですが、昨夜のことはしっかりと覚えております」
ヴィクトルは淡々と事実を告げるが、彼の表情はどこか微笑ましげだった。
ルナフィエラはもう恥ずかしくて顔を覆いたくなる。
(ど、どうしよう……! 私、無意識に……!?)
「……よく眠れたようで、何よりです」
そう言って、ヴィクトルはそっと腕の力を緩めた。
ルナフィエラはようやく自由を得るも、顔の熱は引かない。
ヴィクトルは何事もなかったように立ち上がり、身支度の準備を始めた。
「そろそろ身支度を整えましょう。フィンたちが朝食を持ってやってくるでしょうから」
(そ、そうだ……! 朝食! みんなが来る前に、急いで身支度を……!)
ルナフィエラは少しでも平静を取り戻そうと、勢いよくベッドから立ち上がろうとした。
しかし——
「……っ」
思ったより足に力が入らず、ふらついてしまう。
「……ルナ様」
ヴィクトルは即座に支え、ため息をついた。
「ご無理はなさらないでください。お身体はまだ完全には回復していないのですから」
「だ、大丈夫……です!」
ルナフィエラは自分でやれると主張するも、ヴィクトルは一蹴。
「手足に力が入らないこと、私たちは皆知っています。無理をなさらず、頼ってください」
「……っ」
ルナフィエラはぐっと言葉に詰まる。
するとヴィクトルは、 少し柔らかい表情で付け加えた。
「意識を失っていた間も、ずっとお世話をしておりましたので。問題はございません」
「……っ……」
ルナフィエラはそれを聞いて何も言えなくなった。
(みんなに……ヴィクトルに、たくさん迷惑をかけて……)
(でも……ちゃんと支えてくれて……)
「……ありがとう」
ぽつりと零れた言葉に、ヴィクトルは 小さく微笑んだ。
「こちらこそ、目を覚ましてくださってありがとうございます」
そうして、ルナフィエラの身支度の手伝いが始まったのだった——。
ルナフィエラはヴィクトルの手によって顔を拭かれ、清潔な服に着替え、髪を梳かされていた。
「……手際がいいのね」
思わずそう呟いてしまうほど、 彼の動きには無駄がなかった。
まるでずっと誰かの世話をしてきたかのように、スムーズで丁寧だった。
(ヴィクトルは騎士のはず……。執事や侍従ではないのに……どうしてこんなに?)
ふと疑問に思い、ルナフィエラは素直に問いかけた。
「ヴィクトルって、どうしてこんなに手際がいいの?騎士なのに……お世話が慣れすぎているような…」
ヴィクトルは櫛を動かしながら、小さく微笑む。
「……妹がいたのです」
「え?」
「私が幼い頃、父母は忙しく、侍女の言うことも聞かず奔放な妹の世話をするのは私の役目でした」
「だから、こういったことには多少慣れております」
「妹……」
ルナは 意外な話に目を瞬かせた。
(ヴィクトルに妹……)
それを想像するだけで、なんだか少し微笑ましい気持ちになる。
「ヴィクトル、お兄さんだったのね」
「……まあ、そうですね」
「どんな妹さんだったの?」
「……」
ヴィクトルは 一瞬、言葉を詰まらせた。
そして、すぐにごく普通の声で答えた。
「自由で、落ち着きのない子です」
「……え?」
ルナが思わず戸惑った表情を浮かべる。
「好奇心旺盛でおとなしく家にいることはなく、気づいたらどこかへ消えているのです」
「……つまり?」
「今どこにいるのかわかりません」
「ええっ!?」
ルナは素っ頓狂な声を上げる。
「妹さん、消息不明なの!?」
「いえ、たまに思い出したように手紙を寄越しますので、生きてはいます。」
「……それは……何より、ですね……?」
ルナフィエラは複雑な表情でヴィクトルを見つめた。
(なんだかすごい妹さんみたい……)
そんな会話をしていると、 突然、部屋の扉が開いた。
「おーい、朝食を持ってきたぞ」
「……ずるい」
最初に口を開いたのはフィンだった。
ルナフィエラの髪を梳かすヴィクトルの姿を見て、 明らかに拗ねた声を出す。
「ヴィクトルばっかりルナのお世話してる……!」
「おいおい、俺だってやりたかったのに」
シグも少し不満げに腕を組んだ。
「……シグ、お前がルナの髪を整えられるとは思えないが」
ユリウスがすかさず冷静なツッコミを入れる。
「は?」
「いや、だって……」
ユリウスはシグの乱雑な赤毛を指さした。
「自分の髪すらまともに整えてない奴に、ルナの髪を任せられるとでも?」
「……」
「ほら、言葉が出てこない」
シグはムスッとした顔でユリウスを睨んだが、特に反論できなかった。
「俺だってやればできる……!」
「その ‘やれば’ が一生来ないから言ってるんだ」
「うるせぇ!!」
シグが 面倒くさそうに頭をガシガシと掻く。
その様子に、ルナフィエラは思わずクスリと微笑んだ。
(こういうやり取り、なんだか懐かしいな……)
「……それにしても」
ユリウスが少し柔らかな表情になり、ルナを見つめる。
「顔色が良くなっているな」
「本当に……」
シグも僅かに表情を緩め、ルナフィエラを見た。
「昨日よりもずっと元気そうだ」
「……うん」
ルナフィエラは少しだけ微笑み、頷いた。
「おかげさまで……少し良くなりました」
確かに、昨日よりも体が軽い。
まだ完全ではないが、それでも、少しずつ回復しているのがわかった。
そんなルナフィエラを見て、 3人は安堵の表情を浮かべる。
「……よかった」
「ようやく落ち着いて飯が食えるな」
「では、食堂に行くか?」
ユリウスがそう言いながら、朝食を持ってきたことを思い出す。
「……いや」
ヴィクトルが静かに首を振る。
「まだルナ様は歩くのがやっとの状態です。ここで食べた方がいいでしょう」
「そうだな」
シグもすんなりと同意し、朝食をテーブルに並べ始めた。
「ルナ、食べられそう?」
フィンが 少し心配そうに尋ねる。
「……うん。少しなら」
「よし、じゃあ無理のない範囲で食べようね」
ルナフィエラは椅子に座らされ、4人に囲まれながら、ゆっくりと朝食を取るのだった。
0
あなたにおすすめの小説
喪女なのに狼さんたちに溺愛されています
和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です!
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。
ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。
森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ?
ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。
召喚先は、誰も居ない森でした
みん
恋愛
事故に巻き込まれて行方不明になった母を探す茉白。そんな茉白を側で支えてくれていた留学生のフィンもまた、居なくなってしまい、寂しいながらも毎日を過ごしていた。そんなある日、バイト帰りに名前を呼ばれたかと思った次の瞬間、眩しい程の光に包まれて──
次に目を開けた時、茉白は森の中に居た。そして、そこには誰も居らず──
その先で、茉白が見たモノは──
最初はシリアス展開が続きます。
❋他視点のお話もあります
❋独自設定有り
❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付いた時に訂正していきます。
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる