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第四章:紅き月の儀式
第50話・暴かれる繋がり
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王城の門が見えたとき、ユリウスは馬を止めた。
紅い月の光を浴びて、かつてのヴァンパイアの拠点であった城は、
今やどこか異質な気配をまとっていた。
「妙だ……警備が薄すぎる。
本来なら、正門に兵が立ち並んでいてもおかしくないはずだ」
「罠か……?」
シグが斧の柄に手をかける。
その瞬間――
闇の中から現れたのは、数人の兵士たち。
だが、その姿は明らかに“異常”だった。
顔色は死人のように青白く、
目は紅に染まり、全身から滲む魔力は、明らかに常人のものではなかった。
「この感じ……普通の兵じゃない」
フィンが一歩下がりながら目を細める。
兵士たちは無言で、一斉に剣を抜いた。
「分析済み。対象――ルナフィエラの接近者。
任務:排除」
「っ……!」
ユリウスが目を見開いた。
(まさか……この魔力は……!)
その瞬間、兵の一人が動いた。
目にも留まらぬ速度で駆け寄り、
大剣を振り下ろす――
「っ!速い……!」
シグが咄嗟に受け止め、火花が散る。
重量も速さも、人間の域を超えていた。
「……こいつら、普通じゃねぇな……!」
鋼のような筋力、目にも留まらぬ速さ。
シグが斧を打ち合いながら呻く。
目の前に立ちはだかる兵士たち――
その肉体は強化されすぎており、
一人ひとりが、騎士団の上級兵に匹敵する動きを見せていた。
「それだけじゃない……魔力の質が……妙だ……」
フィンが苦々しい声を漏らしながら、
魔術で敵の動きの一瞬を封じる。
ユリウスは、戦いの中でふと敵の目を見て――息を呑んだ。
「……この魔力……この反応……!」
剣で防ぎながら、ユリウスの脳裏に走ったのは、
かつての記憶。
――あの研究所。
ルナを攫い、極限まで血を抜き、
繰り返されていた非人道的な実験。
「まさか……!」
剣を跳ね上げ、敵の面頬を打ち砕く。
倒れた兵の顔は、完全に感情を失っていた。
そしてその首元には、微かに赤黒く光る“紋”――
「――これは、間違いない。
ルナの血を使って造られた、“強化兵”だ」
「っ……!」
フィンとシグの顔色が変わる。
「何……だと……?」
「……ルナが攫われたあの時。
あの研究所で行われていた、人体実験……
彼女の血を投与し、兵士の身体能力を強化する試み――」
「でも……あの施設は潰したはずだろ!?」
「ヴィクトルが、俺たちが確かに壊した。
でも……その技術は、残っていたんだ」
ユリウスの瞳が、鋭く細められる。
「――しかも、それを支援していたのは……この国だ」
「……!」
誰も言葉を返せなかった。
だが、目の前の現実が、それを雄弁に物語っていた。
「王族か、高位の貴族か……
とにかく、この儀式は人間の“彼らの意志”で動いてる」
「なら、止めてやるしかねぇだろ」
シグが剣を構え直す。
「ルナの血をこんな使い方しやがって――
絶対に許せねぇ!」
「同感」
フィンが魔法陣を足元に展開し、
次の動きに備える。
「ここを抜けて、ルナのもとへ――!」
三人の気迫が一気に爆発する。
強化兵たちを一気に切り裂き、
魔術の束縛で動きを止め、
剣と魔法と意志で、突破口を開いていく。
やがて――
「……通路、開いた!」
「今だ、行こう!」
「ルナが……待ってる!」
ユリウス、シグ、フィン。
三人の影が、紅き月に染まった王城の奥へと消えていく。
重々しい扉を、強引に押し開いた瞬間――
紅い光が、三人の視界を焼いた。
「……ここが……!」
「っ、ルナ……!」
祭壇の上に横たわるルナフィエラ。
白銀の髪を紅く染めるように、紅き月の光が降り注いでいる。
意識はない。微かに胸が上下しているだけだった。
「……ヴィクトル!」
その傍ら、膝をつき崩れ落ちた男に、ユリウスが駆け寄る。
「無事なのか!?」
「……ああ……でも……もう……」
ヴィクトルの声はかすれ、唇も蒼白に乾いていた。
その手足には新しい血の痕があり、足元は赤く濡れていた。
「血を……魔法陣が……あまりにも多く……」
彼は言葉を絞り出すように語った。
「……ルナ様のために……だった。
でも、これは……儀式なんかじゃない……」
「気づいたか」
冷ややかな声が、空間に響く。
その声の主は、王族席のような高所から現れた。
漆黒のローブに身を包み、整った顔に浮かぶ歪んだ笑み――
この国の宰相にして、政治を裏から操る男だった。
「貴様……!」
ユリウスが剣に手をかけた瞬間、
もうひとつの影が、静かに階段を降りてきた。
「落ち着け。……その男の言葉を、まだ遮るには早い」
現れたのは、ヴィクトルの父――ヴァンパイアの高位貴族。
威厳と冷徹さをそのまま形にしたような存在感。
「父上……!」
ヴィクトルが顔を上げる。
ユリウスがヴィクトル父に向けて問う。
「あなたは……この儀式のすべてを知っていたのか……!」
「もちろんだ。
紅き月の夜に、純血の力が満ちたとき――
その力を取り込む儀式。
それこそが、我らが“種の誇り”を繋ぐ唯一の道だ」
「取り込む……?ルナの力を、あなたが?」
ヴィクトルの父は続ける。
「そうだ。もはや王族は存在しない。
だが、“力”だけは残された。
ならば、それを受け継ぎ、この地に新たな統治を築く者が必要だろう?」
「それが……あなたなのか」
フィンが低く問いかける。
「ふざけんな……!」
シグが斧を突きつけた。
「ルナは“道具”じゃねぇ!」
そのとき――
「まったく、くだらない」
宰相の男が冷たく笑う。
「お前たちヴァンパイアは、常に誇りだ血だと騒ぐが……
力に“使い道”を見いだせなければ、ただの古い神話に過ぎん」
「……!」
ヴィクトル父の目が、ぴたりと細められる。
「ほう……」
「この女は、ただの媒介。
私は――“それ以上”を造る。
血に頼らず、魔力に制限されず、
完全に制御可能な“理想の存在”をな」
「……貴様……!」
「そのための準備はすべて整っている。
この儀式も、“その起動鍵”に過ぎない」
その瞬間、魔法陣が再び唸りを上げ、
ルナフィエラの身体に刻まれた魔力が赤く脈動し始めた。
「――っ、もう止まらない……!」
「くっ……!」
ユリウスたちが剣を構え、前へと踏み出す。
「どこまでも……勝手なことを……!」
「ここで終わらせる」
三人と、立ち上がろうとするヴィクトルの視線が揃う。
それぞれの信念が、いま――交錯した。
紅い月の光を浴びて、かつてのヴァンパイアの拠点であった城は、
今やどこか異質な気配をまとっていた。
「妙だ……警備が薄すぎる。
本来なら、正門に兵が立ち並んでいてもおかしくないはずだ」
「罠か……?」
シグが斧の柄に手をかける。
その瞬間――
闇の中から現れたのは、数人の兵士たち。
だが、その姿は明らかに“異常”だった。
顔色は死人のように青白く、
目は紅に染まり、全身から滲む魔力は、明らかに常人のものではなかった。
「この感じ……普通の兵じゃない」
フィンが一歩下がりながら目を細める。
兵士たちは無言で、一斉に剣を抜いた。
「分析済み。対象――ルナフィエラの接近者。
任務:排除」
「っ……!」
ユリウスが目を見開いた。
(まさか……この魔力は……!)
その瞬間、兵の一人が動いた。
目にも留まらぬ速度で駆け寄り、
大剣を振り下ろす――
「っ!速い……!」
シグが咄嗟に受け止め、火花が散る。
重量も速さも、人間の域を超えていた。
「……こいつら、普通じゃねぇな……!」
鋼のような筋力、目にも留まらぬ速さ。
シグが斧を打ち合いながら呻く。
目の前に立ちはだかる兵士たち――
その肉体は強化されすぎており、
一人ひとりが、騎士団の上級兵に匹敵する動きを見せていた。
「それだけじゃない……魔力の質が……妙だ……」
フィンが苦々しい声を漏らしながら、
魔術で敵の動きの一瞬を封じる。
ユリウスは、戦いの中でふと敵の目を見て――息を呑んだ。
「……この魔力……この反応……!」
剣で防ぎながら、ユリウスの脳裏に走ったのは、
かつての記憶。
――あの研究所。
ルナを攫い、極限まで血を抜き、
繰り返されていた非人道的な実験。
「まさか……!」
剣を跳ね上げ、敵の面頬を打ち砕く。
倒れた兵の顔は、完全に感情を失っていた。
そしてその首元には、微かに赤黒く光る“紋”――
「――これは、間違いない。
ルナの血を使って造られた、“強化兵”だ」
「っ……!」
フィンとシグの顔色が変わる。
「何……だと……?」
「……ルナが攫われたあの時。
あの研究所で行われていた、人体実験……
彼女の血を投与し、兵士の身体能力を強化する試み――」
「でも……あの施設は潰したはずだろ!?」
「ヴィクトルが、俺たちが確かに壊した。
でも……その技術は、残っていたんだ」
ユリウスの瞳が、鋭く細められる。
「――しかも、それを支援していたのは……この国だ」
「……!」
誰も言葉を返せなかった。
だが、目の前の現実が、それを雄弁に物語っていた。
「王族か、高位の貴族か……
とにかく、この儀式は人間の“彼らの意志”で動いてる」
「なら、止めてやるしかねぇだろ」
シグが剣を構え直す。
「ルナの血をこんな使い方しやがって――
絶対に許せねぇ!」
「同感」
フィンが魔法陣を足元に展開し、
次の動きに備える。
「ここを抜けて、ルナのもとへ――!」
三人の気迫が一気に爆発する。
強化兵たちを一気に切り裂き、
魔術の束縛で動きを止め、
剣と魔法と意志で、突破口を開いていく。
やがて――
「……通路、開いた!」
「今だ、行こう!」
「ルナが……待ってる!」
ユリウス、シグ、フィン。
三人の影が、紅き月に染まった王城の奥へと消えていく。
重々しい扉を、強引に押し開いた瞬間――
紅い光が、三人の視界を焼いた。
「……ここが……!」
「っ、ルナ……!」
祭壇の上に横たわるルナフィエラ。
白銀の髪を紅く染めるように、紅き月の光が降り注いでいる。
意識はない。微かに胸が上下しているだけだった。
「……ヴィクトル!」
その傍ら、膝をつき崩れ落ちた男に、ユリウスが駆け寄る。
「無事なのか!?」
「……ああ……でも……もう……」
ヴィクトルの声はかすれ、唇も蒼白に乾いていた。
その手足には新しい血の痕があり、足元は赤く濡れていた。
「血を……魔法陣が……あまりにも多く……」
彼は言葉を絞り出すように語った。
「……ルナ様のために……だった。
でも、これは……儀式なんかじゃない……」
「気づいたか」
冷ややかな声が、空間に響く。
その声の主は、王族席のような高所から現れた。
漆黒のローブに身を包み、整った顔に浮かぶ歪んだ笑み――
この国の宰相にして、政治を裏から操る男だった。
「貴様……!」
ユリウスが剣に手をかけた瞬間、
もうひとつの影が、静かに階段を降りてきた。
「落ち着け。……その男の言葉を、まだ遮るには早い」
現れたのは、ヴィクトルの父――ヴァンパイアの高位貴族。
威厳と冷徹さをそのまま形にしたような存在感。
「父上……!」
ヴィクトルが顔を上げる。
ユリウスがヴィクトル父に向けて問う。
「あなたは……この儀式のすべてを知っていたのか……!」
「もちろんだ。
紅き月の夜に、純血の力が満ちたとき――
その力を取り込む儀式。
それこそが、我らが“種の誇り”を繋ぐ唯一の道だ」
「取り込む……?ルナの力を、あなたが?」
ヴィクトルの父は続ける。
「そうだ。もはや王族は存在しない。
だが、“力”だけは残された。
ならば、それを受け継ぎ、この地に新たな統治を築く者が必要だろう?」
「それが……あなたなのか」
フィンが低く問いかける。
「ふざけんな……!」
シグが斧を突きつけた。
「ルナは“道具”じゃねぇ!」
そのとき――
「まったく、くだらない」
宰相の男が冷たく笑う。
「お前たちヴァンパイアは、常に誇りだ血だと騒ぐが……
力に“使い道”を見いだせなければ、ただの古い神話に過ぎん」
「……!」
ヴィクトル父の目が、ぴたりと細められる。
「ほう……」
「この女は、ただの媒介。
私は――“それ以上”を造る。
血に頼らず、魔力に制限されず、
完全に制御可能な“理想の存在”をな」
「……貴様……!」
「そのための準備はすべて整っている。
この儀式も、“その起動鍵”に過ぎない」
その瞬間、魔法陣が再び唸りを上げ、
ルナフィエラの身体に刻まれた魔力が赤く脈動し始めた。
「――っ、もう止まらない……!」
「くっ……!」
ユリウスたちが剣を構え、前へと踏み出す。
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