純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

文字の大きさ
78 / 177
第五章:みんなと歩く日常

第76話・静けさの中に、ある安らぎ

しおりを挟む
「……ルナ、顔真っ赤だけど、大丈夫?」

フィンの無邪気な声が横の席から飛んでくる。
その瞬間、ルナフィエラの動きがぴたりと止まった。

「えっ……あ……べ、べつに……っ!」

思わずパンを持つ手が空中で揺れ、急いでそれを口元に運ぶ。
けれど食べても、火照った頬は冷めず、むしろ熱が伝わるようにじわじわと赤みを増していく。

「おや?さっきはあんなに堂々としてたのに。どうしてそんなに焦ってるのかな?」

近くに座るユリウスが、さらりとした口調で言った。
からかっているというより、ただ事実を述べたような声音だったが、それがまたルナフィエラの羞恥心に火をつけた。

「っ……な、なにそれ……!」

(もうやだ……!)

パチパチと弾けるような視線の集中。
心臓がうるさく跳ねて、どこを見てもユリウスと目が合いそうで、目のやり場がない。


(……だめ、もう限界……)

突き刺さる視線、にやにやした空気、恥ずかしさで膨れ上がる鼓動。
ルナフィエラは立ち上がるように椅子を引くと、ユリウスに背を向けるように、隣に座るシグの膝の上にすとんと乗ってしまった。

「……ルナ?」

不意の行動に、さすがのシグも少し驚いたように目を見開いたが、それだけだった。
ルナフィエラは黙ったまま、ぎゅっとシグの腕に顔を埋める。

(……落ち着く。あったかい……)

静かで、何も言わずに受け止めてくれる場所。
シグの体温がじんわり伝わってきて、ルナの荒れていた心がすうっと鎮まっていく。

「……ユリウス、やりすぎだ」

ヴィクトルが低く呟くと、ユリウスは肩をすくめる。

「ふふ、彼女の“自覚”を促しただけさ」

「……見守るって話、忘れたわけじゃないだろうな」

「忘れてないよ。ただ、手を伸ばせば届く距離にいたら、抱きしめたくなる。それもまた自然なことだろう?」

ヴィクトルは何も返さなかったが、その視線はルナフィエラに向けたまま、静かに深まっていく。

一方、ルナフィエラはといえば、シグの上でようやく心拍が落ち着いてきたのか、小さく息を吐いていた。

「……落ち着いたか?」

シグがぽつりと小さく声を落とす。
ルナは頷き、目元を彼の服の布地にこすりつけた。

「……うん」

その声はかすかに震えていたけれど、不安の色はなかった。
ただただ、安心している声だった。

(……やっぱり、シグのところは安心する)

騒がしい気持ちや、甘くて痛い記憶。
それを全部、ひとときだけでも忘れさせてくれるようなぬくもりが、シグにはあった。

「……もう少しだけ、こうしてていい?」

「……ああ。好きにしていい」

短く返されたその言葉に、ルナフィエラは小さく笑った。

――あったかい。嬉しい。

でもその「嬉しい」の奥に、何かが揺れ始めていることに、ルナフィエラ自身まだ気づいていなかった。


シグの膝の上でしばらく静かに過ごしたルナフィエラは、落ち着きを取り戻した後、そっと身を起こした。
名残惜しそうにシグの手を握りつつも、微笑んで小さく「ありがとう」と囁く。
シグは特に言葉を返さず、いつものように静かに頷いた。

静かな午後の時間。
古城の奥、重厚な扉を開けた先にある書庫には、古今の書物がずらりと並んでいた。

その片隅――木製の小さなテーブルとソファが置かれた一角で、ルナフィエラはユリウスと並んで座っていた。
手にしているのは、昨日街で購入したばかりの本。
けれど、ページを開いたとたん、ルナの眉がわずかに寄る。

「この文字、ちょっと難しい……」

「古語の書き方だね。中身は神話の再話だから、ところどころ難解かもしれない」

そう言いながら、ユリウスはルナフィエラの手元にそっと視線を落とす。
ページの片隅を指で押さえながら、彼女が読みやすいよう、穏やかな声で少しずつ言葉の意味を解きほぐしていく。

ルナフィエラは、うんうんと何度もうなずきながら、彼の言葉を真剣に聞いていた。
けれど、言葉の意味がわかるたび、嬉しそうに顔を輝かせるその姿は、まるで子どものように無邪気だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【長編版】孤独な少女が異世界転生した結果

下菊みこと
恋愛
身体は大人、頭脳は子供になっちゃった元悪役令嬢のお話の長編版です。 一話は短編そのまんまです。二話目から新しいお話が始まります。 純粋無垢な主人公テレーズが、年上の旦那様ボーモンと無自覚にイチャイチャしたり様々な問題を解決して活躍したりするお話です。 小説家になろう様でも投稿しています。

この世界に転生したらいろんな人に溺愛されちゃいました!

キムチ鍋
恋愛
前世は不慮の事故で死んだ(主人公)公爵令嬢ニコ・オリヴィアは最近前世の記憶を思い出す。 だが彼女は人生を楽しむことができなっかたので今世は幸せな人生を送ることを決意する。 「前世は不慮の事故で死んだのだから今世は楽しんで幸せな人生を送るぞ!」 そこからいろいろな人に愛されていく。 作者のキムチ鍋です! 不定期で投稿していきます‼️ 19時投稿です‼️

【受賞&書籍化】先視の王女の謀(さきみのおうじょのはかりごと)

神宮寺 あおい
恋愛
謎解き×恋愛 女神の愛し子は神託の謎を解き明かす。 月の女神に愛された国、フォルトゥーナの第二王女ディアナ。 ある日ディアナは女神の神託により隣国のウィクトル帝国皇帝イーサンの元へ嫁ぐことになった。 そして閉鎖的と言われるくらい国外との交流のないフォルトゥーナからウィクトル帝国へ行ってみれば、イーサンは男爵令嬢のフィリアを溺愛している。 さらにディアナは仮初の皇后であり、いずれ離縁してフィリアを皇后にすると言い出す始末。 味方の少ない中ディアナは女神の神託にそって行動を起こすが、それにより事態は思わぬ方向に転がっていく。 誰が敵で誰が味方なのか。 そして白日の下に晒された事実を前に、ディアナの取った行動はーー。 カクヨムコンテスト10 ファンタジー恋愛部門 特別賞受賞。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~

川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。 そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。 それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。 村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。 ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。 すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。 村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。 そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。

転生したら、実家が養鶏場から養コカトリス場にかわり、知らない牧場経営型乙女ゲームがはじまりました

空飛ぶひよこ
恋愛
実家の養鶏場を手伝いながら育ち、後継ぎになることを夢見ていていた梨花。 結局、できちゃった婚を果たした元ヤンの兄(改心済)が後を継ぐことになり、進路に迷っていた矢先、運悪く事故死してしまう。 転生した先は、ゲームのようなファンタジーな世界。 しかし、実家は養鶏場ならぬ、養コカトリス場だった……! 「やった! 今度こそ跡継ぎ……え? 姉さんが婿を取って、跡を継ぐ?」 農家の後継不足が心配される昨今。何故私の周りばかり、後継に恵まれているのか……。 「勤労意欲溢れる素敵なお嬢さん。そんな貴女に御朗報です。新規国営牧場のオーナーになってみませんか? ーー条件は、ただ一つ。牧場でドラゴンの卵も一緒に育てることです」 ーーそして謎の牧場経営型乙女ゲームが始まった。(解せない)

処理中です...