80 / 177
第五章:みんなと歩く日常
第78話・甘やかされて、包まれて、戸惑って
しおりを挟む
書庫の扉が軽やかに開き、フィンがぱたぱたと足音を響かせながら中へ入ってきた。
「ルナー! そろそろ夕飯の支度するんだけど、何が食べたい?」
元気な声と笑顔を浮かべて近づいた彼は、ルナフィエラの座っているソファを見た瞬間、ぴたりと足を止めた。
「……えっ、なにその並び……ずるくない?」
ぽかんとした顔のまま、フィンの指がルナフィエラの両脇を示す。
右にはユリウス、左にはヴィクトル。どちらも距離が近く、ルナフィエラを真ん中にしっかり挟み込むように座っている。
「というか、いつの間にその配置!? 僕だけ出遅れてるんだけど!? ねぇ、ヴィクトルとユリウスだけずるくない!?」
「……気づいたら、こうなっていたんだ」
ユリウスが穏やかに笑いながら答えると、ヴィクトルは静かに一礼するだけで何も言わない。
「ルナもルナで、めっちゃしれっと甘えてるし~! もー……このままだと僕の座る場所、なくなるじゃん」
頬をぷくっと膨らませるようなフィンの表情に、ルナフィエラは思わずくすっと笑ってしまう。
「ごめんね、フィン。でも、ここにいてくれて嬉しいよ」
「……じゃあ、せめて晩ごはんで取り返す! ルナの食べたいもの、なんでも作るから言って!」
張り切って身を乗り出すフィンに、ルナフィエラはほんのり笑みを浮かべながら、リクエストを考え始めた――。
「うーん……」
ルナフィエラは唇に指を添え、真剣な表情で考え込んでいた。
フィンの「なんでも作る!」という力強い言葉に応えようと、頭の中であれこれと思い浮かべる。
「じゃあ……あの、昨日のお店で食べた、白いシチューみたいなの……あれ、すごく美味しかったから、ああいうのってできるかな?」
「んんー! なるほど、クリームシチューっぽいやつだね。了解~っ!」
ぱっと笑顔を咲かせたフィンは、ルナからのリクエストに親指を立てて応じた。
「任せて、絶対美味しくするよ。じゃ、準備してくるね!」
そう言いかけて――ちらりとルナの両脇に目をやる。
「……でもって、ヴィクトルは一緒に来てくれないと許さないから!」
少しだけ唇を尖らせるフィンに、ヴィクトルはわずかに頷く。
「……わかりました。ひとりでは手が足りないでしょうし、下ごしらえなどはお任せください」
静かな言葉とともに、彼は立ち上がり、ルナフィエラの髪に手を添え、そっと一房を整えてから離れた。
「……では、ルナ様、少しの間失礼します。無理はなさらないように」
優しくそう告げると、フィンと並んで書庫を後にする。
ソファには、ルナフィエラとユリウスのふたりだけが残された。
(……なんだろう、この空気)
静けさが、やけに気になる。
先ほどまでは、安心に満ちた温かい時間だったのに、ユリウスの優しい眼差しが今はなぜか落ち着かない。
(ユリウスのこと、嫌いなわけじゃないのに……)
好意が伝わってくるのが、怖い。
どう応えていいのかわからない――そんな思いが胸をくすぐる。
何か言わなければ、と唇を開きかけたそのとき。
「……いたか」
声のした方へ目を向けると、そこに立っていたのはシグだった。
変わらず無表情のまま、ゆっくりと歩み寄ってくる。
ルナフィエラを見るでもなく、ユリウスを見るでもなく――けれどその存在だけで、空気がわずかに引き締まる。
「シグ……」
ルナフィエラが名を呼ぶと、彼は小さく頷いただけだった。
そして当たり前のように、壁際の静かな場所に腰を下ろす。
「珍しいね、シグが書庫に来るなんて」
ユリウスが微笑んでそう言うと、シグは淡々と答えた。
「……退屈だっただけだ」
「ふふ、そうなんだ」
ルナフィエラは少しだけ笑って、胸の奥がすうっと軽くなるのを感じた。
気まずさも、緊張も――シグの無言の存在が、どこか自然に和らげてくれたような気がする。
気づけば彼女の隣には、静かで優しい空気が広がっていた。
夕食までのひととき。特別な言葉もないまま、3人で過ごす穏やかな時間が始まっていた。
「ルナー! そろそろ夕飯の支度するんだけど、何が食べたい?」
元気な声と笑顔を浮かべて近づいた彼は、ルナフィエラの座っているソファを見た瞬間、ぴたりと足を止めた。
「……えっ、なにその並び……ずるくない?」
ぽかんとした顔のまま、フィンの指がルナフィエラの両脇を示す。
右にはユリウス、左にはヴィクトル。どちらも距離が近く、ルナフィエラを真ん中にしっかり挟み込むように座っている。
「というか、いつの間にその配置!? 僕だけ出遅れてるんだけど!? ねぇ、ヴィクトルとユリウスだけずるくない!?」
「……気づいたら、こうなっていたんだ」
ユリウスが穏やかに笑いながら答えると、ヴィクトルは静かに一礼するだけで何も言わない。
「ルナもルナで、めっちゃしれっと甘えてるし~! もー……このままだと僕の座る場所、なくなるじゃん」
頬をぷくっと膨らませるようなフィンの表情に、ルナフィエラは思わずくすっと笑ってしまう。
「ごめんね、フィン。でも、ここにいてくれて嬉しいよ」
「……じゃあ、せめて晩ごはんで取り返す! ルナの食べたいもの、なんでも作るから言って!」
張り切って身を乗り出すフィンに、ルナフィエラはほんのり笑みを浮かべながら、リクエストを考え始めた――。
「うーん……」
ルナフィエラは唇に指を添え、真剣な表情で考え込んでいた。
フィンの「なんでも作る!」という力強い言葉に応えようと、頭の中であれこれと思い浮かべる。
「じゃあ……あの、昨日のお店で食べた、白いシチューみたいなの……あれ、すごく美味しかったから、ああいうのってできるかな?」
「んんー! なるほど、クリームシチューっぽいやつだね。了解~っ!」
ぱっと笑顔を咲かせたフィンは、ルナからのリクエストに親指を立てて応じた。
「任せて、絶対美味しくするよ。じゃ、準備してくるね!」
そう言いかけて――ちらりとルナの両脇に目をやる。
「……でもって、ヴィクトルは一緒に来てくれないと許さないから!」
少しだけ唇を尖らせるフィンに、ヴィクトルはわずかに頷く。
「……わかりました。ひとりでは手が足りないでしょうし、下ごしらえなどはお任せください」
静かな言葉とともに、彼は立ち上がり、ルナフィエラの髪に手を添え、そっと一房を整えてから離れた。
「……では、ルナ様、少しの間失礼します。無理はなさらないように」
優しくそう告げると、フィンと並んで書庫を後にする。
ソファには、ルナフィエラとユリウスのふたりだけが残された。
(……なんだろう、この空気)
静けさが、やけに気になる。
先ほどまでは、安心に満ちた温かい時間だったのに、ユリウスの優しい眼差しが今はなぜか落ち着かない。
(ユリウスのこと、嫌いなわけじゃないのに……)
好意が伝わってくるのが、怖い。
どう応えていいのかわからない――そんな思いが胸をくすぐる。
何か言わなければ、と唇を開きかけたそのとき。
「……いたか」
声のした方へ目を向けると、そこに立っていたのはシグだった。
変わらず無表情のまま、ゆっくりと歩み寄ってくる。
ルナフィエラを見るでもなく、ユリウスを見るでもなく――けれどその存在だけで、空気がわずかに引き締まる。
「シグ……」
ルナフィエラが名を呼ぶと、彼は小さく頷いただけだった。
そして当たり前のように、壁際の静かな場所に腰を下ろす。
「珍しいね、シグが書庫に来るなんて」
ユリウスが微笑んでそう言うと、シグは淡々と答えた。
「……退屈だっただけだ」
「ふふ、そうなんだ」
ルナフィエラは少しだけ笑って、胸の奥がすうっと軽くなるのを感じた。
気まずさも、緊張も――シグの無言の存在が、どこか自然に和らげてくれたような気がする。
気づけば彼女の隣には、静かで優しい空気が広がっていた。
夕食までのひととき。特別な言葉もないまま、3人で過ごす穏やかな時間が始まっていた。
0
あなたにおすすめの小説
【長編版】孤独な少女が異世界転生した結果
下菊みこと
恋愛
身体は大人、頭脳は子供になっちゃった元悪役令嬢のお話の長編版です。
一話は短編そのまんまです。二話目から新しいお話が始まります。
純粋無垢な主人公テレーズが、年上の旦那様ボーモンと無自覚にイチャイチャしたり様々な問題を解決して活躍したりするお話です。
小説家になろう様でも投稿しています。
この世界に転生したらいろんな人に溺愛されちゃいました!
キムチ鍋
恋愛
前世は不慮の事故で死んだ(主人公)公爵令嬢ニコ・オリヴィアは最近前世の記憶を思い出す。
だが彼女は人生を楽しむことができなっかたので今世は幸せな人生を送ることを決意する。
「前世は不慮の事故で死んだのだから今世は楽しんで幸せな人生を送るぞ!」
そこからいろいろな人に愛されていく。
作者のキムチ鍋です!
不定期で投稿していきます‼️
19時投稿です‼️
【受賞&書籍化】先視の王女の謀(さきみのおうじょのはかりごと)
神宮寺 あおい
恋愛
謎解き×恋愛
女神の愛し子は神託の謎を解き明かす。
月の女神に愛された国、フォルトゥーナの第二王女ディアナ。
ある日ディアナは女神の神託により隣国のウィクトル帝国皇帝イーサンの元へ嫁ぐことになった。
そして閉鎖的と言われるくらい国外との交流のないフォルトゥーナからウィクトル帝国へ行ってみれば、イーサンは男爵令嬢のフィリアを溺愛している。
さらにディアナは仮初の皇后であり、いずれ離縁してフィリアを皇后にすると言い出す始末。
味方の少ない中ディアナは女神の神託にそって行動を起こすが、それにより事態は思わぬ方向に転がっていく。
誰が敵で誰が味方なのか。
そして白日の下に晒された事実を前に、ディアナの取った行動はーー。
カクヨムコンテスト10 ファンタジー恋愛部門 特別賞受賞。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~
川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。
そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。
それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。
村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。
ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。
すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。
村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。
そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる