純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第五章:みんなと歩く日常

第78話・甘やかされて、包まれて、戸惑って

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書庫の扉が軽やかに開き、フィンがぱたぱたと足音を響かせながら中へ入ってきた。

「ルナー! そろそろ夕飯の支度するんだけど、何が食べたい?」

元気な声と笑顔を浮かべて近づいた彼は、ルナフィエラの座っているソファを見た瞬間、ぴたりと足を止めた。

「……えっ、なにその並び……ずるくない?」

ぽかんとした顔のまま、フィンの指がルナフィエラの両脇を示す。
右にはユリウス、左にはヴィクトル。どちらも距離が近く、ルナフィエラを真ん中にしっかり挟み込むように座っている。

「というか、いつの間にその配置!? 僕だけ出遅れてるんだけど!? ねぇ、ヴィクトルとユリウスだけずるくない!?」

「……気づいたら、こうなっていたんだ」

ユリウスが穏やかに笑いながら答えると、ヴィクトルは静かに一礼するだけで何も言わない。

「ルナもルナで、めっちゃしれっと甘えてるし~! もー……このままだと僕の座る場所、なくなるじゃん」

頬をぷくっと膨らませるようなフィンの表情に、ルナフィエラは思わずくすっと笑ってしまう。

「ごめんね、フィン。でも、ここにいてくれて嬉しいよ」

「……じゃあ、せめて晩ごはんで取り返す! ルナの食べたいもの、なんでも作るから言って!」

張り切って身を乗り出すフィンに、ルナフィエラはほんのり笑みを浮かべながら、リクエストを考え始めた――。


「うーん……」

ルナフィエラは唇に指を添え、真剣な表情で考え込んでいた。
フィンの「なんでも作る!」という力強い言葉に応えようと、頭の中であれこれと思い浮かべる。

「じゃあ……あの、昨日のお店で食べた、白いシチューみたいなの……あれ、すごく美味しかったから、ああいうのってできるかな?」

「んんー! なるほど、クリームシチューっぽいやつだね。了解~っ!」

ぱっと笑顔を咲かせたフィンは、ルナからのリクエストに親指を立てて応じた。

「任せて、絶対美味しくするよ。じゃ、準備してくるね!」

そう言いかけて――ちらりとルナの両脇に目をやる。

「……でもって、ヴィクトルは一緒に来てくれないと許さないから!」

少しだけ唇を尖らせるフィンに、ヴィクトルはわずかに頷く。

「……わかりました。ひとりでは手が足りないでしょうし、下ごしらえなどはお任せください」

静かな言葉とともに、彼は立ち上がり、ルナフィエラの髪に手を添え、そっと一房を整えてから離れた。

「……では、ルナ様、少しの間失礼します。無理はなさらないように」

優しくそう告げると、フィンと並んで書庫を後にする。

ソファには、ルナフィエラとユリウスのふたりだけが残された。

(……なんだろう、この空気)

静けさが、やけに気になる。
先ほどまでは、安心に満ちた温かい時間だったのに、ユリウスの優しい眼差しが今はなぜか落ち着かない。

(ユリウスのこと、嫌いなわけじゃないのに……)

好意が伝わってくるのが、怖い。
どう応えていいのかわからない――そんな思いが胸をくすぐる。

何か言わなければ、と唇を開きかけたそのとき。


「……いたか」

声のした方へ目を向けると、そこに立っていたのはシグだった。

変わらず無表情のまま、ゆっくりと歩み寄ってくる。
ルナフィエラを見るでもなく、ユリウスを見るでもなく――けれどその存在だけで、空気がわずかに引き締まる。

「シグ……」

ルナフィエラが名を呼ぶと、彼は小さく頷いただけだった。
そして当たり前のように、壁際の静かな場所に腰を下ろす。

「珍しいね、シグが書庫に来るなんて」

ユリウスが微笑んでそう言うと、シグは淡々と答えた。

「……退屈だっただけだ」

「ふふ、そうなんだ」

ルナフィエラは少しだけ笑って、胸の奥がすうっと軽くなるのを感じた。
気まずさも、緊張も――シグの無言の存在が、どこか自然に和らげてくれたような気がする。

気づけば彼女の隣には、静かで優しい空気が広がっていた。
夕食までのひととき。特別な言葉もないまま、3人で過ごす穏やかな時間が始まっていた。
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