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第五章:みんなと歩く日常
第79話・触れたぬくもり、伝わる想い
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夕食にはルナフィエラがリクエストした、温かなシチューと焼きたてのパンが並び、楽しい会話と笑顔に包まれた温かな時間がだった。
そして、湯浴みを終えたルナフィエラは、肩に羽織った薄手のローブの裾をつまみながら、静かな廊下を歩いていた。
すぐ横を歩くのは、いつものように無言で寄り添うヴィクトル。
湯上がりに手入れされたばかりの銀の髪は、月明かりを受けてほのかに光り、冷たい夜の空気に湯気をたゆたわせている。
「……お疲れではありませんか、ルナ様」
「ううん、大丈夫。……ありがと、ヴィクトル」
そう言って微笑むと、ヴィクトルは静かに頷き、歩調をぴたりと合わせてくる。
主としての扱いではなく、大切なものを守るような所作だった。
部屋の前で彼がそっと扉を開く。
「では、おやすみなさいませ、ルナ様。何かございましたら、すぐにお知らせください」
「うん。おやすみなさい、ヴィクトル」
「良い夜を」
控えめな声がそう告げると、扉が静かに閉じられた。
そして――
「ルナーっ!」
部屋に入った瞬間、ぱっと明るい声が跳ねた。
ベッドのそばにちょこんと座っていたフィンが、まるで飛び跳ねるように笑顔を咲かせる。
「あ、やっと戻ってきた! 待ってたよ~っ」
「……待ってたの?」
「うん! だって今日は僕の番だもん。添い寝係!」
どこか誇らしげに胸を張るフィンの姿に、ルナフィエラは思わず小さく笑ってしまう。
「そっか。……じゃあ、お邪魔してもいい?」
「なに言ってるの、ルナの部屋なんだから!」
元気な言葉にくすりと喉が鳴る。
さっきまでヴィクトルの静けさに包まれていた空気が、フィンの明るさで少し柔らかく揺らぐ。
ローブの紐を緩めてベッドに腰を下ろすと、フィンもすぐに隣に座ってきた。
ふたりの間には手のひら一枚分の距離。けれど、それが今夜は妙にくすぐったく感じる。
「……ねえ、ルナ」
「ん?」
「血、いる? 今日、ちょっと疲れてる気がしたから」
そう言って、フィンは自分の左手首を差し出してきた。
その指先には、いつもの笑顔の奥にある“本気”が滲んでいる気がして、ルナフィエラはふと呼吸を忘れそうになった。
それでも、そっとその手を包んで唇を寄せる。
「……ありがとう」
一言だけそう告げて、静かに吸う。
甘くて、あたたかい。
フィンの血は、いつもどこか安心できる、太陽みたいな味がした。
「……ん、フィン、痛くない?」
「うん。全然。むしろ……嬉しい。ルナが触れてくれるの」
照れたような声に、ルナフィエラの頬がほんのりと染まった。
やがて吸血を終えると、ふたりは並んでベッドに横になる。
天蓋越しの光がゆらゆらと揺れて、夜の静けさがふたりを包み込んでいた。
「……フィンのそばって、不思議と落ち着くね」
ぽつりと呟いたルナフィエラに、フィンは目を細めて笑う。
「僕もだよ。ルナといると、心があったかくなる」
その言葉が、胸の奥にやさしく触れた。
ふわふわとした気持ちのまま、ルナフィエラは目を閉じかけた――そのとき。
そっと頬に触れる指先に、はっとして顔を向ける。
「……ねえ、ルナ」
「……なに?」
「今夜だけ、ちょっとだけ――“特別”でも、いい?」
静かな声。そのすぐあと――
唇に、やさしい熱が触れた。
羽のように軽く、あたたかなキス。
けれど、確かにそこには想いが宿っていた。
「……っ」
驚いて目を瞬いたルナフィエラに、フィンは少し気まずそうに眉を下げ、それでも逃げなかった。
「ごめん。でも……僕、ちゃんと“そういう気持ち”で、ルナのこと見てる」
「……フィン」
「これからは、少しずつでも……僕のこと、“そういうふう”にも見てもらえるように、頑張るから」
その言葉に、胸がきゅっと鳴る。
フィンの気持ちは、嬉しかった。
胸の奥がじんわりとあたたかくなった。けれど――
(ユリウスも、フィンも……どうして、わたしなんかに)
答えられるのか、わからなかった。
誰かを選ぶには、自分の気持ちがまだぼんやりとしている。
(応えたいのに、応えきれない……でも)
(今は、このぬくもりだけは――ちゃんと大事にしたい)
だからルナフィエラは、そっと目を伏せて、ほんの少しだけ頷いた。
隣にいるフィンの体温が、いつもよりも近く感じられた夜だった。
そして、湯浴みを終えたルナフィエラは、肩に羽織った薄手のローブの裾をつまみながら、静かな廊下を歩いていた。
すぐ横を歩くのは、いつものように無言で寄り添うヴィクトル。
湯上がりに手入れされたばかりの銀の髪は、月明かりを受けてほのかに光り、冷たい夜の空気に湯気をたゆたわせている。
「……お疲れではありませんか、ルナ様」
「ううん、大丈夫。……ありがと、ヴィクトル」
そう言って微笑むと、ヴィクトルは静かに頷き、歩調をぴたりと合わせてくる。
主としての扱いではなく、大切なものを守るような所作だった。
部屋の前で彼がそっと扉を開く。
「では、おやすみなさいませ、ルナ様。何かございましたら、すぐにお知らせください」
「うん。おやすみなさい、ヴィクトル」
「良い夜を」
控えめな声がそう告げると、扉が静かに閉じられた。
そして――
「ルナーっ!」
部屋に入った瞬間、ぱっと明るい声が跳ねた。
ベッドのそばにちょこんと座っていたフィンが、まるで飛び跳ねるように笑顔を咲かせる。
「あ、やっと戻ってきた! 待ってたよ~っ」
「……待ってたの?」
「うん! だって今日は僕の番だもん。添い寝係!」
どこか誇らしげに胸を張るフィンの姿に、ルナフィエラは思わず小さく笑ってしまう。
「そっか。……じゃあ、お邪魔してもいい?」
「なに言ってるの、ルナの部屋なんだから!」
元気な言葉にくすりと喉が鳴る。
さっきまでヴィクトルの静けさに包まれていた空気が、フィンの明るさで少し柔らかく揺らぐ。
ローブの紐を緩めてベッドに腰を下ろすと、フィンもすぐに隣に座ってきた。
ふたりの間には手のひら一枚分の距離。けれど、それが今夜は妙にくすぐったく感じる。
「……ねえ、ルナ」
「ん?」
「血、いる? 今日、ちょっと疲れてる気がしたから」
そう言って、フィンは自分の左手首を差し出してきた。
その指先には、いつもの笑顔の奥にある“本気”が滲んでいる気がして、ルナフィエラはふと呼吸を忘れそうになった。
それでも、そっとその手を包んで唇を寄せる。
「……ありがとう」
一言だけそう告げて、静かに吸う。
甘くて、あたたかい。
フィンの血は、いつもどこか安心できる、太陽みたいな味がした。
「……ん、フィン、痛くない?」
「うん。全然。むしろ……嬉しい。ルナが触れてくれるの」
照れたような声に、ルナフィエラの頬がほんのりと染まった。
やがて吸血を終えると、ふたりは並んでベッドに横になる。
天蓋越しの光がゆらゆらと揺れて、夜の静けさがふたりを包み込んでいた。
「……フィンのそばって、不思議と落ち着くね」
ぽつりと呟いたルナフィエラに、フィンは目を細めて笑う。
「僕もだよ。ルナといると、心があったかくなる」
その言葉が、胸の奥にやさしく触れた。
ふわふわとした気持ちのまま、ルナフィエラは目を閉じかけた――そのとき。
そっと頬に触れる指先に、はっとして顔を向ける。
「……ねえ、ルナ」
「……なに?」
「今夜だけ、ちょっとだけ――“特別”でも、いい?」
静かな声。そのすぐあと――
唇に、やさしい熱が触れた。
羽のように軽く、あたたかなキス。
けれど、確かにそこには想いが宿っていた。
「……っ」
驚いて目を瞬いたルナフィエラに、フィンは少し気まずそうに眉を下げ、それでも逃げなかった。
「ごめん。でも……僕、ちゃんと“そういう気持ち”で、ルナのこと見てる」
「……フィン」
「これからは、少しずつでも……僕のこと、“そういうふう”にも見てもらえるように、頑張るから」
その言葉に、胸がきゅっと鳴る。
フィンの気持ちは、嬉しかった。
胸の奥がじんわりとあたたかくなった。けれど――
(ユリウスも、フィンも……どうして、わたしなんかに)
答えられるのか、わからなかった。
誰かを選ぶには、自分の気持ちがまだぼんやりとしている。
(応えたいのに、応えきれない……でも)
(今は、このぬくもりだけは――ちゃんと大事にしたい)
だからルナフィエラは、そっと目を伏せて、ほんの少しだけ頷いた。
隣にいるフィンの体温が、いつもよりも近く感じられた夜だった。
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