83 / 177
第五章:みんなと歩く日常
第81話・恥ずかしい朝と、やさしい光
しおりを挟む
──しばらくして。
まぶたがふるりと揺れ、ルナフィエラがゆっくりと目を開ける。
「……ん……」
目に入ったのは、すぐ隣にいるフィンのあたたかな寝顔。
「……フィン……」
寝ぼけた声でそう呼ぶと、彼がふわりとまつげを揺らす。
まるでその声に応えるように、腕の力が少し強くなった。
その一連の様子を、少し離れた場所から静かに見つめる影があった。
扉のそばに立つヴィクトルは、ただ黙って、その微笑みを見つめている。
声には出さなかった。
けれど胸の奥が、きゅうっと締めつけられるように痛む。
(……こんな顔、私には……)
一度たりとも見せられたことがない。
いや、見せさせてこなかったのは、自分のほうかもしれない――
そんな苦い思いが、淡く胸を焼いた。
視線だけをそっとずらすと、ソファに腰かけたシグと目が合った。
シグは何も言わなかった。
ただ静かに、まぶたを伏せる。
口にせずとも、そこには“気づいている”という気配だけが確かにあった。
そんな空気の中で、ようやくルナフィエラが――
「…………えっ」
ベッドの外に視線を向けたその瞬間、固まった。
「ヴィクトル!? シグ!? え、な、なんで!?」
急に起き上がりかけるルナフィエラを、フィンが慌てて引き留める。
「わっ、ちょっ……ルナ、毛布!」
「だってなんでふたりとも部屋に……っ!」
「寝坊しすぎだ、ルナ」
シグの声は相変わらずぶっきらぼうだったが、
その口調にはどこか“いつも通り”の安心感があった。
「お身体に異変でもあったのかと、念のため……」
ヴィクトルは静かにそう告げ、そっと視線を逸らす。
「……うぅ、ごめんなさい……」
ルナフィエラが小さく肩をすぼめたそのとき。
「ルナ、いるかい? 朝食の時間を過ぎているようだったから……」
コンコン、と控えめなノックの音と共に、聞き慣れた声が響いた。
「ユリウス……!」
返事をするよりも先に、扉がすっと開いて、顔を覗かせる。
「……ああ、なるほど。これは……“全員集合”だったんだね」
視界に飛び込んだ光景に、ユリウスは小さく息を吐いた。
ベッドにいるルナフィエラとフィン、扉前のヴィクトル、ソファのシグ。
「心配して損したよ、まったく。……でも、まぁ、悪くない朝だね。食堂で待っているよ、ルナ姫」
ウインクひとつ残し、ユリウスはさっと扉を閉めた。
「……うぅ……もう、恥ずかしい……」
顔を真っ赤にして布団に潜るルナフィエラに、フィンがこっそり笑いながらそっと背中を撫でる。
「ねぇルナ、可愛かったって言っても怒る?」
「……怒る……」
そう言いながらも、ぬくもりの中で、ルナフィエラの頬はほんの少しだけ緩んでいた。
静かで、あたたかくて、ちょっぴり恥ずかしい朝。
その名残が、もう少しだけ続いていた。
朝食を終え、少し部屋で休んだあと。
ルナフィエラは、羽織を肩にかけて、ゆっくりと玄関の扉を開けた。
外の空気は、少しひんやりとしていたけれど、頬に触れる風は心地よい。
「……じゃあ、行ってきます」
「気をつけてね~! 無理しちゃダメだよ~!」
フィンの声が背中から届く。
小さく手を振って答えると、そのすぐ横には、黙って歩調を合わせるシグの姿。
少し離れた右手側には、落ち着いた足取りで並ぶヴィクトル。
今日のお供は、このふたりだった。
「道は私どもで確認しておきました。足元に気をつけて、お進みください」
「……うん、ありがとう」
ルナフィエラは微笑みながら、ゆっくりと森へ向かって歩き出す。
少し前までは、こうして外に出るのさえ億劫だった。
魔力の乱れと体力のなさ、渇きやふらつき――
何もかもが、ただ“辛い”という感覚しかなかった。
けれど今は、毎日ほんの少しずつ――
こうして森の空気を吸えるだけでも、心がふわっと軽くなる。
(……今日も、風が気持ちいい)
道は落ち葉に覆われていたけれど、ヴィクトルが先に足を運んで踏みしめてくれるため、歩きやすかった。
後ろを歩くシグもまた、無言で木の枝を払い、何も言わずにルナフィエラを守っている。
「……シグも、今日はありがと」
「……ああ」
そっけない返事に、ルナはくすっと笑った。
静かな時間が流れていく。
鳥の鳴き声、風のそよぎ、木々のざわめき。
森は、静かでありながら、確かに生きている。
(…はぁ……少し長く、歩いただけで……やっぱり、ちょっと息が上がる)
その変化に気づいたのは、やはりヴィクトルだった。
「ルナ様、お疲れではありませんか。少し、こちらでお休みを」
差し出されたのは、木陰の丸太。
シグが先にその周囲を確認して、頷く。
「……うん、座ろうかな」
ルナフィエラが腰を下ろすと、ヴィクトルが静かに横に立ち、すっと水筒を差し出した。
「どうぞ。冷たいお水です」
「……優しいね、ヴィクトルは」
「当然のことをしたまでです」
そう言いながらも、ルナフィエラが受け取るのを見届けてから、ほんの一瞬だけ目を細めた。
そのすぐ隣。
木の幹に背を預けるようにしてシグが立ち、何も言わず空を見上げていた。
言葉は少なくても、安心できる。
ふたりとも、そこにいてくれるだけで、呼吸が深くなる。
(こんな朝が、また迎えられるようになって……よかった)
まだ完全に元通りとは言えない。
けれど、こうして少しずつ、歩いていける。
それだけで、今はじゅうぶんだった。
まぶたがふるりと揺れ、ルナフィエラがゆっくりと目を開ける。
「……ん……」
目に入ったのは、すぐ隣にいるフィンのあたたかな寝顔。
「……フィン……」
寝ぼけた声でそう呼ぶと、彼がふわりとまつげを揺らす。
まるでその声に応えるように、腕の力が少し強くなった。
その一連の様子を、少し離れた場所から静かに見つめる影があった。
扉のそばに立つヴィクトルは、ただ黙って、その微笑みを見つめている。
声には出さなかった。
けれど胸の奥が、きゅうっと締めつけられるように痛む。
(……こんな顔、私には……)
一度たりとも見せられたことがない。
いや、見せさせてこなかったのは、自分のほうかもしれない――
そんな苦い思いが、淡く胸を焼いた。
視線だけをそっとずらすと、ソファに腰かけたシグと目が合った。
シグは何も言わなかった。
ただ静かに、まぶたを伏せる。
口にせずとも、そこには“気づいている”という気配だけが確かにあった。
そんな空気の中で、ようやくルナフィエラが――
「…………えっ」
ベッドの外に視線を向けたその瞬間、固まった。
「ヴィクトル!? シグ!? え、な、なんで!?」
急に起き上がりかけるルナフィエラを、フィンが慌てて引き留める。
「わっ、ちょっ……ルナ、毛布!」
「だってなんでふたりとも部屋に……っ!」
「寝坊しすぎだ、ルナ」
シグの声は相変わらずぶっきらぼうだったが、
その口調にはどこか“いつも通り”の安心感があった。
「お身体に異変でもあったのかと、念のため……」
ヴィクトルは静かにそう告げ、そっと視線を逸らす。
「……うぅ、ごめんなさい……」
ルナフィエラが小さく肩をすぼめたそのとき。
「ルナ、いるかい? 朝食の時間を過ぎているようだったから……」
コンコン、と控えめなノックの音と共に、聞き慣れた声が響いた。
「ユリウス……!」
返事をするよりも先に、扉がすっと開いて、顔を覗かせる。
「……ああ、なるほど。これは……“全員集合”だったんだね」
視界に飛び込んだ光景に、ユリウスは小さく息を吐いた。
ベッドにいるルナフィエラとフィン、扉前のヴィクトル、ソファのシグ。
「心配して損したよ、まったく。……でも、まぁ、悪くない朝だね。食堂で待っているよ、ルナ姫」
ウインクひとつ残し、ユリウスはさっと扉を閉めた。
「……うぅ……もう、恥ずかしい……」
顔を真っ赤にして布団に潜るルナフィエラに、フィンがこっそり笑いながらそっと背中を撫でる。
「ねぇルナ、可愛かったって言っても怒る?」
「……怒る……」
そう言いながらも、ぬくもりの中で、ルナフィエラの頬はほんの少しだけ緩んでいた。
静かで、あたたかくて、ちょっぴり恥ずかしい朝。
その名残が、もう少しだけ続いていた。
朝食を終え、少し部屋で休んだあと。
ルナフィエラは、羽織を肩にかけて、ゆっくりと玄関の扉を開けた。
外の空気は、少しひんやりとしていたけれど、頬に触れる風は心地よい。
「……じゃあ、行ってきます」
「気をつけてね~! 無理しちゃダメだよ~!」
フィンの声が背中から届く。
小さく手を振って答えると、そのすぐ横には、黙って歩調を合わせるシグの姿。
少し離れた右手側には、落ち着いた足取りで並ぶヴィクトル。
今日のお供は、このふたりだった。
「道は私どもで確認しておきました。足元に気をつけて、お進みください」
「……うん、ありがとう」
ルナフィエラは微笑みながら、ゆっくりと森へ向かって歩き出す。
少し前までは、こうして外に出るのさえ億劫だった。
魔力の乱れと体力のなさ、渇きやふらつき――
何もかもが、ただ“辛い”という感覚しかなかった。
けれど今は、毎日ほんの少しずつ――
こうして森の空気を吸えるだけでも、心がふわっと軽くなる。
(……今日も、風が気持ちいい)
道は落ち葉に覆われていたけれど、ヴィクトルが先に足を運んで踏みしめてくれるため、歩きやすかった。
後ろを歩くシグもまた、無言で木の枝を払い、何も言わずにルナフィエラを守っている。
「……シグも、今日はありがと」
「……ああ」
そっけない返事に、ルナはくすっと笑った。
静かな時間が流れていく。
鳥の鳴き声、風のそよぎ、木々のざわめき。
森は、静かでありながら、確かに生きている。
(…はぁ……少し長く、歩いただけで……やっぱり、ちょっと息が上がる)
その変化に気づいたのは、やはりヴィクトルだった。
「ルナ様、お疲れではありませんか。少し、こちらでお休みを」
差し出されたのは、木陰の丸太。
シグが先にその周囲を確認して、頷く。
「……うん、座ろうかな」
ルナフィエラが腰を下ろすと、ヴィクトルが静かに横に立ち、すっと水筒を差し出した。
「どうぞ。冷たいお水です」
「……優しいね、ヴィクトルは」
「当然のことをしたまでです」
そう言いながらも、ルナフィエラが受け取るのを見届けてから、ほんの一瞬だけ目を細めた。
そのすぐ隣。
木の幹に背を預けるようにしてシグが立ち、何も言わず空を見上げていた。
言葉は少なくても、安心できる。
ふたりとも、そこにいてくれるだけで、呼吸が深くなる。
(こんな朝が、また迎えられるようになって……よかった)
まだ完全に元通りとは言えない。
けれど、こうして少しずつ、歩いていける。
それだけで、今はじゅうぶんだった。
1
あなたにおすすめの小説
【長編版】孤独な少女が異世界転生した結果
下菊みこと
恋愛
身体は大人、頭脳は子供になっちゃった元悪役令嬢のお話の長編版です。
一話は短編そのまんまです。二話目から新しいお話が始まります。
純粋無垢な主人公テレーズが、年上の旦那様ボーモンと無自覚にイチャイチャしたり様々な問題を解決して活躍したりするお話です。
小説家になろう様でも投稿しています。
この世界に転生したらいろんな人に溺愛されちゃいました!
キムチ鍋
恋愛
前世は不慮の事故で死んだ(主人公)公爵令嬢ニコ・オリヴィアは最近前世の記憶を思い出す。
だが彼女は人生を楽しむことができなっかたので今世は幸せな人生を送ることを決意する。
「前世は不慮の事故で死んだのだから今世は楽しんで幸せな人生を送るぞ!」
そこからいろいろな人に愛されていく。
作者のキムチ鍋です!
不定期で投稿していきます‼️
19時投稿です‼️
【受賞&書籍化】先視の王女の謀(さきみのおうじょのはかりごと)
神宮寺 あおい
恋愛
謎解き×恋愛
女神の愛し子は神託の謎を解き明かす。
月の女神に愛された国、フォルトゥーナの第二王女ディアナ。
ある日ディアナは女神の神託により隣国のウィクトル帝国皇帝イーサンの元へ嫁ぐことになった。
そして閉鎖的と言われるくらい国外との交流のないフォルトゥーナからウィクトル帝国へ行ってみれば、イーサンは男爵令嬢のフィリアを溺愛している。
さらにディアナは仮初の皇后であり、いずれ離縁してフィリアを皇后にすると言い出す始末。
味方の少ない中ディアナは女神の神託にそって行動を起こすが、それにより事態は思わぬ方向に転がっていく。
誰が敵で誰が味方なのか。
そして白日の下に晒された事実を前に、ディアナの取った行動はーー。
カクヨムコンテスト10 ファンタジー恋愛部門 特別賞受賞。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~
川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。
そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。
それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。
村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。
ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。
すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。
村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。
そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる