純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第五章:みんなと歩く日常

第81話・恥ずかしい朝と、やさしい光

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──しばらくして。

まぶたがふるりと揺れ、ルナフィエラがゆっくりと目を開ける。

「……ん……」

目に入ったのは、すぐ隣にいるフィンのあたたかな寝顔。

「……フィン……」

寝ぼけた声でそう呼ぶと、彼がふわりとまつげを揺らす。
まるでその声に応えるように、腕の力が少し強くなった。


その一連の様子を、少し離れた場所から静かに見つめる影があった。

扉のそばに立つヴィクトルは、ただ黙って、その微笑みを見つめている。

声には出さなかった。
けれど胸の奥が、きゅうっと締めつけられるように痛む。

(……こんな顔、私には……)

一度たりとも見せられたことがない。
いや、見せさせてこなかったのは、自分のほうかもしれない――

そんな苦い思いが、淡く胸を焼いた。

視線だけをそっとずらすと、ソファに腰かけたシグと目が合った。
シグは何も言わなかった。
ただ静かに、まぶたを伏せる。

口にせずとも、そこには“気づいている”という気配だけが確かにあった。

そんな空気の中で、ようやくルナフィエラが――

「…………えっ」

ベッドの外に視線を向けたその瞬間、固まった。

「ヴィクトル!? シグ!? え、な、なんで!?」

急に起き上がりかけるルナフィエラを、フィンが慌てて引き留める。

「わっ、ちょっ……ルナ、毛布!」

「だってなんでふたりとも部屋に……っ!」

「寝坊しすぎだ、ルナ」

シグの声は相変わらずぶっきらぼうだったが、
その口調にはどこか“いつも通り”の安心感があった。

「お身体に異変でもあったのかと、念のため……」

ヴィクトルは静かにそう告げ、そっと視線を逸らす。

「……うぅ、ごめんなさい……」

ルナフィエラが小さく肩をすぼめたそのとき。

「ルナ、いるかい? 朝食の時間を過ぎているようだったから……」

コンコン、と控えめなノックの音と共に、聞き慣れた声が響いた。

「ユリウス……!」

返事をするよりも先に、扉がすっと開いて、顔を覗かせる。

「……ああ、なるほど。これは……“全員集合”だったんだね」

視界に飛び込んだ光景に、ユリウスは小さく息を吐いた。

ベッドにいるルナフィエラとフィン、扉前のヴィクトル、ソファのシグ。

「心配して損したよ、まったく。……でも、まぁ、悪くない朝だね。食堂で待っているよ、ルナ姫」

ウインクひとつ残し、ユリウスはさっと扉を閉めた。

「……うぅ……もう、恥ずかしい……」

顔を真っ赤にして布団に潜るルナフィエラに、フィンがこっそり笑いながらそっと背中を撫でる。

「ねぇルナ、可愛かったって言っても怒る?」

「……怒る……」

そう言いながらも、ぬくもりの中で、ルナフィエラの頬はほんの少しだけ緩んでいた。

静かで、あたたかくて、ちょっぴり恥ずかしい朝。
その名残が、もう少しだけ続いていた。


朝食を終え、少し部屋で休んだあと。
ルナフィエラは、羽織を肩にかけて、ゆっくりと玄関の扉を開けた。

外の空気は、少しひんやりとしていたけれど、頬に触れる風は心地よい。

「……じゃあ、行ってきます」

「気をつけてね~! 無理しちゃダメだよ~!」

フィンの声が背中から届く。

小さく手を振って答えると、そのすぐ横には、黙って歩調を合わせるシグの姿。
少し離れた右手側には、落ち着いた足取りで並ぶヴィクトル。

今日のお供は、このふたりだった。

「道は私どもで確認しておきました。足元に気をつけて、お進みください」

「……うん、ありがとう」

ルナフィエラは微笑みながら、ゆっくりと森へ向かって歩き出す。

少し前までは、こうして外に出るのさえ億劫だった。
魔力の乱れと体力のなさ、渇きやふらつき――
何もかもが、ただ“辛い”という感覚しかなかった。

けれど今は、毎日ほんの少しずつ――
こうして森の空気を吸えるだけでも、心がふわっと軽くなる。

(……今日も、風が気持ちいい)

道は落ち葉に覆われていたけれど、ヴィクトルが先に足を運んで踏みしめてくれるため、歩きやすかった。
後ろを歩くシグもまた、無言で木の枝を払い、何も言わずにルナフィエラを守っている。

「……シグも、今日はありがと」

「……ああ」

そっけない返事に、ルナはくすっと笑った。

静かな時間が流れていく。
鳥の鳴き声、風のそよぎ、木々のざわめき。
森は、静かでありながら、確かに生きている。

(…はぁ……少し長く、歩いただけで……やっぱり、ちょっと息が上がる)

その変化に気づいたのは、やはりヴィクトルだった。

「ルナ様、お疲れではありませんか。少し、こちらでお休みを」

差し出されたのは、木陰の丸太。
シグが先にその周囲を確認して、頷く。

「……うん、座ろうかな」

ルナフィエラが腰を下ろすと、ヴィクトルが静かに横に立ち、すっと水筒を差し出した。

「どうぞ。冷たいお水です」

「……優しいね、ヴィクトルは」

「当然のことをしたまでです」

そう言いながらも、ルナフィエラが受け取るのを見届けてから、ほんの一瞬だけ目を細めた。

そのすぐ隣。
木の幹に背を預けるようにしてシグが立ち、何も言わず空を見上げていた。

言葉は少なくても、安心できる。
ふたりとも、そこにいてくれるだけで、呼吸が深くなる。

(こんな朝が、また迎えられるようになって……よかった)

まだ完全に元通りとは言えない。
けれど、こうして少しずつ、歩いていける。

それだけで、今はじゅうぶんだった。
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