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第14話・緩む心に、ひとつの光
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梅雨が明けたばかりの空は、もう真夏の色をしていた。
カーテン越しでも分かる強い陽射しに、琴葉は思わず目を細める。
昨日までのどんよりした空が嘘みたいに、青はどこまでも澄んでいた。
テーブルの上には、麦茶と軽い朝食。
向かいに座る奏一は、いつも通り姿勢を崩さず、静かに食器を手にしている。
「明日から、大学に復帰して構いません」
視線は手元のカップに落としたまま、低く穏やかな声が落ちる。
「……うん、わかった」
まだ本調子じゃないけれど、もう寝込むほどではない。
そう思っていた矢先だった。
「但し、しばらくの間、私が送り迎えをします」
麦茶を飲もうとした手が、ぴたりと止まる。
顔を上げると、そこには相変わらず感情の読めない表情があった。
「は? 別にいいよ、自分で行くから」
「いいえ。炎天下での徒歩やバス移動は負担になります。
体調が安定してきましたが、まだ万全ではありません。
これからさらに暑くなりますし、移動は車の方が楽で安全です」
淡々とした口調で、一言一言が容赦なく刺さる。
正論だ。
だからこそ、余計に腹が立つ。
「……それって、つまり逃げないように監視するってことじゃないの?」
「監視ではありません。必要な管理です」
まただ。
そうやって何でも“必要”の一言で片づけてくる。
言い返そうとしても、結局は自分の体調を突かれて、反論は喉で詰まる。
「……ほんと、先生ってずるい」
「そうですか」
何ともなく受け流すその態度が、さらに苛立ちを煽る。
この人の言葉は、いつも理屈で固められていて、そこに感情の逃げ場がない。
だから最終的に折れるのは、いつも自分の方だ。
嫌だ――そう思いながらも、口から出たのは別の言葉だった。
「……わかった。…送迎、お願い」
「はい。では、明日は8時に出ます」
譲る気配のなかった男は、短くそう告げて席を立つ。
背中を見送りながら、琴葉は小さく舌打ちした。
翌朝。
キッチンから漂う湯気と、パンの焼ける匂いで目が覚めた。
時計は朝7時。
リビングに出ると、奏一はすでに朝食を並べ終え、スーツ姿で新聞をめくっていた。
「おはよう」
「おはようございます。……食欲はありますか?」
「まあ、普通」
短く答えて椅子に腰掛けると、常温の水がすっと差し出される。
相変わらず、感情の揺れがほとんど見えない。
食後、支度を整えた2人は並んで玄関へ。
車に乗り込み、しばらくすると涼しい冷房が頬を撫でた。
まだ午前8時過ぎだというのに、外の陽射しは容赦がない。
大学まではほとんど会話もなく、車内には小さくクラシックが流れるだけ。
到着すると、奏一は助手席のドアを開けながら言った。
「終わる時間をメッセージで教えてください。迎えに来ます」
「……はぁい」
気のない返事をしても、彼は気にも留めない。
そういうところが、余計に腹立たしかった。
午後。
講義が終わって校門を出ると、黒い車が停まっていた。
助手席に乗り込むと、奏一は何事もなかったように発進させる。
赤信号で車が止まったとき、不意に彼が口を開いた。
「明日、私はお休みです」
「……ふーん」
何の前触れもなく切り出された言葉に、素っ気ない返事しか返せない。
「ですので、大学が終わった後、琴葉さんが行きたい場所へ行きませんか」
一瞬、耳を疑った。
「……え?」
「行きたい場所があれば一つ。条件はありますが、叶えましょう」
怪訝な視線を向けると、淡々と続けられる。
「屋内限定で水分補給ができること。それから移動時間は片道一時間以内。ですが、それ以外はお任せします」
冗談かと思った。
いつも制限ばかりの人が、わざわざ自分から「行きたい場所」を聞いてくるなんて。
「……本当に? 嘘じゃないの?」
「本当です。嘘じゃありません」
即答だった。
感情は読めないが、確かに嘘をついている気配はない。
胸の奥で、小さな温かさが膨らむ。
まだ警戒は解けない。
それでも――ちょっとだけ、心が緩むのを感じた。
カーテン越しでも分かる強い陽射しに、琴葉は思わず目を細める。
昨日までのどんよりした空が嘘みたいに、青はどこまでも澄んでいた。
テーブルの上には、麦茶と軽い朝食。
向かいに座る奏一は、いつも通り姿勢を崩さず、静かに食器を手にしている。
「明日から、大学に復帰して構いません」
視線は手元のカップに落としたまま、低く穏やかな声が落ちる。
「……うん、わかった」
まだ本調子じゃないけれど、もう寝込むほどではない。
そう思っていた矢先だった。
「但し、しばらくの間、私が送り迎えをします」
麦茶を飲もうとした手が、ぴたりと止まる。
顔を上げると、そこには相変わらず感情の読めない表情があった。
「は? 別にいいよ、自分で行くから」
「いいえ。炎天下での徒歩やバス移動は負担になります。
体調が安定してきましたが、まだ万全ではありません。
これからさらに暑くなりますし、移動は車の方が楽で安全です」
淡々とした口調で、一言一言が容赦なく刺さる。
正論だ。
だからこそ、余計に腹が立つ。
「……それって、つまり逃げないように監視するってことじゃないの?」
「監視ではありません。必要な管理です」
まただ。
そうやって何でも“必要”の一言で片づけてくる。
言い返そうとしても、結局は自分の体調を突かれて、反論は喉で詰まる。
「……ほんと、先生ってずるい」
「そうですか」
何ともなく受け流すその態度が、さらに苛立ちを煽る。
この人の言葉は、いつも理屈で固められていて、そこに感情の逃げ場がない。
だから最終的に折れるのは、いつも自分の方だ。
嫌だ――そう思いながらも、口から出たのは別の言葉だった。
「……わかった。…送迎、お願い」
「はい。では、明日は8時に出ます」
譲る気配のなかった男は、短くそう告げて席を立つ。
背中を見送りながら、琴葉は小さく舌打ちした。
翌朝。
キッチンから漂う湯気と、パンの焼ける匂いで目が覚めた。
時計は朝7時。
リビングに出ると、奏一はすでに朝食を並べ終え、スーツ姿で新聞をめくっていた。
「おはよう」
「おはようございます。……食欲はありますか?」
「まあ、普通」
短く答えて椅子に腰掛けると、常温の水がすっと差し出される。
相変わらず、感情の揺れがほとんど見えない。
食後、支度を整えた2人は並んで玄関へ。
車に乗り込み、しばらくすると涼しい冷房が頬を撫でた。
まだ午前8時過ぎだというのに、外の陽射しは容赦がない。
大学まではほとんど会話もなく、車内には小さくクラシックが流れるだけ。
到着すると、奏一は助手席のドアを開けながら言った。
「終わる時間をメッセージで教えてください。迎えに来ます」
「……はぁい」
気のない返事をしても、彼は気にも留めない。
そういうところが、余計に腹立たしかった。
午後。
講義が終わって校門を出ると、黒い車が停まっていた。
助手席に乗り込むと、奏一は何事もなかったように発進させる。
赤信号で車が止まったとき、不意に彼が口を開いた。
「明日、私はお休みです」
「……ふーん」
何の前触れもなく切り出された言葉に、素っ気ない返事しか返せない。
「ですので、大学が終わった後、琴葉さんが行きたい場所へ行きませんか」
一瞬、耳を疑った。
「……え?」
「行きたい場所があれば一つ。条件はありますが、叶えましょう」
怪訝な視線を向けると、淡々と続けられる。
「屋内限定で水分補給ができること。それから移動時間は片道一時間以内。ですが、それ以外はお任せします」
冗談かと思った。
いつも制限ばかりの人が、わざわざ自分から「行きたい場所」を聞いてくるなんて。
「……本当に? 嘘じゃないの?」
「本当です。嘘じゃありません」
即答だった。
感情は読めないが、確かに嘘をついている気配はない。
胸の奥で、小さな温かさが膨らむ。
まだ警戒は解けない。
それでも――ちょっとだけ、心が緩むのを感じた。
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