病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

文字の大きさ
15 / 69

第15話・制約の隙間に咲いた笑み

しおりを挟む
夕食を終え、食器を片づけたあと、琴葉は自室のベッドに腰を下ろし、スマホを手にしていた。
明日の外出――そう思うだけで、指先は自然と動き出す。

SNSを開けば、涼しげなカフェのかき氷、天井まで本が並ぶ書店、季節の新作が並んだアパレルショップ、大型雑貨店の鮮やかなインテリアコーナー……。

どれもこれも「行ってみたい」で溢れていて、スクリーンショットフォルダはあっという間にいっぱいになった。

(どうしよう……一つに絞れない)

これまでは「行きたい」と思っても、どうせ無理だと諦めてきた場所ばかり。
けれど明日は――条件付きとはいえ、本当に行ける。

夢中で画面をスクロールしていると、知らないうちに口元には、小さな笑みが浮かんでいた。

リビングからその様子をちらりと覗いた奏一は、静かにグラスを置く。
ソファに腰掛けたまま、スマホの光に照らされた横顔を見つめた。
長い睫毛が落とす影と、ほんのり緩んだ頬。

これまで何度も見てきた険しい表情とはまるで違う、無防備なその顔に、奏一の口元にもわずかな笑みが浮かんだ。

彼は何も言わず、再び視線を手元の本に戻す。
けれどページをめくる指先は、ほんの少しだけ、いつもよりゆっくりだった。


翌朝。
ダイニングテーブルには湯気の立つスープと焼き立てのパンが整然と並んでいた。
すべてを用意し終えた奏一は、すでに席に着き新聞を手にしている。

やがて紙面から視線を上げ、静かな声が落ちた。

「琴葉さん、今日の行き先は決まりましたか?」

パンをちぎろうとしていた手が止まり、琴葉は小さく首を横に振る。

「……まだ。結局、決めきれなかった」

ため息混じりの声に、奏一は淡々とした声で告げる。

「今回一度きりの外出というわけではありません」

「……え?」

思わず顔を上げる。

「琴葉さんの体調が安定していれば、今後も定期的に出かけましょう」

驚きで瞬きが増える。
今回の外出は“特別な一度きり”だと思っていたから。

「……本当に?」

「本当ですよ」

間髪入れず返ってきた短い言葉。
不思議と嘘の気配はない。

「もちろん、体調次第ですが」

その一言だけで、胸の奥がふっと軽くなった気がした。

「……うん、わかった。じゃあ、今日は3限までだから……終わるまでに決めるね」

「わかりました」

短い返事に、感情はほとんど乗っていないのに、どこか優しさが滲んでいた。


朝食を終え、支度を整え玄関へ。
外はすでに夏の熱気が漂っている。
並んで家を出ると、涼しい車内が二人を包み込み、そのまま大学へと向かった。


午後。
講義を終えて校門を出ると、いつもの黒い車がきっちりと停まっている。
助手席のドアを開けると同時に、涼しい冷気が頬を撫でた。

「お疲れさまです」

奏一のいつも通りの挨拶に、琴葉は返事もそこそこにシートベルトを締め、鞄からスマホを取り出す。

「決めた。……ここに行きたい」

差し出された画面には、白を基調とした可愛らしい雰囲気の店内と、ふわふわのパンケーキ、ハートや動物の形をしたラテアートの写真。
どれも色鮮やかで、見ているだけで甘い香りが漂ってくるようだった。

「わかりました」

奏一は、即答すると、自分のスマホでお店の場所や営業時間を調べ始める。

その間、琴葉は窓の外を見つめながら、頬をほんのり上気させていた。

――こんなふうに、琴葉がわかりやすく嬉しそうな顔をするのを、奏一は今まで見たことがなかった。

車は街中を抜け、少し郊外の通りへ。
走ること30分ほどで、目的のカフェに到着した。

ガラス越しに見える店内は、学生やカップルでほどよく賑わっている。
午後の時間帯にしては運がよく、待ち時間はほとんどなく席へ案内された。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月 瑠々奈
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

毒味役の私がうっかり皇帝陛下の『呪い』を解いてしまった結果、異常な執着(物理)で迫られています

白桃
恋愛
「触れるな」――それが冷酷と噂される皇帝レオルの絶対の掟。 呪いにより誰にも触れられない孤独な彼に仕える毒味役のアリアは、ある日うっかりその呪いを解いてしまう。 初めて人の温もりを知った皇帝は、アリアに異常な執着を見せ始める。 「私のそばから離れるな」――物理的な距離感ゼロの溺愛(?)に戸惑うアリア。しかし、孤独な皇帝の心に触れるうち、二人の関係は思わぬ方向へ…? 呪いが繋いだ、凸凹主従(?)ラブファンタジー!

婚活に疲れたアラサーOLの私、癒やし的存在の弟分(高校生)に「もう待てない」と外堀を埋められています ~10年分の執着は、甘すぎて重すぎる~

ダルい
恋愛
「29歳? 子供産むならもっと若い子がよかったな」  中堅企業で働く早川結衣(29)は、婚活市場における年齢の壁と、デリカシーのない男たちにすり減らされる日々を送っていた。  そんな結衣の唯一の癒やしは、マンションの隣に住む幼馴染の高校生・瀬戸湊(16)。  両親が共働きの彼に代わって、幼い頃はお世話をしてあげていた……はずが、いつの間にか立場は逆転。 手料理を振る舞われ、愚痴を聞かれ、マッサージまでされる始末。「湊がお嫁さんならいいのに」なんて冗談を言っていたけれど。 「今の結衣姉が一番綺麗だよ。……早く、誰も手出しできない『おばさん』になってくれればいいのに」  可愛い弟分だと思っていた彼が、時折見せる『オス』の顔。 16歳の高校生と、もうすぐ30歳のアラサー。  13歳差の常識と理性に抗いながら、生意気な年下男子に外堀を埋められていく、甘くて重い現状維持(ラブストーリー)。 「俺が大人になるまで、誰とも結婚しないで」 癒やされたいすべての女性に贈る、最強の年下幼馴染による溺愛包囲網、開始。

先生

藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。 町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。 ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。 だけど薫は恋愛初心者。 どうすればいいのかわからなくて…… ※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)

初恋に見切りをつけたら「氷の騎士」が手ぐすね引いて待っていた~それは非常に重い愛でした~

ひとみん
恋愛
メイリフローラは初恋の相手ユアンが大好きだ。振り向いてほしくて会う度求婚するも、困った様にほほ笑まれ受け入れてもらえない。 それが十年続いた。 だから成人した事を機に勝負に出たが惨敗。そして彼女は初恋を捨てた。今までたった 一人しか見ていなかった視野を広げようと。 そう思っていたのに、巷で「氷の騎士」と言われているレイモンドと出会う。 好きな人を追いかけるだけだった令嬢が、両手いっぱいに重い愛を抱えた令息にあっという間に捕まってしまう、そんなお話です。 ツッコミどころ満載の5話完結です。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

バケモノ貴公子は傷を負った令嬢を寵愛する

冬野 海
恋愛
命をかけて救った王女は婚約者になった。 だが第一騎士団長である彼は、「バケモノ」と罵られている。 事件を境に、彼は下弦の月の仮面を被る。 そんな彼の前に現れたのは、仮面の下の「バケモノ」を見ても恐れない少女だった。 冷静、冷徹だけど、不器用な仮面の騎士と、不思議な魅力を持ちながら、消えない傷を抱える少女の深い恋の物語。 ——この素顔は君だけのもの この刻印はあなただけのもの—— 初めまして。本作品に目を留めていただき、ありがとうございます。 1月5日から【6時・21時】に公開予定です。 1日に2話ずつ更新します。短いお話の回は、3話になることもあります。 ぜひ、近況ボードにもお立ち寄りください。 もしお気づきの点がありましたら、優しくご指摘いただけると嬉しいです。 どうぞよろしくお願いいたします。

処理中です...