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第28話・夜の腕のぬくもり、朝のざわめき
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その日、奏一が帰宅したのは日付が変わる少し前だった。
玄関の鍵を静かに開け、音を立てないようそっとリビングへ向かう。
エアコンの効いた部屋には、夜の静寂が漂っていた。
灯りはついたまま。
テーブルには開きっぱなしの参考書とノート、無造作に置かれたスマホとシャーペンや蛍光ペン。
そのすぐ側で、琴葉がソファに小さく身体を丸め、静かに眠っていた。
「……」
声をかけるのをやめて、奏一はそっと彼女の隣に膝をつく。
少し乱れた前髪、うっすらと開いた唇、伏せたまつ毛の影――こんなにも無防備に眠る姿を見るのは久しぶりだった。
(……寝る時間、守らなかったんですね)
でも、わかっていた。
自分が「遅くなる」と伝えた時点で、琴葉はこうするつもりだったのだろう。
限界まで起きて、好きなところで区切りをつけて――“自分で選びたかった”のだ。
「……困った人だ」
呆れを含んだ言葉のはずなのに、声はひどく優しかった。
頬に触れそうな髪を指でそっと払う。
その感触は温かく、柔らかく、そのわずかな重さだけで胸の奥に愛しさが滲む。
「……仕方ないですね」
そっと腕を回し、慎重に身体を抱き上げる。
小さな身体が軽く持ち上がり、ソファから奏一の胸の中へと移動した。
呼吸は穏やかで、体温も問題ない。
だがそんな冷静な判断とは裏腹に、自分の鼓動だけが静かに速まっていくのを感じていた。
寝室のドアを開け、ベッドへ運ぶ。
抱いた身体のぬくもりが、歩くたびに胸へと染み込む。
(あなたが、ここにいる。それだけで私の生きる意味になる)
その想いを悟られないように、息を整えながら掛け布団を胸元までかける。
乱れた髪を整え、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。
奏一は、琴葉の額に手を当て、熱がないことを確認した。
「……こんなふうに無防備な顔を見せるのは、反則ですよ」
静かに呟いた声は、どこまでも柔らかい。
目の前にある、大切で愛しい命。
守りたいと願ってしまった――もう何度目かわからないその気持ちが、また胸の奥で熱を灯した。
翌朝。
まぶたの裏がほんのり明るくなり、鳥の声が遠くに聞こえる。
意識がゆっくりと浮上してきた。
「……ん……」
まどろみの中、手を伸ばした感触は――やわらかな掛け布団。
ほんの少し冷たいシーツの感触と、ふわりと香る洗剤の匂い。
琴葉はそこで、ようやく自分が“寝室のベッド”にいることに気づいた。
「あれ、なんで……?」
昨夜の記憶を探る。
確か……リビングで、勉強していて――参考書を見ていたら眠くなって、そのまま……?
(……もしかして)
胸がきゅっと縮まる。
そのまま寝ちゃってて、それを……?
まさか……先生が?
頬が一気に熱を帯びる。
想像したくなくても、想像せずにはいられない。
(運ばれた……ってことだよね……? まさか、抱きかかえて……?)
羞恥と驚きと、わけのわからない感情がいっぺんに押し寄せてきて、枕に顔を埋めるしかなかった。
こんなこと、本人に聞けるはずがない。
(……どうしよう、恥ずかしいっ………顔合わせられない……っ)
心臓の鼓動が、耳の奥でうるさいほど響いていた。
顔の火照りがどうにか収まったころ、琴葉はやっとベッドから出た。
リビングからは、コーヒーメーカーの音と、食器の触れ合う小さな音。
それだけで、また胸の鼓動が速くなる。
(何か……言われるかな……)
恐る恐るリビングに足を踏み入れると――
「おはようございます、琴葉さん。起きましたか」
振り返った奏一は、いつもと何一つ変わらない表情で立っていた。
優しい声、穏やかな口調。
微笑とも言えないくらい淡く静かな眼差し。
――まるで、昨夜のことなんて何もなかったみたいに。
「……おはよ」
なんとか絞り出した声は、普段より少し掠れていた。
それでも奏一は何も触れず、ただ「朝食をすぐ用意しますね」とだけ言って、キッチンへと戻っていった。
(……え、なにそれ。気にしてないの?……気づいてないわけないよね?)
椅子に腰を下ろしても、胸のざわつきは収まらない。
奏一はいつも通り――それなのに。
何も言わないその態度が、かえって意識させた。
静かな朝。
なのに鼓動だけが、昨日よりずっと速かった。
玄関の鍵を静かに開け、音を立てないようそっとリビングへ向かう。
エアコンの効いた部屋には、夜の静寂が漂っていた。
灯りはついたまま。
テーブルには開きっぱなしの参考書とノート、無造作に置かれたスマホとシャーペンや蛍光ペン。
そのすぐ側で、琴葉がソファに小さく身体を丸め、静かに眠っていた。
「……」
声をかけるのをやめて、奏一はそっと彼女の隣に膝をつく。
少し乱れた前髪、うっすらと開いた唇、伏せたまつ毛の影――こんなにも無防備に眠る姿を見るのは久しぶりだった。
(……寝る時間、守らなかったんですね)
でも、わかっていた。
自分が「遅くなる」と伝えた時点で、琴葉はこうするつもりだったのだろう。
限界まで起きて、好きなところで区切りをつけて――“自分で選びたかった”のだ。
「……困った人だ」
呆れを含んだ言葉のはずなのに、声はひどく優しかった。
頬に触れそうな髪を指でそっと払う。
その感触は温かく、柔らかく、そのわずかな重さだけで胸の奥に愛しさが滲む。
「……仕方ないですね」
そっと腕を回し、慎重に身体を抱き上げる。
小さな身体が軽く持ち上がり、ソファから奏一の胸の中へと移動した。
呼吸は穏やかで、体温も問題ない。
だがそんな冷静な判断とは裏腹に、自分の鼓動だけが静かに速まっていくのを感じていた。
寝室のドアを開け、ベッドへ運ぶ。
抱いた身体のぬくもりが、歩くたびに胸へと染み込む。
(あなたが、ここにいる。それだけで私の生きる意味になる)
その想いを悟られないように、息を整えながら掛け布団を胸元までかける。
乱れた髪を整え、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。
奏一は、琴葉の額に手を当て、熱がないことを確認した。
「……こんなふうに無防備な顔を見せるのは、反則ですよ」
静かに呟いた声は、どこまでも柔らかい。
目の前にある、大切で愛しい命。
守りたいと願ってしまった――もう何度目かわからないその気持ちが、また胸の奥で熱を灯した。
翌朝。
まぶたの裏がほんのり明るくなり、鳥の声が遠くに聞こえる。
意識がゆっくりと浮上してきた。
「……ん……」
まどろみの中、手を伸ばした感触は――やわらかな掛け布団。
ほんの少し冷たいシーツの感触と、ふわりと香る洗剤の匂い。
琴葉はそこで、ようやく自分が“寝室のベッド”にいることに気づいた。
「あれ、なんで……?」
昨夜の記憶を探る。
確か……リビングで、勉強していて――参考書を見ていたら眠くなって、そのまま……?
(……もしかして)
胸がきゅっと縮まる。
そのまま寝ちゃってて、それを……?
まさか……先生が?
頬が一気に熱を帯びる。
想像したくなくても、想像せずにはいられない。
(運ばれた……ってことだよね……? まさか、抱きかかえて……?)
羞恥と驚きと、わけのわからない感情がいっぺんに押し寄せてきて、枕に顔を埋めるしかなかった。
こんなこと、本人に聞けるはずがない。
(……どうしよう、恥ずかしいっ………顔合わせられない……っ)
心臓の鼓動が、耳の奥でうるさいほど響いていた。
顔の火照りがどうにか収まったころ、琴葉はやっとベッドから出た。
リビングからは、コーヒーメーカーの音と、食器の触れ合う小さな音。
それだけで、また胸の鼓動が速くなる。
(何か……言われるかな……)
恐る恐るリビングに足を踏み入れると――
「おはようございます、琴葉さん。起きましたか」
振り返った奏一は、いつもと何一つ変わらない表情で立っていた。
優しい声、穏やかな口調。
微笑とも言えないくらい淡く静かな眼差し。
――まるで、昨夜のことなんて何もなかったみたいに。
「……おはよ」
なんとか絞り出した声は、普段より少し掠れていた。
それでも奏一は何も触れず、ただ「朝食をすぐ用意しますね」とだけ言って、キッチンへと戻っていった。
(……え、なにそれ。気にしてないの?……気づいてないわけないよね?)
椅子に腰を下ろしても、胸のざわつきは収まらない。
奏一はいつも通り――それなのに。
何も言わないその態度が、かえって意識させた。
静かな朝。
なのに鼓動だけが、昨日よりずっと速かった。
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