病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

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第51話・手のひらに残る温度

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ある日の夜ー。
夕食を終え、食器を片づけていると、テーブルの端に置かれた果物籠に琴葉の視線が留まった。

苺にみかん、赤いりんごに洋なし。
冬らしい彩りがぎゅっと詰まっていて、見ているだけで胸が弾む。

「わぁ……こんなにいっぱい……!」

思わず声が弾む。

「すごく美味しそう。これ、どうしたの?」

問いかけると、奏一はいつもの穏やかな口調で答えた。

「患者さんのご家族からいただいたものです。手術のお礼にと」

「そうなんだ……。じゃあこれは、おすそわけってことだね」

小さく笑ってから、ひとつずつ数えるように果物を見る。

「……ぜんぶ食べたいけど……でもそんなにたくさんは無理だし……」

唇を尖らせたその様子に、奏一がわずかに目を細めた。

「それぞれ半分こにすれば、よいのでは?」

「……あ」

一瞬きょとんとしてから、ぱっと顔が明るくなる。

「そっか。じゃあ……そうちゃんも一緒に」

苺を一粒つまみ、少し迷うように手を伸ばしてから――

「……はい、あーん」

言ってから、遅れて恥ずかしさが込み上げる。

奏一は一瞬だけ目を瞬かせたものの、拒むことなく苺を口にした。
そのあまりの自然さに、今度は琴葉のほうが慌ててしまう。

「ちょ、ちょっと……! なんでそんな普通に食べるの……」

「琴葉さんが差し出してきたので、食べないわけにはいきません」

「うぅ……」

淡々とした返事に、余計に顔が熱くなる。
視線を逸らしつつも、内心はくすぐったくて仕方がない。

そんな様子をよそに、奏一はナイフを手に取り、りんごの皮を薄く剥き始めた。
慣れた手つきで切り分け、フォークに刺した一切れを静かに差し出す。

「……どうぞ」

「っ……ん」

口に含むと、甘酸っぱい果汁が広がる。
美味しさよりも先に、胸の奥がじんと熱くなった。

続いて、みかんの皮が手早く剥かれる。
一房を差し出され、「はい」と促されるまま口に運ぶ。
その一連の流れが、あまりにも自然で。
まるで、ずっと前からこうしていたみたいで鼓動が高鳴った。

「……なんか、ほんとに恋人みたい」

ぽつりとこぼれた言葉に、奏一はわずかに口元を緩める。

「恋人ですから」

その一言が、胸の奥にゆっくり落ちてくる。
琴葉は恥ずかしさを隠すように視線を落としたが、口元には自然と笑みが浮かんでいた。


フルーツを食べ終えたあと、琴葉はフォークを置いて、ふぅっと小さく息を吐く。

「……美味しかった。でも今日は、ちょっと疲れちゃった」

そのままソファにごろんと身を倒すと、奏一が隣に腰を下ろし、膝を軽く叩く。

「では、こちらへ」

「え……いいの?」

一瞬の迷い。

「……恋人、ですから」

少し照れたような声音に、胸が温かくなる。

そっと頭を乗せると、大きな手が慎重に髪を梳いていく。
撫でるというより、確かめるような、遠慮がちでやさしい指先。

「……すごく落ち着く」

「それはよかったです」

撫でられていないほうの手を、そっと探すように、琴葉は指を伸ばす。
ためらいがちに絡めた指を、すぐには返されなかった。

――ほんの一瞬。
それが、やけに長く感じられる。

次の瞬間、きゅっと指が握り返された。

「……あったかい」

小さく呟くと、奏一はその手を離さないまま、指先を包み直すように持ち上げる。

そして――
琴葉の手の甲に、やわらかな感触が触れた。

「……っ」

驚きに、思わず息が詰まる。
視線を上げられないまま、胸の奥だけが、じんわりと熱を帯びていく。

しばらく沈黙が流れた後、琴葉はぽつりと話し始めた。

「今日ね……授業で、先生がちょっと面白いこと言ってて……」

とりとめのない話。
でも、聞いてほしくて。

「……こういう話…そうちゃんにしか、できないの」

その言葉に、撫でる手が一瞬だけ止まり――
次の瞬間、さらにやさしく髪を梳かれた。

「光栄ですね」

「ふふ……大げさ」

そう笑った拍子に、前髪が目にかかる。
奏一はそっとそれを指で払った。

「目にかかっています」

「ありがと。やっぱり……こうしてるのが一番落ち着く」

「私も同じです」

「それでね……」

繋がれた手と、髪を撫でる手。
そのどちらにも包まれながら、2人の夜は静かに甘く流れていった。
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