病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

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第62話・離れて知る、ぬくもり

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冬休みに入って、数日が過ぎた。
外はすっかり冬の色で、吐く息が白く滲む。

12月27日――
母が車で迎えに来てくれて、久しぶりに実家へ戻った。

きっかけは、クリスマスの夜。
奏一が少し申し訳なさそうに言ったのを覚えている。

『27日から31日まで、出張と当直が続きます。
……その間は、ご実家で過ごしてもらえますか?』

優しい声だった。
忙しいのはわかっていたし、年末は病院が人手不足になる時期だということも知っている。

だから、素直に「わかった」と頷いた。
そのときは、本当に平気なつもりだった。

――けれど、いざ離れてみると。
想像していたより、ずっと胸が静かに痛んだ。

自室のベッドに寝転び、天井をぼんやり見上げる。
テレビの音が遠くで流れているのに、内容は何ひとつ頭に入ってこない。

いつも隣にあった体温がないだけで、
部屋の空気が、必要以上に広く感じられた。

スマートフォンを手に取る。
画面をタップしても、通知は――ない。

(仕方ないよね……仕事、だもん)

そう言い聞かせながらも、胸の奥がきゅっと縮こまるのを、どうしても止められなかった。


夜。入浴を終えたあと――
ドライヤーをかけ終えてリビングへ向かうと、テーブルの上には、湯気の立つシチューとサラダが並んでいた。

「おかえり。ゆっくりできた?」

「うん。お風呂、気持ちよかった」

母は笑いながらスプーンを差し出す。
その仕草に、以前あったぎこちなさはもう感じられない。

奏一が間に入ってくれたことで、親子の距離は、少しずつ、確かに埋まっていた。

シチューを口に運んでいた琴葉に、母がふと顔を寄せる。

「琴葉、なんだか元気ないわね……疲れているの?」

「……そう見える?」

「見えるわね。せっかく帰ってきたのに、ぼんやりしてばかり」

「ううん、疲れてるわけじゃないの。ただ、ちょっと……」

そこまで言って、言葉が途切れる。
理由を説明しようとしても、自分の中でまだうまく形にできなかった。

胸の奥に、ぽっかりとした空白があって。
何かを待っているような、落ち着かない感覚だけが残っている。

母は苦笑して、コップの水を琴葉の前へ滑らせた。

「なんか考えごと?」

「……うん。そんな感じ」

「大学のこと? それとも、体調?」

心配そうな声音に、琴葉は慌てて首を横に振る。

「ううん、違うの。どっちでもない……」

スプーンを持つ手を止め、視線を落とす。

“寂しい”とか、“会いたい”とか――
その言葉が喉の奥まで上がってきて、でも、飲み込んだ。
言葉にした瞬間、涙がこぼれてしまいそうで、
唇をきゅっと結ぶ。

母はそれ以上踏み込まず、
ただ静かに娘の横顔を見つめてから、柔らかく微笑んだ。

「……そう。なら、いいのよ。無理して話さなくても」

その声音は、すべてを察しているようでいて、
決して問い詰めることはなかった。

「寒いから、今夜はあたたかくして寝なさいね。
湯たんぽ、入れておく?」

「……ううん、大丈夫」

母の視線を感じて、慌てて笑顔を作る。

「ありがとう、ママ。シチュー、すごく美味しい」

「それなら、よかったわ」

母はそれだけ言って微笑み、それ以上の会話はない。

食卓に流れる沈黙は、重たいものではなく、ただ、お互いの心の温度を確かめ合うような、静かな時間だった。


食後、母が片づけをする音を背に、琴葉は自室へ戻った。
暖房の効いた部屋は心地よく、ベッドの上には母が用意してくれたふかふかの毛布が重ねられている。

それでも、どこか落ち着かない。

スマートフォンを手に取り、画面を見つめる。
通知は、やっぱりない。

「……だめだな、私」

小さく苦笑しながら、枕に顔を埋める。

会いたいなんて、わがままだ。
自分だけが寂しいなんて、そんなこと言えるはずがない。

「……会いたいな、そうちゃん」

誰にも届かない小さな呟きが、
静かな部屋に溶けていった。

窓の外では、冬の風が街の明かりを揺らしている。

やがて、ゆっくりと瞼を閉じる。
その夜、琴葉は毛布に包まれたまま、
彼のぬくもりを思い出しながら、静かに眠りに落ちていった。
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