病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

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第10話・選んだ場所に、逃げ場はなかった

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数日が過ぎた。

大学はちょうど試験前の休講期間で、講義もなく、課題もひと段落ついている。
病み上がりの琴葉にとって、しばらく安静にしているには都合のいい時期だった。

朝は決まった時間に起きて、体調チェックを受け、軽めの朝食。
午前中は読書かストレッチ。昼食後は仮眠。
夕方には血圧を測って、軽く入浴。
そして、22時には部屋の照明が落とされ、眠りにつく。

――病院と、何も変わらない生活。

(……別に、ここにいたいわけじゃない)

その気持ちは今も変わらない。
本当に欲しかったのは“管理者を変えること”ではなく、“自由に息をする場所”。

けれど、実家に戻れば、母と顔を合わせるたびに心配され、制限され喧嘩になる。
父の不器用な優しさも、今の自分では素直に受け取れそうになかった。

だったらせめて――。

「自分で選んだ場所にいよう」

そう、思ったはずだったのに、時間が経てば経つほど胸の中は重くなる一方だった。

監視カメラがあるわけでもない。
ルールが書かれた紙が貼られているわけでもない。

それでも、常に誰かに見られているようで、
見えない縄でじわりと縛られていくような息苦しさがあった。


ある昼下がり。
奏一が病院から一時帰宅し、自宅で昼食をとっていた時のこと。
何気なく琴葉の手元にあるスマホを見て、彼は言った。

「位置情報、オンにしておいてください。いざというとき、すぐに探せるように」

「……それ、命令?」

「お願いです」

どちらでも、結局は同じことだった。

心臓の病気は、いつ発作を起こすかわからない。
医者として当然の判断――その理屈はわかっている。

それでも、琴葉の胸には黒い感情が渦巻いた。

(そんな風に言われたら、断れるわけない)

奏一も、親と同じ。
“私がどうありたいか”なんて、最初から誰の中にも存在しないんだ。


そして、奏一の家に来て1週間。
目の前に並んだのは、やさしく味つけされた煮物と、おかゆ。
負担の少ない栄養バランスを考慮した夕食。

「……いらない。お腹すいてないから」

差し出されたスプーンを睨みつけるようにして、琴葉は短く言い放った。
その声は刺々しく、反発の色をはっきりと滲ませている。

対する奏一は、何一つ表情を崩さず静かに言葉を返す。

「今は食欲がなくても、薬は必ず服用していただきます。
副作用を抑えるために、少しでも口にしていただけると」

淡々とした説明。
怒ってはいない、しかし引き下がる気配もない。

「……うるさい。先生もほんと、しつこい」

琴葉の刺すような言葉にも、彼は眉一つ動かさない。

「……そうですね。しつこいです。
ですが、あなたの身体は、少しの無理で命を落としかねません。
私には、琴葉さんの命を守る責任があります」

“責任”。
それは感情ではなく、義務のような言葉だった。

琴葉は睨み返しながら、吐き捨てるように言う。

「……わかったよ、食べる。少しだけ」

投げやりにも聞こえるその言葉に、奏一は深く頷いた。

「ありがとうございます。ゆっくりで構いません。無理はしないように」

その後も、彼は琴葉がきちんと薬を飲み終えるまで、その場を離れなかった。

静かすぎる空間が、琴葉の苛立ちをさらに増幅させる。
結局ここでも、何もかもが“決められている”。

それがたまらなく煩わしかった。
やがて時間を確認した奏一が立ち上がる。

「では、私はそろそろ病院に戻ります。
お休み前に何かあれば、必ず連絡を。
……位置情報アプリもオンにしておいてください」

「……はーい」

ぞんざいに返す琴葉に、奏一はそれ以上何も言わなかった。
ただ一礼し、静かに玄関のドアを閉めて出ていく。

重い沈黙が、再び部屋を包み込んだ。
――私は、何のために生きているんだっけ。

その問いだけが、ずっと胸の中で渦を巻き続けていた。
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