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第39話・静かに交わる心と体温
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ベッドのドア越しに感じていた澪の気配が、ふいに変わった気がした。
(……熱があがってきたか)
崇雅は立ち上がり、音を立てないように寝室のドアを開ける。
薄暗い照明の中、ベッドで眠る澪の額に汗が浮かんでいた。
頬が赤く、眉間にはかすかな痛みの痕。
唇は乾き、息は浅く、熱がぶり返しているのは明らかだった。
静かに近づき、額に手を当てる。
熱い。
(薬が切れたか)
タオルを濡らし直し、冷えピタを取り替え、
崇雅は無言で手際よく処置を進めた。
それは誰に教わったわけでもない。
ただ、“今できる最善”を、彼なりにやっているだけだった。
「……ん……」
小さな声とともに、澪が寝返りを打つ。
そのまま、かすかに唇が動いた。
「……たか…まさ、さん……」
その呼び方が、やけに弱々しくて、崇雅の胸を刺した。
「ここにいる」
即座に返しながら、そっと彼女の手を取った。
火照ったその指は、力なく崇雅の手のひらに包まれる。
崇雅の中に、言いようのない感情が滲んでいく。
澪は強い。
人に弱さを見せず、なんでも一人で抱えようとする。
——けれど今、こうして熱に浮かされて、自分の名前を呼んだ。
(頼ってくれた)
たったそれだけのことが、ひどく嬉しかった。
「もう、ひとりで無理するな。……俺がいる」
低く、囁くような声が、自分でも驚くほど優しくて。
澪の手がわずかに動いた気がして、
そのまま、崇雅は彼女の枕元に腰を下ろした。
夜はまだ深い。
けれど、もう一人きりで戦わせるつもりはなかった。
どれだけ頑張っても、強がっても、
この手だけは、離さないと決めた。
——————
うっすらとまぶたの裏に、やわらかな光が差し込んでくる。
それに気づいた瞬間、澪はゆっくりとまぶたを持ち上げた。
見慣れない天井。けれど、どこか安心する空気。
体を少しだけ動かすと、鈍いだるさはまだ残っていたが、
昨日までの熱の芯が少しだけ和らいでいるのがわかった。
(……少し、楽……)
息を整えて横を向いたそのとき——
すぐそばの椅子に、浅く腰掛けて眠っている人の姿が目に入った。
「……崇雅さん……?」
声をかけると、すぐに彼は目を開けた。
「起きたか」
「……はい。崇雅さん……ずっとここに……?」
「ああ」
それだけ言って、崇雅はそっと立ち上がり、
澪の額に手をあてて体温を確かめた。
「少し下がったな。熱はもう高くない」
「……そうですね。頭も少し軽いです」
そう笑った澪に、崇雅は眉を寄せて言う。
「だが、今日は会社を休め。これは上司命令だ」
「……え?」
「診断書もある。微熱は残ってる。
澪が出社したら、俺が、判断を誤った部長になる」
静かに、けれど強い口調で言い切られて、
澪は言葉を飲んだ。
「でも……」
「言い訳も責任感も、いらない。
今日の澪の仕事は、きちんと休むことだ」
部長としての声。
けれど、その奥に、恋人としての想いも確かに宿っていた。
「……私、こんなに迷惑かけてばかりで……」
「迷惑じゃない。むしろ、かけてくれていい」
そう言って、崇雅はベッドサイドにしゃがみこみ、
澪の頬にかかった髪をそっと払った。
「……澪が倒れるくらい無理をするなら、もっと早く止める。だから、黙って頼れ」
その一言が、深く、やさしく胸に染みていく。
「…そんなこと言われたら……甘えっぱなしになりそうです」
「むしろ、そうしてくれ」
静かな声で言われて、澪は笑いそうになる。
でも、笑うより先に——
涙が、ほんの少し滲んだ。
(こんなふうに、守られる日が来るなんて)
崇雅はそれには触れず、ただ静かに、
キッチンへと向かい、
数分後にはコップに白湯を注いで戻ってきた。
「喉乾いているだろう」
「……ありがとうございます」
澪はゆっくりと起き上がり、両手でコップを包み込むように持つ。
そのまま一口、口に含む。
熱すぎないやさしい温度が喉を通っていき、
ほんの少しだけ身体が軽くなった気がした。
「……落ち着きました」
そう言った澪に、崇雅の視線がふと揺れた。
その表情は、どこまでも静かで、冷静で。
けれど——ふとした瞬間、まなざしの熱が変わる。
「……な、に……?」
澪が問いかけるより早く、
崇雅はわずかに身をかがめて、彼女の額にそっと唇を落とした。
驚きに目を見開いた澪の額に、静かに触れるだけのキス。
それなのに、心臓の音が跳ね上がる。
「っ……!」
触れたのは一瞬だった。
でも、確かに崇雅の体温が、そこに残っていた。
「……熱は下がってきたとはいえ、まだ油断するな」
声はあくまで冷静なのに、どこか、甘さが滲んでいた。
「い、今の……!」
「……“恋人だから”だ。おかしいか?」
その一言に、顔が一気に熱を持つ。
「おかしい……っていうか……まだ心の準備が……!」
「そうか」
崇雅はさらりとそう返して、
空になったコップを持って立ち上がった。
(なんでそんなに平然としてるの!?)
澪はひとりで赤くなったまま、
顔を枕に埋めたくなる衝動と戦っていた。
(……熱があがってきたか)
崇雅は立ち上がり、音を立てないように寝室のドアを開ける。
薄暗い照明の中、ベッドで眠る澪の額に汗が浮かんでいた。
頬が赤く、眉間にはかすかな痛みの痕。
唇は乾き、息は浅く、熱がぶり返しているのは明らかだった。
静かに近づき、額に手を当てる。
熱い。
(薬が切れたか)
タオルを濡らし直し、冷えピタを取り替え、
崇雅は無言で手際よく処置を進めた。
それは誰に教わったわけでもない。
ただ、“今できる最善”を、彼なりにやっているだけだった。
「……ん……」
小さな声とともに、澪が寝返りを打つ。
そのまま、かすかに唇が動いた。
「……たか…まさ、さん……」
その呼び方が、やけに弱々しくて、崇雅の胸を刺した。
「ここにいる」
即座に返しながら、そっと彼女の手を取った。
火照ったその指は、力なく崇雅の手のひらに包まれる。
崇雅の中に、言いようのない感情が滲んでいく。
澪は強い。
人に弱さを見せず、なんでも一人で抱えようとする。
——けれど今、こうして熱に浮かされて、自分の名前を呼んだ。
(頼ってくれた)
たったそれだけのことが、ひどく嬉しかった。
「もう、ひとりで無理するな。……俺がいる」
低く、囁くような声が、自分でも驚くほど優しくて。
澪の手がわずかに動いた気がして、
そのまま、崇雅は彼女の枕元に腰を下ろした。
夜はまだ深い。
けれど、もう一人きりで戦わせるつもりはなかった。
どれだけ頑張っても、強がっても、
この手だけは、離さないと決めた。
——————
うっすらとまぶたの裏に、やわらかな光が差し込んでくる。
それに気づいた瞬間、澪はゆっくりとまぶたを持ち上げた。
見慣れない天井。けれど、どこか安心する空気。
体を少しだけ動かすと、鈍いだるさはまだ残っていたが、
昨日までの熱の芯が少しだけ和らいでいるのがわかった。
(……少し、楽……)
息を整えて横を向いたそのとき——
すぐそばの椅子に、浅く腰掛けて眠っている人の姿が目に入った。
「……崇雅さん……?」
声をかけると、すぐに彼は目を開けた。
「起きたか」
「……はい。崇雅さん……ずっとここに……?」
「ああ」
それだけ言って、崇雅はそっと立ち上がり、
澪の額に手をあてて体温を確かめた。
「少し下がったな。熱はもう高くない」
「……そうですね。頭も少し軽いです」
そう笑った澪に、崇雅は眉を寄せて言う。
「だが、今日は会社を休め。これは上司命令だ」
「……え?」
「診断書もある。微熱は残ってる。
澪が出社したら、俺が、判断を誤った部長になる」
静かに、けれど強い口調で言い切られて、
澪は言葉を飲んだ。
「でも……」
「言い訳も責任感も、いらない。
今日の澪の仕事は、きちんと休むことだ」
部長としての声。
けれど、その奥に、恋人としての想いも確かに宿っていた。
「……私、こんなに迷惑かけてばかりで……」
「迷惑じゃない。むしろ、かけてくれていい」
そう言って、崇雅はベッドサイドにしゃがみこみ、
澪の頬にかかった髪をそっと払った。
「……澪が倒れるくらい無理をするなら、もっと早く止める。だから、黙って頼れ」
その一言が、深く、やさしく胸に染みていく。
「…そんなこと言われたら……甘えっぱなしになりそうです」
「むしろ、そうしてくれ」
静かな声で言われて、澪は笑いそうになる。
でも、笑うより先に——
涙が、ほんの少し滲んだ。
(こんなふうに、守られる日が来るなんて)
崇雅はそれには触れず、ただ静かに、
キッチンへと向かい、
数分後にはコップに白湯を注いで戻ってきた。
「喉乾いているだろう」
「……ありがとうございます」
澪はゆっくりと起き上がり、両手でコップを包み込むように持つ。
そのまま一口、口に含む。
熱すぎないやさしい温度が喉を通っていき、
ほんの少しだけ身体が軽くなった気がした。
「……落ち着きました」
そう言った澪に、崇雅の視線がふと揺れた。
その表情は、どこまでも静かで、冷静で。
けれど——ふとした瞬間、まなざしの熱が変わる。
「……な、に……?」
澪が問いかけるより早く、
崇雅はわずかに身をかがめて、彼女の額にそっと唇を落とした。
驚きに目を見開いた澪の額に、静かに触れるだけのキス。
それなのに、心臓の音が跳ね上がる。
「っ……!」
触れたのは一瞬だった。
でも、確かに崇雅の体温が、そこに残っていた。
「……熱は下がってきたとはいえ、まだ油断するな」
声はあくまで冷静なのに、どこか、甘さが滲んでいた。
「い、今の……!」
「……“恋人だから”だ。おかしいか?」
その一言に、顔が一気に熱を持つ。
「おかしい……っていうか……まだ心の準備が……!」
「そうか」
崇雅はさらりとそう返して、
空になったコップを持って立ち上がった。
(なんでそんなに平然としてるの!?)
澪はひとりで赤くなったまま、
顔を枕に埋めたくなる衝動と戦っていた。
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