54 / 168
第52話・やわらかな休日のあとで
しおりを挟む
2日後。
GW最終日の午後、窓から差し込む陽の光が、
リビングに柔らかな影を落としていた。
澪はソファに座り、クッションを抱きかかえながら、
ふと隣にいる崇雅を見上げた。
「……こうしてゆっくり過ごすの、なんだか贅沢ですね」
「贅沢というほどのことか?」
「はい。普段、こんなにのんびりする時間なんてないですから」
そう言って笑う澪の頬に、
崇雅はそっと指先を伸ばし、髪をひと束、耳にかけてやった。
その仕草に澪の肩が小さく揺れる。
「……そんなことされたら、落ち着かなくなります」
「なんでだ」
「……わかってて聞いてますよね?」
返した言葉は少し拗ねた調子。
それを崇雅は静かに受け止め、
そのまま澪の手をそっと取り、指を絡めた。
「……今が、いい」
「……ん?」
「こうして澪が隣にいる時間が、すごくいい。
……それだけだ」
言葉は少ないのに、崇雅の視線はまっすぐで、どこまでも真剣で。
「……ずるいです、崇雅さん。そういうの……」
顔を伏せながらも、指先に伝わるぬくもりが心地よくて、
澪はそっと身を寄せた。
「……じゃあ、もう少しだけ……このまま、隣にいてもいいですか」
「……“もう少し”じゃなくて、ずっといていい」
そう言って、崇雅はゆっくりと澪の肩を引き寄せ、
その頭を自分の胸元に抱いた。
しばらくの間、何も言葉を交わさず、
ただ静かに互いの体温を感じ合う。
鼓動がすぐそばにあって、
呼吸のリズムが重なっていく。
(このまま、時間が止まったらいいのに)
澪は、崇雅の腕の中でそう思った。
夜。
時計の針が、日付が変わる少し前を指していた。
寝室の灯りは落とされ、
間接照明がベッドの上に、柔らかな影を落としている。
「……明日から、またいつも通りですね」
布団の中で、澪がぽつりと呟く。
「嫌か?」
「嫌じゃないです。けど……ちょっと寂しいです」
すぐそばから聞こえる崇雅の声は、少し低くて落ち着いていた。
「それなら、また来ればいい。ここは澪の場所でもある」
「……そんなふうに言われると……嬉しくて、困ります」
小さく笑った澪の表情を見つめながら、
崇雅はゆっくりと彼女の頬に手を添える。
「……じゃあ、困れ」
囁くような声とともに、崇雅の唇が澪の唇に触れた。
ふわりと重なる、やわらかいキス。
深くはない。けれど、想いが込められていた。
「……っ」
思わず息を呑んだ澪は、顔を真っ赤に染めたまま、崇雅の胸に額を押しつける。
「……いきなり……」
「恋人だからな。……当然だ」
「そ、そうですけど……前もって言ってください……」
「言ってからじゃ、自然にできない」
そんなやりとりに、思わずくすっと笑ってしまう。
(この人の優しさに、私はいつも、甘やかされてばかりだ)
そのまま、そっと寄り添えば——
崇雅は無言で澪を引き寄せ、腕の中に閉じ込めてくれる。
鼓動が、呼吸が、近い。
眠りにつくまでのわずかな時間が、
いつまでも続けばいいと、澪は静かに目を閉じた。
翌朝。
連休明けの朝は、少しだけ空気が重たい。
部屋に差し込む朝日がまぶたをくすぐり、
澪はゆっくりと目を覚ました。
(……ああ、今日からまた仕事だ)
隣に目を向けると、崇雅はすでに起きていて、
シャツの袖を通すところだった。
その背中は、いつもより少し遠く見える。
「……おはようございます」
「おはよう。まだ少し時間はある。ゆっくりでいい」
「……はい」
ベッドから起き上がりながら、
澪は昨夜のぬくもりを思い出して、そっと頬に触れた。
けれど、心の奥ではすでに“仕事”というスイッチが入りかけている。
朝食は手早く済ませ、
澪は崇雅の家に置いてある自分の荷物から、出勤用の服を取り出した。
身支度を整えるうちに、
部屋の空気は自然と“日常”へと戻っていく。
崇雅は淡々とネクタイを締め、
澪は鏡の前で髪を整えながら、自分の表情がいつもの“社会人の顔”になっていくのを感じていた。
(昨日までの空気が、もう少しだけ続けばいいのに)
そんな思いを飲み込んで、バックのファスナーを閉じる。
「準備、できました」
「出るか」
「はい」
玄関先で並んで靴を履きながら、
ふと澪は隣の横顔を見上げた。
「……今朝の崇雅さん、やっぱり少し違いますね」
「何がだ」
「部長モード、って感じです」
「当然だろう。今日から“仕事”なんだからな」
そう言って、ほんのわずかに口元を緩めたその表情に、澪は小さく笑った。
(でも、それがいい。崇雅さんは、そういう人だ)
連休の終わり。
けれど、恋人であることは変わらない。
仕事モードへ切り替わる朝も、
崇雅の隣で迎えるだけで、少し心強かった。
GW最終日の午後、窓から差し込む陽の光が、
リビングに柔らかな影を落としていた。
澪はソファに座り、クッションを抱きかかえながら、
ふと隣にいる崇雅を見上げた。
「……こうしてゆっくり過ごすの、なんだか贅沢ですね」
「贅沢というほどのことか?」
「はい。普段、こんなにのんびりする時間なんてないですから」
そう言って笑う澪の頬に、
崇雅はそっと指先を伸ばし、髪をひと束、耳にかけてやった。
その仕草に澪の肩が小さく揺れる。
「……そんなことされたら、落ち着かなくなります」
「なんでだ」
「……わかってて聞いてますよね?」
返した言葉は少し拗ねた調子。
それを崇雅は静かに受け止め、
そのまま澪の手をそっと取り、指を絡めた。
「……今が、いい」
「……ん?」
「こうして澪が隣にいる時間が、すごくいい。
……それだけだ」
言葉は少ないのに、崇雅の視線はまっすぐで、どこまでも真剣で。
「……ずるいです、崇雅さん。そういうの……」
顔を伏せながらも、指先に伝わるぬくもりが心地よくて、
澪はそっと身を寄せた。
「……じゃあ、もう少しだけ……このまま、隣にいてもいいですか」
「……“もう少し”じゃなくて、ずっといていい」
そう言って、崇雅はゆっくりと澪の肩を引き寄せ、
その頭を自分の胸元に抱いた。
しばらくの間、何も言葉を交わさず、
ただ静かに互いの体温を感じ合う。
鼓動がすぐそばにあって、
呼吸のリズムが重なっていく。
(このまま、時間が止まったらいいのに)
澪は、崇雅の腕の中でそう思った。
夜。
時計の針が、日付が変わる少し前を指していた。
寝室の灯りは落とされ、
間接照明がベッドの上に、柔らかな影を落としている。
「……明日から、またいつも通りですね」
布団の中で、澪がぽつりと呟く。
「嫌か?」
「嫌じゃないです。けど……ちょっと寂しいです」
すぐそばから聞こえる崇雅の声は、少し低くて落ち着いていた。
「それなら、また来ればいい。ここは澪の場所でもある」
「……そんなふうに言われると……嬉しくて、困ります」
小さく笑った澪の表情を見つめながら、
崇雅はゆっくりと彼女の頬に手を添える。
「……じゃあ、困れ」
囁くような声とともに、崇雅の唇が澪の唇に触れた。
ふわりと重なる、やわらかいキス。
深くはない。けれど、想いが込められていた。
「……っ」
思わず息を呑んだ澪は、顔を真っ赤に染めたまま、崇雅の胸に額を押しつける。
「……いきなり……」
「恋人だからな。……当然だ」
「そ、そうですけど……前もって言ってください……」
「言ってからじゃ、自然にできない」
そんなやりとりに、思わずくすっと笑ってしまう。
(この人の優しさに、私はいつも、甘やかされてばかりだ)
そのまま、そっと寄り添えば——
崇雅は無言で澪を引き寄せ、腕の中に閉じ込めてくれる。
鼓動が、呼吸が、近い。
眠りにつくまでのわずかな時間が、
いつまでも続けばいいと、澪は静かに目を閉じた。
翌朝。
連休明けの朝は、少しだけ空気が重たい。
部屋に差し込む朝日がまぶたをくすぐり、
澪はゆっくりと目を覚ました。
(……ああ、今日からまた仕事だ)
隣に目を向けると、崇雅はすでに起きていて、
シャツの袖を通すところだった。
その背中は、いつもより少し遠く見える。
「……おはようございます」
「おはよう。まだ少し時間はある。ゆっくりでいい」
「……はい」
ベッドから起き上がりながら、
澪は昨夜のぬくもりを思い出して、そっと頬に触れた。
けれど、心の奥ではすでに“仕事”というスイッチが入りかけている。
朝食は手早く済ませ、
澪は崇雅の家に置いてある自分の荷物から、出勤用の服を取り出した。
身支度を整えるうちに、
部屋の空気は自然と“日常”へと戻っていく。
崇雅は淡々とネクタイを締め、
澪は鏡の前で髪を整えながら、自分の表情がいつもの“社会人の顔”になっていくのを感じていた。
(昨日までの空気が、もう少しだけ続けばいいのに)
そんな思いを飲み込んで、バックのファスナーを閉じる。
「準備、できました」
「出るか」
「はい」
玄関先で並んで靴を履きながら、
ふと澪は隣の横顔を見上げた。
「……今朝の崇雅さん、やっぱり少し違いますね」
「何がだ」
「部長モード、って感じです」
「当然だろう。今日から“仕事”なんだからな」
そう言って、ほんのわずかに口元を緩めたその表情に、澪は小さく笑った。
(でも、それがいい。崇雅さんは、そういう人だ)
連休の終わり。
けれど、恋人であることは変わらない。
仕事モードへ切り替わる朝も、
崇雅の隣で迎えるだけで、少し心強かった。
99
あなたにおすすめの小説
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
冷徹社長の「契約」シンデレラ~一夜の過ちから始まる溺愛ルート!? 嘘つきな私と不器用な御曹司のオフィスラブ~
藤森瑠璃香
恋愛
派遣社員の桜井美月は、ある夜、会社の懇親会で泥酔し、翌朝目覚めると隣には「氷の彫刻」と恐れられる若き社長・一条蓮がいた。まさかの一夜の過ち(実際には何もなかったが、美月は勘違い)に青ざめる美月に、蓮は「責任は取る。だがこれは恋愛ではない、契約だ」と、彼の抱えるある事情のため、期間限定で恋人のフリをするよう持ちかける。破格の報酬と蓮の真剣な様子に、美月は契約を受け入れる。
定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました
藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。
そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。
ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。
その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。
仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。
会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。
これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?
akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。
今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。
家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。
だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
その卵焼き俺にも食わせろ!―ワンナイトラブから逃げたはずなのに、契約で縛られてました!?―
鷹槻れん
恋愛
新沼 晴永(にいぬま はるなが/36)は俺様上司として恐れられる鬼課長。
そんな彼に毎日のように振り回されるのが、犬猿の仲(だと彼女が勝手に思っている)部下の小笹 瑠璃香(こざさ るりか/28)だ。
飲み会の夜、酔ってふにゃふにゃになった瑠璃香を晴永がまんまと持ち帰り――翌朝待っていたのはワンナイトの証拠と契約結婚の書類!?
晴永には逃げようとする瑠璃香を逃がすつもりはないらしい!?
笑いと誤解と契約の、ドタバタラブコメディ!
○表紙絵は市瀬雪さんに依頼しました♥(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる