【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな

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第52話・やわらかな休日のあとで

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2日後。
GW最終日の午後、窓から差し込む陽の光が、
リビングに柔らかな影を落としていた。

澪はソファに座り、クッションを抱きかかえながら、
ふと隣にいる崇雅を見上げた。

「……こうしてゆっくり過ごすの、なんだか贅沢ですね」

「贅沢というほどのことか?」

「はい。普段、こんなにのんびりする時間なんてないですから」

そう言って笑う澪の頬に、
崇雅はそっと指先を伸ばし、髪をひと束、耳にかけてやった。

その仕草に澪の肩が小さく揺れる。

「……そんなことされたら、落ち着かなくなります」

「なんでだ」

「……わかってて聞いてますよね?」

返した言葉は少し拗ねた調子。
それを崇雅は静かに受け止め、
そのまま澪の手をそっと取り、指を絡めた。

「……今が、いい」

「……ん?」

「こうして澪が隣にいる時間が、すごくいい。
……それだけだ」

言葉は少ないのに、崇雅の視線はまっすぐで、どこまでも真剣で。

「……ずるいです、崇雅さん。そういうの……」

顔を伏せながらも、指先に伝わるぬくもりが心地よくて、
澪はそっと身を寄せた。

「……じゃあ、もう少しだけ……このまま、隣にいてもいいですか」

「……“もう少し”じゃなくて、ずっといていい」

そう言って、崇雅はゆっくりと澪の肩を引き寄せ、
その頭を自分の胸元に抱いた。


しばらくの間、何も言葉を交わさず、
ただ静かに互いの体温を感じ合う。

鼓動がすぐそばにあって、
呼吸のリズムが重なっていく。

(このまま、時間が止まったらいいのに)

澪は、崇雅の腕の中でそう思った。



夜。
時計の針が、日付が変わる少し前を指していた。

寝室の灯りは落とされ、
間接照明がベッドの上に、柔らかな影を落としている。

「……明日から、またいつも通りですね」

布団の中で、澪がぽつりと呟く。

「嫌か?」

「嫌じゃないです。けど……ちょっと寂しいです」

すぐそばから聞こえる崇雅の声は、少し低くて落ち着いていた。

「それなら、また来ればいい。ここは澪の場所でもある」

「……そんなふうに言われると……嬉しくて、困ります」

小さく笑った澪の表情を見つめながら、
崇雅はゆっくりと彼女の頬に手を添える。

「……じゃあ、困れ」

囁くような声とともに、崇雅の唇が澪の唇に触れた。

ふわりと重なる、やわらかいキス。
深くはない。けれど、想いが込められていた。

「……っ」

思わず息を呑んだ澪は、顔を真っ赤に染めたまま、崇雅の胸に額を押しつける。

「……いきなり……」

「恋人だからな。……当然だ」

「そ、そうですけど……前もって言ってください……」

「言ってからじゃ、自然にできない」

そんなやりとりに、思わずくすっと笑ってしまう。

(この人の優しさに、私はいつも、甘やかされてばかりだ)

そのまま、そっと寄り添えば——
崇雅は無言で澪を引き寄せ、腕の中に閉じ込めてくれる。

鼓動が、呼吸が、近い。

眠りにつくまでのわずかな時間が、
いつまでも続けばいいと、澪は静かに目を閉じた。



翌朝。
連休明けの朝は、少しだけ空気が重たい。

部屋に差し込む朝日がまぶたをくすぐり、
澪はゆっくりと目を覚ました。

(……ああ、今日からまた仕事だ)

隣に目を向けると、崇雅はすでに起きていて、
シャツの袖を通すところだった。

その背中は、いつもより少し遠く見える。

「……おはようございます」

「おはよう。まだ少し時間はある。ゆっくりでいい」

「……はい」

ベッドから起き上がりながら、
澪は昨夜のぬくもりを思い出して、そっと頬に触れた。

けれど、心の奥ではすでに“仕事”というスイッチが入りかけている。


朝食は手早く済ませ、
澪は崇雅の家に置いてある自分の荷物から、出勤用の服を取り出した。

身支度を整えるうちに、
部屋の空気は自然と“日常”へと戻っていく。

崇雅は淡々とネクタイを締め、
澪は鏡の前で髪を整えながら、自分の表情がいつもの“社会人の顔”になっていくのを感じていた。

(昨日までの空気が、もう少しだけ続けばいいのに)

そんな思いを飲み込んで、バックのファスナーを閉じる。

「準備、できました」

「出るか」

「はい」

玄関先で並んで靴を履きながら、
ふと澪は隣の横顔を見上げた。

「……今朝の崇雅さん、やっぱり少し違いますね」

「何がだ」

「部長モード、って感じです」

「当然だろう。今日から“仕事”なんだからな」

そう言って、ほんのわずかに口元を緩めたその表情に、澪は小さく笑った。

(でも、それがいい。崇雅さんは、そういう人だ)

連休の終わり。
けれど、恋人であることは変わらない。

仕事モードへ切り替わる朝も、
崇雅の隣で迎えるだけで、少し心強かった。
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