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第81話・正式に、ふたりで
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車が自宅マンションの駐車場に滑り込む。
帰宅の足取りも、もう慣れたものだった。
けれど、澪はやはり心のどこかで思う。
(……今日から本当に、ここが“私の家”になるんだ)
玄関をくぐると、崇雅がジャケットを脱ぎながら言った。
「今日から、正式に同棲だな」
「……実感、あるような……ないような、です」
「“ないような”の方だろ。生活自体は、前から何も変わってない」
「……たしかに」
くすっと笑いながらも、澪はどこか気恥ずかしそうにスリッパへと足を入れる。
それは、これからも毎日ここに帰ってくることを、無言で受け入れる仕草のようだった。
「会社の住所変更届も出さなきゃだし……定期もどうしようかな。崇雅さんと一緒に通勤してるから、使ってないんですけど……」
「定期、更新してないなら交通費精算だけでも出せる。俺が確認しておく」
「あ、はい……ありがとうございます」
「……それと、役所の手続きもいるだろ」
「……あ、そうですね……! 住民票とか、いろいろ……」
「有給、取っておけ。一日で済ませたいなら、手続きの順も確認しておこう」
「……そんな、私のことなのに、そこまで……」
「“一緒に住む”って、そういうことだ。澪が困らないようにするのは当然だろ」
その口調は淡々としていたけれど、決して揺るがない。
澪はふっと頬を緩め、静かに礼を告げた。
「……崇雅さん…ありがとうございます」
気恥ずかしさと、それ以上の温かさが胸に広がる。
(……崇雅さんといる限り、私は多分、大丈夫)
そんな思いを胸に、澪は荷解きを始めた。
運び込まれていた段ボールは小さなものが数個だけ。
「それ、俺の方で収納しておく。澪は先にシャワー浴びてこい」
「……はい、ありがとうございます」
それもまた、もう何度も交わされたやりとりだった。
澪は一人でバスルームへ向かった。
シャワーの音がやわらかく浴室に響く。
汗と埃を流しながら、ふと気づく。
(……あれ? 引越し業者の費用……)
部屋の解約も、荷物の運び出しも、すべて段取りよく進んでいた。
澪自身は、言われるままにサインをして、必要なものを指示しただけ。
——でも、お金の話は、していない。
(……私、何も払ってない……)
シャワーを止めて、タオルで髪を押さえながら、胸の奥がざわついていく。
正式に同棲を始めた今、崇雅と“ちゃんと”向き合わなければいけない。
今までは体調不良やケガで甘える形になっていたけれど、もう違う。
(同棲って、生活のこと全部を共有することだから……ちゃんと、話さなきゃ)
そう思いながらバスルームを出ると、リビングでは崇雅がノートパソコンを閉じて澪を見上げた。
「おかえり。ドライヤー、使うか?」
「……はい、お願いします」
髪を乾かしてもらいながら、澪は少しだけ迷ってから、切り出した。
「……あの、引越しの費用……全部、崇雅さんが?」
「ああ」
あまりにもあっさりとした返事に、澪は肩をすくめる。
「……やっぱり。私が出します。私の荷物を運んでもらっているので——」
「今日の引越し費用は俺が出す。澪が“ここで暮らす”と決めてくれた日だから、俺にとってはお祝いみたいなもんだ」
「……っ」
顔がかぁっと熱くなる。
(お祝いって……)
その言葉に、澪は反論しようとして言葉を飲み込む。恥ずかしさが胸の奥で熱になって、うまく言葉にならなかった。
「……う……」
その様子を見て、崇雅がくすりと笑い、そっと澪の頭をぽんぽんと撫でる。
「無理に何かを返そうとしなくていい。澪がここにいてくれさえすれば、それで十分だ」
(……どうして、そんなふうに言えるんですか……)
澪は心の中で呟いたけれど、顔に出す余裕はなかった。
髪を乾かし終えた崇雅がドライヤーのスイッチを切る。
澪はタオルを握りしめたまま、少しだけ姿勢を正して向き直った。
「……あの、わかりました。引越し費用は……ありがとうございます」
「ああ」
「でも、その……生活費は、ちゃんと分担したいんです。これまでは甘えてましたけど、もう右手も完治したし……“一緒に暮らす”なら、ちゃんとしたいです」
澪の声には譲らないとする芯があった。
崇雅がそれを無視できないことを、彼女もわかっていた。
崇雅はふっと息を吐いて、澪を見つめる。
「……今さらだな。全部俺が出しても、何の問題もない。俺の稼ぎなら、澪が5人いても養える」
「そんなにいないです……一人です……!」
恥ずかしさと呆れと、少しの笑いが混ざった澪の反応に、崇雅も静かに笑った。
「…………わかった、妥協案だ。家賃や固定費は俺が出す。澪は、食費と日用品、それと自分のものだけでいい」
「……それだけでいいんですか?」
「……それ以上出そうとするなら、俺は——全部、俺が出すと言い出すだろうな」
崇雅の声は淡々としていたけれど、その目は澪をまっすぐにとらえて離さない。
「そうしたくなるくらい、澪のこと、大事に思ってる」
「……っ」
言い返せなくて、澪はまた黙った。
それでも、顔には少し安心したような、けれど照れくさいような、曖昧な笑みが浮かんでいた。
帰宅の足取りも、もう慣れたものだった。
けれど、澪はやはり心のどこかで思う。
(……今日から本当に、ここが“私の家”になるんだ)
玄関をくぐると、崇雅がジャケットを脱ぎながら言った。
「今日から、正式に同棲だな」
「……実感、あるような……ないような、です」
「“ないような”の方だろ。生活自体は、前から何も変わってない」
「……たしかに」
くすっと笑いながらも、澪はどこか気恥ずかしそうにスリッパへと足を入れる。
それは、これからも毎日ここに帰ってくることを、無言で受け入れる仕草のようだった。
「会社の住所変更届も出さなきゃだし……定期もどうしようかな。崇雅さんと一緒に通勤してるから、使ってないんですけど……」
「定期、更新してないなら交通費精算だけでも出せる。俺が確認しておく」
「あ、はい……ありがとうございます」
「……それと、役所の手続きもいるだろ」
「……あ、そうですね……! 住民票とか、いろいろ……」
「有給、取っておけ。一日で済ませたいなら、手続きの順も確認しておこう」
「……そんな、私のことなのに、そこまで……」
「“一緒に住む”って、そういうことだ。澪が困らないようにするのは当然だろ」
その口調は淡々としていたけれど、決して揺るがない。
澪はふっと頬を緩め、静かに礼を告げた。
「……崇雅さん…ありがとうございます」
気恥ずかしさと、それ以上の温かさが胸に広がる。
(……崇雅さんといる限り、私は多分、大丈夫)
そんな思いを胸に、澪は荷解きを始めた。
運び込まれていた段ボールは小さなものが数個だけ。
「それ、俺の方で収納しておく。澪は先にシャワー浴びてこい」
「……はい、ありがとうございます」
それもまた、もう何度も交わされたやりとりだった。
澪は一人でバスルームへ向かった。
シャワーの音がやわらかく浴室に響く。
汗と埃を流しながら、ふと気づく。
(……あれ? 引越し業者の費用……)
部屋の解約も、荷物の運び出しも、すべて段取りよく進んでいた。
澪自身は、言われるままにサインをして、必要なものを指示しただけ。
——でも、お金の話は、していない。
(……私、何も払ってない……)
シャワーを止めて、タオルで髪を押さえながら、胸の奥がざわついていく。
正式に同棲を始めた今、崇雅と“ちゃんと”向き合わなければいけない。
今までは体調不良やケガで甘える形になっていたけれど、もう違う。
(同棲って、生活のこと全部を共有することだから……ちゃんと、話さなきゃ)
そう思いながらバスルームを出ると、リビングでは崇雅がノートパソコンを閉じて澪を見上げた。
「おかえり。ドライヤー、使うか?」
「……はい、お願いします」
髪を乾かしてもらいながら、澪は少しだけ迷ってから、切り出した。
「……あの、引越しの費用……全部、崇雅さんが?」
「ああ」
あまりにもあっさりとした返事に、澪は肩をすくめる。
「……やっぱり。私が出します。私の荷物を運んでもらっているので——」
「今日の引越し費用は俺が出す。澪が“ここで暮らす”と決めてくれた日だから、俺にとってはお祝いみたいなもんだ」
「……っ」
顔がかぁっと熱くなる。
(お祝いって……)
その言葉に、澪は反論しようとして言葉を飲み込む。恥ずかしさが胸の奥で熱になって、うまく言葉にならなかった。
「……う……」
その様子を見て、崇雅がくすりと笑い、そっと澪の頭をぽんぽんと撫でる。
「無理に何かを返そうとしなくていい。澪がここにいてくれさえすれば、それで十分だ」
(……どうして、そんなふうに言えるんですか……)
澪は心の中で呟いたけれど、顔に出す余裕はなかった。
髪を乾かし終えた崇雅がドライヤーのスイッチを切る。
澪はタオルを握りしめたまま、少しだけ姿勢を正して向き直った。
「……あの、わかりました。引越し費用は……ありがとうございます」
「ああ」
「でも、その……生活費は、ちゃんと分担したいんです。これまでは甘えてましたけど、もう右手も完治したし……“一緒に暮らす”なら、ちゃんとしたいです」
澪の声には譲らないとする芯があった。
崇雅がそれを無視できないことを、彼女もわかっていた。
崇雅はふっと息を吐いて、澪を見つめる。
「……今さらだな。全部俺が出しても、何の問題もない。俺の稼ぎなら、澪が5人いても養える」
「そんなにいないです……一人です……!」
恥ずかしさと呆れと、少しの笑いが混ざった澪の反応に、崇雅も静かに笑った。
「…………わかった、妥協案だ。家賃や固定費は俺が出す。澪は、食費と日用品、それと自分のものだけでいい」
「……それだけでいいんですか?」
「……それ以上出そうとするなら、俺は——全部、俺が出すと言い出すだろうな」
崇雅の声は淡々としていたけれど、その目は澪をまっすぐにとらえて離さない。
「そうしたくなるくらい、澪のこと、大事に思ってる」
「……っ」
言い返せなくて、澪はまた黙った。
それでも、顔には少し安心したような、けれど照れくさいような、曖昧な笑みが浮かんでいた。
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