88 / 168
第86話・任せる勇気、支える強さ
しおりを挟む
翌朝。
薄い雲のかかる空から差し込む光が、車の窓越しに柔らかく揺れていた。
運転席の崇雅が、信号待ちの合間にふと口を開く。
「……昨日は、ちゃんと寝られたか?」
その問いに、澪は「はい」と頷いて、小さく笑った。
「今日は……昨日よりも、気持ちに余裕があります」
「そうか」
短い返事。
それだけなのに、視線の端に浮かんだわずかな笑みに、澪の胸はじんわりとあたたかくなるのだった。
午前10時。
プロジェクトルームに立つ澪は、ホワイトボードを背に、全体進行表を前にしていた。
「この資料の更新、Bチームの山本さんにお願いできますか?今の工程に一番詳しいのはあなたなので」
「わかりました。15時までに仕上げます」
「ありがとうございます。終わったら一度、私に目を通させてください」
これまでなら、自分で抱え込んでいたタスク。
けれど今日は、“任せる”という選択をした。
以降も、各所に的確な指示を飛ばし、状況の確認と共有を取りながら、プロジェクトを着実に前へ進めていく。
「——お疲れさまです。午後の打ち合わせ、議事録は川口さんにお願いしたいんですけど、大丈夫そうですか?」
「はい、問題ありません」
「助かります。何かあればすぐ声をかけてくださいね」
声にはまだ少し緊張が滲む。
けれど、澪の表情は以前よりずっと落ち着いていた。
“自分が全部やらなければ”という思考の檻から、一歩外へ出た。
小さな変化だけれど、そこに澪自身もちゃんと気づいていた。
夕方、澪はノートPCを抱えて、崇雅のデスクにやって来た。
「——今、お時間いいですか?」
「……ああ」
珍しく自分から来た澪に、崇雅は手元の資料を閉じ、視線を彼女へと向けた。
立ち上がり、そのまま2人で会議室へ移動する。
「進捗、今日の分まで一通りまとまりました。メンバーにも少しずつ分担できてきています」
「そうか。いい流れだな」
「……昨日、教えてもらった“影響範囲”と“流れを止めないこと”を意識してみました」
「それで?」
「難しかったけど、前より少しだけ、仕事がスムーズになった気がします。
あと……こういうこと、ちゃんと報告した方がいいかなと思って」
その言葉に、崇雅は少しだけ目を細めて、澪のノートPCを指差した。
「見せてみろ。進捗、確認してやる」
「……ありがとうございます」
澪がPCを開いたとき、その頬はほんのりと紅く染まっていた。
「……あの、今後のことで少し相談もいいですか?」
「ああ。責任者が“相談できる上司”を持っているのは、悪いことじゃない」
「はい……じゃあ、遠慮なく……」
そう言って澪は、今後のタスク割り振り、メンバーのフォロー体制、そして自分の体調管理まで、ありのままを崇雅に伝えた。
一つひとつ、言葉に迷いはあっても、逃げるような後ろ向きさはなかった。
崇雅はそれを真剣に聞き、上司として、そして恋人として、的確に返していく。
打ち合わせを終えたとき、澪はふと、静かに息を吐いた。
「……今日、少しだけ、自分を褒めてもいいですか?」
「そうだな。……じゃあ、今夜は澪の好きなもの買って帰ろう」
「……やった、楽しみです」
そんな何気ない会話が、澪の胸に深く沁みていた。
——ちゃんと、進んでる。
小さくても、崩れそうになっても、前に進めている。
支えてくれる人がいる今なら、もっと強くなれる。
澪はそんな確かな手応えを、胸の奥で静かに噛みしめていた。
薄い雲のかかる空から差し込む光が、車の窓越しに柔らかく揺れていた。
運転席の崇雅が、信号待ちの合間にふと口を開く。
「……昨日は、ちゃんと寝られたか?」
その問いに、澪は「はい」と頷いて、小さく笑った。
「今日は……昨日よりも、気持ちに余裕があります」
「そうか」
短い返事。
それだけなのに、視線の端に浮かんだわずかな笑みに、澪の胸はじんわりとあたたかくなるのだった。
午前10時。
プロジェクトルームに立つ澪は、ホワイトボードを背に、全体進行表を前にしていた。
「この資料の更新、Bチームの山本さんにお願いできますか?今の工程に一番詳しいのはあなたなので」
「わかりました。15時までに仕上げます」
「ありがとうございます。終わったら一度、私に目を通させてください」
これまでなら、自分で抱え込んでいたタスク。
けれど今日は、“任せる”という選択をした。
以降も、各所に的確な指示を飛ばし、状況の確認と共有を取りながら、プロジェクトを着実に前へ進めていく。
「——お疲れさまです。午後の打ち合わせ、議事録は川口さんにお願いしたいんですけど、大丈夫そうですか?」
「はい、問題ありません」
「助かります。何かあればすぐ声をかけてくださいね」
声にはまだ少し緊張が滲む。
けれど、澪の表情は以前よりずっと落ち着いていた。
“自分が全部やらなければ”という思考の檻から、一歩外へ出た。
小さな変化だけれど、そこに澪自身もちゃんと気づいていた。
夕方、澪はノートPCを抱えて、崇雅のデスクにやって来た。
「——今、お時間いいですか?」
「……ああ」
珍しく自分から来た澪に、崇雅は手元の資料を閉じ、視線を彼女へと向けた。
立ち上がり、そのまま2人で会議室へ移動する。
「進捗、今日の分まで一通りまとまりました。メンバーにも少しずつ分担できてきています」
「そうか。いい流れだな」
「……昨日、教えてもらった“影響範囲”と“流れを止めないこと”を意識してみました」
「それで?」
「難しかったけど、前より少しだけ、仕事がスムーズになった気がします。
あと……こういうこと、ちゃんと報告した方がいいかなと思って」
その言葉に、崇雅は少しだけ目を細めて、澪のノートPCを指差した。
「見せてみろ。進捗、確認してやる」
「……ありがとうございます」
澪がPCを開いたとき、その頬はほんのりと紅く染まっていた。
「……あの、今後のことで少し相談もいいですか?」
「ああ。責任者が“相談できる上司”を持っているのは、悪いことじゃない」
「はい……じゃあ、遠慮なく……」
そう言って澪は、今後のタスク割り振り、メンバーのフォロー体制、そして自分の体調管理まで、ありのままを崇雅に伝えた。
一つひとつ、言葉に迷いはあっても、逃げるような後ろ向きさはなかった。
崇雅はそれを真剣に聞き、上司として、そして恋人として、的確に返していく。
打ち合わせを終えたとき、澪はふと、静かに息を吐いた。
「……今日、少しだけ、自分を褒めてもいいですか?」
「そうだな。……じゃあ、今夜は澪の好きなもの買って帰ろう」
「……やった、楽しみです」
そんな何気ない会話が、澪の胸に深く沁みていた。
——ちゃんと、進んでる。
小さくても、崩れそうになっても、前に進めている。
支えてくれる人がいる今なら、もっと強くなれる。
澪はそんな確かな手応えを、胸の奥で静かに噛みしめていた。
114
あなたにおすすめの小説
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。
冷徹社長の「契約」シンデレラ~一夜の過ちから始まる溺愛ルート!? 嘘つきな私と不器用な御曹司のオフィスラブ~
藤森瑠璃香
恋愛
派遣社員の桜井美月は、ある夜、会社の懇親会で泥酔し、翌朝目覚めると隣には「氷の彫刻」と恐れられる若き社長・一条蓮がいた。まさかの一夜の過ち(実際には何もなかったが、美月は勘違い)に青ざめる美月に、蓮は「責任は取る。だがこれは恋愛ではない、契約だ」と、彼の抱えるある事情のため、期間限定で恋人のフリをするよう持ちかける。破格の報酬と蓮の真剣な様子に、美月は契約を受け入れる。
定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました
藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。
そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。
ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。
その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。
仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。
会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。
これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
その卵焼き俺にも食わせろ!―ワンナイトラブから逃げたはずなのに、契約で縛られてました!?―
鷹槻れん
恋愛
新沼 晴永(にいぬま はるなが/36)は俺様上司として恐れられる鬼課長。
そんな彼に毎日のように振り回されるのが、犬猿の仲(だと彼女が勝手に思っている)部下の小笹 瑠璃香(こざさ るりか/28)だ。
飲み会の夜、酔ってふにゃふにゃになった瑠璃香を晴永がまんまと持ち帰り――翌朝待っていたのはワンナイトの証拠と契約結婚の書類!?
晴永には逃げようとする瑠璃香を逃がすつもりはないらしい!?
笑いと誤解と契約の、ドタバタラブコメディ!
○表紙絵は市瀬雪さんに依頼しました♥(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる