100 / 168
第98話・買い物リストと、ささやかな幸せ
しおりを挟む
朝――と言っても、時計の針はすでに9時を回っていた。
カーテンの隙間から差し込む陽の光が、ふわりとベッドの上を照らしている。
その光をまぶた越しに感じながら、澪はゆっくりとまばたきを繰り返し、少しずつ意識を浮かせていった。
(……お休み、だ)
仕事のことを考えなくていい朝。
出勤時間を気にせずにいられる、そんな朝は本当に久しぶりだった。
隣では崇雅が目を閉じたまま、静かに寝息を立てている。
けれどその腕はしっかりと澪の腰に回されていて、微かに力がこもっていた。
「……もう起きてますよね?」
澪がそう小さく声をかけると、崇雅は目を開け、澪を見下ろすようにして小さく笑った。
「……おはよう。顔色よさそうだな」
「はい。ちゃんと寝られたから……。崇雅さんも、ちゃんと眠れました?」
「ああ、澪が隣にいるから」
そのさらりとした返答に、澪の顔がじんわりと熱を帯びる。
どうしてこの人は、こんなにも自然に甘いことを言ってのけるのだろう。
「……じゃあ、そろそろ起きて朝ごはんの準備を……」
体を起こそうとする澪を、崇雅の腕が引き戻した。
「もう少し……。せっかくの休みなんだから、あと10分だけ」
「……わかりました。でも本当に10分ですよ?」
「ああ、10分」
(たぶん、10分じゃ済まないんだろうけど)
そう思いながらも、澪はおとなしくその腕の中で目を閉じた。
ベッドの中のぬくもりと、崇雅の体温に包まれて、心までぽかぽかと満たされていく。
結局、ベッドを出たのは10分どころか30分後だった。
軽く身支度を整えたあと、崇雅は手際よく朝食を用意し、ふたりでテーブルにつく。
「……今日は、食材の買い出しですよね?」
「ああ。冷蔵庫、ほぼ空だ。年末年始はどこも混むし、必要なものは今日中に」
「わかりました。おせちっぽいものも少し買っておきましょうか。全部作るのは大変だから……時間のかかる黒豆とか、あと伊達巻とか」
「そうだな。作りたいのがあれば教えてくれ。俺が作る」
「……もう、そうやってすぐ甘やかすんだから」
「事実を言ってるだけだ」
朝食を終えたふたりは、洗い物を手分けして済ませたあと、手持ちの食材や日用品を確認しながら簡単な買い物リストを作った。
普段は崇雅がまとめて用意していることが多いが、今日は年末年始の特別な準備も兼ねて、澪も率先して加わる。
「スーパーのあと、ちょっと寄り道してもいいですか?」
「どこか行きたいとこでも?」
「えっと……お花屋さんに。玄関に飾るお正月の小さいアレンジを見てみたくて」
「……わかった。そういうの、澪がいる家って感じがして好きだ」
さらっと言ってのける崇雅に、澪は耳まで赤くなりながらも頷いた。
準備を終え、ふたりで玄関を出る。
エレベーターの中、ふいに崇雅がぽつりとつぶやいた。
「……今年も、あと少しだな」
「そうですね。……でも、こうして一緒に過ごせる年末は初めてだから、すごく特別な感じがします」
崇雅は何も言わず、ただ澪の手を静かに取った。
エレベーターが1階に着くまで、その手を優しく包み込むように握っていた。
午前中のうちに、スーパーと商店街で必要なものを買いそろえる。
大晦日と正月用の食材を少しだけ、あとはいつものように、ふたりで食べたいもの。
澪が選んだ小さな南天のアレンジも、帰宅後すぐに玄関へ飾られた。
午後は、買ってきた野菜の下処理をしたり、読書をしたり、互いに好きなことをして静かに過ごす。
一緒にいるのが日常になった今、特別な会話がなくても不思議と居心地がいい。
夕方。
早めに風呂を済ませたあと、あたたかい部屋着に着替えてリビングのソファに並んで座る。
穏やかに流れる空気の中で、澪がぽつりと呟いた。
「……今日は、落ち着いた一日でしたね」
澪がぽつりと呟くと、崇雅はグラスをテーブルに戻し、隣にいる彼女をそっと抱き寄せた。
「明日も明後日も、その先も、ずっとこうやって過ごしたい」
「……甘やかしすぎですよ、崇雅さん」
「甘やかしてるんじゃない。そうしたいだけだ」
真っすぐな言葉に、澪は返す言葉を見つけられなかった。
けれど、胸の奥に広がっていくやわらかな安心感が、自然と表情をゆるませる。
そっと崇雅の胸元に頬を預けると、その体温に包まれるように心が安らいでいく。
テレビからは年末特番の賑やかな音が流れていたけれど、
それよりも心地よく響いていたのは、ふたりだけの静かなぬくもりだった。
カーテンの隙間から差し込む陽の光が、ふわりとベッドの上を照らしている。
その光をまぶた越しに感じながら、澪はゆっくりとまばたきを繰り返し、少しずつ意識を浮かせていった。
(……お休み、だ)
仕事のことを考えなくていい朝。
出勤時間を気にせずにいられる、そんな朝は本当に久しぶりだった。
隣では崇雅が目を閉じたまま、静かに寝息を立てている。
けれどその腕はしっかりと澪の腰に回されていて、微かに力がこもっていた。
「……もう起きてますよね?」
澪がそう小さく声をかけると、崇雅は目を開け、澪を見下ろすようにして小さく笑った。
「……おはよう。顔色よさそうだな」
「はい。ちゃんと寝られたから……。崇雅さんも、ちゃんと眠れました?」
「ああ、澪が隣にいるから」
そのさらりとした返答に、澪の顔がじんわりと熱を帯びる。
どうしてこの人は、こんなにも自然に甘いことを言ってのけるのだろう。
「……じゃあ、そろそろ起きて朝ごはんの準備を……」
体を起こそうとする澪を、崇雅の腕が引き戻した。
「もう少し……。せっかくの休みなんだから、あと10分だけ」
「……わかりました。でも本当に10分ですよ?」
「ああ、10分」
(たぶん、10分じゃ済まないんだろうけど)
そう思いながらも、澪はおとなしくその腕の中で目を閉じた。
ベッドの中のぬくもりと、崇雅の体温に包まれて、心までぽかぽかと満たされていく。
結局、ベッドを出たのは10分どころか30分後だった。
軽く身支度を整えたあと、崇雅は手際よく朝食を用意し、ふたりでテーブルにつく。
「……今日は、食材の買い出しですよね?」
「ああ。冷蔵庫、ほぼ空だ。年末年始はどこも混むし、必要なものは今日中に」
「わかりました。おせちっぽいものも少し買っておきましょうか。全部作るのは大変だから……時間のかかる黒豆とか、あと伊達巻とか」
「そうだな。作りたいのがあれば教えてくれ。俺が作る」
「……もう、そうやってすぐ甘やかすんだから」
「事実を言ってるだけだ」
朝食を終えたふたりは、洗い物を手分けして済ませたあと、手持ちの食材や日用品を確認しながら簡単な買い物リストを作った。
普段は崇雅がまとめて用意していることが多いが、今日は年末年始の特別な準備も兼ねて、澪も率先して加わる。
「スーパーのあと、ちょっと寄り道してもいいですか?」
「どこか行きたいとこでも?」
「えっと……お花屋さんに。玄関に飾るお正月の小さいアレンジを見てみたくて」
「……わかった。そういうの、澪がいる家って感じがして好きだ」
さらっと言ってのける崇雅に、澪は耳まで赤くなりながらも頷いた。
準備を終え、ふたりで玄関を出る。
エレベーターの中、ふいに崇雅がぽつりとつぶやいた。
「……今年も、あと少しだな」
「そうですね。……でも、こうして一緒に過ごせる年末は初めてだから、すごく特別な感じがします」
崇雅は何も言わず、ただ澪の手を静かに取った。
エレベーターが1階に着くまで、その手を優しく包み込むように握っていた。
午前中のうちに、スーパーと商店街で必要なものを買いそろえる。
大晦日と正月用の食材を少しだけ、あとはいつものように、ふたりで食べたいもの。
澪が選んだ小さな南天のアレンジも、帰宅後すぐに玄関へ飾られた。
午後は、買ってきた野菜の下処理をしたり、読書をしたり、互いに好きなことをして静かに過ごす。
一緒にいるのが日常になった今、特別な会話がなくても不思議と居心地がいい。
夕方。
早めに風呂を済ませたあと、あたたかい部屋着に着替えてリビングのソファに並んで座る。
穏やかに流れる空気の中で、澪がぽつりと呟いた。
「……今日は、落ち着いた一日でしたね」
澪がぽつりと呟くと、崇雅はグラスをテーブルに戻し、隣にいる彼女をそっと抱き寄せた。
「明日も明後日も、その先も、ずっとこうやって過ごしたい」
「……甘やかしすぎですよ、崇雅さん」
「甘やかしてるんじゃない。そうしたいだけだ」
真っすぐな言葉に、澪は返す言葉を見つけられなかった。
けれど、胸の奥に広がっていくやわらかな安心感が、自然と表情をゆるませる。
そっと崇雅の胸元に頬を預けると、その体温に包まれるように心が安らいでいく。
テレビからは年末特番の賑やかな音が流れていたけれど、
それよりも心地よく響いていたのは、ふたりだけの静かなぬくもりだった。
124
あなたにおすすめの小説
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。
冷徹社長の「契約」シンデレラ~一夜の過ちから始まる溺愛ルート!? 嘘つきな私と不器用な御曹司のオフィスラブ~
藤森瑠璃香
恋愛
派遣社員の桜井美月は、ある夜、会社の懇親会で泥酔し、翌朝目覚めると隣には「氷の彫刻」と恐れられる若き社長・一条蓮がいた。まさかの一夜の過ち(実際には何もなかったが、美月は勘違い)に青ざめる美月に、蓮は「責任は取る。だがこれは恋愛ではない、契約だ」と、彼の抱えるある事情のため、期間限定で恋人のフリをするよう持ちかける。破格の報酬と蓮の真剣な様子に、美月は契約を受け入れる。
定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました
藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。
そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。
ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。
その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。
仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。
会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。
これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
その卵焼き俺にも食わせろ!―ワンナイトラブから逃げたはずなのに、契約で縛られてました!?―
鷹槻れん
恋愛
新沼 晴永(にいぬま はるなが/36)は俺様上司として恐れられる鬼課長。
そんな彼に毎日のように振り回されるのが、犬猿の仲(だと彼女が勝手に思っている)部下の小笹 瑠璃香(こざさ るりか/28)だ。
飲み会の夜、酔ってふにゃふにゃになった瑠璃香を晴永がまんまと持ち帰り――翌朝待っていたのはワンナイトの証拠と契約結婚の書類!?
晴永には逃げようとする瑠璃香を逃がすつもりはないらしい!?
笑いと誤解と契約の、ドタバタラブコメディ!
○表紙絵は市瀬雪さんに依頼しました♥(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる