【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな

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第118話・“ありがとう”の続きに、好きがある

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フォークを置いた澪は、そっと紅茶のカップを手に取った。
口に含むと、チョコレートの余韻に紅茶の香りがやさしく重なって、心がふわりと満たされていく。

「……ちゃんと、伝えたかったんです」

ぽつりとこぼれた言葉に、崇雅が目を向ける。

「いつも……ありがとうございます、って」

照れたように笑う澪。
でも、その瞳はまっすぐで、揺らぎがなかった。

崇雅は何も言わず立ち上がり、静かに澪を引き寄せる。
両腕で包み込むように、そっと抱きしめた。

澪も抵抗せず、すとんとその胸に身を預けた。

しばらく、ふたりの間に言葉はなかった。
ただ、互いの鼓動だけが、静かに響き合っていた。

やがて、崇雅が小さく呟く。

「また……作ってくれるか?」

その声には、期待と、少しだけ照れが混じっていた。
澪は顔を上げ、くすっと笑う。

「はい。喜んで」

微笑む澪に、崇雅の目元もわずかに和らぐ。
言葉じゃなくても、きっと全部、ちゃんと届いている。
ふたりだけの、やさしい時間がそこにあった。


クッキーとフィナンシェの粗熱も取れた頃。
澪は、それぞれを保存容器に丁寧に詰めていた。
クッキーの一部は、丁寧にラッピングされ、いつもお世話になっている先輩や同僚に渡す予定のものだった。

リビングのソファに座っていた崇雅が、ふと立ち上がってキッチンに近づいてくる。

「……それ、俺も会社に持って行ってもいいか?」

突然の申し出に、澪はきょとんと崇雅を見上げる。

「え……? あ、もちろん。どうぞ」

少し驚いた様子を見せながらも、すぐに柔らかく微笑む。

崇雅のような人が、自分のお菓子をわざわざ会社に持っていこうと思うほど気に入ってくれた――
そのことが、澪には素直にうれしかった。

「……そんなに気に入ってくれたんですね」

ぽつりと漏れた澪の声に、崇雅は短く頷く。

「味もだが、気持ちがこもってるのがわかる。だから余計に」

その言葉に、澪の胸がじんわりと温かくなる。
何気ないやり取りの中に、澪にとっては十分すぎるほどの“特別”が詰まっていた。


夕食は、買い置きの食材を使って崇雅が手際よく用意してくれた。
澪は後片づけを手伝おうとしたものの、崇雅から制されたので素直に甘えることにした。

その後、ふたりでゆっくりお風呂に入り、澪の髪はいつも通り崇雅が優しく乾かしてくれた。
温かなドライヤーの風と、優しく触れる指先――
その感触に、澪はふわりと眠気を覚えながらも、安心に包まれていた。

「――寝室、行こうか。今日は…もう少し甘えてほしい」

その言葉に、澪はほんのり頬を染めながら、こくりと頷いた。

寝室へ移動したふたりは、自然とベッドの端に腰掛ける。
澪は少し照れたように笑いながら、崇雅のシャツの裾をそっとつまむ。

「……今日は、もうちょっとだけ甘やかされたい気分かもしれません」

その言葉に、崇雅の目が優しく細められる。

「俺の方が、ずっと甘やかしたいって思ってるけどな」

そう言って、そっと澪の頬に手を添えると、ゆっくりと額を重ねた。
視線を合わせたまま、静かに距離が縮まっていく。

「……好きだ、澪」

低く、やわらかい囁きのあとに、崇雅はそっと唇を重ねる。
優しく、でも深く想いを伝えるようなキス。

澪は驚いたように一瞬まばたきしたあと、瞼を閉じて、ゆっくりとそのキスに応えた。

離れた唇の間に、少しだけ余韻が残る。

「……わたしも、好きです」

顔を赤らめながらそう告げた澪に、崇雅は愛しさを隠せないように笑って、そっと彼女を抱きしめる。
肩にあごを乗せ、静かに撫でながら、ただただそのぬくもりを味わうように。

キスを交わすたびに、胸の奥にじんわりと広がっていく幸福感。
愛しさと温もりに満ちた、ふたりだけの甘い夜が、静かに更けていった。
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