【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな

文字の大きさ
126 / 168

第121話・やわらかな手のひらに、宿る未来

しおりを挟む
一通りの挨拶が終わり、母と愛菜が夕食の支度のために台所へと向かっていった。

「じゃあ、莉菜はふたりに任せるね」

愛菜の腕に抱かれていた莉菜を受け取りながら、澪はリビングの座布団にそっと腰を下ろす。

澪は両手で大事そうに莉菜を抱きかかえ、ふわふわのほっぺに頬をすり寄せた。

「わぁ……あったかい……やわらかい……なにこの可愛さ……」

目を細めて、もう完全にデレデレの状態。

「莉菜ちゃん、見て……私が“おばちゃん”だって分かる?ほら、こっち向いて……!」

崇雅は澪の横に腰を下ろし、そんな澪の姿を静かに見守る。

(……本当に、嬉しそうに笑うんだな)

莉菜がちいさく「あー」と声を出すと、澪はさらに顔をほころばせた。

「お話ししてる……! 可愛い……!」

「完全に心奪われてるな」

くすりと笑って崇雅が言うと、澪はちょっとだけ恥ずかしそうに振り返った。

「だって、見てください……この小さな手とか、ほっぺとか……全部が奇跡って感じしません?」

「……ああ。たしかに、そう思う」

莉菜の丸い頭を、崇雅もそっと撫でる。

(……澪が、子どもを抱く姿。こうして笑う姿)
(もし、澪との間に――)

ふと胸に浮かんだ未来の光景に、崇雅は少しだけ息をのむ。
それはまだ先の話かもしれない。
けれど、すでに心の奥には確かに、そんな願いが芽生え始めていた。

「澪」

「ん?」

「莉菜ちゃんも可愛いが……澪も、すごく優しい顔してる」

「……な、なに言って……!」

頬を染めて崇雅をにらみつける澪。
だが、莉菜の小さな声にすぐ気を取られて、再び笑顔に戻った。

(こんなふうに――穏やかな時間を、いつか、ずっと)

崇雅の指先に、莉菜の小さな手がきゅっと触れた。

それはまるで、未来をそっと託されたかのような、やわらかなぬくもりだった。


夕方、台所からふわりと漂ってくる香ばしい匂いに、澪のお腹が鳴った。
程なくして、食卓には、母と愛菜が用意してくれた夕食がきれいに並べられた。
肉じゃが、だし巻き卵、地元野菜のおひたし、小ぶりの焼き魚──どれも澪にとっては懐かしく、そしてほっとする味だ。

「いただきます」の声とともに、にぎやかな夕食が始まった。

「お義兄さん!聞いて! お姉ちゃんね、昔は超泣き虫だったんだよ」

唐突に話しをぶっ込んできたのは、愛菜だった。
莉菜を抱きながら箸を動かすその口から、次々と澪の昔話が飛び出す。

「小学生の頃なんて、転んで膝擦りむいただけで一晩中泣いてたし、通知表の“がんばろう”一つで3日くらいメソメソしてたし……」

「ちょっ、やめてよ愛菜っ!」

「高校生のときも、バレンタインに義理チョコ忘れて男子に詰め寄られて、『そんなつもりじゃ……!』って泣きながら帰ってきたの、覚えてる?」

「ま、まってそれ完全に記憶の彼方だから! 呼び起こすのやめて!」

爆笑する愛菜、困惑しながらも笑みを浮かべる母。
そして、崇雅は澪の慌てぶりに苦笑しながら、静かに口を開く。

「……澪が泣き虫なのは昔からなんだな」

「なっ……!今は違いますっ」

「そうか?」

「うっ……今は……ちょっとだけ……」

崇雅がくすりと笑った。

「でも、泣いても笑っても、今の澪が一番可愛いよ」

「……やめて……!」

顔を真っ赤にしてうつむく澪に、家族全員が思わずほほ笑む。
くすくすと笑い声が広がる食卓。
母は変わらぬ優しいまなざしでそれを見守っていた。


やがて食事が落ち着いた頃、母がふと思い出したように立ち上がる。

「あ、そうだわ。ちょっと懐かしいもの、出してみようかしら」

手にしていたのは、少し年季の入った大きなアルバム。
表紙には『Mio & Aina』と手書きされた文字が並んでいる。

「うわ、懐かし……これ、まだ残ってたんだ」

「もちろんよ。捨てるわけないでしょう?」

ぱらぱらとページをめくると、出てくるのは幼い頃の澪と愛菜の写真。
七五三、運動会、家族旅行。
澪は照れくさそうに笑いながら、一枚一枚確認していく。

「このときの髪型、ひどくない? なんでこんなに前髪短いの……」

「私が切ったのよ。動くから失敗したの。……でも、可愛いでしょ?」

「ああ…可愛い」

その声に、澪はぴくっと反応した。
崇雅が、すぐ隣でアルバムをのぞき込んでいた。

「……恥ずかしい……」

ぼそりと返しながらも、耳まで赤くなっている澪に、愛菜がすかさず突っ込む。

「わー、なにその反応!  甘酸っぱい! 青春かよ!」

「愛菜、うるさいっ!」

ページをめくる指先が、かすかに震えていた。

でもその震えは、緊張でも照れでもなく、
きっと今この時間を心から大切に思っている証だった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

冷徹社長の「契約」シンデレラ~一夜の過ちから始まる溺愛ルート!? 嘘つきな私と不器用な御曹司のオフィスラブ~

藤森瑠璃香
恋愛
派遣社員の桜井美月は、ある夜、会社の懇親会で泥酔し、翌朝目覚めると隣には「氷の彫刻」と恐れられる若き社長・一条蓮がいた。まさかの一夜の過ち(実際には何もなかったが、美月は勘違い)に青ざめる美月に、蓮は「責任は取る。だがこれは恋愛ではない、契約だ」と、彼の抱えるある事情のため、期間限定で恋人のフリをするよう持ちかける。破格の報酬と蓮の真剣な様子に、美月は契約を受け入れる。

定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました

藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。 そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。 ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。 その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。 仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。 会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。 これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?

akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。 今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。 家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。 だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

その卵焼き俺にも食わせろ!―ワンナイトラブから逃げたはずなのに、契約で縛られてました!?―

鷹槻れん
恋愛
新沼 晴永(にいぬま はるなが/36)は俺様上司として恐れられる鬼課長。 そんな彼に毎日のように振り回されるのが、犬猿の仲(だと彼女が勝手に思っている)部下の小笹 瑠璃香(こざさ るりか/28)だ。 飲み会の夜、酔ってふにゃふにゃになった瑠璃香を晴永がまんまと持ち帰り――翌朝待っていたのはワンナイトの証拠と契約結婚の書類!? 晴永には逃げようとする瑠璃香を逃がすつもりはないらしい!? 笑いと誤解と契約の、ドタバタラブコメディ! ○表紙絵は市瀬雪さんに依頼しました♥(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)

処理中です...