【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな

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第122話・君の故郷に、ありがとうを

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「本日は本当に、ありがとうございました」

夜の帳が降りた実家の玄関先で、崇雅は深く一礼した。
母と愛菜が、ふたりを見送りに出てきていた。

「こちらこそ。ふたりとも、ホテルまで気をつけて帰ってね。……崇雅さんも、ありがとう」

母が静かにそう言い、澪の肩をそっと叩く。

「明日、帰る前にまた寄るね」

「うん、待ってるわね」

澪が笑顔で返すと、莉菜を抱いた愛菜がすかさず口を挟んだ。

「今日一日で、莉菜すっかりお姉ちゃんに懐いてたよね~。ほら、ばいばいして?」

「莉菜ちゃん、ばいばい~。またね~」

澪が莉菜の手を握って揺らすと、愛菜がにっこりと笑う。

「……お姉ちゃんも幸せになるんだよ」

「うん、ありがと。……また連絡するね」

最後にもう一度頭を下げ、澪と崇雅は実家を後にした。


ホテルまでの道を、ふたりは並んで歩く。
気づけば、自然と手がつながれていた。

「……ちゃんと、挨拶できましたかね…」

澪がぽつりとつぶやくと、崇雅は穏やかに頷く。

「ああ。……澪のご家族に会えてよかった」

「……そう言ってもらえて、嬉しいです」

夕食時の賑やかな笑い声、母の穏やかな眼差し、愛菜の軽口――
そのひとつひとつが、胸の奥に温かく残っていた。


ホテルの部屋に戻ると、澪は荷物を置き、ゆっくりとベッドに腰を下ろす。
ふう、とひとつ息をついて、崇雅の方を見上げた。

「緊張してましたけど……でも、楽しかったです」

「そうだな。澪のご家族、とてもあたたかかった」

「愛菜、うるさかったでしょ」

「いや、にぎやかで、楽しかったよ」

そう答えた崇雅の声は、どこまでも穏やかだった。
澪は少し笑って、隣にいる彼にそっと顔を向ける。

「……崇雅さん、本当にありがとうございました。崇雅さんがいてくれてよかったです」

「こちらこそ、ありがとう。これからもずっといる」

静かに交わされた言葉が、心の奥までしみ込んでいく。
その夜、ふたりは穏やかな気持ちで、ぐっすりと眠りについた。


翌朝。
チェックアウトを済ませたふたりは、再び実家へ立ち寄った。
澪の母は、変わらぬ穏やかな笑顔でふたりを迎えてくれた。

「昨日はありがとう。いろいろ話せて、ほんとに安心したわ」

「こちらこそ、夕食までご馳走になりまして……改めて、ありがとうございました」

崇雅が丁寧に頭を下げると、母は「またいつでも来てね」と優しく微笑んだ。

そして澪の方を見つめ、ぽつりとひとこと。

「……幸せにね」

その言葉に、澪はわずかに目を潤ませながら、小さくうなずいた。


実家を後にし、地元駅へと向かう道すがら。
商店街を抜けてロータリーへ出たそのときだった。

「……あれ? 澪じゃない?」

聞き覚えのある声が飛んできた。
振り向くと、数人の女性グループ――地元の同級生たちが、買い物袋を手に立っていた。
SNSではやりとりをしていたものの、直接会うのは約10年ぶり。

「わぁ、やっぱり澪だ!元気にしてた!?こっちに帰ってきてたんだ!」

「う、うん。ちょっとだけ。今から東京に戻るとこ」

「え、てかその人……」

視線が崇雅へ向いた瞬間、空気が変わる。

「えっ、彼氏!? っていうか、イケメンすぎない!? モデル? 芸能人……いや、ちょっと待って、ヤバ……!」

「うそ、左手……え、指輪ついてない? ねぇ、見た? 見たよね!?」

「え、指輪!? えっ結婚!? マジで!?」

完全に盛り上がる女子たちに、澪はあっという間に包囲されてしまう。

「う、うわっ……ちょ、ちょっと落ち着いて!? あの、えっと……!」

顔を真っ赤にしながら焦る澪。
足元が少しふらついた瞬間、隣にいた崇雅がそっと彼女の手を取った。

「――行こう」

低く、けれど優しい声。
澪が顔を上げたときには、彼がすでに一歩前に出て、彼女の身体をさりげなく庇うように立っていた。

驚いたように騒ぐ同級生たちを背に、崇雅はそのまま澪の手を握って歩き出す。

澪は何も言えず、ただその背に引かれるままついていった。
けれど、手のひらに伝わる確かな温もりに、胸の奥がふわりとほどけていく。

(……やっぱり、崇雅さんがいてくれてよかった)

駅のホームに近づく頃には、澪の顔からすっかり緊張が消えていた。


東京行きの新幹線に乗り込み、指定席に並んで腰を下ろしたふたり。
肩が触れない程度の距離で、けれど自然に寄り添って座っている。

窓の外を眺めながら、澪がそっと身を傾けた。

「……なんだか、あっという間でした」

「そうだな」

崇雅が視線を向けると、澪は静かに笑みを浮かべていた。

「……うれしかったです。お母さんも、愛菜も……
ちゃんと崇雅さんのこと見てくれて、受け入れてくれて。
地元の子たちに騒がれたのは……まあ、ちょっと予想外でしたけど」

「俺も、あそこまで囲まれるとは思わなかったよ」

くす、とふたりで小さく笑い合う。
その空気が心地よく、澪は少しの沈黙のあと、ぽつりとつぶやいた。

「……なんか、夢みたいでした。
ちゃんと、大人になって、誰かと一緒に未来の話をして……
私にも、こういう日が来るんだなって」

崇雅は言葉を返さず、ただ静かに彼女の左手に触れた。
指先で、薬指に光るリングをそっとなぞる。

「ありがとう。澪の大事な場所に、連れてきてくれて」

「……そんな……こちらこそ、ありがとうございます」

照れくさそうに返す澪の声は小さい。

しばらく沈黙が続いたあと、崇雅がぽつりと落ち着いた声で言った。

「……次は、俺の番だな」

澪は少しだけ息を飲み、そしてそっと目を伏せた。

「……はい」

窓の外には、優しい光が広がっている。
その柔らかな光の中で、ふたりの手は、しっかりとつながれていた。
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