【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな

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第131話・結婚式の準備、ふたりで少しずつ

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ある日の夜ー。
ソファに並んで座りながら、澪はノートパソコンを閉じて小さく伸びをした。

「ふぅ……ようやく見積もりのチェック終わった……」

「おつかれ。今日はもう、それで終わりだ」

崇雅が優しく言いながら、彼女の肩に軽く手を添える。
指先から伝わる熱に、澪の表情も少し緩んだ。

ふと、崇雅が静かに尋ねる。

「――そういえば、澪。結婚式、どうする?」

思いがけない話題に、澪はぱちりと瞬きをした。

「……あ、そうでしたね。まだちゃんと決めてなかった…」

入籍からすでに数週間。
日々の忙しさに追われ、節目となるその日のことを、つい後回しにしていた。

「やりたくないってわけじゃないんですけど……。なんだかまだ実感が湧かなくて」

「そうか。でも、澪が望むなら、ちゃんと形にして残しておきたいと思ってる」

崇雅の言葉は、いつも通り淡々としているようで、どこか優しい。

澪はしばらく考えたあと、小さく頷いた。

「…それなら、結婚式やりたいです。
……秋、くらいがいいかな。暑くも寒くもないし。10月とかどうでしょう?」

「10月、いいな」

崇雅は頷きながら、澪の髪を優しく撫でた。
その仕草にほっとしたように、澪も笑みをこぼす。

「じゃあ、式場とかも探してみます?」

「ああ。ふたりで決めよう」

再びパソコンを開いた澪の指先が、ブライダルサイトへと導かれる。
その夜の会話は、静かに未来へとつながっていった。


ある日曜の午前。
初夏の光が降り注ぐなか、ふたりはとある結婚式場のエントランスに立っていた。

「ここ……思ったより、素敵かも」

白を基調にしたチャペルの外観に、澪は自然と笑みを漏らす。

木の温かみと緑をふんだんに取り入れたナチュラルな雰囲気。
写真で見るよりもずっと柔らかくて、澪の好みにぴったりだった。

「澪が気に入りそうだと思って、候補に入れておいて正解だった」

崇雅のさりげない言葉に、澪は少し照れながら「ありがとうございます」と返す。

案内スタッフに導かれて足を踏み入れたチャペルは、天井の高い木のアーチが美しく、壁は淡いアイボリーで統一されていた。
優しい自然光が降り注ぐステンドグラスが正面にあり、宗教色を抑えた造りも落ち着きを感じさせる。

「……ここ、すごく好きかも。堅苦しくないし、ちゃんと華やか」

「そうだな。俺も気に入った」

ふたりは目を合わせて、静かにうなずき合った。

そのまま隣接するガーデンへ。
芝生の広がる空間には白いテーブルセットが並び、秋には紅葉が彩りを添えるという。

フラワーシャワーやケーキカット、フォトタイムなど、アフターセレモニーにぴったりの空間だった。

「……ここで、莉菜ちゃんが花びらを撒いてくれたら可愛いだろうな」

澪がぽつりと呟くと、崇雅もふっと笑った。

「じゃあ決まりだな。ここで、澪のドレス姿。俺の中ではもうイメージできた」

「ちょっと、それまだ早いですよ……!」

恥ずかしそうに笑う澪の手を、崇雅はそっと握った。
式場をあとにするころには、ふたりの間に自然と「ここにしようか」という空気が漂っていた。



ある週末の午後。
ふたりは予約していたドレスサロンを訪れた。

「……わぁ……」

澪は思わず声を漏らして、並ぶドレスの数々に見惚れる。
レース、チュール、サテン、刺繍……眺めるだけで夢のような世界だった。

「緊張してる?」

「はい…ちょっとだけ。でも……楽しみ」

崇雅は彼女の様子を見て、優しく言った。

「ゆっくり選べばいい。全部見てもいいし、何着でも着てみるといい」

その一言に、澪は緊張がほどけたように肩の力を抜いた。

最初に選んだのは、王道のAライン。
チュールがふわりと広がり、繊細な刺繍が胸元を飾るクラシックな一着。

カーテンが開いた瞬間、崇雅の目が一瞬だけ大きく見開かれた。

「……どう、ですか……?」

緊張した様子で崇雅の顔を伺う澪。
けれど彼はしばらく言葉を失ったまま、静かに彼女を見つめていた。

「……綺麗だ、って言葉じゃ足りない」

「えっ……」

「すごく似合ってる。正直、ちょっと……見惚れた」

そんなことを真顔で言われ、澪は一瞬で顔を赤くする。

「…恥ずかしい……!」

「本音だ」

照れる彼女に構わず、崇雅はゆっくりと立ち上がり、ドレスのすそに目を落とす。

「これもいいが……澪、他にも着てみたいのあるんだろ?」

「……はい。せっかくだし、いろいろ着てみたいなって」

次はスレンダーなライン、そして可愛らしいミモレ丈。
スタイルによって印象が変わる澪に、スタッフも「どれもお似合いです」と笑顔を向ける。

崇雅はどのドレスにも的確な感想を返しつつ、何より「澪が気に入ったかどうか」を大切にしていた。

最終的に選んだのは、ナチュラルな雰囲気を活かした、柔らかなレースとチュールが重なるAラインの一着。
背中のリボンと、ウエストの小さなフラワーモチーフが澪らしい可憐さを引き立てていた。

「これにします。……崇雅さんが最初に“似合う”って言ってくれたの、嬉しかったから」

そう言って微笑む澪の姿を見ながら、崇雅は静かに心の中で思っていた。

(式当日は、今日以上に綺麗なんだろうな)

けれど、それを口にするのは――その日までの、密かな楽しみにしておいた。



結婚式まで、あと2ヶ月と少し。
少しずつ準備を進める中で、今日はふたりで招待する人たちを決める日だった。

リビングのテーブルにはノートパソコンとメモ用紙、ふたりのスマートフォンが並べられている。
澪は大きめのマグカップを抱えたまま、手元のメモに視線を落とした。

「えっと……まずは、私の家族。お母さんと、愛菜と旦那さん、莉菜ちゃんは確定で」

「ああ。兄さんも来てくれるって言ってた。両親は……来ないけど、それは気にしてない」

「うん……」

崇雅の言葉に、澪は一瞬だけ眉を寄せたが、すぐに笑みを浮かべて頷く。

「あとは…大学の友達はこの三人、あと職場の同期や先輩も何人か……」

崇雅は落ち着いた表情で頷きながら、澪の作ったリストを覗き込む。

「崇雅さん側は? 中学や高校の友達とか……」

「……いない」

「…え?」

「呼ばないだけで、別に嫌ってるわけじゃない。人数合わせに義理で呼ぶより、本当に祝ってくれる人だけでいい」

「……確かに、そうかも…」

澪も静かに頷く。

無理に人数を揃えるより、心からの祝福に包まれた式にしたい――それが、ふたりの共通の思いだった。

「他には、会社の人たちで仲のいい人たちは……この辺の人たちでしょうか?」

「そうだな。あのメンバーにも声をかけてみよう」

人数はざっと見積もって30名ほど。
派手すぎず、けれど温かな空気が流れる、ふたりらしい式になる予感がしていた。

「きっと、いい式になりますね」

「……ああ。澪がいれば、きっと」

崇雅が手を伸ばし、澪の手にそっと触れる。
その温もりを感じながら、澪は心の中で思った。

――ちゃんと、自分の“帰る場所”になってくれている。
この人と一緒にいる未来を、もっと大切にしていこうって。
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