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番外編・無理をしないで ④
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「……顔、真っ赤だな」
崇雅の低い声が、まだ熱を帯びたまま耳元で響く。
澪はびくっと体をこわばらせたまま、視線だけで崇雅を見つめる。
「あっ赤くもなります……っ。わ、私、ソファで寝てたはずなのに、どうしてここに……」
「俺が運んだ」
さらりと、まるで「お茶淹れたよ」くらいの温度で言われて、澪の混乱はさらに加速する。
「う、運んだって……そ、そんな……!」
「ソファで寝てたから。抱き上げても起きなかった。重くもなかったし、問題ない」
「っ……重くは……ありがとうございますけど、そういう問題じゃ……!」
崇雅はそんな澪の慌てぶりを、どこか楽しげに眺めている。
「そんなに動揺しなくても。寝顔、可愛かった」
「……っっっ!」
澪は思わず布団を引き上げて顔を隠した。
(もう無理……顔から火が出そう……!)
そんな澪の頭を、崇雅の手がぽん、と優しく撫でる。
「……心配だったんだ。俺が寝てる間に、澪が冷えて風邪ひいたら、シャレにならないだろう」
「でも、崇雅さんだって……まだ熱、完全に引いてないですよね?」
「ああ。でも、もうだいぶマシになった。だからこうして、ちゃんと澪を抱いて寝られた」
「……っ、もう、ほんとに……」
布団の中で、澪の耳まで赤くなっている。
でも、その頬にはどこか安心したような、微笑が浮かんでいた。
しばらく布団の中で崇雅に撫でられていた澪は、ようやく落ち着きを取り戻し、そっと顔を出した。
「……もう、からかわないでください」
「からかってない。事実を言っただけだ」
「そういうのを、からかいって言うんです……っ」
小さく抗議しながら、澪は身体を起こしてベッドを抜け出す。
その背中を目で追いながら、崇雅もゆっくりと身を起こした。
「今日は出勤するんですか?」
寝室のドアの前で振り返った澪が尋ねる。
「ああ。午後から打ち合わせがあるし、朝のうちに資料の確認もしたい」
「……ほんとに、大丈夫なんですよね?」
「澪に心配されるくらいには、元気になったってことだな」
「それは……はい。そうですね」
安心したように微笑んだ澪は、「じゃあ、朝ごはん作ってきます」と言い残して寝室を出ていった。
リビングに香ばしい出汁の香りが広がる中、澪がテーブルの上に味噌汁と湯気の立つおかずを並べていく。
やがて、着替えを済ませた崇雅がリビングに現れる。
いつものスーツ姿だが、どこかまだ本調子とはいえない雰囲気が残っていた。
「おかゆじゃなくて、ごめんなさい。今日は、しっかり食べて動けるようにと思って」
「いや、嬉しい。ありがとう」
椅子に腰掛けた崇雅の前に、澪が湯気の立つ器をそっと置いたとき――ふいに彼の口元が緩む。
「……食べさせてくれるのか?」
「え?」
思わず素っ頓狂な声を上げた澪に、崇雅は表情を変えずに続ける。
「昨日は、そうしてくれたから」
「い、今はもう元気なんですよね!? 自分で食べられますよね!」
「昨日のが、美味しかった」
少しだけ唇を緩めたその言葉に、澪はカッと顔を赤らめた。
「っ、だ、だめですっ。自分で食べてください……!」
「冗談だ」
ようやく、微笑みを浮かべた崇雅に、澪は顔をぷるぷると振って、逃げるように自分の席についた。
「ほんとに……もう少し、ご自分の体も労ってくださいね」
「……そうだな。澪の言うとおりにするよ」
「絶対ですからね。今度無理したら、本気で怒ります」
少しだけ怖い笑顔でそう告げる澪に、崇雅はわずかに眉を下げた。
「……それは、避けたいな。怒った澪は、ちょっと怖い」
「ちょっとじゃ済みません」
やりとりの間も、朝の光はゆっくりと部屋を満たしていく。
いつもと同じようで、どこか少しだけ特別な――そんな穏やかな朝の時間だった。
朝の支度を終え、ふたりはマンションのエントランスを出た。
崇雅の車は会社の地下駐車場にあるため、この日はタクシーで向かうことに。
通りに出て手を挙げると、ほどなくして一台の車がゆっくりと近づいてくる。
タクシーに並んで乗り込み、ドアが閉まる。
車が静かに走りだす中、澪がそっと言った。
「本当に無理は、しないでくださいね?
今日はまだ回復途中なんですから。
……顔に出さなくても、わかります」
崇雅はふと澪を見た。
その瞳には、疑うような、心配するような、いろんな想いが詰まっていて――
だからこそ、きっとこのひと言が出てくるのだろう。
「……俺のこと、ほんとによく見てるな」
「……大切な旦那さんですから」
その一言に、崇雅はふっと口元を緩めた。
そして、窓の外に目をやりながら、ふと思う。
(ここまで、誰かに本気で心配されたのは……たぶん、初めてだ)
厳しい父のもとで育ち、いつも完璧を求められ、弱さを見せることを許されなかった自分にとって――
こうして「無理しないで」と言ってくれる存在は、どれほどあたたかく、貴重か。
「……澪」
呼びかけると、隣にいた澪がきょとんと顔を上げる。
「ありがとう」
「……え?」
「……ああやって止めてくれて、本気で心配して怒ってくれるのは澪くらいだ。
あのまま働いていたら本当に倒れてたかもしれない。……だから、ありがとう」
不意に真剣な声で言われて、澪は目を瞬かせた。
けれどその頬は、じわじわと紅く染まっていく。
「……どういたしまして」
小さな声で、でもしっかりとそう返した澪の横顔を、崇雅はそっと見つめた。
タクシーは、朝の街を静かに進んでいく。
そしてふたりの一日は、また始まっていった。
崇雅の低い声が、まだ熱を帯びたまま耳元で響く。
澪はびくっと体をこわばらせたまま、視線だけで崇雅を見つめる。
「あっ赤くもなります……っ。わ、私、ソファで寝てたはずなのに、どうしてここに……」
「俺が運んだ」
さらりと、まるで「お茶淹れたよ」くらいの温度で言われて、澪の混乱はさらに加速する。
「う、運んだって……そ、そんな……!」
「ソファで寝てたから。抱き上げても起きなかった。重くもなかったし、問題ない」
「っ……重くは……ありがとうございますけど、そういう問題じゃ……!」
崇雅はそんな澪の慌てぶりを、どこか楽しげに眺めている。
「そんなに動揺しなくても。寝顔、可愛かった」
「……っっっ!」
澪は思わず布団を引き上げて顔を隠した。
(もう無理……顔から火が出そう……!)
そんな澪の頭を、崇雅の手がぽん、と優しく撫でる。
「……心配だったんだ。俺が寝てる間に、澪が冷えて風邪ひいたら、シャレにならないだろう」
「でも、崇雅さんだって……まだ熱、完全に引いてないですよね?」
「ああ。でも、もうだいぶマシになった。だからこうして、ちゃんと澪を抱いて寝られた」
「……っ、もう、ほんとに……」
布団の中で、澪の耳まで赤くなっている。
でも、その頬にはどこか安心したような、微笑が浮かんでいた。
しばらく布団の中で崇雅に撫でられていた澪は、ようやく落ち着きを取り戻し、そっと顔を出した。
「……もう、からかわないでください」
「からかってない。事実を言っただけだ」
「そういうのを、からかいって言うんです……っ」
小さく抗議しながら、澪は身体を起こしてベッドを抜け出す。
その背中を目で追いながら、崇雅もゆっくりと身を起こした。
「今日は出勤するんですか?」
寝室のドアの前で振り返った澪が尋ねる。
「ああ。午後から打ち合わせがあるし、朝のうちに資料の確認もしたい」
「……ほんとに、大丈夫なんですよね?」
「澪に心配されるくらいには、元気になったってことだな」
「それは……はい。そうですね」
安心したように微笑んだ澪は、「じゃあ、朝ごはん作ってきます」と言い残して寝室を出ていった。
リビングに香ばしい出汁の香りが広がる中、澪がテーブルの上に味噌汁と湯気の立つおかずを並べていく。
やがて、着替えを済ませた崇雅がリビングに現れる。
いつものスーツ姿だが、どこかまだ本調子とはいえない雰囲気が残っていた。
「おかゆじゃなくて、ごめんなさい。今日は、しっかり食べて動けるようにと思って」
「いや、嬉しい。ありがとう」
椅子に腰掛けた崇雅の前に、澪が湯気の立つ器をそっと置いたとき――ふいに彼の口元が緩む。
「……食べさせてくれるのか?」
「え?」
思わず素っ頓狂な声を上げた澪に、崇雅は表情を変えずに続ける。
「昨日は、そうしてくれたから」
「い、今はもう元気なんですよね!? 自分で食べられますよね!」
「昨日のが、美味しかった」
少しだけ唇を緩めたその言葉に、澪はカッと顔を赤らめた。
「っ、だ、だめですっ。自分で食べてください……!」
「冗談だ」
ようやく、微笑みを浮かべた崇雅に、澪は顔をぷるぷると振って、逃げるように自分の席についた。
「ほんとに……もう少し、ご自分の体も労ってくださいね」
「……そうだな。澪の言うとおりにするよ」
「絶対ですからね。今度無理したら、本気で怒ります」
少しだけ怖い笑顔でそう告げる澪に、崇雅はわずかに眉を下げた。
「……それは、避けたいな。怒った澪は、ちょっと怖い」
「ちょっとじゃ済みません」
やりとりの間も、朝の光はゆっくりと部屋を満たしていく。
いつもと同じようで、どこか少しだけ特別な――そんな穏やかな朝の時間だった。
朝の支度を終え、ふたりはマンションのエントランスを出た。
崇雅の車は会社の地下駐車場にあるため、この日はタクシーで向かうことに。
通りに出て手を挙げると、ほどなくして一台の車がゆっくりと近づいてくる。
タクシーに並んで乗り込み、ドアが閉まる。
車が静かに走りだす中、澪がそっと言った。
「本当に無理は、しないでくださいね?
今日はまだ回復途中なんですから。
……顔に出さなくても、わかります」
崇雅はふと澪を見た。
その瞳には、疑うような、心配するような、いろんな想いが詰まっていて――
だからこそ、きっとこのひと言が出てくるのだろう。
「……俺のこと、ほんとによく見てるな」
「……大切な旦那さんですから」
その一言に、崇雅はふっと口元を緩めた。
そして、窓の外に目をやりながら、ふと思う。
(ここまで、誰かに本気で心配されたのは……たぶん、初めてだ)
厳しい父のもとで育ち、いつも完璧を求められ、弱さを見せることを許されなかった自分にとって――
こうして「無理しないで」と言ってくれる存在は、どれほどあたたかく、貴重か。
「……澪」
呼びかけると、隣にいた澪がきょとんと顔を上げる。
「ありがとう」
「……え?」
「……ああやって止めてくれて、本気で心配して怒ってくれるのは澪くらいだ。
あのまま働いていたら本当に倒れてたかもしれない。……だから、ありがとう」
不意に真剣な声で言われて、澪は目を瞬かせた。
けれどその頬は、じわじわと紅く染まっていく。
「……どういたしまして」
小さな声で、でもしっかりとそう返した澪の横顔を、崇雅はそっと見つめた。
タクシーは、朝の街を静かに進んでいく。
そしてふたりの一日は、また始まっていった。
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