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番外編・夢じゃないと、何度でも①
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「終わったら連絡して。迎えに来る」
助手席のドアを開けた澪にそう声をかけると、彼女は小さくうなずき、どこか申し訳なさそうに笑った。
「ごめんなさい、近いのにわざわざ送ってもらって……」
「気にしなくていい。俺がやりたくてやっているだけだ」
「……ありがとうございます。カラーもするから、たぶん二時間半くらいはかかると思います」
「了解」
短く返し、澪が美容室に入っていくのを見届ける。
扉が閉まり、その姿が見えなくなった瞬間――崇雅は静かにハンドルを握り直した。
その手に、ほんのわずかだけ力がこもる。
誰の目にも、それが緊張の表れだとは気づかないだろう。
彼自身も、たぶん意識していない。
(……行くなら、今しかない)
視線は前を向いたまま。
エンジン音は変わらず静かだが、アクセルを踏み込む足に迷いはなかった。
――この家に、澪がいてくれる。
それだけで、救われたと思った。
けれど、あの日。
「そろそろ自宅に戻ろうかと……」と、申し訳なさそうに微笑んだ彼女の言葉に、
一瞬、視界が歪んだ。
あれほど穏やかに保ってきた仮面が、崩れ落ちそうになった。
“戻らないでくれ”とは言えなかった。
けれど、膝に乗せ、背を撫で、目を見て告げた言葉は――
事実上の“命令”だった。
それでも、澪は拒まなかった。
折れてくれた。
いや、信じて、預けてくれた。
それが嬉しくて、怖くて。
彼女がまたどこかへ行ってしまわないよう、
部屋の解約も転居届も、自分がすべて進めた。
10月上旬。
澪が最後に自宅に立ち寄り、鍵を返したとき。
ようやく俺は、“この手に収まった”実感を得た。
そして11月。
あれからひと月。
何も変わらない日々が続いている。
朝を迎え、夜を越え、また明日が来る。
その中に、確かに澪がいる。
――今なら、渡せる。
そう思った。
ただ“ここにいてほしい”から、
“これからも、ずっと隣にいてほしい”へ。
ようやく、彼女に言葉を贈れると思った。
車を停めたのは、事前に予約していたジュエリーショップ。
「東條様。お待ちしておりました」
迎えた担当スタッフは、丁寧に会釈する。
要望はすでに伝えてある――“婚約指輪のオーダー”だ。
「彼女は派手な装飾を好まない。職場でも違和感なく着けられて、でも一目で目を引くものにしたい」
崇雅の声は静かで、感情を抑えたいつも通りの調子だった。
「……指輪を見た人間が、彼女が“もう選ばれている”ことを理解するように」
その言葉に、スタッフはわずかに目を見開いた。
威圧的でも感傷的でもない。
けれどそこには、確かな熱と、揺るがない決意が滲んでいた。
オーダーしたのは、プラチナの細身リングに、1ctのダイヤを中心に据えたもの。
その石を引き立てるよう、小さなメレダイヤを控えめにあしらう。
石の高さは最小限に――日常使いを前提とした、繊細な構造。
光を受ければふと視線を奪うような、静かな存在感を備えたデザイン。
サイズは、数ヶ月前の記憶を頼りに決めた。
澪が「可愛い」と言って手に取ったアクセサリーショップのリング。
タグに記されていた“9”の数字。
指に当てる様子から中指用だと判断し、薬指ならひとつ下――8号が妥当だと。
オーダー時、そのサイズを迷いなく指定した。
ぴたりと吸いつくような仕上がりになることを、疑っていなかった。
仕上がりまでは、約3週間。
付き合って1年の記念となる2月には問題なく間に合う。
オーダーを終えた頃、腕時計の針は予定時間の1時間50分を指していた。
スマートフォンを手に取る。
澪からの連絡は、まだ来ていない。
(……あと少し、か)
再びハンドルを握り、崇雅は何事もなかったかのように車を走らせた。
彼女のいる、美容室へ向かって。
助手席のドアを開けた澪にそう声をかけると、彼女は小さくうなずき、どこか申し訳なさそうに笑った。
「ごめんなさい、近いのにわざわざ送ってもらって……」
「気にしなくていい。俺がやりたくてやっているだけだ」
「……ありがとうございます。カラーもするから、たぶん二時間半くらいはかかると思います」
「了解」
短く返し、澪が美容室に入っていくのを見届ける。
扉が閉まり、その姿が見えなくなった瞬間――崇雅は静かにハンドルを握り直した。
その手に、ほんのわずかだけ力がこもる。
誰の目にも、それが緊張の表れだとは気づかないだろう。
彼自身も、たぶん意識していない。
(……行くなら、今しかない)
視線は前を向いたまま。
エンジン音は変わらず静かだが、アクセルを踏み込む足に迷いはなかった。
――この家に、澪がいてくれる。
それだけで、救われたと思った。
けれど、あの日。
「そろそろ自宅に戻ろうかと……」と、申し訳なさそうに微笑んだ彼女の言葉に、
一瞬、視界が歪んだ。
あれほど穏やかに保ってきた仮面が、崩れ落ちそうになった。
“戻らないでくれ”とは言えなかった。
けれど、膝に乗せ、背を撫で、目を見て告げた言葉は――
事実上の“命令”だった。
それでも、澪は拒まなかった。
折れてくれた。
いや、信じて、預けてくれた。
それが嬉しくて、怖くて。
彼女がまたどこかへ行ってしまわないよう、
部屋の解約も転居届も、自分がすべて進めた。
10月上旬。
澪が最後に自宅に立ち寄り、鍵を返したとき。
ようやく俺は、“この手に収まった”実感を得た。
そして11月。
あれからひと月。
何も変わらない日々が続いている。
朝を迎え、夜を越え、また明日が来る。
その中に、確かに澪がいる。
――今なら、渡せる。
そう思った。
ただ“ここにいてほしい”から、
“これからも、ずっと隣にいてほしい”へ。
ようやく、彼女に言葉を贈れると思った。
車を停めたのは、事前に予約していたジュエリーショップ。
「東條様。お待ちしておりました」
迎えた担当スタッフは、丁寧に会釈する。
要望はすでに伝えてある――“婚約指輪のオーダー”だ。
「彼女は派手な装飾を好まない。職場でも違和感なく着けられて、でも一目で目を引くものにしたい」
崇雅の声は静かで、感情を抑えたいつも通りの調子だった。
「……指輪を見た人間が、彼女が“もう選ばれている”ことを理解するように」
その言葉に、スタッフはわずかに目を見開いた。
威圧的でも感傷的でもない。
けれどそこには、確かな熱と、揺るがない決意が滲んでいた。
オーダーしたのは、プラチナの細身リングに、1ctのダイヤを中心に据えたもの。
その石を引き立てるよう、小さなメレダイヤを控えめにあしらう。
石の高さは最小限に――日常使いを前提とした、繊細な構造。
光を受ければふと視線を奪うような、静かな存在感を備えたデザイン。
サイズは、数ヶ月前の記憶を頼りに決めた。
澪が「可愛い」と言って手に取ったアクセサリーショップのリング。
タグに記されていた“9”の数字。
指に当てる様子から中指用だと判断し、薬指ならひとつ下――8号が妥当だと。
オーダー時、そのサイズを迷いなく指定した。
ぴたりと吸いつくような仕上がりになることを、疑っていなかった。
仕上がりまでは、約3週間。
付き合って1年の記念となる2月には問題なく間に合う。
オーダーを終えた頃、腕時計の針は予定時間の1時間50分を指していた。
スマートフォンを手に取る。
澪からの連絡は、まだ来ていない。
(……あと少し、か)
再びハンドルを握り、崇雅は何事もなかったかのように車を走らせた。
彼女のいる、美容室へ向かって。
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