117 / 163
第7章:揺らぐ均衡、咲き始める絆
第115話・抱擁の温もり、迫る刃
しおりを挟む
翌日ー。
天幕を透かして、朝の光が淡く差し込んでいた。
夜の冷気はまだ残っていたが、焚き火の残り火と微精霊たちの光が周囲を温めている。
セレスティアは自力で上体を起こし、外套を羽織る。
昨日までのだるさは和らぎ、ゆっくりなら歩けそうな気がしていた。
サイファルトと共に天幕から出ると、焚き火の上で温められた携行食が差し出された。
セレスティアはまだ少し頼りない手でそれを受け取る。
「……ありがとう」
サイファルトの視線がじっと彼女を追う。
小さな手が食事を口に運ぶたび、ようやく胸の底に少し安堵が広がった。
食べ終えたところで、ゼフリスが一歩前に出る。
落ち着いた声音が、張り詰めた空気を和らげるように響いた。
「サイファルト様。――今後の方針について、確認を」
サイファルトは腕の中のセレスティアを抱き直し、低く答える。
「ティアの回復を最優先する。それ以外は後回しだ」
ゼフリスは短く頷き、冷静に続ける。
「では、シルヴェールへ急ぎ戻るのが賢明でしょう。このまま廃村周辺での滞在を続ければ、再び魔獣が集まる恐れもあります。……加えて、瘴気の残滓も完全には消えていません」
「……ああ」
短く肯定するサイファルトの声には、迷いはなかった。
セレスティアはそのやり取りを聞きながら、胸の奥に小さな安心を抱いた。
自分のために全員が動いている――それが少しだけ申し訳なくもあり、けれど同時に嬉しくて、彼の胸に身を寄せる。
サイファルトは彼女の仕草を確かめるように片腕で強く抱き寄せ、ただ一言、静かに告げた。
「戻るぞ」
ぱちりと焚き火が音を立て、冷たい朝の空気を押し返すように炎が揺れた。
(……シルヴェールに戻るなら、ちゃんと歩かないと……)
そう思い立ち上がろうとした瞬間、背後からふわりと大きな腕にすくい上げられた。
気づけば、彼女はすっぽりとサイファルトの胸の中に収まっている。
「……ファル? わたし、もう歩けるよ?」
「おまえの足で歩けば今日中にシルヴェールには着けん。……大人しくしていろ」
「……っ」
不満を漏らそうとしたセレスティアだったが、彼の腕に支えられた温かさに、口を閉ざす。
確かに歩くよりずっと楽で、胸の奥が不思議と落ち着いていく。
「……しょうがないなぁ」
小さく呟き、彼の胸元に頬を寄せる。
サイファルトは片眉をわずかに上げただけで、何も言わず歩き出した。
彼の足取りは力強く、雪を踏みしめる音が静かに続いていく。
セレスティアはその腕の中で、心地よい揺れに身を任せながら、ほんの少しだけ眠気を覚えていた。
日が傾き、赤い光がシルヴェールの街並みに影を落とす。
長い道のりを越えてようやく辿り着いた安堵が、一行の胸に広がった。
だが、市場へと続く道に差し掛かった、その瞬間――。
鋭い気配が走った。
人の気配。
しかし、そこにあるのは歓迎でも平穏でもなく、剥き出しの敵意だった。
ジャキリ、と武器の音が一斉に鳴る。
路地の陰や家屋の影から、複数の人間が現れ、円を描くように彼らを取り囲んだ。
剣や槍の切っ先は、明確な敵意を孕み、こちらへと向けられる。
「……っ」
セレスティアの肩が小さく震えた。
次の瞬間、サイファルトは外套のフードを深く被せ、その小さな顔を覆い隠す。
「――目を閉じていろ」
低く鋭い声。
彼は迷いなく彼女を胸に抱き寄せ、まるでこの世のすべてから隠すように包み込む。
その腕の強さに、セレスティアは声も出せず、ただ彼の胸に顔を埋めるしかなかった。
囲む人間たちの瞳には、恐怖も躊躇もなく、ただ濃い殺意だけが宿っている。
ゼフリスが前へ出て武器を構える。
ライナーとエドも背を合わせるように位置を取り、即座に臨戦態勢を整えた。
冷え切った空気の中、街門を背にした一行と、武器を構えた集団が対峙する。
市場の喧騒が遠ざかり、張りつめた空気だけが場を支配していた。
天幕を透かして、朝の光が淡く差し込んでいた。
夜の冷気はまだ残っていたが、焚き火の残り火と微精霊たちの光が周囲を温めている。
セレスティアは自力で上体を起こし、外套を羽織る。
昨日までのだるさは和らぎ、ゆっくりなら歩けそうな気がしていた。
サイファルトと共に天幕から出ると、焚き火の上で温められた携行食が差し出された。
セレスティアはまだ少し頼りない手でそれを受け取る。
「……ありがとう」
サイファルトの視線がじっと彼女を追う。
小さな手が食事を口に運ぶたび、ようやく胸の底に少し安堵が広がった。
食べ終えたところで、ゼフリスが一歩前に出る。
落ち着いた声音が、張り詰めた空気を和らげるように響いた。
「サイファルト様。――今後の方針について、確認を」
サイファルトは腕の中のセレスティアを抱き直し、低く答える。
「ティアの回復を最優先する。それ以外は後回しだ」
ゼフリスは短く頷き、冷静に続ける。
「では、シルヴェールへ急ぎ戻るのが賢明でしょう。このまま廃村周辺での滞在を続ければ、再び魔獣が集まる恐れもあります。……加えて、瘴気の残滓も完全には消えていません」
「……ああ」
短く肯定するサイファルトの声には、迷いはなかった。
セレスティアはそのやり取りを聞きながら、胸の奥に小さな安心を抱いた。
自分のために全員が動いている――それが少しだけ申し訳なくもあり、けれど同時に嬉しくて、彼の胸に身を寄せる。
サイファルトは彼女の仕草を確かめるように片腕で強く抱き寄せ、ただ一言、静かに告げた。
「戻るぞ」
ぱちりと焚き火が音を立て、冷たい朝の空気を押し返すように炎が揺れた。
(……シルヴェールに戻るなら、ちゃんと歩かないと……)
そう思い立ち上がろうとした瞬間、背後からふわりと大きな腕にすくい上げられた。
気づけば、彼女はすっぽりとサイファルトの胸の中に収まっている。
「……ファル? わたし、もう歩けるよ?」
「おまえの足で歩けば今日中にシルヴェールには着けん。……大人しくしていろ」
「……っ」
不満を漏らそうとしたセレスティアだったが、彼の腕に支えられた温かさに、口を閉ざす。
確かに歩くよりずっと楽で、胸の奥が不思議と落ち着いていく。
「……しょうがないなぁ」
小さく呟き、彼の胸元に頬を寄せる。
サイファルトは片眉をわずかに上げただけで、何も言わず歩き出した。
彼の足取りは力強く、雪を踏みしめる音が静かに続いていく。
セレスティアはその腕の中で、心地よい揺れに身を任せながら、ほんの少しだけ眠気を覚えていた。
日が傾き、赤い光がシルヴェールの街並みに影を落とす。
長い道のりを越えてようやく辿り着いた安堵が、一行の胸に広がった。
だが、市場へと続く道に差し掛かった、その瞬間――。
鋭い気配が走った。
人の気配。
しかし、そこにあるのは歓迎でも平穏でもなく、剥き出しの敵意だった。
ジャキリ、と武器の音が一斉に鳴る。
路地の陰や家屋の影から、複数の人間が現れ、円を描くように彼らを取り囲んだ。
剣や槍の切っ先は、明確な敵意を孕み、こちらへと向けられる。
「……っ」
セレスティアの肩が小さく震えた。
次の瞬間、サイファルトは外套のフードを深く被せ、その小さな顔を覆い隠す。
「――目を閉じていろ」
低く鋭い声。
彼は迷いなく彼女を胸に抱き寄せ、まるでこの世のすべてから隠すように包み込む。
その腕の強さに、セレスティアは声も出せず、ただ彼の胸に顔を埋めるしかなかった。
囲む人間たちの瞳には、恐怖も躊躇もなく、ただ濃い殺意だけが宿っている。
ゼフリスが前へ出て武器を構える。
ライナーとエドも背を合わせるように位置を取り、即座に臨戦態勢を整えた。
冷え切った空気の中、街門を背にした一行と、武器を構えた集団が対峙する。
市場の喧騒が遠ざかり、張りつめた空気だけが場を支配していた。
0
あなたにおすすめの小説
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚
きぬがやあきら
恋愛
「私に愛まで望むな。褒賞に王子を求めておいて、強欲が過ぎると言っている」
新婚初夜に訪れた寝室で、レオノールはクラウディオ王子に白い結婚を宣言される。
それもそのはず。
2人の間に愛はないーーどころか、この結婚はレオノールが魔王討伐の褒美にと国王に要求したものだった。
でも、王子を望んだレオノールにもそれなりの理由がある。
美しく気高いクラウディオ王子を欲しいと願った気持ちは本物だ。
だからいくら冷遇されようが、嫌がらせを受けようが心は揺るがない。
どこまでも逞しく、軽薄そうでいて賢い。どこか憎めない魅力を持ったオノールに、やがてクラウディオの心は……。
すれ違い、拗れる2人に愛は生まれるのか?
焦ったい恋と陰謀+バトルのラブファンタジー。
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
【完結】私は聖女の代用品だったらしい
雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。
元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。
絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。
「俺のものになれ」
突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。
だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも?
捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。
・完結まで予約投稿済みです。
・1日3回更新(7時・12時・18時)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる