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第5章・揺れる心と、還る場所
第65話・風が凪いだ、そのあとに
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風がふっと止む。
それまで漂っていた、掴めないようで優しく寄り添っていた気配が、ふいにひとつの形を結んだ。
空気が震える。
風の粒子が集まり、そこに、ひとりの女性の姿が現れた。
――シルフィエル。風の精霊。
揺れる銀白の髪。空の色を映すような瞳。
彼女は微笑を浮かべたまま、どこか遠くを眺めるような眼差しで、セレスティアを見つめた。
「“自由”は、甘く美しい響き。けれど、それはすべてを許すものではない。選んだなら、背負うことになる。――その選択に伴う責任を」
彼女の声は風そのもの。耳ではなく、心に直接触れてくるようだった。
セレスティアは、静かに頷く。
それが重いものだと、今の彼女は理解していた。
「それでも、あなたは――迷いながらも、自分で“選んだ”。それがすべてよ」
セレスティアは、まっすぐに彼女を見返す。
すべての思いを込めるように、小さく、けれど確かな声で告げた。
「私は、わたしの心で生きていく。誰かのためじゃなく、自分の意思で」
シルフィエルの瞳が細められる。
その微笑みは、どこか寂しげで、けれど深く優しい。
「……風は、ただ吹き抜けるだけでは、何も残せない。
でも、自らの意志で吹く風は、嵐にも、翼にもなる」
彼女はふわりと背を向けると、空へと舞い上がるように、風に姿を溶かしていく。
そして、消え際に――
「さあ、最後の地へ進みなさい」
「揺るがぬ大地の前で、あなたの“足”が試されつでしょう。
――どれほど風に乗れようとも、歩むべき地がなければ、人は立てないのだから」
言葉と共に、風が舞い上がり、世界はまた静寂に包まれた。
次に待つのは、地の精霊――堅牢で、揺るがぬ存在。
それはきっと、逃げ場のない、自分の「核」を見つめさせられる試練になるだろう。
セレスティアは小さく息を吐くと、揺らめく風の余韻の中に、ひとり立ち尽くしていた。
——————
風が静かに凪いだ。
試練を終えたセレスティアの背中が、わずかに揺れていた。
泣きやんだばかりの少女のように、小さく、頼りない。
彼女のすぐ傍にいるはずなのに、手を伸ばしても、届かない。
魂だけとなった今の自分には、彼女の名を呼ぶことすら叶わないのだ。
――それが、どれほど苦しいことか。
火の試練で、怒りに呑まれ、魔力が荒れ狂った彼女を見た。
水の試練で、自らの存在意義に押し潰されそうになり、震えていた彼女を見た。
風の試練で、自由と依存の狭間で、泣きながら心の鎖をほどこうとしていた彼女を、見ていた。
彼女は、ひとりで戦っていた。
孤独の中で。苦しみの中で。
――誰にもすがらず、誰の手も借りず。
そのすべてを、ただ見ているしかなかった。
(なぜ、俺は――)
傍にいながら、何もできないことが、これほど苦しいとは思わなかった。
腕があれば抱きしめたいと何度願っただろう。声が届くなら、強くないままでいいと伝えたかった。
けれど彼は、ただ魂の気配として、この旅に寄り添うことしか許されていない。
(それでも、俺は……)
それでも、彼女のそばを離れることはできなかった。
泣いて、傷ついて、それでも立ち上がろうとする姿が――美しくて、愛おしくて、眩しかった。
どれほど無力でも、ただ彼女を見守ることしかできなくても。
この想いだけは、決して揺るがない。
(セレスティア……)
心の奥で、そっと名を呼ぶ。
俺は、まだ彼女の手を取れない。
けれど、魂のすべてで願っている。
どうか、前へ進んでくれ。
どれほど傷ついても、立ち上がって――
その先で、もう一度、彼女の隣に並びたい。
たとえこの身が、完全に還らなくても。
ティアが歩む未来に、少しでも寄り添える存在であるなら――それだけでいい。
風が、静かに吹いた。
それは、魂にすら触れることのできない、優しい風だった。
それまで漂っていた、掴めないようで優しく寄り添っていた気配が、ふいにひとつの形を結んだ。
空気が震える。
風の粒子が集まり、そこに、ひとりの女性の姿が現れた。
――シルフィエル。風の精霊。
揺れる銀白の髪。空の色を映すような瞳。
彼女は微笑を浮かべたまま、どこか遠くを眺めるような眼差しで、セレスティアを見つめた。
「“自由”は、甘く美しい響き。けれど、それはすべてを許すものではない。選んだなら、背負うことになる。――その選択に伴う責任を」
彼女の声は風そのもの。耳ではなく、心に直接触れてくるようだった。
セレスティアは、静かに頷く。
それが重いものだと、今の彼女は理解していた。
「それでも、あなたは――迷いながらも、自分で“選んだ”。それがすべてよ」
セレスティアは、まっすぐに彼女を見返す。
すべての思いを込めるように、小さく、けれど確かな声で告げた。
「私は、わたしの心で生きていく。誰かのためじゃなく、自分の意思で」
シルフィエルの瞳が細められる。
その微笑みは、どこか寂しげで、けれど深く優しい。
「……風は、ただ吹き抜けるだけでは、何も残せない。
でも、自らの意志で吹く風は、嵐にも、翼にもなる」
彼女はふわりと背を向けると、空へと舞い上がるように、風に姿を溶かしていく。
そして、消え際に――
「さあ、最後の地へ進みなさい」
「揺るがぬ大地の前で、あなたの“足”が試されつでしょう。
――どれほど風に乗れようとも、歩むべき地がなければ、人は立てないのだから」
言葉と共に、風が舞い上がり、世界はまた静寂に包まれた。
次に待つのは、地の精霊――堅牢で、揺るがぬ存在。
それはきっと、逃げ場のない、自分の「核」を見つめさせられる試練になるだろう。
セレスティアは小さく息を吐くと、揺らめく風の余韻の中に、ひとり立ち尽くしていた。
——————
風が静かに凪いだ。
試練を終えたセレスティアの背中が、わずかに揺れていた。
泣きやんだばかりの少女のように、小さく、頼りない。
彼女のすぐ傍にいるはずなのに、手を伸ばしても、届かない。
魂だけとなった今の自分には、彼女の名を呼ぶことすら叶わないのだ。
――それが、どれほど苦しいことか。
火の試練で、怒りに呑まれ、魔力が荒れ狂った彼女を見た。
水の試練で、自らの存在意義に押し潰されそうになり、震えていた彼女を見た。
風の試練で、自由と依存の狭間で、泣きながら心の鎖をほどこうとしていた彼女を、見ていた。
彼女は、ひとりで戦っていた。
孤独の中で。苦しみの中で。
――誰にもすがらず、誰の手も借りず。
そのすべてを、ただ見ているしかなかった。
(なぜ、俺は――)
傍にいながら、何もできないことが、これほど苦しいとは思わなかった。
腕があれば抱きしめたいと何度願っただろう。声が届くなら、強くないままでいいと伝えたかった。
けれど彼は、ただ魂の気配として、この旅に寄り添うことしか許されていない。
(それでも、俺は……)
それでも、彼女のそばを離れることはできなかった。
泣いて、傷ついて、それでも立ち上がろうとする姿が――美しくて、愛おしくて、眩しかった。
どれほど無力でも、ただ彼女を見守ることしかできなくても。
この想いだけは、決して揺るがない。
(セレスティア……)
心の奥で、そっと名を呼ぶ。
俺は、まだ彼女の手を取れない。
けれど、魂のすべてで願っている。
どうか、前へ進んでくれ。
どれほど傷ついても、立ち上がって――
その先で、もう一度、彼女の隣に並びたい。
たとえこの身が、完全に還らなくても。
ティアが歩む未来に、少しでも寄り添える存在であるなら――それだけでいい。
風が、静かに吹いた。
それは、魂にすら触れることのできない、優しい風だった。
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