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さようなら
しおりを挟む翌日にはオーブの担当者が訪ねてきた。
「お久しぶりです公爵夫人」
「ルード様、私はもう平民です。公爵夫人でも伯爵令嬢でもありません。ただのミリアです。公爵様の耳に入ったら罰を受けますわ」
「失礼しました。ミリア様」
早速 物件の概要が書かれた紙を見せてくれた。
地図もあり、番号が記入されている。物件の紙にも。
「1番の物件は、この地図に書かれている①の場所にあるのですね?」
「はい」
「ありがとうございます」
全ての情報に目を通して質問をして決めたのは、領主の屋敷近くの町まで辻馬車が通っていて、崖もなく水場より少しでも高い位置にあった小さな屋敷だった。敷地は広く、裏庭は馬を放したりできる広さを持ち、表側は子を遊ばせたり出来る。横側は洗濯をして干したりする場所に最適で、飲み水にできる井戸がある。
「まあ、家具のカタログや購入品リストを持ってきてくださったのですね」
「パルフェール子爵領にはオーブの支店がございます。こちらで決めて向こうで揃えさせますが、いかがでしょう」
「サリー、宝石箱を持ってきてちょうだい」
「はい」
サリーが持ってきた宝石箱をテーブルの上に置き、中身を出した。
「死ぬまで 使用人2、3人を雇って少し余裕のある平民暮らしができるお金は取っておきたいのです」
「売って資金になさるのですね?」
「はい」
「では、この11点は残してください。新たな収入がないのでしたら盗まれたりしないようにしなくてはなりません。隠し金庫を作らせます」
「はい」
「残りの宝飾品で充分ご用意できます。選んでいきましょう」
「良かったですわ」
家具や寝具類、必要な道具や食器など様々な物を選んだ。
「庭はどのように活用なさいますか?」
「子供を遊ばせたいので、石など取り去って芝を植えて、ベンチやブランコも置きたいのです。一人掛けソファのような形をしたものを置けたらいいのですが」
「ではテラスも作りましょう。あまり費用がかからない質素な作りにします。お子様と庭でお過ごしになるのでしたら あると便利かと」
「お任せしますわ。やっぱりオーブに頼って正解でしたわ」
「ミリア様の信頼にお応えいたします」
「では、よろしくお願いします」
そして、宣告されてから2ヶ月になる2日前の晴れた日に出発することになった。サリーとサリーの妹アナ、ヴィグールの用意した傭兵が7人集まった。
家令のクレイが見送りという名の監視に外に出てきた。
「クレイ様、お世話になりました。ローゼス家にお返しする宝飾品は間違いありませんでしたか?」
「はい。確かにご返却いただきました」
クレイは貴族籍。平民になった私は様付けしなくてはならない。
「残してある物もありますが不用ですので捨ててください」
「…ミリア様」
「私は裏切ったりしておりませんが、公爵様が決め付けてしまえば事実となってしまいます。
血族除外届を提出しましたから、あの子が公爵様の子であると証明できたとしても他人です。私から奪うことはできません。
ローゼス家の伝統が外れるといいですね。
カレン夫人とお幸せにとお伝えください。
それでは失礼します。さようなら」
カーテシーをして馬車に乗り込んだ。
「出発!」
騎乗した傭兵達と一緒にローゼス邸の門をくぐった。
辛い6年だった。
多産家系の娘である私を娶らせることを決めたのは先代公爵だった。
直ぐに孕めない私にレイモンド様は苛立ちをぶつけた。実家のことや私のことを侮辱し、敬うことはなかった。
そのうち当時の公爵が流行病で亡くなり、レイモンド様が継いだ。離れの妾は私より贅沢な暮らしぶりになった。
恋人から妾になったカレンを先代公爵は黙認はしたが 出しゃばらないよう牽制していた。だが 亡くなってしまったのでカレンの待遇が変わったのだ。
私は月のモノも不順になり、医者から心の健康を考えるようにと言われた。
どうやって?夫が私を嫌っているのに?レイモンドは堂々とカレンと夜会に行くのに?
妊娠したと分かったときも、“女は産むなよ”と言われた。レイモンド様に対する気持ちは元々無かったが、後戻りの出来ないほど彼を軽蔑するようになった。もし女児が産まれたら、また嫌々閨に上がり演技をしなくてはならない。またレイモンド様の精を受けるようになったら吐いてしまうかもしれない。だからどうか男児を産ませてと神に祈った。男児さえ産めば、もう私を使わずにカレンの元にだけに通うだろうから。
男児が産まれて嬉しかったのは、レイモンド様から不貞を疑われるまでの数分間だった。
レイモンドの子を育てられるのか分からない。あの人の子だと考えると愛おしくない。だけど私が産んだことには違いない。前に進むしかないのだ。
4日かけてオーブのパルフェール支店に到着し、支店長が私の屋敷に案内してくれた。
屋敷と周辺と町のことを説明して、鍵を渡して店に戻っていった。
赤ちゃんの部屋も直ぐに使える状態だった。
ベビーベッドに寝かせて外に出た。
傭兵達に依頼料とは別の心付けを渡した。いい宿に泊まって美味しい食事が食べれるように。
傭兵達を見送り、荷物を中に運んで荷解きをした。
大した量ではないので一時間もかからない。
買ってきておいた 今夜と翌朝の料理をキッチンに置いた。
「ミリア様、明日は私が坊ちゃんを見ますから、アナと買い物に行ってください。
服などを購入して、町の散策がてらにお食事も済ませてはいかがでしょう」
「そうね。そうするわ。明後日はアナとサリーで行ってきて」
「ありがとうございます」
【 オーブ商会長の視点 】
報告に来ていたローゼス領担当の次男ルードが苛立ちを見せていた。
「ミリア様は実家からも縁を切られて平民となりました。無一文で追い出されるわけではなかったことにはホッとしましたが、ミリア様は不貞をするような方ではございません。使用人や我ら商人にも優しく接してくださる方です。
産まれたご子息は公爵の子で間違いありません」
紋様を受け継がず公爵に何一つ似ない男児を産んだ公爵夫人ミリア様が離縁され実家からも勘当された。
「夫人の…ミリア様のご様子は?」
「淡々となさっておりました。足掻いても無駄だとご存知なのです。メイドとその妹が付いていくそうです。
ミリア様はポンと宝石箱をテーブルの上に置いて中身を広げ、私にどれを残してどれを換金するのか委ねるのです。騙されるなど微塵も思っていないようでした。生涯の予算と使っていい分をわけて、その中から正しい費用を徴収しました。私は心配でなりません」
「パルフェール支店には、ミリア様を敬い正しく付き合うことを命じておこう。
それに変わった場所に紋様があるのかもしれない。
それが何処にあるのか判明したときが見ものだな」
「公爵がミリア様に署名を強いたのは永久血族除外届です。ローゼス公爵は産まれた男児に対して一切の権利を放棄してしまいました。男児側も義務が無くなりました。例え紋様が見つかっても私にはミリア様が喜んで復縁するとは思えません」
「だとしたら、ローゼス家の男系血族主義は公爵の代で途絶えるのだな」
「この目で見届けたいものです」
ルードは報告を終えると退室した。
ローゼス公爵家は男系血族主義だ。だから男児を産ませることに異常な執着を見せる。
一度に複数の妾を迎え、男児を産んだ者を正妻にした当主もいれば、息子が一人の女性しか受け入れられず、息子の愛する妻が男児を産まないと無理矢理搾精して シリンジで他の女に胤付けをさせた当主もいる。今回は多産系の伯爵家に目を付けて息子の嫁にした。
元々かは分からないがローゼス家は男児が一人しか産まれない。その代わり病気をしない丈夫な子が産まれる。怪我に気を付ければいいだけだった。
ミリア様の子が公爵の子なら、もう公爵に男児は授からないはずだ。
そうなると、大事なのは次の男児を残す可能性のあるミリア様の産んだ子であって、使用済みの公爵ではないのだ。
間違いなくローゼス公爵家は荒れるだろう。
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