母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監

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第三章 ニオルカンのマルコ

3ー9 緊急脱出の方法

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 カラガンダ老が学院長との話し合いを終えて戻って来たその夜、マルコはカラガンダ老の部屋に呼ばれた。
 カラガンダ老から、学院長との話し合いのあらましを聞き、マルコが在学中は、学院長が後ろ盾になってくれることを聞いた。

 その上でカラガンダ老は、万が一の場合の脱出経路についてその危険性を説明し、マルコに何か良い知恵があるかと尋ねた。
 マルコは少し思案の後でカラガンダ老に答えた。

「手配がかかっている中を陸路で王国の中を突っ切るのは、確かに難しいと思いますが、私一人ならば何とでもなります。
 但し、義父様とうさまがご一緒となると、そのままでは無理がございましょう。
 それに義母様かあさまは、如何するおつもりでございますか?
 義父様が仕事ではない危険な旅に出られるならば、今の義母様なら必ずついて行かれます。
 逃避行は、人数が増えれば増えるほど難しくなります。
 私としては、養子縁組を外していただき、一人で旅立つ方がましだと存じます。」

「フム、マルコの言い分は分かるがのぉ。
 其方を養子とした以上、我らにも親の真似事はさせてくれい。
 儂もステラも、お前を掛け替えのない子だと思っておるのじゃ。
 其方を突き放すようなことは死んでもできん。
 其方が国を出るならば、当然我ら夫婦も同道する。」

「義父様も頑固ですものね。
 一度言い出すと後には引かない・・・。
 遺されるお子様たちの迷惑は顧みないのですか?」

「アレ達はもう大人じゃ。
 放っておいても自分たちの身は護れよう。
 そのように育てた筈じゃ。
 それに彼らが直接の庇い立てをしなければ、アレらに危難が及ぶことは無い。」

「そうかもしれませんが、・・・。」

 マルコは暫く考えて、やがて言った。

「では三人が乗って旅ができる様な馬車をご用意ください。
 御者ぎょしゃりませんし、馬も要りません。」

「馬なし、御者なしの馬車だと?
 そのようなもので、いったい如何いかがするつもりじゃ?」

「馬はゴーレムを作ってかせます。
 そうしてまた、ここから脱出するには、馬車ごと転移して、バンナ平原の東の都市アケロン郊外若しくはバランティア山系の東の宿坊サガン辺りに移動します。
 このほかにも義父様の隊商と一緒に私が通って来た場所ならば転移ができますけれど、サガンに泊まった日より三日前の野営地が東の限界です。
 それ以前の野営地や都市についてはその座標がわかりませんので転移ができません。
 いずれにせよ、転移で脱出すれば、途中の陸路は通りませんのでマーモット王国内の手配ならばかわせるはずです。
 その上で、東に向かい、商港アルビラへ行くのが宜しいかと思います。」

「そのとはどのようなものじゃ?
 何やら魔法を使った移動のような気がするが・・・。」

「はい、空間魔法の一つで、ある地点からある地点へ一瞬の間に移動する魔法です。
 但し、これは私が覚醒した後で行ったことのある場所でないと行くことができません。
 私が覚醒したのは、商港アルビラの西であり、サガンまで三日の距離にある野営地でした。
 ですからそこまでなら、今この瞬間にも転移ができるのです。」

「なんとまぁ、・・・・。
 そのような術を持っているならば、このマイジロン大陸の交易など散歩同然で出来ような。
 何ともすさまじい能力じゃ。
 あと、今一つわからなかったのはじゃ。
 馬代わりの物を作ると申したような気がするのじゃが・・・。」

「はい、その通りです。
 素材は何でも構いませぬが、錬金術で実物の馬を模倣もほうした形を作り、その馬に馬車を曳かせます。
 本物の馬は、飼い葉を与えねばなりませんし、休みを与えて相応の手入れもしてやらねばなりませんが、ゴーレムの馬は疲れ知らずですし、指示を与えれば御者なしでも馬車を安全に曳くことができます。

 ですから仮に三人で旅をするならばゴーレムの馬が宜しいかと思います。」

「その作り物の馬というのは、目立ってしまうのではないか?
 馬の人形なのであろう?
 そんなものが動き回れば嫌でも目立つじゃろう。」

「いえ、特別な事件でも起きない限りは多分目立つことは無いと存じます。
 物は試しで実際にご覧になってください。
 大きさは敢えて違えていますよ、」

 マルコはそういうと、目の前に小さな馬を出現させた。
 手のひらよりもわずかに大きいほどの小さな馬がテーブルの上に居た。

 その馬が、テーブルの上を端から端まで動き回る。
 毛並みの一本一本がわかるほど精巧せいこうにできており、馬の尾が時折ときおりゆらゆらと振られるのが本物そっくりである。

 まるで妖精のような馬だと思った。
 これがマルコの作った造り物とは到底思えぬ代物であった。

 なるほど、これならば馬車を用意すれば旅はできる。
 うん?もしや馬車すらも要らぬのではないか?

 カラガンダ老がそう尋ねると、マルコが苦笑しながら言った。

「馬車も錬金術で造れますが、私が知っているのは隊商が使っていた大きな馬車だけです。
 あれはそれなりに使えますけれど、普通の旅行に使うには大きすぎるような気がしまして、可能ならば小旅行で使える様な馬車を一度見ておきたいのです。
 そうすれば全く同じもの若しくは似た様な馬車を作ることはできます。」

 うん、この子は神にも等しい力を持っている。
 賢い子であるから、一人で動いても問題は無かろうが、やはり世間で一人前と見做みなされる年齢までは儂ら夫婦が庇護ひごしなければならぬと、カラガンダ老は改めてそう思った。

 カラガンダ老は、翌日にはニオルカンでも有数の馬車屋へ行き、二台の馬車を借りて来た。
 二台とも旅行用の馬車として普通に使えるものであるが、一台は豪奢ごうしゃな造りの馬車で富裕層が好んで使う馬車である。

 もう一台は、左程豪奢なものではないが、機能優先で造られた馬車である。
 山賊・盗賊に狙われやすいのは、どちらかというと豪奢な造りの馬車であり、長旅をする場合は護衛をつけねばなるまい。

 豪奢でない方の馬車も長旅の護衛が不要とは言わないが、通常は盗賊や山賊にも目を付けられにくい類の馬車なのである。
 マルコが必要に応じていずれかを選ぶだろうと思っていた。

 その日学院から戻ったマルコは、二つの馬車を見分けんぶんし、色々調べていたようじゃが、二日後には外見上豪奢ではない方の馬車に似せた馬車を作り出していた。
 馬車の側面には目立たぬようバンツー一族の紋章が描かれていた。

 しかも驚くべきことに、外から見てもわからないのだが馬車の中にドアがあってそのドアを開けるとかなり広い部屋があつらえてあった。
 魔法なのじゃろうが、馬車の大きさの幅及び長さが4倍ほどもあって、高さも倍ほどもある立派な部屋じゃった。

 どうやら我が家の居間をモデルに作り上げた部屋のようじゃ。
 そうしてその部屋の奥には寝室も有ったし、トイレに風呂までついておった。

 どうも、この馬車一つで、普通に生活できる家のようじゃ。
 旅慣れている儂は別として、旅慣れていないステラに野営は難しかろうと作ったものらしい。

 試しに、手代の一人に御者を頼んで、ゴーレム馬に馬車を曳かせて町の中を走ってみたが、御者台はそれなりに揺れるのじゃが、馬車の中はほとんど揺れを感じなかった。
 特にドアの奥の居間なり、寝室に入ってしまうと周囲が見えぬ所為せいも有ろうが、動いていることが全く分からぬほど揺れぬ馬車じゃし、周囲の音もかなり小さくなる。

 このマルコが作った馬車については、呆れてモノも言えんと云うところじゃの。
 これを売り出せば、王侯貴族ですら金に糸目をつけずに飛びつくじゃろうて。

 いずれにせよ、万が一の際の脱出方法は決まった。
 旅の間に必要な品を色々と用意して、少しずつマルコの空間収容庫内に保管してもらっておる。

 周囲に気取られぬように、少しずつその貯えを増やしているところじゃ。
 恐らく半年も有れば、間違いなく準備は整うじゃろう。

 何事もなくマルコが学院を卒業できるまでニオルカンで過ごせればよいのじゃがと願うカラガンダ老であった。

 ◇◇◇◇

 学院長が率先して動いたのだが、学院の指導方針が固まるまで一月ほどの時間を要した。
 その間に、学院の新たな方針に馴染めない教師は、学院を去って行った。

 マルコと直接の問題を引き起こしたペシャワルは教師を辞めて行った一人だった。
 これまでは学院の教師も能力ではなく縁故が優先して集められていたために、ある意味で能力そのものが教師に相応しくない者も少なからず居たのである。

 学院の運営を続けるためには、それら全てを学院から追い出すわけには行かなかったが、サリバス学院長は、順次能力のある者に入れ替えて行く方針に切り替え、首を切るわけでもなしに当座3名の明らかな降格を行ったのであった。
 その仕打ちに耐えかねた者は自ら辞めて行ったというわけである。

 サリバス学院長の指導よろしきを得て、学院の授業が次第に変化しつつあった。
 同時にその一月ほどの間に、サリバス学院長からニオルカン公爵の元へ、これまでの学院で行われていた悪しき慣習の報告と共に、マルコという魔法の天才が存在することが伝えられていた。

 同時に、言葉を慎重に選びながら王宮魔法師団への報告も為されたのであった。

 ◇◇◇◇

 ニオルカン公爵は、大公の妾腹の娘であるシルヴィア・ディラ・サリバンが、エジンバル男爵の娘と偽ってニオルカンの第一学院に入学したことを知っていた。
 そもそもがサリバン大公からニオルカン公爵へ話がもたらされ、公爵が臣下のエジンバル男爵に依頼して行った偽装である。

 恐らくはそのシルヴィア嬢が一年生として学院の現状を良く知っているだろうから、付けている従者から学院の様子を確認するのも手の一つと考えていた。
 今一つ、重要なのは極めてあっさりとした報告ながら、マルコという男の子は要注意人物ではないか?

 7歳にして契約魔法陣を出現できるなど聞いたことが無い。
 よしんば学院長の言うように第一学院の標的が老朽化していた可能性が有ったにしても、10基全てを破壊するのは並大抵の魔力ではないだろう。

 商人の子となっているが、或いは貴族の落し子なのか?
 そうでもなければ辻褄つじつまが合わないような気がするのだが、・・・。

 我が領内のことながら、代官はこのような件では当てにならないから密偵を放って、第一学院の様子とマルコとやらを見張らせよう。
 その日、王都から一人の密偵がニオルカンに向けて発ったのだった。

 ◇◇◇◇

 同じ頃、王宮魔法師団の師団長ベレグレブは、ニオルカンに配置している「草」からの密書を受け取っていた。
 第一学院は、ニオルカンで魔法学院とも通称される魔法師の養成校であったが、王都では禁忌とされている年少者への学院入学前の魔法発動が、長年奨励されていたようだ。

 忍ばせておいた草も第一学院やニオルカン領内の貴族の間でそのような風潮があったことすら知らなかったのだが、ここ二十年以上もの間、こうした悪しき慣習が行われていたようだ。
 偶々第一学院内で魔法標的全てが破壊された事案が発生したことにより、これまでの慣行が新任のサリバス学院長の知るところとなり、学院内の刷新が為されたようで、そのあおりで教師役が三人ほど学院を辞めている。

 ふむ、王宮魔法師団で副師団長まで務めたサリバス殿が学院長ならば、学院の再生もはかどるだろう。
 最近、ニオルカン公爵領から魔法師団に取り立てられる若者が居ないとは思っていたが、そのような裏事情があったとは知らなんだな。

 地方領を治める上級貴族の方々に今一度、注意喚起を図らねばならぬだろう。
 それにしても、この密書にある少年、マルコと申したか?

 一人でアダマンタイト合金の標的を一瞬で破壊したとは・・・。
 噂とは尾ひれ端ひれが付いて誇大になるものだが、本当のことなのか?

 本当であれば凄い能力を持っていることになるのだが、「草」の報告でも飽くまで子供たちの噂から拾った確度の低い情報としているのだが、ニオルカンの第一学院で標的の注文が為されたのは事実のようだ。
 従って、標的が壊れたのは事実ということなのだろう。

 まぁ、いずれサリバス殿から何らかの報告が参ろう。
 その際に改めて調査の手を入れても良い。

 仮に噂が真実であったにせよ、マルコなる少年は第一学院の新入生、未だ7歳になったばかりの幼き子供を魔法師団に入れるわけにも行くまい。
 まぁ、才能が本物ならば王侯貴族が抱え込みに動くことになるだろうが、それでも幼過ぎる。

 せめて10歳にならなければまともな抱え込みはできまいて。
 精々が後ろ盾になってやるぐらいか・・・。

 恐らくはサリバス殿ならば、学院在籍中は彼が後ろ盾になっている筈、卒業間近まで様子見で良かろう。
 王家への報告は?

 今少し情報が確定してからでないと報告もできんだろう。
 こちらも様子見だな。

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