母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監

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第五章 サザンポール亜大陸にて

5-22 竜神様の湖 その二

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 マルコです。
 タスィ・ディラ・ナグ湖畔に到着したその日は、ブラノスに泊まりました。

 湖畔到着時に感じた違和感は朝になっても消えずにそのまま残っていましたが、原因がわからないというのは非常に気持ちが悪いですよね。
 特に、マルコやカラガンダ夫妻に切迫した危険は無いという明確な予感があるために、余計にマルコを悩ませていました。

 マルコが覚醒して以来、こんな感覚は初めてのものなのです。
 いずれにしろ原因がわからない以上はこのまま我慢するしかありません。

 仮に危険を感じたならすぐにでも湖畔から遠く離れた場所に転移するつもりで準備はしてあります。
 翌日、ブラノスの宿を午前中に出ましたけれど、今日はオシャロの温泉宿に泊まる予定であり、その途中にある水神様の祠にお参りをする予定なのです。

 マルコ達の馬車は湖畔に沿った道を走り、警護の四人は騎馬で伴走して周囲を警戒しています。
 違和感がぬぐえないものですから、ウィツ達警護のゴーレムには少し警戒度を上げるように指示しているところなのです。

 水神様を祀っている祠の周辺には門前町の様相で観光客目当てのお店が十数件軒を連ねていました。
 そのうちの一軒に入って休憩がてら昼食をいただきました。

 昼食で食べたのは、名物料理と言えるかどうかわかりませんが、川魚の料理がメインでした。
 うーん、味も調理法も今一なので、シェフのアッシュに取り入れてもらう料理にはなりそうにありません。

 郷土料理で美味しいものや珍しい調理法などはマルコがアッシュに教え、事後色々と改良を加えたレシピとして残す場合がありますが、生憎と今回の料理は残すに値しないものと判断されました。
 カラガンダ翁やステラ媼が、この料理を食べたいと言えばすぐにでも似たような料理は出せるはずです。

 その場合でも、少なくとも味の方は、マルコやアッシュが造ったモノの方が数段良いはずです。
 祠へお参りし、散歩を兼ねて祠の周囲を散歩していると、マルコのセンサーに異物が引っ掛かりました。

 祠の裏手に当たるまばらな草地に居た存在で、危険ではないと思われるのですけれど、そのすぐ傍には寄り難いと感じさせる存在であり、マルコはよくよく観察した結果で、それが瘴気のようなものを帯びた生き物と判断しました。
 当該生き物はさほど大きくはありません。

 概ね1.4ブーツほどの長さのトカゲ?いやトカゲほど胴回りが太くなく、カナヘビに似た生物に見えました。
 色はほんの一部に綺麗なコバルトブルーの痕跡が残っていますが、大部分がまるで泥で汚されたような黒っぽい色を呈しています。

 もう一つ重要なことは、この生き物が非常に弱っている状態だということです。
 鑑定をかけるとHPが1129/248100であり、分母から言うと0.5%を切っている状態というのは瀕死に近いのじゃないかと思います。

 数値だけ見るとHPが千を超える生き物はさほど多くはありませんから、この数値でも十分に多い筈ですけれど、本来の健康体から言えば、おそらく普通の人であれば立ってもいられないような状況なんじゃないかと思いますよ。
 生憎と生き物の種族名は文字化けで読めませんが、かなり高位の生命体ではないかと思っています。

 但し、実はこれほど小さな生き物で名前が分からないケースに当たるのはマルコにとっても初めての事でした。
 サザンポール亜大陸に来る途中、海洋で遭遇した化け物のような海生生物も生きている間は鑑定でも名称を読み取れませんでした。

 酸素を断つことによって殺してから初めて「アティ・ソトン」という種の固有名称であることを知りました。
 このカナヘビに似た生き物は、もしかすると海洋で出会ったアティ・ソトンと同格の生き物なのかもしれません。

 いずれにせよ、このカナヘビがなぜ瘴気にまみれているのかが分かりません。
 そうしてまた、まとわりついている瘴気の総量が非常に多いようなのです。

 瘴気の量は、数値化はできませんがマルコの視覚およびセンサーでおおよそが分かるのです。
 瘴気の発する黒いオーラが、カナヘビの周囲に漏れており、カナヘビ本体の姿を黒い靄で時折隠すほどですから相当なものです。

 AクラスやSクラスの魔物で非常に年季を経た存在は、稀に周囲に黒い瘴気を振り撒くことが有るらしいのですけれど、マルコはそんな状態の魔物にお目にかかったことが無いですね。

 でも目の前のカナヘビさんは、瘴気の塊のようにも見えるのです。
 マルコがカナヘビさんを注視していると、念話が届きました。

『そこな年若き者よ、我から距離を取りなさい。
 さもなくば、そなたも瘴気に取り込まれるやもしれぬ。』

 マルコは、もしやと思い念話を送ってきた相手に尋ねました。

『失礼ながら、話しかけてきたあなたは目の前にいる足を持った蛇に形をしている方でしょうか?』

『ふむ、いかにも左様じゃ。』

『あなたは、もしや、この湖を守る水神様なのでしょうか?』

『神ではないが、その眷属にはなるやもしれぬな。
 この湖を守る存在となってから幾星霜が過ぎたのじゃが、人々の信仰を力に変える魔晶石が劣化したことにより、儂の再生力が減少してのぉ。
 今ではこの体たらくじゃ。
 このままでは多分百年も持たず我の命脈は尽きよう。』

『失礼ながら、御身にまとわれている瘴気は、その昔地中にあって漏れ出した忌まわしきものなのでしょうか?』

『そうじゃ。
 忌まわしきものを消滅させることができない故、我が身に取り込んだが、その量が限界を超えつつある。
 儂がこの作業を止めれば、この湖はもちろんその下流域も生き物が住めない地域になるじゃろう。』

『その忌まわしきものが何なのかはご存じでしょうか?』

『其方らヒト族がナイトレ・ブドゥ(メチル水銀?)と呼ぶ物質に、瘴気が結びついたものであり、生命体に内部に取り込まれて蓄積し、悪さをする。
 じゃによって、儂がその不純物を水の中から抽出して体内に取り込んで居る。
 魔晶石が力を持っている間は、体内での無害化もそれなりにできたが、その力が徐々に失われるに従い、我の体内での無害化ができなくなっているのじゃ。
 いま現在は、儂が処理しきれぬ物が湖底に有機化合物として堆積している。
 今のところは左程被害も出ていないが、洪水などにより湖底の堆積物が大量に動くと下流域で汚染が起きるやもしれぬな。
 そなた儂の話が分かるようじゃから、相済まぬが下流域に住む者どもに注意喚起をしてはくれぬか?
 この水系の土地からできるだけ離れよと・・・・。
 さもなくばはるか昔にあったように大勢の人や動植物が死に絶えることになろう。』

『失礼ながら、あなたにお名がございましょうか?』

『名とな?
 無いな。
 ヒト族は儂の事を水神もしくは竜神と呼んでいるようじゃが、彼らは儂の姿を知らぬはずじゃ。
 この姿とて普通は見えぬはずじゃ。
 其方が儂を注視しておるでな。
 其方には儂が見えていると気づいたによって、話しかけた。
 水神の眷属には当たるが儂には名が無いな。』

『もしかすると、私が御身にまとわりつく瘴気を滅しもしくは軽減することができるやもしれませんが、御身にその術を試しても良いでしょうか?』

『ほう、人の身で瘴気を滅することができるとな?
 できるならばやってみよ。
 失敗したとて我に失うものは何も無い。』

『わかりました。
 術を試す前に連れの者に簡単な説明をいたしますのでしばしお待ちください。』

 マルコは、義父様とうさま義母様かあさまにカナヘビさんが見えるかどうか尋ねたが、二人には見えないようだ。
 傍にいるゴーレムたちは念話の一部を承知しており、目の前に何者かの存在があると承知はしていても視覚情報にはカナヘビさんを捉えられていないようだ。

 マルコは、水神様が目の前にいることをカラガンダ夫妻に説明するとともに、水神様がその身に瘴気を取り込んで湖およびその下流域の水質を懸命に守っていたことを説明し、それも限界に近く、水神様が甚だしく弱っている現状を説明した。
 その上で、水神様の瘴気を除去するかもしくは負担軽減のために術を行使したい旨夫妻に願い出た。

「もしや、術の発動でほかの人々に気づかれるようなことは無いのであればよいのだが・・・。
 どうなのじゃ?」

「聖属性魔法の実行に当たり、多少の光は出ますけれど、昼日中の事であり、また、ここは祠の裏手に当たり人目に付きにくい場所ですので、多分気づかれないと思います。
 その代わり、少し時間がかかることになるやもしれません。
 また、人が近づけば中断もできます。」

 カラガンダ翁が言った。

「なれば、マルコの判断に任せよう。
 水神様の負担を軽減して上げなされ。」

 マルコはうなずき、念話でカナヘビさんに術をかける旨を断ってから聖属性魔法の浄化魔法をかけたのでした。
 浄化魔法によりカナヘビさんにまとわりついていた瘴気は徐々に薄れましたけれど、マルコが術をやめたのは半時以上も後の事でした。

 因みにカナヘビさんは、コバルトブルーの地肌を取り戻していました。
 マルコは、更に祠に祭ってある魔晶石を確認し、手持ちの魔石を使って錬金術により新品の魔晶石を生み出し、古い台座に置きました。

 少なくともこの魔晶石が信仰の対象になって信者の祈りが加奈ヘヴィさんの再生能力の手助けにはなるようです。
 それからカナヘビさんに別れを告げて、オシャロの温泉宿に向かいました。

 その夜、マルコはそもそもの原因となったがけ崩れの現場に行き、その土砂の内部にある有害な物質を可能な限り抽出し、無害な化合物に変換してから、固めた上で亜空間保管庫に収容しました。
 この処置により、湖に流れ込む水の有害成分がこれまでの3割以下に減少した筈です。

 マルコがここに定住するならば湖底に堆積層の除去など、もっと厳格に有害物質を除去作業をするのですが、マルコは単なる旅人に過ぎません。
 取り敢えずやれるだけの防除処置を講じて、マルコはこの地を離れたのでした。
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