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サクラ近衛将監

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第四章 学院生活(中等部編)

4ー26 領都セルデンにて その四

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 ヴィオラで~す。
 ブルボン侯爵領の領都セルデンを訪問して、本日は四日目でございます。

 セルデンに来て、朝食後の定例となったヒルベルタ御婆様にリジェネ・ヒールをかけて、少しお話をするのです。
 私(ヴィオラ)が昨日セルデン市街を視察しましたので、その見聞の様子をお話ししましたよ。

 ヒルベルタ様も御御足おみあしが不自由になってからは領主館からほとんど出ることは無く、従って、セルデン市内の最新の様子をご存じないために、色々と聞かれました。
 無論のこと、昨日半日で全てを視察する時間などございませんでしたから、ヒルベルタ御婆様の質問全てにお答えはできませんでした。

 それでも、セルデンの領民以外の視点から見た市内の様子をお話した内容が興味深かったようで、ヒルベルタ御婆様は随分と満足されていたようです。
 同時に、ヒルベルタ様からは、視察から外れた別の地域に関するいわく因縁や、毛色の変わった施設、セルデン独特な伝統行事のお話など、古来からのセルデンの様子を色々とお聞きし、随分と私の勉強にもなりました。

 治癒師クラジーナさんの訓練指導を15分ほど行うのも定例になりましたね。
 それから外出着に着替えて、お約束の領内視察ですが、本日は領都セルデン市内ではなくって、市外の巡視になります。

 行く先は、小麦畑、山林の伐採事務所や木工所などがメインですが、いずれも距離がありますので、侯爵家の馬車で移動します。
 そうして本日の行く先は、セルデンを囲む高い防壁の外になりますから、警護の騎士だけでも40名ほどついて来ますので、侍従やメイドを含めると本当に大所帯おおじょたいでの移動になりますね。

 セルデンの門を出て10分ほど馬車が走ると、もうそこは耕作地で広大な小麦畑が広がっています。
 今栽培されているのは春小麦のようですが、春に種を蒔いて、夏から秋にかけて収穫する種類のはずです。

 現在は、夏も早い時期ではありますけれど、私(ヴィオラ)の見たところ、小麦の生育が少し遅れているかもしれません。
 そうして、ところどころ、小麦の穂が少し茶色に変色しているものも見当たります。

 連作障害がここに来て目についてきたようですね。
 さてさて、農民はともかく、領主様はそのことをご承知なのでしょうか?

 知っていたのなら相応の対策を取っていて然るべきなのですが、連作障害についても知らず、その対策についても知らないのであれば、農民任せになっているのかも知れませんね。
 そうして農民がその状況や対策を知らずにいれば、これはもう大問題です。

 領主嫡男とその許嫁が、小麦畑を視察する話は、事前に農民達に知らされているのでしょうね。
 小麦畑を通る道路(農道なのかしら?)沿いには、十人程度の農民が片膝をついて並んでいました。

 そこでレイノルズ様にお願いして、その農民たちの前で馬車を止めてもらい、件の農民の方からお話を聞くことにいたします。
 鑑定をかけると直ぐにこの集団のリーダー格の人物が分かりました。

 領地はブルボン侯爵家のものであり、そこにある畑はブルボン家の荘園の様な位置づけなんですね。
 そこで農作物を栽培する農民は、ある意味で領主から土地を借りて耕作をする小作農なのですが、一方でそれら小作農をまとめて仕切る者が農民のリーダーなんです。

 この目の前にある広い小麦畑のリーダーが、ドワイト・レングズという壮年の男性のようです。
 但し、この人物は、私(ヴィオラ)がお会いしたことの無い人物です。

 昨日、セルデンの名士の方々ともお会いしましたけれど、その中には居なかったようですね。
 おそらくは、農民という身分から、領主館で開催される立食パーティの招待からは外されているのでしょう

 私(ヴィオラ)が馬車を降りてお話をするために農民に近寄ろうとすると、すぐに警護の騎士数人が前に立ちはだかります。
 警護なので私に背を向けていますけれど、大きな体躯たいくの騎士が前に居ると、それだけで視界が妨げられ、お話などできません。

 仕方がないので騎士さんたちにそこにいる人たちとお話をさせてくださいとお願いしました。
 貴族の令嬢が、騎士にお願いすることは極めて稀です。
 
 仮に、自らの貴族家に属さない騎士に対してであっても、貴族らしく命令すれば事足りるのですが、ここで余り命令口調でお話ししますと、農民たちが委縮いしゅくをしてしまいます。
ですから(とは言いながら、それなりの作法があるんですけれどね。)して、私の前を開けてもらいました。

「私はブルボン家嫡男の許嫁になったヴィオラ・ディ・ラ・フェルティス・エルグンドです。
 この小麦畑について、色々とお話を聞きたいのですが、どなたかリーダーの方はいらっしゃいますか?」

 案の定、ドワイト・レングズが顔を上げて、答えました。

「私が、此処ここの農地の組頭くみがしらをしていますドワイトと申します。
 私目に分かることでしたならお答え申し上げます。」

「組頭のドワイトさんですね。
 ではいくつかお話を聞きたいので、あなたのわかる範囲で答えてください。
 まず一つ目ですが、この小麦畑の二割ほどの穂が茶色がかっておりますけれど、何故でしょうか?」

「長く小麦を栽培していると、徐々にあのような穂が増えてまいります。
 父祖からの言い伝えにより、『小麦の変色した部分を食すると病になるから除去せよ』と伝えられており、収穫する際には、茶色に変色したものを取り除いております。」

「その茶色に変色する理由については、何か言い伝えのようなものはありますか?」

「何故変色するかについては、父祖からの伝承はございません。
 但し、茶色に変色した部分が畑の五割ほどに達したなら、その畑で小麦を作るのは止めにしなければならないと言われています。」

「小麦の耕作を止めて、その畑はどうするのですか?」

「十年放置した後、その畑に少しだけ小麦の種を植えてみて、同じように茶色の穂が出れば、更に十年放置します。」

「そのようにしていると、徐々に耕作地が減るのではないのですか?」

 苦渋に満ちた顔でドワイトが言います

「はい、昔からお借りしている土地の半分近くが、小麦の栽培ができない土地になっておりますが、土地が回復するまではひたすら待つしかありません。」

「あなた方の祖父からはそのように教えられているのですね?」

「はい、その通りでございます。
 これ以上、耕作できない土地が増えたなら、新たに別の土地を開墾をしなければならないかもしれません。
 現在は、お役人に新たな開墾の可能性についてご相談申し上げている状況です。」

 あぁ、やはり農民たちは連作障害の詳細について知らないし、その防止策も知らないようですね。

「私の生まれたエルグンド家の領地でも、過去には同じような小麦の生育状況になっていたことが有ります。
 但し、今では、小麦を同じ畑で続けて種付けることの弊害とわかっており、輪作と言って別の作物を栽培し、また、肥料その他による土壌改良を同時に押し進めることにより、作物の減収を防ぐようにしています。
 あの茶色に変色した部分は連作障害によって、小麦が病気にかかっている証拠なんです。
 小麦を続けて同じ畑に植えると、土の中に含まれる小麦の生育に必要な成分が少なくなり、さらにこれを続けると小麦が正常に育たなくなると同時に小麦の病気にもかかりやすくなるんです。
 ですから、今現に育っている小麦は止むを得ませんが、現在休耕している土地については、肥料を加えるなどして土壌改良を行うと同時に、小麦とは異なる品種を栽培してみてください。
 品種としては、トマト、ナスなどを栽培した後に、マメ類や葉物野菜などを栽培すると良いと思います。
 そうして小麦を栽培するのは少なくとも二年の期間を置くのです。
 小麦が栽培できないことによる減収は、ほかの作物に切り替えることで多少は軽減されますし、そうした後で栽培する小麦は連作障害から抜け出て、増収につながるはずです。」

 ドワイトさんが目を真ん丸にして驚いていますけれど、側にいるレイノルズ様の方もびっくりしたようですね。
 すぐに私の話に飛びついてきました。

「ヴィオラ嬢、今の話は本当なのですか?
 このブルボン領では徐々にではあるが、小麦の生産高が年々落ち込んで来ていて、それが喫緊きっきんの課題となっているのです。
 エルグンド領でそのような障害を防ぐ方法を見つけているのなら、是非にでも教えていただきたいのだが、それは可能だろうか?」

 その件については、既に私(ヴィオラ)のお父様とご相談し、私(ヴィオラ)の嫁ぎ先、お姉さまの嫁ぎ先、それにお兄様が嫁として迎える貴族家に対して、連作障害を防ぐ方法を伝授することの了解を貰っているのです。
 そのために要請があれば、二人一組で、農法指導をする者を最長で二年程派遣することも決まっています。

「はい、ブルボン家と我が家との結びつきを強固にするためにも、ブルボン家がお望みとあれば、農法指導を行う者を派遣する用意が御座います。
 そのためには、恐れ入りますが、ご当主様から我が父にお手紙を出してくださいませ。
 私からも事前に父へと口添えをいたしておきます。」

 そんなこんなで、ブルボン家への農法指導員の派遣がほぼ決まりそうです。
 指導員の派遣要請をするかどうかの最終判断はご当主様の仕事になりますが、この広い小麦畑が全滅の恐れがある以上、ブルボン家は我が家にすがるしか無いはずです。

 勿論、収穫量の復活は、今後数年を待たねばならないでしょうけれど、私が嫁入りする頃には幾分かでも回復できていると思いますよ。

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