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第四章 戦に負けないために
4-9 対独、イースター島、対中華民国
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◇◇◇◇ 日独防共協定の経緯とイースター島 ◇◇◇◇
時は遡り、昭和12年(1937年)11月、日独伊三国の防共協定の強化案が、九重内閣の懸案事項となっていました。
時系列から言えば少し早い様な気がしていますが、防共協定から日独伊三国同盟に至ったのは前世の歴史でしっています。
陸軍は強く強化策を支持し、一方首相や海軍は、防共協定に名を借りた実質的な軍事同盟に変化することを強く懸念していたのです。
しかしながら、首相も海軍も対ソ連戦略を優先的に考えている陸軍の翻意に繋がる居力な説得理由を持っていませんでした。
それでも、ソ連とドイツが交戦を始め、ソ連側に英仏が加担した場合にのみ、日本もドイツとの同盟により英仏と宣戦することを了解事項として一旦は片付いたのである。
つまりはドイツが英仏と先に戦闘状態に入っても帝国はドイツに加担する必要はないわけで、精々がドイツに対する支援協力のみで終わるであろうと見做されていた。
こうして駐独日本大使館あてに訓令電が発せられたが、大嶋駐独大使からは、このような修正案では独伊が納得しないから実質的な軍事同盟案に修正ありたしと返電が帰ってきたのである。
陸軍強硬派に踊らされるように今また陸相から再度の検討が要請された。
陸軍はドイツ陸軍をモデルに作り上げられたのでドイツかぶれも多少は理由のあることであるが、それよりも欧州における1937年(史実では1939年でした)のポーランド侵攻に始まるドイツ勢力の拡大に目を見張るものがあり、それに乗り遅れまいとする陸軍の焦りでもあった。
ドイツに対して英仏が宣戦布告するのは時間の問題であり、そうなった場合、東南アジアにある英仏植民地の行方が問題になるのである。
帝国が手をこまねいていれば、ドイツ領となってしまう可能性もある。
今のナチスドイツには、英仏を打ち破る力があると陸軍は見ていたのである。
実質的な同盟を結んでいさえすれば、英仏と戦争状態にすぐ入れるし、東南アジアへの進駐そのものが大義名分を有する事になる。
労せずして東南アジアの豊富な資源と植民地を手に入れることができる。
それが陸軍の狙いであった。
そうした危険な匂いをかぎつけているからこそ首相も海軍も、そうして外務省自体も留保条件をつけたのである。
九重首相は度重なる陸軍との対応に疲れ果て、時折、静養と称して別荘や自宅に篭もりがちになった。
本来首相を交えるはずの5相会議も最近は4相会議となっている。
外務省などでは大嶋駐独大使に対する不信も根強いものがある。
訓令電に従わないのであれば天皇の外交大権にも触れる大罪の可能性すらある。
だが、その事を表立って言える者は少なかった。
皆、陸軍の反動や右翼の報復が怖いのである。
だが12月に入って、変事が連続した。
12月1日、大嶋駐独大使がリッペントロップ独外相との会見中に突然倒れたのである。
すぐに病院に運ばれたが既に死亡していた。
死因は心臓麻痺であった。
更に変事があった。
12月5日急遽ドイツ大使に任命される予定であった松ヶ丘陽介が参内途中の車の中で死亡した。
これも死因は心臓麻痺である。
更には、現役の陸軍軍人や陸軍出身者、右翼の大物などに突然死が襲ったのである。
12月中に死亡した現役軍人は東條秀樹陸軍次官を始めとする14名、陸軍出身者及び陸軍拠りの外交官、大嶋駐独大使、松ヶ丘陽介他9名、右翼23名に及んだ。
全て心臓麻痺による突然死である。
いずれも陸軍に関わりのある人物だった事から陸軍ポックリ病と揶揄された。
右翼にとって痛手であったのはそうしたリーダーを失った事と、余り表面には出ていないが実行部隊であった過激派人物が同様に心臓麻痺で倒れたことであった。
そうしてまた、これまで右翼団体に献金をしてきた大手企業が軒並み献金を渋るか若しくは拒否をしてきており、活動費が激減したのである。
陸軍の急進派と呼ばれる勢力が急激に力を失っていた。
九重首相の機嫌は途端によくなったのである。
11月末には盛んに首相を辞めたいと漏らしていたのが一切出なくなった。
新任の保科陸相も突き上げ勢力の力が突然薄れたのを感じていた。
米納海相も、海軍内部に巣くう枢軸派の強硬意見が年末には急速に薄れてゆくのを感じていた。
死亡した者達の殆どがドイツとの提携を強く主張していた者であり、海軍部内の強硬派も天罰を信ずるわけではないが、何とはなしに関わりあいを恐れたのである。
防共協定の強化案は結局帝国抜きで独伊のみで昭和13年1月に締結された。
駐独大使館の臨時大使となった天津参事官が帝国政府の意向を正確にドイツ政府に伝えた事によるものである。
◇◇◇◇
更にその年末に閣議で決定された事項があった。
外務省経由でこの初夏に申し出があった件である。
南米チリ国では軍備財源を捻出するために、「イースター島」の売却を検討し、1937年6月上旬に在チリ国公使を通じて、日本側に買い取りの打診があったのだ。
外務省では、その対処のために、イースター島に関する情報資料を海軍と水産関係企業に送付してその意見を聞いたのです。
海軍からは、航空基地として有益である可能性があるとし、産業的見地からは漁業基地に適するので関係者の意向を確認する必要があるほか、仮に購入する場合は、日本の領有に米国の反対も予想されるので、表向きは漁業使用とすべしとの意見が表明された。
改めて調査すると米国等にも売却の問いかけがなされている様子なので、対米路線を重視する外務省は当面様子見決定したのだが、年末に宏禎王殿下より「買取費用を全額提供するので是非に購入されたし」との意見書が出されたのでこの意見書に基づき、閣議が開催されたのである。
閣議では種々の意見が出されたが、結局、石油、軍備、鉱工業、農業等の分野で隠然たる存在感のある宏禎王殿下の意向に沿うものならばと、購入することで閣内の意志決定がなされた。
交渉は年明け後の昭和14年1月からチリ公使とチリ政府の間で行われ、最終的に5000万円でイースター島を売却する旨の外交文書を交わして14年6月に終了した。
当節の金銭価値で言えば、兵装にもよるが5000万円で巡洋艦1隻、駆逐艦2隻がかろうじて建造できるかどうかというところであるもののその条件でチリ政府は受諾した。
これにより、イースター島は昭和14年10月1日を期して日本領土となり、同年12月飛鳥グループの工作貨客船「TAKUMI MARU」が横浜から出港、イースター島に漁港と付帯設備を建設するために南太平洋に向かったのである。
これらの動きは米国政府も情報を掴んだが、米国政府としては一旦購入を断った案件でもあり、特段日本への売却に反対する動きは見せなかったが、その後のイースター島開発の動きについては半年に一度程度調査船を派遣する等の手段を取っていた。
TAKUMI MARUは、半年ほど漁港と関連設備の整備を行った後で、内地から来た全漁連手配の運搬船と交代して日本へ引き上げた。
全漁連は、カツオ・マグロ漁を中心とした漁業をイースター島を中心に始めたのである。
漁港は駆逐艦も入れないほどの小さい規模であったので米国もそれ以上の調査は不要とした。
一方で、整備基盤は整ったので、飛鳥グループの相応の勢力をつぎ込めば三カ月で軍港と空港が完成できることを周囲の者は誰も気づいていなかった。
◇◇◇◇ 陸軍と宏禎王 ◇◇◇◇
昭和14年1月15日、保科陸相の元へ来客があった。
陸相官邸(因みに陸相官邸はあっても海相官邸は無いのです。)を宏禎王が訪れたのである。
保科陸相も宏禎王とは前の年に紅兵団創設の建議書の案件で面会した事がある。
宏禎王は、あれ以来、何かと天皇陛下の信任厚く、相談役として時折参内していると聞いている。
天皇陛下自ら、紅兵団の総帥として大将格を付言された人物でもある。
無碍に断ることも出来ないだろう。
また何か新たな建議書でも持ち込んできたのだろうかと思っていると違っていた。
違う意味での難題を持ってきたのである。
曰く、中国民国の敵対視と、仮想敵国としてのソ連対策はこれ以上続けるべきではないから、懐柔策を進めてはどうかという意見である。
保科は元々急進派であったし、中華民国案件については非常にかたくなであったが、ここ数ヶ月で急進派の中心人物がポックリ病で逝ってしまったので、若干弱気になっている面がある。
特に御上からは中国大陸派遣軍時代にあった山海関での越境事件に際して目をつけられており、今般陸軍大臣になれたのが不思議なくらいである。
いずれにしろ中国大陸については満州帝国と中華民国が和解し、国境線に関する協定が成立しているので、これ以上軍部が大陸へ手を伸ばすわけには行かないのである。
満州帝国及び東ロシア共和国との相互安全保障条約に基づいて一定の駐留軍は派遣出来ていても、主導は満州帝国であり東ロシア共和国の意向にかかっているのだ。
少なくとも一頃陸軍内で叫ばれていた北進論推進者は姿を消していた。
今下手に中華民国へ手を出せば、列強諸国から睨まれ尚且つ右翼勢力が弱まった昨今国民からも冷たい目を向けられることになる。
蒋介石率いる中華民国軍も、このところ我が帝国の武器供与を受けて相応の力をつけてきている。
まぁ、三菱、中島といった財閥が飛鳥グループに押されて帝国の軍備製造主力の地位を追われたことから、元帥府の武器輸出に関する基本法に基づき、劣化版兵器を満州帝国、東ロシア共和国、中華民国などに輸出するようになったからである。
その原因を作った飛鳥グループは外国への武器輸出を一切行っていない。
更に言えば、飛鳥航空機で製造される戦闘機や爆撃機は陸軍のメインウェポンとなりつつあり、飛鳥グループ無くしては陸軍航空部隊の装備は整わないことになっている。
しかも他の財閥系に比べて価格が安い上に性能が上であれば国内的には他社との競争にもならない。
その飛鳥グループを実質率いているのが目の前にいる富士野宮宏禎王なのである。
軍部としては敵対勢力がいなければ、勢力拡大も軍備拡大もできないのだが、その意味合いでは予算削減のために大いに役立っているのが飛鳥グループである。
保科としては中華民国との和平推進派に鞍替えしたいのだが、陸軍主流は必ずしもそうではない。
言われずとも腹心の多田ともに種々努力しているが、中国大陸派遣軍の意向を無視することが難しいのである。
そのような状況下にありながら、そのようなことを言い出す宏禎王に少なからず腹も立ったが、流石に宮様相手に叱ることもできない。
「失礼ながら、軍人ではあらせられぬ殿下に、軍政に関わることを指摘される筋合いはないと思われるのですが?」
そのように精一杯の抵抗を示す保科に対して宏禎王はにこやかに付け足した。
「閣下が常日頃和平を求めて何かと奔走されている事は知っておりますし、軍内部での難しい立場にあることも承知しております。
ですから、私の方でも閣下に何かご支援できる事があるのではないかと参上したわけでございます。
閣下のお心がどうあれ、陸軍全体の関心を得られなければ実現は難しいと存じます。
中華民国をめぐる国際情勢は日々変化しており予断を許しませんが、対華二十一ケ条要求の折とは情勢が異なります。
中華民国は曲がりなりにも一つの国であり、共産党ゲリラとの内紛は未だ収まってはいないものの、ほぼ蒋介石が国内を纏めていると言えましょう。
欧米列強もそれを認めている中で、帝国が苛烈な要求を為すならば国際世論が納得いたしません。
特に、満州帝国と東ロシア協和国での利権を帝国がほぼ独占している状態では、列強諸国からの妬みの対象にすらなるでしょう。
従って、今後は中華民国に対する過度の敵対意識を隠し、隣国としての正常な付き合いを為すことが我が帝国の利益になると私は思います。
そのためには、中華民国との不可侵条約の締結を目標として、第一に閣下を含めた陸軍三長官の説得、第二は強硬な大陸侵攻論を持つ将官・佐官クラスの説得が必要と思われます。
その方たちを一同に会して私からご提案したきことがございます。
陸軍にとっては少なくとも今後、二、三十年の計ともなる話にございます。
とりあえずの詳細なお話は皆様にお集まりいただいての話として、閣下には概要のみここでお話したいと存じます。
第一に帝国陸軍は歩兵、騎兵、砲兵部隊を主とした旧態前とした軍隊、明治ならいざ知らず、近代の戦争には不向きな形態でございます。
これを一気に変えるべく、私から機甲部隊の創設をご提案申し上げたい。
先ずは、ドイツの誇るティーゲル戦車を上回る帝国製戦車五百両の無償供与であります。
計画要目は戦闘時重量45トン、最大速力60キロ、120ミリ砲を搭載し、最大速力で約120キロの航続距離、巡航速力では約200キロの航続距離を有し、90ミリ砲までの直撃弾に耐えうる装甲、搭乗員4名、20ミリ多銃身機関砲2基を装備、シュノーケルを用いて水深4mまでの渡河が可能なものです。
第二は、兵員を輸送するために使用する装甲輸送車五百両の無償提供。
装甲輸送車の計画要目は、満載時重量18トン、無限軌道装備、最大速力65キロ、30ミリ機関砲2基を装備、最大速力で180キロ、巡航速力で300キロの航続距離を有し、搭乗員3名、最大20名の完全武装兵士を輸送できます。
第三は、自走砲車両五百両の無償供与。
自走砲車両の計画要目は2種類あり、その一つは155ミリ自走砲、無限軌道装備、最大速力45キロ、巡航速力で120キロの航続距離を有し、射程距離15キロの155ミリ砲一門を搭載、搭乗員及び砲員4名。
その二は、250ミリ自走砲、無限軌道装備、最大速力40キロ、巡航速力で120キロの航続距離を有し、射程距離25キロの250ミリ砲一門を装備、搭乗員及び砲員4名であります。
なお、250ミリ砲については新型の拡散榴弾と小子爆弾を発射可能であります。
新型拡散榴弾は着弾地点上空200mで爆発、地面に向かって数十万発の鋼球を放射状に展開します。
拡散範囲は半径500mであり、厚さ40ミリの鋼板を打ち抜く威力があります。
また小子爆弾は500発の小型爆弾を内蔵する砲弾であり、幅300m長さ千メートルの範囲に小型爆弾をばら撒き、その範囲にある全ての将兵を殺傷します。
塹壕もほとんど役に立ちません。
その変形として小型爆弾の代わりに焼夷弾を搭載すれば同範囲の物を焼き尽くします。
着弾時の瞬間温度は3000度に達し、鉄をも変形させます。
その三は、自走式二連装40ミリ機関砲五百両の無償供与。
計画要目は、無限軌道装備、最大速力40キロ、巡航速力で120キロの航続距離を有し、対空射程距離6千m、同最大射程高度は3500mの40ミリ機関砲、毎分発射弾数1200発、対空レーダーを装備し、レーダー連動により標的を自動追尾できます。
また、超小型レーダーを搭載する近接信管を装備した対空炸裂弾を使用できます。
その四は、自走式200ミリ対空砲二百両の無償供与。
計画要目は、無限軌道装備、最大速力40キロ、巡航速力で120キロの航続距離を有し、対空射程高度18キロの200ミリ砲一門装備、これもレーダー連動の自動追尾方式とし、近接信管を装備した対空炸裂弾を使用します。
そのほか、燃料輸送車、装甲型弾薬輸送車両、小型野戦砲牽引車、各種工作車両、大型トラック、戦車等重量物運搬車両、レーダー車両、小型野戦車両など一万両の無償供与及び関連の砲弾総計五十万発、燃料油30万トンであります。
兵員については、陸軍で配慮していただくしかありませんが、これだけの機甲師団を備えれば陸軍の強化に間違いなく繋がりますし、ソ連を恐れる必要はなくなると思いますがいかがでしょう。」
「いかがも何も、・・・。
それは大変結構な事ではありますが、それを殿下が全部只で提供しようとの仰せでございますか?」
「はい、その通りでございます。
ただし、中国大陸特に満州帝国との国境線に当たる中間線からの兵力半減が条件であり、同時に海外での新兵器配備は対外的に秘匿するため当面禁止していただかねばなりません。
不可侵条約の締結申し入れに対して蒋介石政府がいかなる動きに出るかは判りませんが、少なくとも条約の中に外国軍の現状以上の進駐を認めないことを申し入れるべきでしょう。
仮に他国の大規模軍隊が中華民国の領域に駐留し、我が国の脅威に当たる場合は必要に応じてこれを攻撃すると宣言する事です。
よほどの覚悟がないと欧米列強も中国に駐留軍を出さないでしょう。」
「殿下、それは陸軍より余ほど過激ではございませんか?
他国政府に対して帝国の意思を押し付けるような気がしますが・・・。
また一方で、殿下の仰った新型兵器とやらについては、実際に出来る見込みはございますのか?
絵に描いた餅では食えませぬ。」
「試作品であれば、すぐにでも用意出来ますので、先ほど申し上げた陸軍幹部が揃われたところで披露するというのはどうでしょう。
場所は、富士演習場あたりが宜しいでしょう。
但し、秘密兵器ですのでくれぐれも周辺警備は厳重に願います。
試作品の搬送はこちらで行いますが、期日前に格納用地をご指定下さい。
準備には一月程度は必要です。
時期は5月又は6月あたりが気候的にも良いのですが、和平工作を急ぐ必要があると思いますので、来月中旬でも結構です。」
「5月か6月頃でございますか・・・・。
もう一つ確認しておきたいのですが、殿下の目論見どおりに仮に中華民国との間に不可侵条約が締結された場合、殿下の仰った新兵器は何時ごろ陸軍が手にできるのでしょうか?
10年も時間が掛かるというのでは、いかにも時間がかかりすぎますが、・・・。」
「左様ですね。
数が数ですからね。
全部をお渡しできるのは、和平構築後、1年乃至1年半というところでしょうか。」
「因みに、それだけの材料、例えば鉄だけでも馬鹿にならないはずですが、一体何処で調達するのでしょうか?
先ごろの統制で、国内に余分な鉄など余り無いはずですが。」
「はい、仰るとおりですね。
ですから、それを作るところから始めます。
原料は、今のところ誰も見向きもしない褐鉄鉱、閣下の故郷にもありますし、東北山系、北海道にもかなり算出が見込めます。」
「褐鉄鉱なら私も知っておりますが、あんなもので作った鉄は物の役に立たないはず。
そんなもので作った兵器ならば、陸軍では使えません。」
「そうですか?
でも精錬の仕方が全く違うんですよ。
因みに、サンプルを持ってきましたから、陸軍の材料研究所ででも調べてください。
今までの鋼材よりも間違いなく優れているはずです。」
そう言って、宏禎王は鞄から10センチほどの長さの金属棒一本と、25センチ四方の金属板一枚を出した。
「金属棒のほうは、引っ張り応力試験用に切り出した物ですし、金属板は厚さが3ミリほどです。
銃砲などで強度を確認されれば宜しいでしょう。
戦車はこの金属で全面35ミリの厚さを持つ装甲に覆われることになります。
海軍の10センチ広角砲の直撃でも耐えられると思っています。
私は嘘が嫌いです。
約束は必ず守りますが、同時に約束違反は許さないのが私の信条です。
中国との和平が成らず、あるいは和平をしたくない。
一方で新型兵器は手に入れたい。
そのような発想から、問答無用で陸軍さんが強制徴用などの非常手段に走るようであれば、私も非常手段をとらせていただきます。
仮に、そのような動きがあれば、保科さん。
貴方の責任で抑えていただきたい。
さもないと、陸軍の現体制は維持できなくなるでしょう。
これは単なる脅しではありませんので念のため。」
暫く無言のにらみ合いが続いた。
保科もむっとしたが、同時にこの殿下には底知れない恐ろしさも何となく感じている。
「わかりました。
取り敢えず、これらを預かりまして然るべき研究所に回してみましょう。
結果如何にもよりますが、幹部連中を集めて殿下からお出しになった交換条件を飲むかどうかの相談はその後になるでしょう。
それでよろしいでしょうか?」
「結構です。
連絡をお待ちします。」
宏禎王は飄々とした態度で帰っていった。
保科は驚いていた。
正直なところ、宮様とはいえ、陸軍の力を知っているはずの者が、あれほど高圧的に出てくるのは初めての経験であったからである。
言葉は丁寧でも主張は辛辣である。
新兵器をやるからこれまでの軍の政策を見直せと言っているに等しいからである。
余程の武力若しくは政治力の裏づけがないと出来ないはずである。
まさか、徴募予定の婦女子を頼りにしているわけでもあるまい。
確か、計画では昨年6月初めに北海道を皮切りに樺太、朝鮮、台湾を含めて徐々に南下しながら徴募することになっているが、見込みでは一万から二万ほどの徴募になると聞いている。
いくら神がかりでも、ど素人にまともな戦をさせるには最低半年から一年は掛かる。
ましてや非力な女達である。
尤もいくつか不審な点も憲兵から報告されている。
不合格者が下船しているので、合格者は在船しているらしい事がわかる。
受検する港で下船してはいないし、次の寄港地でも下船していないようであるからだ。
無論、自宅等にも戻っていない。
採用者の名簿などは陸軍に届けられるようにはなっていないが、憲兵と調査機関を使って秘密裏に調べさせており、概ね8割がたを把握している。
だが、採用者の傾向がどうしても掴めないでいる。
学力、知能程度、体格、出自などほとんど相関関係がない。
年齢層も14歳から24歳まで特に何らかの作為が働いているわけではない。
学歴などで言えば、女学校出のものが落ちているくらいで何を選考基準にしているのか全く不明なのである。
しかも、試験方法が極めて変わっている。
不合格の受験生の一人から内々に聴取したところでは、ベッドに寝て10分ほどで、不合格判定が出たらしい。
面接すらしていないのである。
必要であるはずの教育訓練施設にしても新たに建設した節がないのである。
紅兵団に関しては、全く不可解なことだらけである。
今回の件についても、何が宏禎王殿下の自信の裏づけになっているかわからねば迂闊には動けない。
保科はそう思っていた。
いずれにしろ、この鉄棒と鉄板が一つの鍵だな。
保科はそう思った。
3日後、保科陸相の下へ、報告書を携えて立川の陸軍兵器研究所所長が自ら訪れた。
開口一番高橋所長が尋ねた。
「閣下、あの金属はいったいどこで手に入れたものですか。
あれは大した代物ですよ。
従来の鉄の概念を大きくぶち破りました。
鉄には大きく分けて鋳鉄と鋼があります。
ほかにも軟鉄とか種々の区分もありますが、あれはどの範疇にも入らない。
相が全く違うんです。
純粋な鉄だけで出来ています。
一般的に鉄は必ず何かの不純物を含んだものであり、その不純物で種々の性質が変わるんですが、こいつには不純物が全く含まれていない。
本当に純粋な鉄なんです。
あんなものが出来るとは思っても見ませんでした。
強度は鋼の100倍近くあると推定されます。
推定というのは、研究所にある試験装置では限界を測定できませんでした。
あの程度の鋼棒でしたら2トンから3トンの引っ張り試験で破断するのですが、こいつには20トンで引っ張っても駄目でした。
試験装置のほうがむしろ壊れて使えなくなったんです。
一方で、板の方は、厚い金属枠に嵌めて衝撃試験をしたんですが、少々のことでは傷つきもしませんでした。
砲弾で撃ってみましたが、枠のほうは壊れても板には変形すら起きません。
一応40ミリ砲弾まで試しましたが同じです。
鋼でも20ミリで十分打ち抜ける厚さなんですがねぇ。
削り取ってみようとしたんですが、金鋸や旋盤も役に立ちませんでした。
旋盤のドリルや歯がかけてしまうんです。
仕方がないので、純鉄の場合、どの程度の強度が予想されるかを、理屈で考えました。
通常の分子がばらばらの状態では軟鉄に近い強度しか持たないはずなんです。
ですが、分子が均一で巨大な一つの相で出来ている場合の理論的強度がさっき言った鋼の100倍なんです。
強靭でしかも硬いんです。
戦車の装甲に使うには最適の材料です。
ですが、こと加工となると手に負えません。
多少のことでは曲げる事も出来ないし穴を開けることも出来ません。
1800度程の熱を長時間加えれば変形できますが、元の均一な相には戻らなくなります。
いったいどうやってあんな形に出来たものか、想像もつきません。
この鉄の製造法と加工方法を教えてもらえるのならば、私の恩給を投げ出してもいいと思うくらいですがねぇ。」
保科もそれほどの物とは思っていなかったのでさすがに驚いた。
やはり、宏禎王殿下は只者ではない。
「そうか、それほどのものだったか。
なるほど・・・な。
高橋君、いずれにしろ、この件は関係者限りで内密にして欲しい。
軍の最高機密になるかもしれないからな。」
「は、判りました。
既に、職員には緘口令を敷いておりますが、再度念押しをしておきます。
余り、参考にはなりませんが、これが正式の報告書です。
では、私はこれで戻ります。」
保科は暫く腕を組んで考え込んでいたが、やがて副官を呼んで、いくつかの指示を出した。
時は遡り、昭和12年(1937年)11月、日独伊三国の防共協定の強化案が、九重内閣の懸案事項となっていました。
時系列から言えば少し早い様な気がしていますが、防共協定から日独伊三国同盟に至ったのは前世の歴史でしっています。
陸軍は強く強化策を支持し、一方首相や海軍は、防共協定に名を借りた実質的な軍事同盟に変化することを強く懸念していたのです。
しかしながら、首相も海軍も対ソ連戦略を優先的に考えている陸軍の翻意に繋がる居力な説得理由を持っていませんでした。
それでも、ソ連とドイツが交戦を始め、ソ連側に英仏が加担した場合にのみ、日本もドイツとの同盟により英仏と宣戦することを了解事項として一旦は片付いたのである。
つまりはドイツが英仏と先に戦闘状態に入っても帝国はドイツに加担する必要はないわけで、精々がドイツに対する支援協力のみで終わるであろうと見做されていた。
こうして駐独日本大使館あてに訓令電が発せられたが、大嶋駐独大使からは、このような修正案では独伊が納得しないから実質的な軍事同盟案に修正ありたしと返電が帰ってきたのである。
陸軍強硬派に踊らされるように今また陸相から再度の検討が要請された。
陸軍はドイツ陸軍をモデルに作り上げられたのでドイツかぶれも多少は理由のあることであるが、それよりも欧州における1937年(史実では1939年でした)のポーランド侵攻に始まるドイツ勢力の拡大に目を見張るものがあり、それに乗り遅れまいとする陸軍の焦りでもあった。
ドイツに対して英仏が宣戦布告するのは時間の問題であり、そうなった場合、東南アジアにある英仏植民地の行方が問題になるのである。
帝国が手をこまねいていれば、ドイツ領となってしまう可能性もある。
今のナチスドイツには、英仏を打ち破る力があると陸軍は見ていたのである。
実質的な同盟を結んでいさえすれば、英仏と戦争状態にすぐ入れるし、東南アジアへの進駐そのものが大義名分を有する事になる。
労せずして東南アジアの豊富な資源と植民地を手に入れることができる。
それが陸軍の狙いであった。
そうした危険な匂いをかぎつけているからこそ首相も海軍も、そうして外務省自体も留保条件をつけたのである。
九重首相は度重なる陸軍との対応に疲れ果て、時折、静養と称して別荘や自宅に篭もりがちになった。
本来首相を交えるはずの5相会議も最近は4相会議となっている。
外務省などでは大嶋駐独大使に対する不信も根強いものがある。
訓令電に従わないのであれば天皇の外交大権にも触れる大罪の可能性すらある。
だが、その事を表立って言える者は少なかった。
皆、陸軍の反動や右翼の報復が怖いのである。
だが12月に入って、変事が連続した。
12月1日、大嶋駐独大使がリッペントロップ独外相との会見中に突然倒れたのである。
すぐに病院に運ばれたが既に死亡していた。
死因は心臓麻痺であった。
更に変事があった。
12月5日急遽ドイツ大使に任命される予定であった松ヶ丘陽介が参内途中の車の中で死亡した。
これも死因は心臓麻痺である。
更には、現役の陸軍軍人や陸軍出身者、右翼の大物などに突然死が襲ったのである。
12月中に死亡した現役軍人は東條秀樹陸軍次官を始めとする14名、陸軍出身者及び陸軍拠りの外交官、大嶋駐独大使、松ヶ丘陽介他9名、右翼23名に及んだ。
全て心臓麻痺による突然死である。
いずれも陸軍に関わりのある人物だった事から陸軍ポックリ病と揶揄された。
右翼にとって痛手であったのはそうしたリーダーを失った事と、余り表面には出ていないが実行部隊であった過激派人物が同様に心臓麻痺で倒れたことであった。
そうしてまた、これまで右翼団体に献金をしてきた大手企業が軒並み献金を渋るか若しくは拒否をしてきており、活動費が激減したのである。
陸軍の急進派と呼ばれる勢力が急激に力を失っていた。
九重首相の機嫌は途端によくなったのである。
11月末には盛んに首相を辞めたいと漏らしていたのが一切出なくなった。
新任の保科陸相も突き上げ勢力の力が突然薄れたのを感じていた。
米納海相も、海軍内部に巣くう枢軸派の強硬意見が年末には急速に薄れてゆくのを感じていた。
死亡した者達の殆どがドイツとの提携を強く主張していた者であり、海軍部内の強硬派も天罰を信ずるわけではないが、何とはなしに関わりあいを恐れたのである。
防共協定の強化案は結局帝国抜きで独伊のみで昭和13年1月に締結された。
駐独大使館の臨時大使となった天津参事官が帝国政府の意向を正確にドイツ政府に伝えた事によるものである。
◇◇◇◇
更にその年末に閣議で決定された事項があった。
外務省経由でこの初夏に申し出があった件である。
南米チリ国では軍備財源を捻出するために、「イースター島」の売却を検討し、1937年6月上旬に在チリ国公使を通じて、日本側に買い取りの打診があったのだ。
外務省では、その対処のために、イースター島に関する情報資料を海軍と水産関係企業に送付してその意見を聞いたのです。
海軍からは、航空基地として有益である可能性があるとし、産業的見地からは漁業基地に適するので関係者の意向を確認する必要があるほか、仮に購入する場合は、日本の領有に米国の反対も予想されるので、表向きは漁業使用とすべしとの意見が表明された。
改めて調査すると米国等にも売却の問いかけがなされている様子なので、対米路線を重視する外務省は当面様子見決定したのだが、年末に宏禎王殿下より「買取費用を全額提供するので是非に購入されたし」との意見書が出されたのでこの意見書に基づき、閣議が開催されたのである。
閣議では種々の意見が出されたが、結局、石油、軍備、鉱工業、農業等の分野で隠然たる存在感のある宏禎王殿下の意向に沿うものならばと、購入することで閣内の意志決定がなされた。
交渉は年明け後の昭和14年1月からチリ公使とチリ政府の間で行われ、最終的に5000万円でイースター島を売却する旨の外交文書を交わして14年6月に終了した。
当節の金銭価値で言えば、兵装にもよるが5000万円で巡洋艦1隻、駆逐艦2隻がかろうじて建造できるかどうかというところであるもののその条件でチリ政府は受諾した。
これにより、イースター島は昭和14年10月1日を期して日本領土となり、同年12月飛鳥グループの工作貨客船「TAKUMI MARU」が横浜から出港、イースター島に漁港と付帯設備を建設するために南太平洋に向かったのである。
これらの動きは米国政府も情報を掴んだが、米国政府としては一旦購入を断った案件でもあり、特段日本への売却に反対する動きは見せなかったが、その後のイースター島開発の動きについては半年に一度程度調査船を派遣する等の手段を取っていた。
TAKUMI MARUは、半年ほど漁港と関連設備の整備を行った後で、内地から来た全漁連手配の運搬船と交代して日本へ引き上げた。
全漁連は、カツオ・マグロ漁を中心とした漁業をイースター島を中心に始めたのである。
漁港は駆逐艦も入れないほどの小さい規模であったので米国もそれ以上の調査は不要とした。
一方で、整備基盤は整ったので、飛鳥グループの相応の勢力をつぎ込めば三カ月で軍港と空港が完成できることを周囲の者は誰も気づいていなかった。
◇◇◇◇ 陸軍と宏禎王 ◇◇◇◇
昭和14年1月15日、保科陸相の元へ来客があった。
陸相官邸(因みに陸相官邸はあっても海相官邸は無いのです。)を宏禎王が訪れたのである。
保科陸相も宏禎王とは前の年に紅兵団創設の建議書の案件で面会した事がある。
宏禎王は、あれ以来、何かと天皇陛下の信任厚く、相談役として時折参内していると聞いている。
天皇陛下自ら、紅兵団の総帥として大将格を付言された人物でもある。
無碍に断ることも出来ないだろう。
また何か新たな建議書でも持ち込んできたのだろうかと思っていると違っていた。
違う意味での難題を持ってきたのである。
曰く、中国民国の敵対視と、仮想敵国としてのソ連対策はこれ以上続けるべきではないから、懐柔策を進めてはどうかという意見である。
保科は元々急進派であったし、中華民国案件については非常にかたくなであったが、ここ数ヶ月で急進派の中心人物がポックリ病で逝ってしまったので、若干弱気になっている面がある。
特に御上からは中国大陸派遣軍時代にあった山海関での越境事件に際して目をつけられており、今般陸軍大臣になれたのが不思議なくらいである。
いずれにしろ中国大陸については満州帝国と中華民国が和解し、国境線に関する協定が成立しているので、これ以上軍部が大陸へ手を伸ばすわけには行かないのである。
満州帝国及び東ロシア共和国との相互安全保障条約に基づいて一定の駐留軍は派遣出来ていても、主導は満州帝国であり東ロシア共和国の意向にかかっているのだ。
少なくとも一頃陸軍内で叫ばれていた北進論推進者は姿を消していた。
今下手に中華民国へ手を出せば、列強諸国から睨まれ尚且つ右翼勢力が弱まった昨今国民からも冷たい目を向けられることになる。
蒋介石率いる中華民国軍も、このところ我が帝国の武器供与を受けて相応の力をつけてきている。
まぁ、三菱、中島といった財閥が飛鳥グループに押されて帝国の軍備製造主力の地位を追われたことから、元帥府の武器輸出に関する基本法に基づき、劣化版兵器を満州帝国、東ロシア共和国、中華民国などに輸出するようになったからである。
その原因を作った飛鳥グループは外国への武器輸出を一切行っていない。
更に言えば、飛鳥航空機で製造される戦闘機や爆撃機は陸軍のメインウェポンとなりつつあり、飛鳥グループ無くしては陸軍航空部隊の装備は整わないことになっている。
しかも他の財閥系に比べて価格が安い上に性能が上であれば国内的には他社との競争にもならない。
その飛鳥グループを実質率いているのが目の前にいる富士野宮宏禎王なのである。
軍部としては敵対勢力がいなければ、勢力拡大も軍備拡大もできないのだが、その意味合いでは予算削減のために大いに役立っているのが飛鳥グループである。
保科としては中華民国との和平推進派に鞍替えしたいのだが、陸軍主流は必ずしもそうではない。
言われずとも腹心の多田ともに種々努力しているが、中国大陸派遣軍の意向を無視することが難しいのである。
そのような状況下にありながら、そのようなことを言い出す宏禎王に少なからず腹も立ったが、流石に宮様相手に叱ることもできない。
「失礼ながら、軍人ではあらせられぬ殿下に、軍政に関わることを指摘される筋合いはないと思われるのですが?」
そのように精一杯の抵抗を示す保科に対して宏禎王はにこやかに付け足した。
「閣下が常日頃和平を求めて何かと奔走されている事は知っておりますし、軍内部での難しい立場にあることも承知しております。
ですから、私の方でも閣下に何かご支援できる事があるのではないかと参上したわけでございます。
閣下のお心がどうあれ、陸軍全体の関心を得られなければ実現は難しいと存じます。
中華民国をめぐる国際情勢は日々変化しており予断を許しませんが、対華二十一ケ条要求の折とは情勢が異なります。
中華民国は曲がりなりにも一つの国であり、共産党ゲリラとの内紛は未だ収まってはいないものの、ほぼ蒋介石が国内を纏めていると言えましょう。
欧米列強もそれを認めている中で、帝国が苛烈な要求を為すならば国際世論が納得いたしません。
特に、満州帝国と東ロシア協和国での利権を帝国がほぼ独占している状態では、列強諸国からの妬みの対象にすらなるでしょう。
従って、今後は中華民国に対する過度の敵対意識を隠し、隣国としての正常な付き合いを為すことが我が帝国の利益になると私は思います。
そのためには、中華民国との不可侵条約の締結を目標として、第一に閣下を含めた陸軍三長官の説得、第二は強硬な大陸侵攻論を持つ将官・佐官クラスの説得が必要と思われます。
その方たちを一同に会して私からご提案したきことがございます。
陸軍にとっては少なくとも今後、二、三十年の計ともなる話にございます。
とりあえずの詳細なお話は皆様にお集まりいただいての話として、閣下には概要のみここでお話したいと存じます。
第一に帝国陸軍は歩兵、騎兵、砲兵部隊を主とした旧態前とした軍隊、明治ならいざ知らず、近代の戦争には不向きな形態でございます。
これを一気に変えるべく、私から機甲部隊の創設をご提案申し上げたい。
先ずは、ドイツの誇るティーゲル戦車を上回る帝国製戦車五百両の無償供与であります。
計画要目は戦闘時重量45トン、最大速力60キロ、120ミリ砲を搭載し、最大速力で約120キロの航続距離、巡航速力では約200キロの航続距離を有し、90ミリ砲までの直撃弾に耐えうる装甲、搭乗員4名、20ミリ多銃身機関砲2基を装備、シュノーケルを用いて水深4mまでの渡河が可能なものです。
第二は、兵員を輸送するために使用する装甲輸送車五百両の無償提供。
装甲輸送車の計画要目は、満載時重量18トン、無限軌道装備、最大速力65キロ、30ミリ機関砲2基を装備、最大速力で180キロ、巡航速力で300キロの航続距離を有し、搭乗員3名、最大20名の完全武装兵士を輸送できます。
第三は、自走砲車両五百両の無償供与。
自走砲車両の計画要目は2種類あり、その一つは155ミリ自走砲、無限軌道装備、最大速力45キロ、巡航速力で120キロの航続距離を有し、射程距離15キロの155ミリ砲一門を搭載、搭乗員及び砲員4名。
その二は、250ミリ自走砲、無限軌道装備、最大速力40キロ、巡航速力で120キロの航続距離を有し、射程距離25キロの250ミリ砲一門を装備、搭乗員及び砲員4名であります。
なお、250ミリ砲については新型の拡散榴弾と小子爆弾を発射可能であります。
新型拡散榴弾は着弾地点上空200mで爆発、地面に向かって数十万発の鋼球を放射状に展開します。
拡散範囲は半径500mであり、厚さ40ミリの鋼板を打ち抜く威力があります。
また小子爆弾は500発の小型爆弾を内蔵する砲弾であり、幅300m長さ千メートルの範囲に小型爆弾をばら撒き、その範囲にある全ての将兵を殺傷します。
塹壕もほとんど役に立ちません。
その変形として小型爆弾の代わりに焼夷弾を搭載すれば同範囲の物を焼き尽くします。
着弾時の瞬間温度は3000度に達し、鉄をも変形させます。
その三は、自走式二連装40ミリ機関砲五百両の無償供与。
計画要目は、無限軌道装備、最大速力40キロ、巡航速力で120キロの航続距離を有し、対空射程距離6千m、同最大射程高度は3500mの40ミリ機関砲、毎分発射弾数1200発、対空レーダーを装備し、レーダー連動により標的を自動追尾できます。
また、超小型レーダーを搭載する近接信管を装備した対空炸裂弾を使用できます。
その四は、自走式200ミリ対空砲二百両の無償供与。
計画要目は、無限軌道装備、最大速力40キロ、巡航速力で120キロの航続距離を有し、対空射程高度18キロの200ミリ砲一門装備、これもレーダー連動の自動追尾方式とし、近接信管を装備した対空炸裂弾を使用します。
そのほか、燃料輸送車、装甲型弾薬輸送車両、小型野戦砲牽引車、各種工作車両、大型トラック、戦車等重量物運搬車両、レーダー車両、小型野戦車両など一万両の無償供与及び関連の砲弾総計五十万発、燃料油30万トンであります。
兵員については、陸軍で配慮していただくしかありませんが、これだけの機甲師団を備えれば陸軍の強化に間違いなく繋がりますし、ソ連を恐れる必要はなくなると思いますがいかがでしょう。」
「いかがも何も、・・・。
それは大変結構な事ではありますが、それを殿下が全部只で提供しようとの仰せでございますか?」
「はい、その通りでございます。
ただし、中国大陸特に満州帝国との国境線に当たる中間線からの兵力半減が条件であり、同時に海外での新兵器配備は対外的に秘匿するため当面禁止していただかねばなりません。
不可侵条約の締結申し入れに対して蒋介石政府がいかなる動きに出るかは判りませんが、少なくとも条約の中に外国軍の現状以上の進駐を認めないことを申し入れるべきでしょう。
仮に他国の大規模軍隊が中華民国の領域に駐留し、我が国の脅威に当たる場合は必要に応じてこれを攻撃すると宣言する事です。
よほどの覚悟がないと欧米列強も中国に駐留軍を出さないでしょう。」
「殿下、それは陸軍より余ほど過激ではございませんか?
他国政府に対して帝国の意思を押し付けるような気がしますが・・・。
また一方で、殿下の仰った新型兵器とやらについては、実際に出来る見込みはございますのか?
絵に描いた餅では食えませぬ。」
「試作品であれば、すぐにでも用意出来ますので、先ほど申し上げた陸軍幹部が揃われたところで披露するというのはどうでしょう。
場所は、富士演習場あたりが宜しいでしょう。
但し、秘密兵器ですのでくれぐれも周辺警備は厳重に願います。
試作品の搬送はこちらで行いますが、期日前に格納用地をご指定下さい。
準備には一月程度は必要です。
時期は5月又は6月あたりが気候的にも良いのですが、和平工作を急ぐ必要があると思いますので、来月中旬でも結構です。」
「5月か6月頃でございますか・・・・。
もう一つ確認しておきたいのですが、殿下の目論見どおりに仮に中華民国との間に不可侵条約が締結された場合、殿下の仰った新兵器は何時ごろ陸軍が手にできるのでしょうか?
10年も時間が掛かるというのでは、いかにも時間がかかりすぎますが、・・・。」
「左様ですね。
数が数ですからね。
全部をお渡しできるのは、和平構築後、1年乃至1年半というところでしょうか。」
「因みに、それだけの材料、例えば鉄だけでも馬鹿にならないはずですが、一体何処で調達するのでしょうか?
先ごろの統制で、国内に余分な鉄など余り無いはずですが。」
「はい、仰るとおりですね。
ですから、それを作るところから始めます。
原料は、今のところ誰も見向きもしない褐鉄鉱、閣下の故郷にもありますし、東北山系、北海道にもかなり算出が見込めます。」
「褐鉄鉱なら私も知っておりますが、あんなもので作った鉄は物の役に立たないはず。
そんなもので作った兵器ならば、陸軍では使えません。」
「そうですか?
でも精錬の仕方が全く違うんですよ。
因みに、サンプルを持ってきましたから、陸軍の材料研究所ででも調べてください。
今までの鋼材よりも間違いなく優れているはずです。」
そう言って、宏禎王は鞄から10センチほどの長さの金属棒一本と、25センチ四方の金属板一枚を出した。
「金属棒のほうは、引っ張り応力試験用に切り出した物ですし、金属板は厚さが3ミリほどです。
銃砲などで強度を確認されれば宜しいでしょう。
戦車はこの金属で全面35ミリの厚さを持つ装甲に覆われることになります。
海軍の10センチ広角砲の直撃でも耐えられると思っています。
私は嘘が嫌いです。
約束は必ず守りますが、同時に約束違反は許さないのが私の信条です。
中国との和平が成らず、あるいは和平をしたくない。
一方で新型兵器は手に入れたい。
そのような発想から、問答無用で陸軍さんが強制徴用などの非常手段に走るようであれば、私も非常手段をとらせていただきます。
仮に、そのような動きがあれば、保科さん。
貴方の責任で抑えていただきたい。
さもないと、陸軍の現体制は維持できなくなるでしょう。
これは単なる脅しではありませんので念のため。」
暫く無言のにらみ合いが続いた。
保科もむっとしたが、同時にこの殿下には底知れない恐ろしさも何となく感じている。
「わかりました。
取り敢えず、これらを預かりまして然るべき研究所に回してみましょう。
結果如何にもよりますが、幹部連中を集めて殿下からお出しになった交換条件を飲むかどうかの相談はその後になるでしょう。
それでよろしいでしょうか?」
「結構です。
連絡をお待ちします。」
宏禎王は飄々とした態度で帰っていった。
保科は驚いていた。
正直なところ、宮様とはいえ、陸軍の力を知っているはずの者が、あれほど高圧的に出てくるのは初めての経験であったからである。
言葉は丁寧でも主張は辛辣である。
新兵器をやるからこれまでの軍の政策を見直せと言っているに等しいからである。
余程の武力若しくは政治力の裏づけがないと出来ないはずである。
まさか、徴募予定の婦女子を頼りにしているわけでもあるまい。
確か、計画では昨年6月初めに北海道を皮切りに樺太、朝鮮、台湾を含めて徐々に南下しながら徴募することになっているが、見込みでは一万から二万ほどの徴募になると聞いている。
いくら神がかりでも、ど素人にまともな戦をさせるには最低半年から一年は掛かる。
ましてや非力な女達である。
尤もいくつか不審な点も憲兵から報告されている。
不合格者が下船しているので、合格者は在船しているらしい事がわかる。
受検する港で下船してはいないし、次の寄港地でも下船していないようであるからだ。
無論、自宅等にも戻っていない。
採用者の名簿などは陸軍に届けられるようにはなっていないが、憲兵と調査機関を使って秘密裏に調べさせており、概ね8割がたを把握している。
だが、採用者の傾向がどうしても掴めないでいる。
学力、知能程度、体格、出自などほとんど相関関係がない。
年齢層も14歳から24歳まで特に何らかの作為が働いているわけではない。
学歴などで言えば、女学校出のものが落ちているくらいで何を選考基準にしているのか全く不明なのである。
しかも、試験方法が極めて変わっている。
不合格の受験生の一人から内々に聴取したところでは、ベッドに寝て10分ほどで、不合格判定が出たらしい。
面接すらしていないのである。
必要であるはずの教育訓練施設にしても新たに建設した節がないのである。
紅兵団に関しては、全く不可解なことだらけである。
今回の件についても、何が宏禎王殿下の自信の裏づけになっているかわからねば迂闊には動けない。
保科はそう思っていた。
いずれにしろ、この鉄棒と鉄板が一つの鍵だな。
保科はそう思った。
3日後、保科陸相の下へ、報告書を携えて立川の陸軍兵器研究所所長が自ら訪れた。
開口一番高橋所長が尋ねた。
「閣下、あの金属はいったいどこで手に入れたものですか。
あれは大した代物ですよ。
従来の鉄の概念を大きくぶち破りました。
鉄には大きく分けて鋳鉄と鋼があります。
ほかにも軟鉄とか種々の区分もありますが、あれはどの範疇にも入らない。
相が全く違うんです。
純粋な鉄だけで出来ています。
一般的に鉄は必ず何かの不純物を含んだものであり、その不純物で種々の性質が変わるんですが、こいつには不純物が全く含まれていない。
本当に純粋な鉄なんです。
あんなものが出来るとは思っても見ませんでした。
強度は鋼の100倍近くあると推定されます。
推定というのは、研究所にある試験装置では限界を測定できませんでした。
あの程度の鋼棒でしたら2トンから3トンの引っ張り試験で破断するのですが、こいつには20トンで引っ張っても駄目でした。
試験装置のほうがむしろ壊れて使えなくなったんです。
一方で、板の方は、厚い金属枠に嵌めて衝撃試験をしたんですが、少々のことでは傷つきもしませんでした。
砲弾で撃ってみましたが、枠のほうは壊れても板には変形すら起きません。
一応40ミリ砲弾まで試しましたが同じです。
鋼でも20ミリで十分打ち抜ける厚さなんですがねぇ。
削り取ってみようとしたんですが、金鋸や旋盤も役に立ちませんでした。
旋盤のドリルや歯がかけてしまうんです。
仕方がないので、純鉄の場合、どの程度の強度が予想されるかを、理屈で考えました。
通常の分子がばらばらの状態では軟鉄に近い強度しか持たないはずなんです。
ですが、分子が均一で巨大な一つの相で出来ている場合の理論的強度がさっき言った鋼の100倍なんです。
強靭でしかも硬いんです。
戦車の装甲に使うには最適の材料です。
ですが、こと加工となると手に負えません。
多少のことでは曲げる事も出来ないし穴を開けることも出来ません。
1800度程の熱を長時間加えれば変形できますが、元の均一な相には戻らなくなります。
いったいどうやってあんな形に出来たものか、想像もつきません。
この鉄の製造法と加工方法を教えてもらえるのならば、私の恩給を投げ出してもいいと思うくらいですがねぇ。」
保科もそれほどの物とは思っていなかったのでさすがに驚いた。
やはり、宏禎王殿下は只者ではない。
「そうか、それほどのものだったか。
なるほど・・・な。
高橋君、いずれにしろ、この件は関係者限りで内密にして欲しい。
軍の最高機密になるかもしれないからな。」
「は、判りました。
既に、職員には緘口令を敷いておりますが、再度念押しをしておきます。
余り、参考にはなりませんが、これが正式の報告書です。
では、私はこれで戻ります。」
保科は暫く腕を組んで考え込んでいたが、やがて副官を呼んで、いくつかの指示を出した。
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