親王様は元大魔法師~明治の宮様に転生した男の物語~戦は避けられるのか?

サクラ近衛将監

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第四章 戦に負けないために

4-17 紅兵団と駐日米大使

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 15、16日の両日、シミュレーション訓練とは言え、娘達は広い艦内を自分の足で走り回り、あるいは、無人車両で高速移動しながら、実戦さながらの訓練を展開した。
 各科の訓練の様子は、モニター装置で艦長室、参謀室、副長室及び司令室から観察できる。

 サキは艦長共々司令室で様子を見ていた。
 艦長からはお褒めの言葉を貰ったものの、些細な事ではあるが二、三気になる点があったので、大隊長を集めて注意を促した。

 17日0900サキの指揮で青龍は、巨大な海底基地港を出港した。
 雄冬と同じように海底基地には海底水路がある。

 但し、直径600mのトンネル状水路であり、5000mごとに関門4つが控えている。
 低速航行で潜り抜けるとはいえ、かなりの緊張を強いられる。

 艦の外径は縦横350m、長さが2000mもある。
 巨大な水路とは言え、さほど余裕があるとは言えないのである。

 関門は、艦内からの操作で開閉するが、一方の関門が開いているともう一方は開かない。
 従って、水路内で待機する時間が異様に長いのである。

 1時間をかけて関門4つを潜り抜け、太平洋に出たときにはさすがにほっとした。
 海底基地への出入り口となる第一関門は、深度4000mにあり、海盆の底に当たる。

 暫くは深度4000mのまま海底を這うようにして南東へ進み、東側にあるマリアナ海溝を横断するようにして南下、それから針路を変更する。
 太平洋海盆を横断して南太平洋へ向かうのである。

 目的地は西経135度、南緯65度の海域である。
 この位置において周囲2500キロ以内にある陸地は南極だけである。

 通常の外航航路からは大きく外れており、周囲500キロ内で訓練を行う限り人目に付く事はない海域である。
 同日1200、青龍は深度2000mにまで浮上、それまでの警戒速力12ノットから巡航速力60ノットに速力を上げて航走を開始した。

 以後は通常の航海体制となるが、サキは航海要員以外の隊員達に更なる訓練を実施させた。
 訓練海域到着までは直線距離でも6000海里余り、やや迂回する事から約6500海里となり、60ノットの速力でも4日半ほどかかる。

 現場海域では、6月一杯、青龍単独で実機訓練を行うことになる。
 7月上旬には玄武、白虎、鳳凰と合流し、四艦での合同訓練を実施する予定である。

 合同訓練を終えると、青龍のみ訓練海域に止まり、3週間の個別訓練を実施した後、玄武と交代し、基地に戻ることになる。
 基地では、3週間の休暇が待っている。

 但し、休暇とは言いながらサキたちは特段の命令がない限り、海底基地から出られる事はない。
 そのため、地上とは異なるものの雄冬には無かったリゾート用の休息場所が海底基地には用意されている。

 その後3週間弱の間、基地内での出動待機を経て、何も無ければ再度訓練海域に向かい、3週間の訓練を行うことになるのである。
 平穏であれば、このローテーションが繰り返される事になるが、一旦戦争が始まれば、最低でも2隻の艦は出動する事になるだろう。

 出動艦で実戦があるかどうかは状況如何による。


 ◇◇◇◇


 時は遡り、昭和15年1月15日、駐日米国大使であるグレッグ・ノーマンは日本経済界の招請に応じて、賀詞交換パーティに出席した。
 日米間において、貿易収支が米国側の大きな赤字になっていることが懸案となっているこの時期に経済界との交流も如何なものかと懸念する側近もいたが、知日派のグレッグは、欠席する事で失う好感度というデメリットをむしろ恐れた。

 米国が日本との交渉を諦めたと見られては今後の交渉にも響くからである。
 その席で、珍しい人物に遭遇した。

 富士野宮宏禎王殿下、天皇の近親縁者であり、かつ、継承順位を有する宮家の一員でもある。
 また、一方で、帝国の産業界を牛耳る飛鳥財閥の実質的な陰の総長と呼ばれている人物である。

 事実、飛鳥重工、飛鳥造船、飛鳥航空機、飛鳥精密機械、飛鳥製薬など大日本帝国においてもトップレベルの飛鳥グループ企業を束ねる飛鳥総業の代表取締役でもある。
 無論帝国の経済繁栄を語る上で彼の役割は見過ごせない存在なのだ。

 これまでの皇室関係者の慣行によれば、宮家の子息は海軍若しくは陸軍に従軍するはずなのだが、このPrinceは敢えてその慣行に背いてその道を選ばず、軍を支援する仕事に就くことを自ら望んだという。
 大日本帝国の誇る産品の「韋駄天」、「地脈発電装置」などは、米国でも未だに製造不可能な技術により作られているようだが、製造開始から30年を経てもなお大日本帝国版図以外の地域には輸出されていない。

 その一方で飛鳥製薬が製造する結核特効薬であるNo11.抗生物質などは比較的自由に輸出されている。
 ある意味で、米国にとってはそうした新薬の輸出が許可されていることは実に有益なことなのではあるが、その実、米国が輸入超過に陥っている原因の一つでもある。

 飛鳥財閥は、特異なことにこれら新薬も或いは特殊機械についても通常ならば取得すべき特許を取得していない。
 従って他国にとっては真似のし放題の筈なのだが、残念ながら似て非なるモノは作れても同じ効能や性能を有するモノを産み出せてはいないのが現状である。

 例えば、米国が世界に誇る大量生産方式を導入した自動車産業も日本には一台とて輸出できていない。
 仮にフォードやGMが日本に進出したとしても売れる車が作れないのである。

 T型フォードを製造し始めたのは1908年のことだが、その年10月には「韋駄天」が帝国国内での販売を開始し、その性能が英米仏などの外国車を凌駕したために大日本帝国への外国車の輸入が断たれたのである。
 帝国政府は、外国産の自動車販売若しくは輸入について何らの制限も課してはいないのだが、売れないのでは輸入もされないわけである。

 1910年代にはそれまであった自動車輸入代理店が激減し、1940年の現時点では、東京にある高野通商ただ一社が輸入代行業で外国産車両の部品輸入を請け負っているに過ぎない。

 無論のことではあるが、わざわざ性能が劣り尚且つ高価な外国車を買おうという酔狂者は居ない。
 他の産品でも同様の事態が起きており、米国で産出された工業製品が帝国に輸入されるケースは非常に少ないのである。

 自由経済を標榜している米国政府としては遺憾ともしがたい現状である。
 そもそもが民主党政権はを謳っている政権であり、自由競争で敗れし者は潔く去れとさえ説いている。

 しかしながら、その一方で自国がその自由競争に負けそうになっている現状は到底受け入れられず、帝国とは何かと貿易摩擦を引き起こしている。
 端的な例が日本産品に対する関税率の引き上げである。

 国内的にも共和党の一部からは重商主義の偏重であり国内経済に悪しき要因となると批判されている。
 とは言いつつも、自国経済の崩壊を防ぐためにせざるを得ない部分もある。

 一方で、帝国政府は、そうした米国の一方的な関税率引き上げに対しても余り過度の対応をしていない。
 むしろ、静観の構えを崩していないという感じにさえ見える。

 飛鳥財閥以外の財閥は、政府に対して種々のロビーイングを行っているようだが、実際のところ帝国から米国への輸出量は左程減少してはいないのだ。
 むしろ、関税率引き上げによって国内売価が上昇したために米国経済にインフレが発生しかかっている気配もある。

 米国は原油生産国ながら、帝国からも原油と石油製品を大量に輸入している。
 何となれば米国産の原油よりも安いからである。

 また、米国から途上国に向けて結構な量が輸出されているものの一つとしてスクラップがある。
 一時、米国から帝国に向けてかなりのくず鉄が輸出された時期はあるが、現時点では帝国にくず鉄が輸出されることは無い。

 見向きもされていなかった品質の悪い国内鉄鉱石の増産と新たな精錬方式の採用で、帝国国内の需給調整が完全に済んでいるため、帝国における鉄鉱石や鋼材の輸入はほぼゼロなのである。
 逆に米国は飛鳥製鋼から良質な鉄鋼製品を輸入しているぐらいである。

 米国で製造する鉄鋼製品よりも、帝国で製造される鉄鋼の方が優秀なのである。
 例えば、自動車製造に使われる圧延鋼板は明らかに帝国産が優れており、米国の一部の自動車メーカーでは政府の輸入規制や関税率の上昇にも関わらず、帝国からの輸入を標榜している。

 斯様に帝国からの工業製品輸入需要が多いのに、米国からの対日輸出は年々減少傾向にある。

 現状において、工業製品で帝国に輸出されるものは殆どない状況にある。
 農業製品の一部が一定量の輸出額になっているが、左程多くはない。

 日本における農業改革が進んだためか、農村が解体され、ソ連の集団農業的な方式が北海道及び東北エリア、更には樺太エリアにまで採用され、徐々に他の地域にも広がって来そうな状況にあるようなのだ。
 ソ連の集団農場は共産主義によるものだが、帝国の方式は農業株式会社のようなものである。

 社員は農民であり、彼らが報酬を貰って農場で作業をしているようだ。
 工場で工員が給与を貰って機械を作るように、農場でも農民が給与を貰いながら作物を作っているのである。

 このため帝国では自作農という農民が異常に減少しているようだ。
 この方式が良いのかどうかという点については、在日大使館でも未だ正確に情報分析ができていない。

 一つ言えることは、この方式が功を奏して帝国の国内食糧自給率が上がっているらしいと推定されることだ。
 そのために、米国からの農産品輸入が徐々にではあるが減少しているのである。

 私が見るところ、飛鳥財閥の配慮もあって米国からの輸入が未だに残っているような気がしている。
 東南アジアで唯一の独立国家であるタイ王国からの農産物輸入は、帝国では左程必要が無いと思われるのに、一定量が輸入されているのはある意味で途上国への支援的な意味合いが大いにあるようだ。

 因みに輸入されたタイ米などは、主食に供されずにそのほとんどが米粉利用の菓子などに加工されるようだ。
 あくまでも私的な感想に過ぎないのだが、何となく我が米国までもが後進国であるタイと同レベルで見られているのではないかと心配になってくる。

 まぁ、そんなことはともかく、宏禎王殿下は、一頃国際的にも話題になった娘だけの支援部隊の産みの親でもあるはずだ。
 徴募活動は依然として続いている筈で、今年も14歳の娘を対象に北海道、東北の港で徴募が始まるはずである。

 娘だけの支援部隊など不思議なものを作るものだとは思ったが、念のためOSIなどの組織を使って調査させたが、その根拠地も含め一切が不明であった。
 わずかに判明しているのはこれまでに2万5千名ほどの娘たちが採用されたらしいという事だけである。

 採用されて以来一度も郷里に帰らず、どこかで教育・訓練を継続しているらしいが、時折家族の下へ東京麹町局の消印付の丁寧な手紙が来るだけで部隊での様子などは一切知られていない。
 明治時代に東洋の残酷物語として一部メディアに紹介された縫製工場の女工ですらお盆や正月には帰省しているのに、それすらも無いのは誠に奇異なことである。

 他にもグレッグには気になっていることがいくつかあった。
 第一に、二、三年ほど前から日本国内での情報協力者が極端に少なくなったことである。

 何故か協力者自体が忽然と姿を消している。
 第二に、陸軍富士演習場に何か異変が起きているらしいが詳細が掴めないことである。

 日本には無いはずの大型輸送機が盛んに夜間の離発着を繰り返しているとの噂もあるようだが、警備が厳重であるために、証拠写真が撮れないのである。
 陸軍の新型爆撃機かもしれないのだが、その情報が一切取れない。

 第三に、三菱、中島、川西といった航空機メーカーが、揃って北陸の福井県小松へ移転したことである。
 メーカーの移転など可笑しくも無い話ではあるが、軍需工場の移転となると話は別である。

 だが、ここも周囲の警備が厳重で一切の情報が取れないのである。
 第四に、海軍艦艇の動きがどうもおかしいのである。

 これまで呉や長崎の工廠に限られていたはずの修理が、静岡県の沼津にある飛鳥造船所でも行われているらしいのである。
 海軍艦艇が順番に飛鳥造船所に行っているらしい。

 戻ってきた艦艇の装備が若干異なっていることから、飛鳥造船所で一部改装されたことに間違いは無い。
 だが、これも、廣島の柱島泊地に停泊中の当該艦艇を遠方から撮影した写真が僅かに入手できるだけで詳細な情報は得られていない。

 沼津地区は広範囲に渡って高いフェンスで囲まれ、陸軍部隊による厳重な警戒が実施されている事から陸からの接近は絶望的である。
 海上から潜水艦が極秘裏に、沼津接近を試みたが、陸地が見えるところまで接近できない内に哨戒の艦艇が現れ、目的を遂げる事が出来なかったようだ。

 一度ならともかく、連続四度に渡ると接近自体が困難であるとして作戦計画を放棄せざるを得なくなったようだ。
 富士演習場や福井県の小松同様に、ここでも何かが行われているらしい。

 横須賀工廠では小型空母が、呉や長崎の海軍工廠では戦艦が造られているらしいという情報は得られていたが、その情報を入手するよりも難しい状況など今までは考えられない事であった。
 飛鳥造船所の実質的支配者も宏禎王殿下ということはわかっていた。

 ひょっとしたら、彼から何らかの情報が得られるかも知れないと思い、グレッグの方から接近してみたのである。
 グレッグが驚いたことに、彼は極めて流暢な英語を話す。

 それも完璧なほどのキングス・イングリッシュである。
 日本人にありがちなRとLの区別ができない音声ではなく明確に判る発音であり、母国のインテリと話しているのではないかと錯覚するほどである。

 そう言えば彼は若かりし頃にハーバード大学に二年程留学していたのだった。
 グレッグは世間話から巧みに娘達の支援部隊に話を切り替えてみた。

「ああ、そういえば、殿下は一頃話題になった娘さんだけの部隊の責任者でございましたねぇ。
 教育の方は進んでいるのでしょうか?」

「支援部隊の件ですね。
 実は、それが中々にうまく行きませんで、苦労しております。
 四年で一応卒業の予定ですけれど、最初の娘たちが2年目に入るところですので、残り二年で使いものになってくれれば良いのだがと願っております。」

「左様でございますか。
 女性だけの集団では中々に難しい事もあると思いますが、・・。
 何故、居所を秘密にしているのでしょうか。」

「大した理由があるわけではありません。
 大使も御承知かも知れませんが、99%嫁入り前の娘ばかりの集団、何かと眼を引きますので妙な男が目をつけても困ります。
 それで世間から隔離しているのです。」

 大使は更に噛み付いた。

「でも、普通ならば正月や盆には里に帰るのが日本の風習ですが、それも禁じているのでしょうか。」

「そうですね。
 禁止というよりは、自粛させています。
 娘とは言え、かなりの高い給与を貰っています。
 彼女達が部隊に採用された事は、里の近くではかなりの人が知っているわけですから、不心得者に旅行中を狙われても困ります。
 何せ、親御さんから預かっている大事な娘さん達ですから。
 それで自粛をさせているのです。」

「では、私にだけ学校の場所を教えてくれるというのはどうでしょう。」

「はははっ、それは増々できません。
 名にしおうアメリカのプレイボーイに居場所を教えたら、教育場所がハーレムにされてしまう可能性もございますので、どうかご勘弁を。」

 やんわりと否定されてしまってはそれ以上の追及も出来ない。

「ところで、殿下は、沼津界隈に造船所をお持ちとか、中々商売繁盛のようですが、海軍の御用達でしょうか。」

「特段私の造船所という訳ではないのですよ。
 単に設立出資者の一人というだけのことです。
 飛鳥造船所に海軍さんの仕事もありますが、そちらのほうは大した仕事ではなく、むしろ赤字が出たりもします。
 お国のためですから文句も言えませんが、・・・。
 それよりも民間船を造るほうに力を入れて、貨物船とか工事用の作業船を作っています。」

「作業船と言うと、どのようなものですか。」

「そうですねぇ。
 どのように説明したらよいか・・・。
 大使の方でもあるいは情報をお持ちかもしれませんが、サハリン油田の方に飛鳥造船で建造した作業船が行っておりますがご存じですか?」

 グレッグの元へは用途不明の大型構造物と報告が来ていた。
 だがそ知らぬ顔で尋ねる。

「いいえ、知りませんが、どのような作業船でしょう。」

「単純に申し上げて、石油を掘削する作業船だったり支援船だったりします。
 樺太から算出している原油はそれらの作業船が稼働して原油を産み出しているのです。」

「なるほど、船が原油を掘り当てると・・・。
 では海底から原油をくみ上げていると?
 一体どのような方法で?」

「残念ながら企業秘密もございますのでこれ以上のことは申せません。」

「あ、商売の邪魔は出来ませんね。
 判りました。
 いや、色々と不躾なことをお聞きして申し訳ありませんでした。
 殿下とお話できて大変よかった。
 まるで、母国アメリカの友人とお話しているような楽しいひと時でした。
 次にお会いできる時には、また何か珍しいお話でもあれば是非お聞かせくださると大変嬉しいです。」

 そう言って辞去しようとすると、彼が制した。

「折角、大使と知り合いになれたことですので、お土産を一つ差し上げましょう。
 お時間があれば、カフェでコーヒーでも飲みませんか。」

 微妙な誘いである。
 グレッグは誘いに応じた。

 会場を出て、ロビー脇のカフェに座った。
 女給にコーヒーを頼み、一時おいて、男は話を切り出した。

「情報確度はあなたの判断に任せましょう。
 ヒトラーは、ソ連侵攻を計画し、5月までにその準備を整えるように指示を出しました。」
 
 それから口をつぐんだ。
 驚くべき内容である。

 一昨年に独ソ不可侵条約を締結し、昨年はポーランドを独ソで分け合った仲のはずである。
 この一月にも更に友好的な独ソ通商協定について、独ソ間で協議が進んでいるとの情報も得ている。

 それにもかかわらず、ドイツがソ連に侵攻するなどあろう筈が無い。
 仮にソ連侵攻計画が真実であったとしても、日本とドイツが多少親密とは言え、軍人ではない殿下が何故その情報を得られたのか。

 また、その極秘情報を何故に米国に漏らそうとするのかが判らない。
 後が何か続くのかと思って待っていても話は無い。

「それは、・・・一体どういうことでしょうか?」

 宏禎王殿下はにやりと笑うと、話を変えた。

「ところで、グレッグさん。
 本国では日本人の排斥運動がたけなわですが、日本との紛争は避けることができるのでしょうかねぇ。
 我が国が米国と争っても得るところはない。
 米国にしても同じだと思います。
 放置すれば、どちらも感情的になって禍根が残り、最悪の事態に陥るやもしれません。
 迷惑するのは両国の国民でしょうから、それは避けていただきたいのですが。」

 いきなり話を変えてきた殿下に少々面食らっているグレッグである。
 だが、ドイツ情報についての話はこれ以上できないという意思表示であろうと考えた。

 ディベートに馴れているグレッグにしても、このような話し方をする人物は知らない。
 日本人にはこのような習慣もないはずである。

「なるほど、土産話はおしまいということですね。
 わかりました。
 で、日米の話については、確かに軋轢を放置するのはよくないでしょうね。
 そのためにも東郷外相とも話し合いを続けたいと思っています。」

「危うい関係にある隣人同士が話し合いをするときには、第三者を交えるとうまく解決する場合もありますが、公正な第三者でないとだめですよね。
 それに二国間の協議には第三者を入れないのが原則、だから纏まるものも纏まらない。
 特に、親に言いつけられた子供同士が話をしても無駄です。
 互いに親に相談しなければ何も出来ないからです。
 おまけに、相手の出方を探っているような交渉では時間が幾らあっても足りないでしょう。
 いっそ親同士が言いたい事を手紙にした方が良いかもしれません。
 尤も、その場合でも、親が子供達に妥協を納得させられる力を持っていなければならないでしょう。
 わが身大事のルーズベルトおじさんにそれだけの力があるかどうか果たして問題ですし、我が帝国もやんごとなきお人が実質的な権力者ではないということにも問題がありますね。」

 グレッグは、この殿下は一体何を言いたいのだろうと思った。

「では、グレッグさん、
 今日は貴方に会えて大変良かった。
 この次にお会いできるのを楽しみにしております。
 申し訳ないが、これで私は失礼いたします。」
 
 殿下は、テーブルの請求書を持つと立ち上がり、僅かにお辞儀をしてから立ち去った。
 誘ったほうが先に帰るほど失礼な話はないのだが、殿下はどうやらわざとそうしているらしい。

 何か意図するものがあるのだろうか?
 グレッグは大使公邸に帰る道すがら、殿下の話と行動が何を意味するかを真剣に考えた。

 翌日、米国大使館から二通の暗号電報が発信された。
 一通は、ドイツがソ連に宣戦布告をする可能性についてであり、もう一通は、経済摩擦問題で日本との和解を真に求めるならば天皇陛下に当てた大統領の親書が必要不可欠であると思われる旨の大使の建議であった。

 米国政府は、ドイツ情報については一考に値すると評価したものの、ファイルに閉じられただけで、ソ連に知らされることは無かった。
 大統領の親書についての建議は、重視されずに葬り去られた。
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