103 / 112
第七章 英国との交渉
7-11 日英同盟の交渉
しおりを挟む
1942年(昭和17年)2月20日英国滞在中に知り合った大勢の人々に見送られてヘストン別邸を発ち、サキ達は「ひなげし」が待つリバプールに向かった。
その前日、バッキンガム宮殿へ暇乞いの挨拶に行き、女王陛下に目通りしてきた。
女王陛下は、同盟に対する結論の出ない状況にあっても天皇陛下あての親書をサキに託した。
その足でウエストミンスターにも赴き、チャーチル首相にも挨拶をした。
最終的な英国の判断は、チャーチルに委ねられていること、チャーチルは正式な協議を始める事を内定している事を打ち明けてくれた。
だが、それはドイツに内緒で行うべきではなく、4月以降に始まるだろうとの見込みをサキに伝えたのである。
サキ達の当面の任務は、達成されたのである。
協議の場に英国を引きずり出す事が総帥と天皇陛下から託されたもう一つの任務であったからである。
おそらく4月から始まる協議には、洋子と美保が行く。
その頃サキと絵里子は大西洋に派遣されているはずである。
◇◇◇◇
サキが日本に戻ったのは17年3月20日の夕刻である。
陛下に帰朝報告をし、英国女王の親書を渡したのは翌日である。
その足で宏禎王殿下に報告し、すぐに下田の海底基地から沖で待機する青龍に戻った。
青龍は鳳凰とともに大西洋を目指す。
二隻の潜水空母は最大速度で太平洋を南下、ホーン岬を回って大西洋に入る。
大西洋に派遣されていた玄武と白虎の2隻と交代するのである。
青龍と鳳凰が大西洋に入った時点で、アイスランド沖で待機に入る。
それまで展開していた玄武と白虎は南下を始めているはずである。
青龍があらかじめ定められた待機ポジションに到着したのは3月27日であり、玄武と白虎が日本に戻るのは4月3日になるだろう。
その後、白虎はマリアナ諸島の海底基地で休息に入る。
玄武も下田沖で洋子と美保を降ろしてマリアナで休息に入ることになっている。
4月1日、英国から正式協議開催の打診があった。
協議は英国の希望で、フォークランド諸島で開催されることになった。
この時点では、報道もなされていたことから英国との協議開催の話は当然にドイツに知られている。
駐日独大使から当然のように抗議と協議中止の申し入れが日本政府になされ、同時に同盟が締結されれば両国の関係に深刻な影響を与えるであろうとの警告が発せられた。
英国国内での協議開催はドイツ空軍の手による爆撃等の危険があり、派遣大使等の生命も危ぶまれた。
そのために英国はフォークランドを選んだのである。
開催期日は両国の事前協議の結果4月20日と決定した。
1942年(昭和17年)4月20日、フォークランド諸島には、英国艦隊旗艦のプリンス・オブ・ウェールズが多数の艦船と共に停泊していた。
英国全権大使一行を本土から輸送して来たのであり、同時にドイツ海軍の襲撃に備え、厳重な警護に入ることになっている。
フォークランドの現地時間午前10時の時点で、日本の一行は未だ到着していない。
事前協議において、予め、日本側からは航空機で代表団が向かうとの連絡が入っていた。
協議に当たった英国外交官は航空機により米国経由で来るのだろうと特段不思議にも思わなかった。
この4月からは、米国のハワイ、サンフランシスコ、ワシントンなどに日本の航空会社が運行を始めていたからである。
無論、英国までの路線はないし、フォークランド諸島にまで到達できる航空路線などない。
フォークランドには英軍が管理する800mの滑走路を持つ飛行場があるだけであり、時折、アルゼンチンとの不定期の小型旅客機が飛来する程度である。
大使館等との事前協議で日本政府の要請を受け、飛行場は急遽1200mまでに延長されていた。
交渉協議は午後2時からの予定である。
空には警戒のために複数の哨戒機が配置についている。
だがその哨戒機も気付かないほど高空を飛来する航空機があった。
4発のターボジェット大型輸送機「天鶴」である。
高度1万五千メートルを時速約千キロで飛行し、日本から直接フォークランドへ向かっているのである。
フォークランドへ装備されたばかりのレーダーが機影を捉えたときは、既にフォークランドまで僅か50キロにまで迫っていた。
その滑走路に着陸態勢に入った航空機を見て、誰しもがその威圧的なまでに巨大なシルエットに驚いた。
イギリスにも試験的に製造した4発機が無いわけではないが、優にその倍近くの大きさに見える。
滑走路の端ギリギリにランディングした機体は、そのまま、鋭い金属音を発しながら一気に滑走路を走って中央を過ぎて行く。
誰しもが、これでは明らかに滑走路が短かすぎるのではないかと焦り、悲惨な航空機事故を予期したが、急速にブレーキがかかり、滑走路の殆ど端で速度を落とし、機体はゆっくりとUターンした。
巨大な航空機は、歓迎の一行が待つ中央エプロンに停止した。
見上げるばかりの高さにコックピットがあり、機体を支える車輪も見たことがないほど巨大である。
機体の長さは優に100mを超えているが、翼長はさらに長い。
従来の形に比べて翼が異様に後退しているのが特徴的である。
胴体部に覗く窓の多さから見て、おそらくは200人以上が乗れる旅客機であろう。
これほど巨大な航空機は英国では製造できないし、ましてや地球を半周する航空機が登場するなど考えもしなかった。
この航空機ならば、日本から北極圏経由で英国に直接乗り入れることが楽に出来るはずである。
駐日英国大使館のMI6要員もこのような航空機が日本に存在することさえ掴んではいなかった。
日本からフォークランドまで凡そ2万キロ、航空機は20時間をかけてやって来たのである。
燃料は片道に足るだけはあるが、帰りの分は、別途油槽船と貨物船がフォークランドにタンクローリーやその他の支援機材を5日以内に運び込むことになっていた。
代表団は日本の実力に改めて驚き、同時にひしひしと無言の威圧を感じてもいた。
機体の前部にあるドアが開いて簡易な折りたたみ式階段が機内から地上に降ろされる。
油圧式であろうか、階段が実にスムーズな動きで静かに地面に接地すると、漸く、機内出口に人影が見えた。
地上で待機していた新聞社のフラッシュが多数焚かれる中を、小柄な男を先頭に代表団とスタッフが降りてきた。
今回は6名の代表団以外に支援スタッフが12名、報道関係者が6名である。
地上で出迎えの全権大使らと挨拶を交わし、一同は、会議場であるホテルへと向かった。
現地時間4月20日午前11時のことである。
一行の中には、洋子と美保がいた。
全権大使は、吉田茂である。
今回は外務省欧亜局長岡島茂之が次席代表である。
洋子と美保は、前回と同じく内務省事務官兼外務事務官の肩書きである。
協議が始まったが、最初に同盟ありきでスタートすることには協議開催を呼びかけた英国側も同意した。
難航したのは日本側が条件としている英国海外領土の放棄であった。
既に、日本は4月1日の時点で、朝鮮半島と台湾に関し、その独立と帰属を問う住民投票について、今後のスケジュールを内外に発表していた。
同時に満州帝国領域からは日本軍の撤退を開始したが、遼寧、熱河、山東の三省には依然として40万の陸軍を置いている。
満州鉄道の警備という名目で置かれていた関東軍は廃止され、代わりに三省を鎮撫する軍監が、三省の行政を司る総督府の指揮下に置かれた。
総督は文官であり、軍人出身者は総督に配置できない事となっていた。
未だ国民党政府と中国共産党による覇権争いは続いていたが、徐々に中国共産党が駆逐されつつあった。
主たる原因は共産党の指導者であった者が昨年暮れに相次いで病死したことにある。
後継者はそれまでの指導者に比べるとカリスマ性も無く、党自体が二つないし三つに分派して内部抗争を始めた事から、中国共産党が一枚岩でなくなったのである。
国民党政府は蒋介石が徐々に頭角を現し、地方軍閥を取りまとめる一方、日本からの武器供与、経済協力などを梃子に、民心を掴み始めていた。
中国にとって、日本の経済発展は嫉妬さえ感ずるほどの急成長ぶりであり、アジア希望の星でもあったのである。
一時期の反日感情は鳴りを潜め、日本との友好に積極的な考えが主流を占めていた。
日本は中国撤退に際し厳格なまでに約束を守り、戦時補償は行わないが、可能な経済協力を惜しまなかったのである。
特に経済援助は地方の農村に対して積極的に行われたことから、共産党と地方農村との結びつきに隙間風が差し込むようになったのも事実であり、また、彼らは満州や朝鮮半島でも日本の実験農場が成功している事例を噂で耳にしていた。
国民党政府にも共産党にもそのような力は無いが、少なくとも国民党政府についている限りは日本からの協力が得られ、或いは、中国にもそのような農場が出来るかもしれないと思っていた。
可能ならば日本や満州で楽な生活を送りたいと思っている農民も多数に登り、日米戦争が始まった17年4月頃から、満州帝国が中国からの労働者受け入れも容認し始め、農村部から大量の労働者が満州へ流れ込んでいた。
満州に石油を含む地下資源が多く発見された事も労働者の流入に拍車をかけていた。
また、石炭液化技術を有する日本が、満州帝国内で掘り出した石炭を全て引き取り、液化石油を供給していた。
このため満州域にある石炭層の調査が進み、危険な坑道掘りではなく、大量の大型機械を用いた露天掘りがなされていたため、多くの労働者が必要となっていたのである。
日本と同様に満州帝国は大きな経済力をつけ始めていた。
サキが見通したとおり、日本側は既に植民地の全廃に向けて動き出している。
その上で、英国側に正式な植民地撤廃を要求したのである。
英国側も同条件の受け入れを拒否しているわけではない。
条件履行の期間をできるだけ長くするように要求してきたのである。
日本側は協定締結後3年以内の放棄を求めていたが、英国側は戦争終結後10年の猶予期間を求めたのである。
理由は投下資本の回収その他英国企業の内部事情によるものだったが、英国側主張の論拠は大雑把に過ぎると痛烈に批判を浴びた挙句、その翌日から日本側が内偵調査した資料を基に、多くの反証が挙げられ、英国側は大幅譲歩を迫られた。
その前日、バッキンガム宮殿へ暇乞いの挨拶に行き、女王陛下に目通りしてきた。
女王陛下は、同盟に対する結論の出ない状況にあっても天皇陛下あての親書をサキに託した。
その足でウエストミンスターにも赴き、チャーチル首相にも挨拶をした。
最終的な英国の判断は、チャーチルに委ねられていること、チャーチルは正式な協議を始める事を内定している事を打ち明けてくれた。
だが、それはドイツに内緒で行うべきではなく、4月以降に始まるだろうとの見込みをサキに伝えたのである。
サキ達の当面の任務は、達成されたのである。
協議の場に英国を引きずり出す事が総帥と天皇陛下から託されたもう一つの任務であったからである。
おそらく4月から始まる協議には、洋子と美保が行く。
その頃サキと絵里子は大西洋に派遣されているはずである。
◇◇◇◇
サキが日本に戻ったのは17年3月20日の夕刻である。
陛下に帰朝報告をし、英国女王の親書を渡したのは翌日である。
その足で宏禎王殿下に報告し、すぐに下田の海底基地から沖で待機する青龍に戻った。
青龍は鳳凰とともに大西洋を目指す。
二隻の潜水空母は最大速度で太平洋を南下、ホーン岬を回って大西洋に入る。
大西洋に派遣されていた玄武と白虎の2隻と交代するのである。
青龍と鳳凰が大西洋に入った時点で、アイスランド沖で待機に入る。
それまで展開していた玄武と白虎は南下を始めているはずである。
青龍があらかじめ定められた待機ポジションに到着したのは3月27日であり、玄武と白虎が日本に戻るのは4月3日になるだろう。
その後、白虎はマリアナ諸島の海底基地で休息に入る。
玄武も下田沖で洋子と美保を降ろしてマリアナで休息に入ることになっている。
4月1日、英国から正式協議開催の打診があった。
協議は英国の希望で、フォークランド諸島で開催されることになった。
この時点では、報道もなされていたことから英国との協議開催の話は当然にドイツに知られている。
駐日独大使から当然のように抗議と協議中止の申し入れが日本政府になされ、同時に同盟が締結されれば両国の関係に深刻な影響を与えるであろうとの警告が発せられた。
英国国内での協議開催はドイツ空軍の手による爆撃等の危険があり、派遣大使等の生命も危ぶまれた。
そのために英国はフォークランドを選んだのである。
開催期日は両国の事前協議の結果4月20日と決定した。
1942年(昭和17年)4月20日、フォークランド諸島には、英国艦隊旗艦のプリンス・オブ・ウェールズが多数の艦船と共に停泊していた。
英国全権大使一行を本土から輸送して来たのであり、同時にドイツ海軍の襲撃に備え、厳重な警護に入ることになっている。
フォークランドの現地時間午前10時の時点で、日本の一行は未だ到着していない。
事前協議において、予め、日本側からは航空機で代表団が向かうとの連絡が入っていた。
協議に当たった英国外交官は航空機により米国経由で来るのだろうと特段不思議にも思わなかった。
この4月からは、米国のハワイ、サンフランシスコ、ワシントンなどに日本の航空会社が運行を始めていたからである。
無論、英国までの路線はないし、フォークランド諸島にまで到達できる航空路線などない。
フォークランドには英軍が管理する800mの滑走路を持つ飛行場があるだけであり、時折、アルゼンチンとの不定期の小型旅客機が飛来する程度である。
大使館等との事前協議で日本政府の要請を受け、飛行場は急遽1200mまでに延長されていた。
交渉協議は午後2時からの予定である。
空には警戒のために複数の哨戒機が配置についている。
だがその哨戒機も気付かないほど高空を飛来する航空機があった。
4発のターボジェット大型輸送機「天鶴」である。
高度1万五千メートルを時速約千キロで飛行し、日本から直接フォークランドへ向かっているのである。
フォークランドへ装備されたばかりのレーダーが機影を捉えたときは、既にフォークランドまで僅か50キロにまで迫っていた。
その滑走路に着陸態勢に入った航空機を見て、誰しもがその威圧的なまでに巨大なシルエットに驚いた。
イギリスにも試験的に製造した4発機が無いわけではないが、優にその倍近くの大きさに見える。
滑走路の端ギリギリにランディングした機体は、そのまま、鋭い金属音を発しながら一気に滑走路を走って中央を過ぎて行く。
誰しもが、これでは明らかに滑走路が短かすぎるのではないかと焦り、悲惨な航空機事故を予期したが、急速にブレーキがかかり、滑走路の殆ど端で速度を落とし、機体はゆっくりとUターンした。
巨大な航空機は、歓迎の一行が待つ中央エプロンに停止した。
見上げるばかりの高さにコックピットがあり、機体を支える車輪も見たことがないほど巨大である。
機体の長さは優に100mを超えているが、翼長はさらに長い。
従来の形に比べて翼が異様に後退しているのが特徴的である。
胴体部に覗く窓の多さから見て、おそらくは200人以上が乗れる旅客機であろう。
これほど巨大な航空機は英国では製造できないし、ましてや地球を半周する航空機が登場するなど考えもしなかった。
この航空機ならば、日本から北極圏経由で英国に直接乗り入れることが楽に出来るはずである。
駐日英国大使館のMI6要員もこのような航空機が日本に存在することさえ掴んではいなかった。
日本からフォークランドまで凡そ2万キロ、航空機は20時間をかけてやって来たのである。
燃料は片道に足るだけはあるが、帰りの分は、別途油槽船と貨物船がフォークランドにタンクローリーやその他の支援機材を5日以内に運び込むことになっていた。
代表団は日本の実力に改めて驚き、同時にひしひしと無言の威圧を感じてもいた。
機体の前部にあるドアが開いて簡易な折りたたみ式階段が機内から地上に降ろされる。
油圧式であろうか、階段が実にスムーズな動きで静かに地面に接地すると、漸く、機内出口に人影が見えた。
地上で待機していた新聞社のフラッシュが多数焚かれる中を、小柄な男を先頭に代表団とスタッフが降りてきた。
今回は6名の代表団以外に支援スタッフが12名、報道関係者が6名である。
地上で出迎えの全権大使らと挨拶を交わし、一同は、会議場であるホテルへと向かった。
現地時間4月20日午前11時のことである。
一行の中には、洋子と美保がいた。
全権大使は、吉田茂である。
今回は外務省欧亜局長岡島茂之が次席代表である。
洋子と美保は、前回と同じく内務省事務官兼外務事務官の肩書きである。
協議が始まったが、最初に同盟ありきでスタートすることには協議開催を呼びかけた英国側も同意した。
難航したのは日本側が条件としている英国海外領土の放棄であった。
既に、日本は4月1日の時点で、朝鮮半島と台湾に関し、その独立と帰属を問う住民投票について、今後のスケジュールを内外に発表していた。
同時に満州帝国領域からは日本軍の撤退を開始したが、遼寧、熱河、山東の三省には依然として40万の陸軍を置いている。
満州鉄道の警備という名目で置かれていた関東軍は廃止され、代わりに三省を鎮撫する軍監が、三省の行政を司る総督府の指揮下に置かれた。
総督は文官であり、軍人出身者は総督に配置できない事となっていた。
未だ国民党政府と中国共産党による覇権争いは続いていたが、徐々に中国共産党が駆逐されつつあった。
主たる原因は共産党の指導者であった者が昨年暮れに相次いで病死したことにある。
後継者はそれまでの指導者に比べるとカリスマ性も無く、党自体が二つないし三つに分派して内部抗争を始めた事から、中国共産党が一枚岩でなくなったのである。
国民党政府は蒋介石が徐々に頭角を現し、地方軍閥を取りまとめる一方、日本からの武器供与、経済協力などを梃子に、民心を掴み始めていた。
中国にとって、日本の経済発展は嫉妬さえ感ずるほどの急成長ぶりであり、アジア希望の星でもあったのである。
一時期の反日感情は鳴りを潜め、日本との友好に積極的な考えが主流を占めていた。
日本は中国撤退に際し厳格なまでに約束を守り、戦時補償は行わないが、可能な経済協力を惜しまなかったのである。
特に経済援助は地方の農村に対して積極的に行われたことから、共産党と地方農村との結びつきに隙間風が差し込むようになったのも事実であり、また、彼らは満州や朝鮮半島でも日本の実験農場が成功している事例を噂で耳にしていた。
国民党政府にも共産党にもそのような力は無いが、少なくとも国民党政府についている限りは日本からの協力が得られ、或いは、中国にもそのような農場が出来るかもしれないと思っていた。
可能ならば日本や満州で楽な生活を送りたいと思っている農民も多数に登り、日米戦争が始まった17年4月頃から、満州帝国が中国からの労働者受け入れも容認し始め、農村部から大量の労働者が満州へ流れ込んでいた。
満州に石油を含む地下資源が多く発見された事も労働者の流入に拍車をかけていた。
また、石炭液化技術を有する日本が、満州帝国内で掘り出した石炭を全て引き取り、液化石油を供給していた。
このため満州域にある石炭層の調査が進み、危険な坑道掘りではなく、大量の大型機械を用いた露天掘りがなされていたため、多くの労働者が必要となっていたのである。
日本と同様に満州帝国は大きな経済力をつけ始めていた。
サキが見通したとおり、日本側は既に植民地の全廃に向けて動き出している。
その上で、英国側に正式な植民地撤廃を要求したのである。
英国側も同条件の受け入れを拒否しているわけではない。
条件履行の期間をできるだけ長くするように要求してきたのである。
日本側は協定締結後3年以内の放棄を求めていたが、英国側は戦争終結後10年の猶予期間を求めたのである。
理由は投下資本の回収その他英国企業の内部事情によるものだったが、英国側主張の論拠は大雑把に過ぎると痛烈に批判を浴びた挙句、その翌日から日本側が内偵調査した資料を基に、多くの反証が挙げられ、英国側は大幅譲歩を迫られた。
13
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか
サクラ近衛将監
ファンタジー
レブナントとは、フランス語で「帰る」、「戻る」、「再び来る」という意味のレヴニール(Revenir)に由来し、ここでは「死から戻って来たりし者」のこと。
昭和11年、広島市内で瀬戸物店を営む中年のオヤジが、唐突に転生者の記憶を呼び覚ます。
記憶のひとつは、百年も未来の科学者であり、無謀な者が引き起こした自動車事故により唐突に三十代の半ばで死んだ男の記憶だが、今ひとつは、その未来の男が異世界屈指の錬金術師に転生して百有余年を生きた記憶だった。
二つの記憶は、中年男の中で覚醒し、自分の住む日本が、この町が、空襲に遭って焦土に変わる未来を知っってしまった。
男はその未来を変えるべく立ち上がる。
この物語は、戦前に生きたオヤジが自ら持つ知識と能力を最大限に駆使して、焦土と化す未来を変えようとする物語である。
この物語は飽くまで仮想戦記であり、登場する人物や団体・組織によく似た人物や団体が過去にあったにしても、当該実在の人物もしくは団体とは関りが無いことをご承知おきください。
投稿は不定期ですが、一応毎週火曜日午後8時を予定しており、「アルファポリス」様、「カクヨム」様、「小説を読もう」様に同時投稿します。
リヴァイヴ・ヒーロー ~異世界転生に侵略された世界に、英雄は再び現れる~
灰色キャット
ファンタジー
「君に今の時代に生まれ変わって欲しいんだ」
魔物の王を討伐した古き英雄グレリア・ファルトは死後、突然白い世界に呼び出され、神にそう言われてしまった。
彼は生まれ変わるという言葉に孫の言葉を思い出し、新しい人生を生きることを決意した。
遥か昔に生きていた世界がどう変わっているか、発展しているか期待をしながら700年後の時代に転生した彼を待ち受けていたのは……『英雄召喚』と呼ばれる魔法でやってきた異世界人の手によって破壊され発展した――変貌した世界だった。
歴史すら捻じ曲げられた世界で、グレリアは何を求め、知り……世界を生きるのだろうか?
己の心のままに生き、今を知るために、彼は再び歴史を紡ぐ。
そして……主人公はもう一人――『勇者』、『英雄』の定義すら薄くなった世界でそれらに憧れ、近づきたいと願う少年、セイル・シルドニアは学園での入学試験で一人の男と出会う。
そのことをきっかけにしてセイルは本当の意味で『勇者』というものを考え、『英雄』と呼ばれる存在になるためにもがき、苦しむことになるだろう。
例えどんな困難な道であっても、光が照らす道へと……己の力で進むと誓った、その限りを尽くして。
過去の英雄と現代の英雄(の卵)が交差し、歴史を作る!
異世界転生型アンチ異世界転生ファンタジー、ここに開幕!
――なろう・カクヨムでも連載中――
【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!
HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。
跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。
「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」
最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました
三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。
助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい…
神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた!
しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった!
攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。
ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい…
知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず…
注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。
現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~
はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。
病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。
これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。
別作品も掲載してます!よかったら応援してください。
おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる