妓楼の楼主に転生しました

さくら優

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2.通る道

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風呂から上がって部屋に戻る途中で、ふと音楽が聞こえてきて、俺は方向を変えた。

音の根源の部屋に近付き、そっと中を覗くと、藤花の部屋付きの新造である睡蓮すいれんが、琴の練習をしているところだった。

俺に気付いた睡蓮は、はっとして手を止める。

「悪い、邪魔したか?」
「いえ。お疲れ様です」

礼儀正しく頭を下げる。

新造とは、うちでは花魁見習いの娼妓、つまり振袖新造のことを指す。花魁の世話をしたり、花魁が1度に複数人の予約客をとっていたりする際に、客の話し相手になったりする役目の妓だ。
睡蓮は幼い頃から目をかけ、将来を期待していた妓だった。少々大人しすぎるきらいがあったため、藤花の部屋付きにしたのだけれど、持ち前の品の良さは失われておらず安心した。

俺のことは気にせず練習を続けるよう言うと、素直に頷いてまた琴を弾き始める。

しばらくそれを眺めてから、俺はそっと部屋の戸を閉めた。それから、少し考え藤花の部屋へ向かった。


   ✦✦✦

「藤花、入っていいか?」
「? どうぞ~」

廊下から声をかけると、中からのんびりした返事が聞こえてきた。

「なんかあった?」
「⋯さっきの、風呂でお前が訊いてきたことの続きを話そうと思ってな」
「ああ、アレ」

真面目な話であることを察したのか、藤花は姿勢を正すように座り直す。
俺も正面に置かれた座布団の上に正座した。

「そろそろ、睡蓮にも一人前の娼妓として客をとってもらおうと思う」
「⋯そっか」

藤花は、僅かに辛そうに目を細めたものの、それ以上の反応は見せなかった。

「それでお前には、部屋付きの妓が1人減る分、もう1人禿の面倒をみてもらいたい」
「うん。それはまあ、全然いいよ、俺はいつでも。睡蓮と被ったって構わないし」

藤花は視線を逸らすようにして、窓の外を見つめた。最上階のこの部屋からは、大門の向こう側まで見えそうだった。

「睡蓮の水揚げの相手って、もう決まってるの?」
「いや。何人か候補はいるけど」
「候補⋯」
「そんな顔するな。⋯悪いようにはしないさ」

睡蓮には、将来藤花のようなお職を張れるほどの花魁になってもらいたいと思っている。水揚げ、つまり初夜の相手には、太客になってくれそうな、それなりの客を付けるつもりだった。

「それはまあ、信用はしてるけど」
「事前の準備もするしな」
「誰が?」
「誰って⋯」

準備というのは、いきなり客の相手はさせられないので、その練習のような、調教とまではいかないが、まあそんなものだ。
この辺りは裏方の人間がする。今回に関しては俺が対応しようと思っている。

「智陽が?」
「楼主って呼べ」
「楼主自らやる仕事?」
「別に誰がやったっていいだろう」
「じゃあ俺がやる」
「なんでだよ」

それこそ花魁の仕事ではない。

「睡蓮は、俺の大事な弟みたいなもんだし、下手なやつに任せられない」
「俺が下手だって言いたいのか?」

下手の意味が違うことはわかってはいたが、こっちも楼主としての立場があるので言い返す。しかし、

「俺よりはね」

自信満々に妖艶な笑みを向けられてしまった。そりゃ閨事で花魁に敵うわけないだろう。

それでも俺が渋っていると、藤花はぽんと手を打った。

「わかった。じゃあこうしよう。智陽がちゃんと出来るのかどうか、俺がテストする」
「⋯へ?」

テスト?

「ど、うやって?」
「だから、睡蓮とする前に、俺としよう」
「⋯⋯は?」

俺はぽかんと口を開けたまま、藤花の言葉を反芻した。

ちょっと、いったん話を整理しよう。

水揚げ前に、後ろを慣らしたりだのなんだのを俺が対応するのが、藤花は不満らしい。多分自分より下手だから。

で、俺がちゃんと出来るのかを、藤花がテストをすると言う。自ら。身体を張って。

「いや駄目だろう!」
「なんで?」
「なんでって⋯」

え、いいの? 駄目だろ? だって色子は店の商品だ。その中でも最上級の花魁に手を出すなんて。

「俺がいいって言ってるんだし、智陽がいいなら問題ないっしょ。っていうか、これはテストだから。大事な弟を任せられるかの」
「⋯わかった」

この時、俺は頭の中で様々な言い訳を並べ立てていた。

そう、これはテストだ。
こんなチャンス2度とないだろうとか、欲望に負けたとかではないのだ。

決して。
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