【完結】その仮面を外すとき

綺咲 潔

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1話 静寂

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 それはとても長い時間だと感じた。風邪をひき倒れてしまってから、どれほどの時間が経ったのだろう。熱に浮かされながらも、ようやく薄っすらと目を開けることができた。

「――――――――――」
「――――――――――――――――」

 お父さんとお母さんが何か話している。

「おとう……おか……」

――あれ? 声が出ないわ。
 何で? 頭も痛くて割れそう。

 無理に声を出そうとしたせいか、目覚めたばかりの時よりも頭痛がひどくなったような気がする。そんな私の様子に気付いてか、お父さんとお母さんは慌てた様子で話しかけてきた。

「――――――――――!」
「――――――――!」

 私に向かって何かを話しかけながら、お父さんもお母さんも涙ぐんでいる。

――お父さん、お母さん、何て言っているの?
 聞こえないわ。
 もっと聞こえる声で言ってよ。

「もっ……きこ……えで」
「――――――――――?」
「――――――――――――――――?」

 私がうまく声を出せないから、お父さんもお母さんも困った顔をしている。けれど、お父さんとお母さんの声も、自分が話している声も聞こえない。

「き……えなぃ。な……も……こえない」

 何も聞こえない上に、上手く話すことができないもどかしさから、自然と涙が出てきた。その様子を見て、お父さんは慌てた様子で家を飛び出て行ったかと思うと、お医者さんをわざわざ家まで連れて来た。

 お父さんが連れて来たお医者さんは、いつもは朗らかで優しい人だ。しかし、この日はどこか緊迫した硬い表情をしていたことを今でも覚えている。

 ベッドに横たわったままの私に、お医者さんが話しかけてきた。

「――――――――――――――――――――」

――口だけ動かされても何も分かんないよ……。

 口を動かすだけのお医者さんに戸惑っていると、お医者さんは鞄から紙を取り出した。そして、その紙に何かを書き始めるとすぐに筆を止めて、その紙を見せてきた。

『声か指で教えてね。1+1の答えは?』

 なぜ今そんなことを聞くのかと思いながらも、その質問に答えた。

「……2、です」

 そう答えたものの、上手く声を発することが出来なかったため、指をピースにして2であることを追加で示した。

 すると、そんな私を見たお母さんは私から背を向け、お父さんの胸元に顔を埋めるようにして肩を震わせ始めた。お父さんはというと、お母さんの背中にそっと手を添え、深刻そうな表情をしたままこちらを見ている。

――どうしてそんな顔で私を見るの?

 お父さんとお母さんの様子に、子どもながら困惑した。一方で、お医者さんは正解だというように頷くと、また新たに何かを紙に書き出した。そして、また新たに書いたものを見せてきた。

『今から生き物の名前を3種類言うよ。何の生き物を言ったか答えてね』

 その紙に書かれた内容を読み、私が軽く頷くのを確認すると、突然お医者さんは後ろを向いた。そうかと思えば、数秒後に私の方へと向き直り、新たな紙を見せてきた。

『今言った生き物を答えてくれるかな?』

――聞いてもいないのに答えろってどういうこと?

 まだ熱があるのだろう。フワフワとした頭でそんなことを思いながら、お父さんとお母さんに目をやった。すると、2人ともショックを受けたような表情で私のことを見ていた。

――私って、もしかして……。

 信じたくなかった事実に確信を持った私は、全身が凍り付くような恐怖に襲われた。そしてその日、お医者さんはお父さんとお母さんに告げた。

「お嬢さんは、耳が聞こえなくなっています」

 こうしてある日突然、私は耳が聞こえなくなり、私の世界は静寂に包まれた。熱は下がり風邪自体は完治したものの、耳が聞こえなくなった私の人生は大きく一変した。

 私が住む村は、学校が1つしかなかった。先生は家まで来て、耳が聞こえなくなったとしても、学校で授業を受けられる体制にすると言ってくれた。そのため、登校を再開することになり、久しぶりに教室に入った。すると、長い間会えなかった友人たちが駆け寄って来た。

「――――――――――?」
「――――――――――!」
「――――――――――?」

 耳が聞こえないという事情は、皆聞いているはずであろう。しかし、風邪を引くまでは普通に会話をしていたこともあってか、皆口々に何かを話しかけてくれている。

――どうしよう……。
 聞こえないから答えられないよ……。

 本当に聞こえなくなってしまったんだという喪失感と困惑の中、私は何とか言葉を紡いだ。

「ごめ……ね。きこ……なぃから、わか……なく……。……ぅまく、はなせな……の」

 自分の発言が聞こえないから、どれくらいの声量で話しているのかが分からない。もし仮に変な言い方をしていたらと思うと怖くなり、上手く話せなかった自覚もある。

 どうしようという不安に襲われ、自然と手足が冷たくなり冷や汗が出てきた。そんな時、1人の男の子が笑いながらこっちに向かって口を動かした。

「――――――――――――――――!」

 何を言ったのかは分からない。しかし、周りに居た子たちはその男の子に向かって怒り出した。

――何て言ったの?
 皆どうして怒ってるの?

 私だけがその場の事態を把握できないでいる中、いつもより早い時間であるにもかかわらず先生が教室に入って来た。すると、何人かが慌てた様子で先生に話しかけに行った。そうかと思うと、先生は怒りの表情でその男の子を連れてどこかに行った。

 その後、男の子からごめんと書かれた紙が渡された。何か嫌な気持ちになることを言われたのであろうことくらいは、さすがに察することができる。しかし、何を言われたのかは分からないままであった。

 そのため、分からない気持ち悪さはあったが、この話はこれで終わりと自身の中では終止符を打っていた。そんな考えだったからこそ、これが地獄のはじまりにすぎないということは、このときの私はまだ知るよしもなかった。

 その後も謝ったことは嘘かのように、男の子は同じような行動を繰り返した。すると、最初は怒っていた様子だった子のうち数人が、同じように男の子のマネをし始めた。

 その時期と重なるように、他の子たちからの反応も変わっていった。最初は耳が聞こえない私に対し、筆談を用いることで一緒に会話できるように配慮してくれていた。しかし、皆が楽しそうに話している輪の中に入ろうとすると、ある変化が訪れた。

 私の姿を見た途端、皆が避け始めたのだ。そして、いかにも邪魔だ、迷惑だというような表情をこちらに向けるようになった。

 私はそのとき悟った。耳が聞こえないから、皆本当は私のことを面倒がってるんだ、と。そのため、それ以来私は極力人に迷惑を掛けないようにしようと、皆の輪の中に入らないよう努力した。
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