【完結】その仮面を外すとき

綺咲 潔

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2話 地獄のはじまり

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 ある日のことだった。いつもは私の近くで会話しないはずの子たちが集まって来た。

「――――――――!」
「――――――――」
「――――――――!」

 何やら楽しそうにはしゃぎながら話している。いったいどんな楽しい話をしているんだろうか。私も皆みたいに耳が聞こえてたらな。そう思ってしまうほど、楽しそうな彼女らについ憂いの感情が生じる。

――前はあの輪の中に普通に入って、楽しく会話してたなんて嘘みたい……。

そんな光景を見ていると、羨ましいとさえ思ってしまう。だからこそ、真横で楽しそうに話している人たちを見て、私はまるでナイフで心を抉られたかのような気持ちになった。

 こうして私は隣でひっそりと憂鬱な気持ちに沈んでいたのだが、突然チラチラと彼女らがこちらを見始めた。耳は聞こえなくても、何となく視線は感じる。そのため、少しだけ彼女らの方に目をやると、そのうちの一人と偶然目が合ってしまった。

 私はどんな表情をしたら良いか分からず、気まずいながらもとりあえず笑みを返した。恐らく、苦笑いになっていたと思う。すると、皆もその子の視線を確かめるように、こちらに顔を向けた。その瞬間、その場の皆がより盛り上がった様子で大笑いの動きや表情をし、その後も同じ調子で話を続けた。

 そんななか、突然先生が教室に入って来たかと思うと、憤怒の表情で先ほどまで笑っていた子たちに対して、恐らく怒鳴りつけた。これほどまでに怒った先生の表情は久しぶりに見た。そして、先ほどまで笑っていた子たちの表情は、先生の怒りによって一気に凍り付いた。

 後日、唯一仲良くしてくれていたヘーゼルに頼み込んで聞くと、私の悪口をわざと私の前で言って、聞こえないから自分の悪口を言われていても笑っていて面白いと嘲笑していたのだと分かった。そのような出来事があって以来、あからさまにいじめが始まった。

 耳が聞こえない分、私は以前よりも読書に費やす時間が増えていた。学校でも、皆と話していた時間は必然的に読書の時間へと移行した。この読書だけが、学校内で私の現実逃避のツールになっていた。

――さあ、今日はあの続きからね!
 楽しみっ!

 続きを楽しみにウキウキしながら、しおりを挟んでいたページを開くと、本の隙間から1枚の紙がハラリと床に落ちた。

 私は、しおり以外にこんな紙挟んだ覚えはない。床に落ちた紙を見てみると、何やら文字が書かれていた。その文字が気になり落ちた紙を拾い上げたのだが、その内容を見て私は身体が固まった。


『お前はみんなにとってただのお荷物、じゃまなんだよ。何で学校に来るの? というか、お前のせいでおこられたんだけど。最低』


 本当にショックだった。こう思っている人が少なくとも1人はいるからだ。誰かは分からないが、1人いるということは他にいてもおかしくない。それに、こんなことを書きそうな人を想像しただけでも、数人は頭に浮かんでしまう。

 この紙を見た瞬間、最近の出来事も相まって、自分はこの世に存在してはいけない人間のような気持ちになってくる。私はこの拾ってしまった紙をどうするべきか分からなかった。

 しかし、手元には置いておきたくなかったため、私は誰にも知られないようにそっとその紙を棄てた。すると、次の日の朝もノートの端切れのような紙が本に挟まれていた。


『いいかげんメイワクって気付いたら? 何で生きてるの? つらくないの? 人にメイワクかけながら生きるのって楽しい?』


 以前の私であれば、よくもこんな酷いことが書けたもんだ。こんなにも酷いことをするなんて、人のすることじゃないと思ったに違いない。

 しかし、配慮という名目で人に迷惑をかけている自覚があるからこそ、こんな酷い言葉は無視したらいいと考えることは到底不可能であった。

 むしろ、日常生活において心当たりがあるからこそ、その言葉一つ一つが深く心に突き刺さった。心が見えるとするならば、剣やナイフ、矢が刺さって失血多量寸前の様子に違いない状態に違いないだろう。

 こうして本に挟まれるようになった謎の紙だが、誰が書いているかが一向に分からない。だからこそ、周りに居るすべての人間が敵に見えてくる。

 そんな状況であったため、私の近くで楽しそうに話している人を見ると、自身の悪口を言っているのではないかと気が気でない。絶対に違うと分かっているのに、ヘーゼルでさえも疑いそうな自分に自己嫌悪の気持ちが募る。

――周りの人にこれ以上迷惑を掛けたくないし、掛けられないよ。
 だけど、お父さんやお母さんにいじめられているなんて絶対に言えない……。

 この謎の紙は見つけた日以来、毎日続いていた。本を置かなくなると、机やポーチの中に隙を見て入れられるようになった。そして、常に同じ筆跡では無いことにも気が付いてしまった。

 そのほかにも、私に近付いてきたかと思うと、突然ひそひそ話をするように耳に顔を近づける人や、突然耳の近くで拍手するように手を叩く人も出てきた。おそらく、耳元で大きな声で叫んだり、衝撃音を出したりして、それでも聞こえない私の反応を楽しんでいるのだろう。

 私には足音が聞こえないことを利用して、後ろから走って近付き突然ぶつかって理不尽に怒ってくる人や、突然後ろから服の襟を引っ張り背中に虫を入れてくる人もいた。虫嫌いなことを知っているからこそ、こういう手段を取り私が泣いて慌てる反応を見て楽しんでいたのだ。

 絶対におかしいと思える状況にも関わらず、以前の私ならできたはずの反論ができない。下手に反撃したら、これ以上のことをされるかもしれないと思うと怖かったからだ。こうしてされるがままの己自身や、ここまでされているのに本当に音が聞こえないという現実に私は絶望した。

 しかし、このような常態化したいじめを隠し通せるわけがなかった。私はこのつらさに耐えきれず、何かと理由を付けて学校を休みがちになっていた。するとある日突然、お父さんとお母さんが無理して学校に行かなくてもいいと言い始めた。

 なぜ突然そんなことを? と思ったが、ヘーゼルがお父さんやお母さんに学校での出来事を伝えたことが、そのきっかけになったと後に分かった。正直、隠していたことを勝手にお父さんやお母さんに伝えたヘーゼルに対して、恨めしい気持ちが出てくるかと思った。

 だが、実際にはこんな私がこの世に踏み止まるきっかけをくれたのだと感謝の気持ちしかなかった。その気持ちは、私がまだ最低な人間になっていないと、その時点で確信できる唯一の感情だったと今なら思える。
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