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番外四十二(抜け番外は非公開ですが読むのに問題なし)悪魔メイドダリオと赤い靴の少女焼殺事件
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「奇妙なことが起きていて⋯⋯奇妙といっても、その、現実味のない⋯⋯」
バーンズ准教授の話はこうだった。
まずは、この婚礼靴を手にしてから、数日もしない晩だったか。
オルディア地方で間違いないと思う。刺繍入りのジレ、チョッキみたいなものを男性は着ていたし、帽子もそうだ。女性はカミスと呼ばれる長衣にズボンを合わせていたからね。
それで⋯⋯一人の女性が、家から引きずり出される。
たぶん叫んでいるのだと思う。
声がうまく聞き取れなくてね。砂嵐みたいなざあざあする感じだ。
男たちは笑っているようだった。まるで悪魔の群れみたいに興奮していたよ。
詳しくは言いたくないが、靴を脱がせていた。あの地方だと、〝この者は家の名誉をもたずに死んだ〟という意味合いになるのだろう。
懲罰的かつ追放行為だね。
ああ、そうつまり、焼き殺されていた。
うん、ショックだよ。
私にそんな嗜好はない。
心療内科でも問題なかった。
つまり、私は望みもしないスナッフフィルムを毎晩みせられているようなもので⋯⋯そう、毎晩なんだ。
おまけに、昼間も、講義中に焼け焦げた臭いを感じたり、後ろで、なにか⋯⋯布靴でステップを踏むような音が聞こえたり⋯⋯この間は、椅子を動かすと煤が落ちていた。
きわめつけが、ベッドを降りたら、なにがあったと思う。
煤の足跡だ。裸足の。
悪夢が現実を侵食している。
頭がおかしくなりそうだ。
バーンズ准教授の説明に、なるほど、とダリオは頷いた。
「先生は、原因がこの婚礼靴にあると?」
「そう思う。他に思い当たりもないし⋯⋯あ、」
バーンズは口元に手をやると、ゆっくりと外してみせた。
「いや、これは思い当たることではないんだが、夢の中で、視点がいつもおかしくてね」
「というと」
「私は傍観者視点のように、その、焼殺事件を見ている。だが、いつも仰ぎ見るようにしていて⋯⋯見たくないのに視線も逸らせない。まるでがっちり肩も頭も押さえつけられてるようなんだ」
「あー⋯⋯もしかしたら、背の低い⋯⋯子どもの視点みたいな?」
「ああ、そうだな。と言ってもさほど小さい感じでなく⋯⋯たぶん、10代の少女くらいの⋯⋯」
「うーん⋯⋯わかりました。ちょっと調べてみます。古物商だけ紹介してくれませんか」
「もちろんだよ。これが古物商の店の名刺で⋯⋯ああ、あとで私からも連絡を入れておく」
「助かります。それから、こういう婚礼靴って、よく市場に出るものなんですか?」
「そうだな。婚礼靴が市場に出回るパターンは五つある。現実でもっとも多いパターンは一つ目、遺品整理だな。あとは、二つ目、経済的な理由による売却。三つ目、博物館や個人収集家からの流出。四つ目、土地の開発や戦災などによる出土や流出。五つ目は模造など観光民芸品ルートだろう」
さすが准教授、当意即妙に答える。
「なるほど。ちなみに、バーンズ先生はどれにあたると思われますか」
「うーん⋯⋯それも少し引っかかっているんだよ。おそらく遺品整理ではないと思う。店主はそんな感じではなかった。博物館もそうだが、個人収集家で最近、大量にコレクションを手放したとか、亡くなったという話も聞かないし、これだけきれいだと出土品でもない。使われた形跡があるので、個人のものだな⋯⋯刺繍の内容も変わっているし、最近まできちんと個人が保管していたものだと思う」
なんかちょっと気持ち悪いな⋯⋯と思ったのが、顔に出たのかもしれない。
バーンズ准教授は眼鏡をかけ直した。
「最近は個人情報にうるさいからね。個人から直接に売られたものとなると、私にはお手上げだよ」
「他に気にかかることはないでしょうか」
「そうだな⋯⋯あとは、悪夢の内容は、はっきりとは言えないが、名誉殺人の慣習と近いとは思う」
「あー、名誉殺人っていうと」
「〝家族や一族の名誉を汚した〟とされる女性、まれに男性を、親族が自ら殺害する行為を指すね。ただ、女性は若い男たちに引きずり出されていたので、広義的名誉殺人の可能性がある」
バーンズ准教授は、コーヒーを一口飲んだ。
「結論から言うと――〝女性が求婚・交際・性関係や結婚を拒否したなどを理由に、男たち複数人が集団で殺害する場合〟も、広義には名誉殺人(honor killing)の一種とみなされる。報復殺人と混同されることもあるが、名誉殺人と呼べるのは――殺害の「動機」が“名誉の回復”にあるかどうかだ」
あー⋯⋯とダリオは考えて、なんとなくわかるような気がした。
「メンツ問題に関わると名誉殺人ですか?」
「そのとおり。たとえば、〝自分または仲間の求愛を拒んだ〟〝男の顔をつぶしたまたは恥をかかせた〟〝家族・村の名誉を傷つけた〟。こうした理由で〝恥をそそぐため〟に殺した場合、たとえ加害者が複数人の男性であっても、国連や人権団体は名誉殺人に分類する」
ダリオは飲み込んだ。
「つまり、先生はもう悪夢自体は、その広義的名誉殺人だろうと見当をつけてるんじゃないですか? たぶん、動機も」
バーンズ准教授は気まずそうにコーヒーを啜り、ぐるりと灰色の目を回して、肩をすくめた。
バーンズ准教授の話はこうだった。
まずは、この婚礼靴を手にしてから、数日もしない晩だったか。
オルディア地方で間違いないと思う。刺繍入りのジレ、チョッキみたいなものを男性は着ていたし、帽子もそうだ。女性はカミスと呼ばれる長衣にズボンを合わせていたからね。
それで⋯⋯一人の女性が、家から引きずり出される。
たぶん叫んでいるのだと思う。
声がうまく聞き取れなくてね。砂嵐みたいなざあざあする感じだ。
男たちは笑っているようだった。まるで悪魔の群れみたいに興奮していたよ。
詳しくは言いたくないが、靴を脱がせていた。あの地方だと、〝この者は家の名誉をもたずに死んだ〟という意味合いになるのだろう。
懲罰的かつ追放行為だね。
ああ、そうつまり、焼き殺されていた。
うん、ショックだよ。
私にそんな嗜好はない。
心療内科でも問題なかった。
つまり、私は望みもしないスナッフフィルムを毎晩みせられているようなもので⋯⋯そう、毎晩なんだ。
おまけに、昼間も、講義中に焼け焦げた臭いを感じたり、後ろで、なにか⋯⋯布靴でステップを踏むような音が聞こえたり⋯⋯この間は、椅子を動かすと煤が落ちていた。
きわめつけが、ベッドを降りたら、なにがあったと思う。
煤の足跡だ。裸足の。
悪夢が現実を侵食している。
頭がおかしくなりそうだ。
バーンズ准教授の説明に、なるほど、とダリオは頷いた。
「先生は、原因がこの婚礼靴にあると?」
「そう思う。他に思い当たりもないし⋯⋯あ、」
バーンズは口元に手をやると、ゆっくりと外してみせた。
「いや、これは思い当たることではないんだが、夢の中で、視点がいつもおかしくてね」
「というと」
「私は傍観者視点のように、その、焼殺事件を見ている。だが、いつも仰ぎ見るようにしていて⋯⋯見たくないのに視線も逸らせない。まるでがっちり肩も頭も押さえつけられてるようなんだ」
「あー⋯⋯もしかしたら、背の低い⋯⋯子どもの視点みたいな?」
「ああ、そうだな。と言ってもさほど小さい感じでなく⋯⋯たぶん、10代の少女くらいの⋯⋯」
「うーん⋯⋯わかりました。ちょっと調べてみます。古物商だけ紹介してくれませんか」
「もちろんだよ。これが古物商の店の名刺で⋯⋯ああ、あとで私からも連絡を入れておく」
「助かります。それから、こういう婚礼靴って、よく市場に出るものなんですか?」
「そうだな。婚礼靴が市場に出回るパターンは五つある。現実でもっとも多いパターンは一つ目、遺品整理だな。あとは、二つ目、経済的な理由による売却。三つ目、博物館や個人収集家からの流出。四つ目、土地の開発や戦災などによる出土や流出。五つ目は模造など観光民芸品ルートだろう」
さすが准教授、当意即妙に答える。
「なるほど。ちなみに、バーンズ先生はどれにあたると思われますか」
「うーん⋯⋯それも少し引っかかっているんだよ。おそらく遺品整理ではないと思う。店主はそんな感じではなかった。博物館もそうだが、個人収集家で最近、大量にコレクションを手放したとか、亡くなったという話も聞かないし、これだけきれいだと出土品でもない。使われた形跡があるので、個人のものだな⋯⋯刺繍の内容も変わっているし、最近まできちんと個人が保管していたものだと思う」
なんかちょっと気持ち悪いな⋯⋯と思ったのが、顔に出たのかもしれない。
バーンズ准教授は眼鏡をかけ直した。
「最近は個人情報にうるさいからね。個人から直接に売られたものとなると、私にはお手上げだよ」
「他に気にかかることはないでしょうか」
「そうだな⋯⋯あとは、悪夢の内容は、はっきりとは言えないが、名誉殺人の慣習と近いとは思う」
「あー、名誉殺人っていうと」
「〝家族や一族の名誉を汚した〟とされる女性、まれに男性を、親族が自ら殺害する行為を指すね。ただ、女性は若い男たちに引きずり出されていたので、広義的名誉殺人の可能性がある」
バーンズ准教授は、コーヒーを一口飲んだ。
「結論から言うと――〝女性が求婚・交際・性関係や結婚を拒否したなどを理由に、男たち複数人が集団で殺害する場合〟も、広義には名誉殺人(honor killing)の一種とみなされる。報復殺人と混同されることもあるが、名誉殺人と呼べるのは――殺害の「動機」が“名誉の回復”にあるかどうかだ」
あー⋯⋯とダリオは考えて、なんとなくわかるような気がした。
「メンツ問題に関わると名誉殺人ですか?」
「そのとおり。たとえば、〝自分または仲間の求愛を拒んだ〟〝男の顔をつぶしたまたは恥をかかせた〟〝家族・村の名誉を傷つけた〟。こうした理由で〝恥をそそぐため〟に殺した場合、たとえ加害者が複数人の男性であっても、国連や人権団体は名誉殺人に分類する」
ダリオは飲み込んだ。
「つまり、先生はもう悪夢自体は、その広義的名誉殺人だろうと見当をつけてるんじゃないですか? たぶん、動機も」
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