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番外四十二(抜け番外は非公開ですが読むのに問題なし)悪魔メイドダリオと赤い靴の少女焼殺事件
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「ご主人様は⋯⋯」
「バーンズ准教授とか先生でよいよ」
あっ、いいんだ、とダリオは目を瞬かせた。
「そこにかけたまえ⋯⋯ああ、すまないね。こういう場所に慣れなくて。学生相手だと、まるで自分の研究室のように振る舞ってしまうな⋯⋯」
「はあ、戸惑うのもご尤もだと思います」
「うん、本当に戸惑うよ。君、私の講義に出たこともあるだろう」
「ありますね」
バーンズ准教授は梅干しを口に突っ込まれたような沈痛な面持ちをした。普段はパーカーにジーンズの教え子が、ミニスカ悪魔っ子魔女っ子スタイルで、「ご主人様♡」と出迎えたら、確かにこんな顔にもなるだろう。
しかし、なんとか切り替えたらしい。
「実は、少し⋯⋯かなり悩まされてることがあって、まあなんというか、君を紹介されたんだ。ええと、自宅兼事務所? というのも聞いてはいたんだが、生徒の自宅にお邪魔するのも気が引けて⋯⋯それなら、《クラブ・ラビット・ホール》に行けばいいと教えてもらってね」
「あーなるほど、了解しました。ご指名もいたただいてますので、プライベートなお話も問題ないです。しかし、紹介されてここにっていうのもけっこう思い切られましたね」
「まあ⋯⋯かなり切羽詰まっててね。身の回りでおかしなことが起きるというか⋯⋯色々手は尽くして、心療内科にも通ってみたが、何も効果はないし、もうなんでもいいから、藁にも縋りたい気分だったんだ」
「ご事情伺います」
ダリオはいつものモードで淡々と応じた。
バーンズ准教授はかえって安心したらしい。
包みを出すと、「靴なんだけれども、敷布を広げるので、出しても構わないかな」と少し困ったように尋ねてきた。
テーブルの向こうにいる店長に視線をやると、「OK」とウィンクされる。
店長がOKならOKだ。
ダリオは「大丈夫です」と頷いた。
明らかにバーンズ准教授はほっとして、包みを開いてみせた。
子どもの靴?
一瞬ダリオは錯覚した。
それほどに、小さく、柔らかな、金銀の糸で刺繍された布靴だったからだ。
バーンズ准教授はダリオの疑問を悟ったらしい。苦笑しつつ、大事そうに包みを広げた。
「これは、オルディア地方の婚礼靴だよ」
「婚礼靴⋯⋯結婚の時に、履く靴ですか⋯⋯」
それにしては小さいな、と思ったのが表情に出ていたらしい。
「小さめの靴を花嫁に贈るのが通例でね。まあ分類的には纏足の類かな」
あ、纏足ってわかるかい、と尋ねられ、さすがに頷いた。
女性の足を布などで縛り、その成長を阻害し変形させて小さくする慣習である。理想的な足の小ささを「三寸金蓮」とも称え、女性らしさの象徴とされたが、健康被害や歩行困難などから、時代とともに廃れていった。
「私はこういう婚礼靴を集めていて⋯⋯いや、誤解しないでほしい。伝統靴や民族刺繍靴のコレクターというのは、世界的にちゃんと存在するんだ」
「あの、俺何も言ってないです」
「⋯⋯すまない。嫌な目で見られることもあってね。最近、どうにも目が厳しくてね」
バーンズ准教授は意味もなく眼鏡を指で押し上げた。
「結論を言うと、この婚礼靴を手に入れてから、悪夢を見るようになったんだが⋯⋯どうにも説明しづらいな」
まだ躊躇があるのか、バーンズ准教授は眼鏡をとり、首を振った。
「ええと、でしたら、まず先にこの靴について教えて頂けますか」
ダリオは話しやすい方から攻めてみることにした。
誰もが、超常的な体験をすぐに他人へ打ち明けられるわけではない。渦中にあるほど、言葉は重くなる。
現実と理解不能な領域のすり合わせを言語化し、他者に共有する──それは、自らの理性や理念を裏切る行為にも等しい。
アカデミックな人間なら、なおさらだ。
バーンズ准教授は、ようやく肩の力を抜いた。
助かるよ、と言いながら、婚礼靴を片方手に取る。
「見ての通り、白や金、銀糸で刺繍されている。これは、「新しい家での純潔」を表している。君も気になったようだが、成人女性の靴にしては、人種を抜きにしても小さい。〝足を小さく見せる〟靴だな。これは纏足文化と似た抑圧構造だ」
「あー、女性を歩けないようにする?」
「うん。それにこの刺繍には意味がある。花嫁用の婚礼靴には、通常、新郎家の家紋や名前の刺繍を入れる」
ということは、通常とは違うということか。
「本来それは、〝あなたの家に属する〟という意味になるんだ。ところが、この靴には二つの家紋が共存している」
ダリオは興味が湧いて、少し体を前のめりに寄せた。
「これは、月から太陽の運行を表してるな。そして、謝罪の意と、贈り物。無理やり翻訳すると、月のナディール家から、太陽のようなハーリド家に、詫びとしてこの花嫁を贈る、という意味になると思う」
「なんだか、ミステリーみたいですね」
「そうなんだよ!!!」
クソデカボイスになりかけて、准教授は、ごほん、とわざとらしい咳をした。しかし小声で弾丸のようにしゃべりだす。
「婚礼靴の面白さは、まさにそうした物語にあるんだよ! ただの履物じゃない! だから、民族靴コレクターは、コレクションする靴を〝女の人生を封じ込めたカケラ〟として扱う。本当に価値があるのは、履かれた靴だな。新品より、実際の婚礼や儀式で履かれたものが高値で取引される」
へ、へぇ~とダリオは相槌を打った。少し引いたが、そうなんだな⋯⋯ととりあえず流す。
バーンズ准教授は、またわざとらしく咳をした。
「まあ、とりあえず、そういう靴だということだよ。私も、いくつか入手先を持っていて、一ヶ月ほどまえに、古物店から手に入れた」
コレクターの熱っぽさを開陳したからか、彼はややリラックスして本題を切り出し始めた。
「バーンズ准教授とか先生でよいよ」
あっ、いいんだ、とダリオは目を瞬かせた。
「そこにかけたまえ⋯⋯ああ、すまないね。こういう場所に慣れなくて。学生相手だと、まるで自分の研究室のように振る舞ってしまうな⋯⋯」
「はあ、戸惑うのもご尤もだと思います」
「うん、本当に戸惑うよ。君、私の講義に出たこともあるだろう」
「ありますね」
バーンズ准教授は梅干しを口に突っ込まれたような沈痛な面持ちをした。普段はパーカーにジーンズの教え子が、ミニスカ悪魔っ子魔女っ子スタイルで、「ご主人様♡」と出迎えたら、確かにこんな顔にもなるだろう。
しかし、なんとか切り替えたらしい。
「実は、少し⋯⋯かなり悩まされてることがあって、まあなんというか、君を紹介されたんだ。ええと、自宅兼事務所? というのも聞いてはいたんだが、生徒の自宅にお邪魔するのも気が引けて⋯⋯それなら、《クラブ・ラビット・ホール》に行けばいいと教えてもらってね」
「あーなるほど、了解しました。ご指名もいたただいてますので、プライベートなお話も問題ないです。しかし、紹介されてここにっていうのもけっこう思い切られましたね」
「まあ⋯⋯かなり切羽詰まっててね。身の回りでおかしなことが起きるというか⋯⋯色々手は尽くして、心療内科にも通ってみたが、何も効果はないし、もうなんでもいいから、藁にも縋りたい気分だったんだ」
「ご事情伺います」
ダリオはいつものモードで淡々と応じた。
バーンズ准教授はかえって安心したらしい。
包みを出すと、「靴なんだけれども、敷布を広げるので、出しても構わないかな」と少し困ったように尋ねてきた。
テーブルの向こうにいる店長に視線をやると、「OK」とウィンクされる。
店長がOKならOKだ。
ダリオは「大丈夫です」と頷いた。
明らかにバーンズ准教授はほっとして、包みを開いてみせた。
子どもの靴?
一瞬ダリオは錯覚した。
それほどに、小さく、柔らかな、金銀の糸で刺繍された布靴だったからだ。
バーンズ准教授はダリオの疑問を悟ったらしい。苦笑しつつ、大事そうに包みを広げた。
「これは、オルディア地方の婚礼靴だよ」
「婚礼靴⋯⋯結婚の時に、履く靴ですか⋯⋯」
それにしては小さいな、と思ったのが表情に出ていたらしい。
「小さめの靴を花嫁に贈るのが通例でね。まあ分類的には纏足の類かな」
あ、纏足ってわかるかい、と尋ねられ、さすがに頷いた。
女性の足を布などで縛り、その成長を阻害し変形させて小さくする慣習である。理想的な足の小ささを「三寸金蓮」とも称え、女性らしさの象徴とされたが、健康被害や歩行困難などから、時代とともに廃れていった。
「私はこういう婚礼靴を集めていて⋯⋯いや、誤解しないでほしい。伝統靴や民族刺繍靴のコレクターというのは、世界的にちゃんと存在するんだ」
「あの、俺何も言ってないです」
「⋯⋯すまない。嫌な目で見られることもあってね。最近、どうにも目が厳しくてね」
バーンズ准教授は意味もなく眼鏡を指で押し上げた。
「結論を言うと、この婚礼靴を手に入れてから、悪夢を見るようになったんだが⋯⋯どうにも説明しづらいな」
まだ躊躇があるのか、バーンズ准教授は眼鏡をとり、首を振った。
「ええと、でしたら、まず先にこの靴について教えて頂けますか」
ダリオは話しやすい方から攻めてみることにした。
誰もが、超常的な体験をすぐに他人へ打ち明けられるわけではない。渦中にあるほど、言葉は重くなる。
現実と理解不能な領域のすり合わせを言語化し、他者に共有する──それは、自らの理性や理念を裏切る行為にも等しい。
アカデミックな人間なら、なおさらだ。
バーンズ准教授は、ようやく肩の力を抜いた。
助かるよ、と言いながら、婚礼靴を片方手に取る。
「見ての通り、白や金、銀糸で刺繍されている。これは、「新しい家での純潔」を表している。君も気になったようだが、成人女性の靴にしては、人種を抜きにしても小さい。〝足を小さく見せる〟靴だな。これは纏足文化と似た抑圧構造だ」
「あー、女性を歩けないようにする?」
「うん。それにこの刺繍には意味がある。花嫁用の婚礼靴には、通常、新郎家の家紋や名前の刺繍を入れる」
ということは、通常とは違うということか。
「本来それは、〝あなたの家に属する〟という意味になるんだ。ところが、この靴には二つの家紋が共存している」
ダリオは興味が湧いて、少し体を前のめりに寄せた。
「これは、月から太陽の運行を表してるな。そして、謝罪の意と、贈り物。無理やり翻訳すると、月のナディール家から、太陽のようなハーリド家に、詫びとしてこの花嫁を贈る、という意味になると思う」
「なんだか、ミステリーみたいですね」
「そうなんだよ!!!」
クソデカボイスになりかけて、准教授は、ごほん、とわざとらしい咳をした。しかし小声で弾丸のようにしゃべりだす。
「婚礼靴の面白さは、まさにそうした物語にあるんだよ! ただの履物じゃない! だから、民族靴コレクターは、コレクションする靴を〝女の人生を封じ込めたカケラ〟として扱う。本当に価値があるのは、履かれた靴だな。新品より、実際の婚礼や儀式で履かれたものが高値で取引される」
へ、へぇ~とダリオは相槌を打った。少し引いたが、そうなんだな⋯⋯ととりあえず流す。
バーンズ准教授は、またわざとらしく咳をした。
「まあ、とりあえず、そういう靴だということだよ。私も、いくつか入手先を持っていて、一ヶ月ほどまえに、古物店から手に入れた」
コレクターの熱っぽさを開陳したからか、彼はややリラックスして本題を切り出し始めた。
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