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番外 四十三 花
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ダリオは慰めてほしいわけではない。
本当に今のダリオはもう大丈夫なのだと思う。
安全だし、きっとテオドールがもしダリオを不要だと言っても、愛してもらえた記憶がダリオに永遠に残り、ダリオの一部になってくれる。
ただ、あの時の、過去の大丈夫ではなかった自分。
いないことにした悲しくて寂しかったダリオたちが、テオドールに見つけてもらえて、抱きしめてもらって、うれしい、あったかい、ここは安心だね、と勝手に言うのだ。
ダリオさえ、見捨てたダリオを。
自分で“不当な感情”だと決めつけて切り捨ててきたダリオの気持ちを。
かわいそうだとも言わずに、今から見つけて抱きしめてくれた。
これは “癒し” でも “救済(rescue)” でもなく、むしろ “回収(retrieve)” される感覚だった。
もっと正確に言えば——
『時間線に存在していたけれど、誰にも迎えに来てもらえなかった自己の再統合』 。
道に置き去りにした自分たちが、ダリオの回路を塞いでいた。
どうしたらいいのかわからなかった部分の正体は、ダリオが自分はそんな感情は感じていないとした過去の自分の気持ちだった。
不具合は一朝一夕になくなるものではない。
ダリオ自身が、テオドールが照らしてくれたことで気づいた彼らを一人一人統合していく必要がある。矛盾するようだが、そうして初めて手放せる。
それは、ダリオにとって途方もない作業だった。
でも、いないことにされるより、そこにいるのだと、その感情は正当なものだったと認めていく方が、きっとましなのだろう。
ゆっくりと面を上げると、テオドールが優しい目でダリオを見つめていた。
まるで初めて相手の顔を見たかのように、ダリオは目元から首筋まで赤くなった。
まつげの震える微細な動きさえも感じられて、全ての感覚がテオドールに向かって開いているようだった。
唇が自然と開き、体の奥から痺れるような疼痛が湧いてくる。
何を言いたいのか、何を言ったらいいかも分からなくて、ただ見つめ合った。
そうしたら、桟に指を軽く二度触れて気配だけ知らせる控えめな音がした。
「お障子越しに失礼いたします。ロータス様、お食事のご用意が整っております。お伺いしてもよろしいでしょうか」
糸が緩んで力が抜けた。
「あ、はい。テオ、大丈夫か?」
「はい」
お願いします、と声をかけて、障子が開くとダリオはもう心が楽になって落ち着いていた。
食事は素晴らしかったのだと思うが、あまり覚えていない。作ってくれた人に申し訳ないことをした。
ダリオは檜風呂に一人で入らせてもらって、温かいお湯に身を沈めた。
体が温まってくるにつれ、次第に思考も柔らかくなってくるようだった。
テオドールと話そう。
前回、婚礼靴の事件で関わったサミーラという女性が、自分は誰かに話を聞いて欲しくて来たのだと言っていた。
自分の悲しみや寂しさは自分で処理すべきだと、人の時間を奪うことをダリオは忌避し、自制心で厳しく監視してきたけれど。
今でもそれは基本的に間違ってるとは思わないけれど。
でも、テオドールとの間に、ダリオは信頼関係を結んできた。
テオドールは、ダリオの話を聞きたいとも言ってくれた。
たぶん、テオドールだけが、今のダリオにとって特別なのだ。
テオドールにだけ、ひらいてもいい。
そっとひらいて、見せて、もしそれを受け取れないと言われたら、そのときは謝って引っ込めよう。
ダリオはお湯を上がって、用意された浴衣に着替えた。
外には冴え冴えとした月が出ている。
交代でテオドールもお湯に浸かって、彼が出てくると、ダリオは縁側に腰を下ろして青年を隣に誘った。
「テオ、あのさ。お願いがあって⋯⋯昼間の続きで、もう少し話したいことがある。聞いてもらっても大丈夫か?」
この世のものとは思えない美貌がダリオを見つめていた。
「もちろんです」
隣に座る動作も洗練されたように優美で、ダリオはなんでこいつ、俺のこと好きなんだろうと今更不思議に思う。
長い睫毛が青い影を落とし、涼やかな切れ長の目は、わずかに薔薇色に染まっていた。
「僕は、ダリオさんの心を読みません。ですから、僕は一言だってダリオさんの言葉を聞き漏らしたくない。ダリオさんの口から聞きたいのです」
ああ、と腑に落ちた。テオドールが、どんなにか聞きたがっていたか。聞きたいのを我慢して、ひたすら待っていてくれたのか。それがどんなに大きな愛なのか。俺ってほんとうに何もわかってなかったなぁ、と思った。
一回だって、急かされたかよ。
そりゃあ、納得のいかないことは詰めてくる性質だが、ダリオの心のやわらかい部分を、決して無理にひらかせようとはしなかった。テオドールは、そここそ、引きずり出して食い散らかしたかっただろうに。そんな欲望をダリオはすでに聞かされていたのに、本質的にわからないふりをしたのだ。支配者という種族は、ただその花を肉体的に破壊し喰らいたいわけではないことなど、彼らの同化欲望を聞いてわからない方が間抜けだったろうに。
「俺、ほんとうは、売春したときも、両親に殴られたときも、捨てられたときも、犬のテオドールが施設送りになったときも」
ひとつひとつ思い出してきりがないなと思った。
「怪異に追い回されたり、変な場所に連れて行かれたときもさ。周りに助けてもらったときも、今一回きりだってわきまえなきゃって思って。本当は悲しかったしさびしかった。そういう恩知らずで際限のない感情は不当だから抑えないとって思ってた⋯⋯」
今もどうこうしてほしいわけじゃないんだ、とダリオは告げた。
「でも、テオが、見つけてくれたよな。テオは抱きしめに行けたらって言ってくれたけど、俺、確かに抱きしめてもらったよ。ありがとう」
今からでも抱きしめてもらって、ほんとうにダリオは十分だった。
あの時の悲しくてさびしくて仕方のなかった気持ちごと、未来のテオドールが抱きしめてくれた。だから、ここにいる、と自分で自分を迎えに行けた。
そうしたら、逆にもう手放してやっていい気がしたのだ。
ダリオはそれから、一つだけ撤回した。
「えっと、十分なんだけど⋯⋯今の俺も、抱きしめてほしい」
ほとんど衝動のように強く抱きしめられた。でも決して痛くはない。強く、優しい抱擁だった。
安心してダリオは身を預けた。
支配者と花とは得てして妙だ。
ダリオはテオドールにとって花だという。
きっと、傷ついて萎れた花だろうに。
テオドールはそれが欲しいというのだ。
「ダリオさん」
キスしてもいいですか、と優しく熱を帯びた声で問われ、ダリオは「うん」と素直に頷いた。
柔らかな唇が降りてきて、ダリオの唇を食んだ。
すぐに離れて、もう一度。
また離れてはもう一度と重なる。
テオドールは確かめるように少しずつ接触してくる。
焦れったくなるこのやり方が、ダリオのためにテオドールが考え抜いてたどり着いたそれであることも分かっていた。
「ん⋯⋯んっ」
もっとして。
ふとこの浴衣とかいう衣類は心もとない気もしたが、もつれるようにキスが深くなり、寝室へ向かう頃には、ずいぶん便利なものだと考えも変わっていた。
帯をほどかれるまでもなく、足を割り入るようにしてテオドールにのしかかられても、ひとつも怖くない。
「ダリオさんダリオさん⋯⋯! ずっと待っていました。ダリオさんを食べたかった⋯⋯!」
それは文字通りではないことも伝わってきた。
テオドールの時間間隔は人間より長大だが、ダリオに関してはテオドールは痺れを切らして乗り込んできたこともあるくらい短気な感覚も両立している。
ほんとうに、ずっと、我慢していたのだろう。
無理やり心を許せと迫らずに、ただ見守っていてくれたのだ。
ダリオは、まだ最初の段階で、すでに頭がとろんとしていた。
体の隅々までテオドールに向かってひらいていくような、何も警戒せずにただあるがままに身を委ねる感覚。
油断すると力が抜けてしまうので、必死にテオドールに手足を絡めた。
親代わりに愛情を求めるのではない。
まるで、二人は別人であるのに、お互いにひらいて、ゆるして、多幸感と目もくらむような気持ちのよさで頭が真っ白になった。
「抱き締めてほしい⋯⋯いっぱい抱き締めてほしい」
安心しきって甘えるような声が出た。
今までもハグしてくれと頼んだことはあった。ハグしようかと言ったこともある。
それらとは全く違う次元の、ダリオの心からのお願いだった。ほんとうの願いだ。
初めて素直にお願いしたような気がした。
興奮していたテオドールが、月の清輝を背に受けながら、ゾッとするほど美しい顔で見下ろし、瞳孔の開いた双眸ばかりが強い光を湛えてダリオを凝視する。
虫を見るときだって、こんな異質な眼差しはしないだろう。
完全に人外がはみ出しているのに、やはりダリオは安心していた。
こんなに違うのに、だからいいのだ。
違う者同士が、お互いを信頼して、そうしたときにする抱擁が、どれほど幸せなのか。
きっとひとりでもダリオはそれなりに自立して生きていけた。
誰かと深く心を許しあい、つながなくても、本や音楽や美しい絵画、水の音、風のささやき、緑の森や黒い土、青い空や星や月、それらといつでも抱擁をかわせるようになっただろう。
でも、ダリオのもとにテオドールが現れた。
支配者の青年。
初めはおかしなやつだと恐れたけれど。
彼はダリオを見つけてくれた。
過去のダリオも、今のダリオも。
誰もなし得ない、無機質で恐ろしく深い海の底を思わせる眼差しのまま、テオドールは答える。
「はい。ダリオさんの心を、あなたをずっと抱きしめています」
ダリオはわけもわからないほどの絶頂感に、自分が身をくねらせたのかも理解できなかった。
何を返せるのか俺、わからないよ。
テオからこんなにたくさんもらってるのに。
お前、やっぱり俺に都合が良すぎる。
夢の王子様だってこうはいかねぇだろ。
そう言ったのかもしれない。
テオドールがダリオの頬に触れ、唇を落とした。
「ダリオさん。僕はもう、どんな支配者も得られないほど、あなたからもらっています」
まるで夢のように。
そう言われた気がしたけれど、じゃあ俺たちお互い様なのか⋯⋯と口にしたら、そう同時に思ったらしい。二人とも吹き出した。
おわり!
本当に今のダリオはもう大丈夫なのだと思う。
安全だし、きっとテオドールがもしダリオを不要だと言っても、愛してもらえた記憶がダリオに永遠に残り、ダリオの一部になってくれる。
ただ、あの時の、過去の大丈夫ではなかった自分。
いないことにした悲しくて寂しかったダリオたちが、テオドールに見つけてもらえて、抱きしめてもらって、うれしい、あったかい、ここは安心だね、と勝手に言うのだ。
ダリオさえ、見捨てたダリオを。
自分で“不当な感情”だと決めつけて切り捨ててきたダリオの気持ちを。
かわいそうだとも言わずに、今から見つけて抱きしめてくれた。
これは “癒し” でも “救済(rescue)” でもなく、むしろ “回収(retrieve)” される感覚だった。
もっと正確に言えば——
『時間線に存在していたけれど、誰にも迎えに来てもらえなかった自己の再統合』 。
道に置き去りにした自分たちが、ダリオの回路を塞いでいた。
どうしたらいいのかわからなかった部分の正体は、ダリオが自分はそんな感情は感じていないとした過去の自分の気持ちだった。
不具合は一朝一夕になくなるものではない。
ダリオ自身が、テオドールが照らしてくれたことで気づいた彼らを一人一人統合していく必要がある。矛盾するようだが、そうして初めて手放せる。
それは、ダリオにとって途方もない作業だった。
でも、いないことにされるより、そこにいるのだと、その感情は正当なものだったと認めていく方が、きっとましなのだろう。
ゆっくりと面を上げると、テオドールが優しい目でダリオを見つめていた。
まるで初めて相手の顔を見たかのように、ダリオは目元から首筋まで赤くなった。
まつげの震える微細な動きさえも感じられて、全ての感覚がテオドールに向かって開いているようだった。
唇が自然と開き、体の奥から痺れるような疼痛が湧いてくる。
何を言いたいのか、何を言ったらいいかも分からなくて、ただ見つめ合った。
そうしたら、桟に指を軽く二度触れて気配だけ知らせる控えめな音がした。
「お障子越しに失礼いたします。ロータス様、お食事のご用意が整っております。お伺いしてもよろしいでしょうか」
糸が緩んで力が抜けた。
「あ、はい。テオ、大丈夫か?」
「はい」
お願いします、と声をかけて、障子が開くとダリオはもう心が楽になって落ち着いていた。
食事は素晴らしかったのだと思うが、あまり覚えていない。作ってくれた人に申し訳ないことをした。
ダリオは檜風呂に一人で入らせてもらって、温かいお湯に身を沈めた。
体が温まってくるにつれ、次第に思考も柔らかくなってくるようだった。
テオドールと話そう。
前回、婚礼靴の事件で関わったサミーラという女性が、自分は誰かに話を聞いて欲しくて来たのだと言っていた。
自分の悲しみや寂しさは自分で処理すべきだと、人の時間を奪うことをダリオは忌避し、自制心で厳しく監視してきたけれど。
今でもそれは基本的に間違ってるとは思わないけれど。
でも、テオドールとの間に、ダリオは信頼関係を結んできた。
テオドールは、ダリオの話を聞きたいとも言ってくれた。
たぶん、テオドールだけが、今のダリオにとって特別なのだ。
テオドールにだけ、ひらいてもいい。
そっとひらいて、見せて、もしそれを受け取れないと言われたら、そのときは謝って引っ込めよう。
ダリオはお湯を上がって、用意された浴衣に着替えた。
外には冴え冴えとした月が出ている。
交代でテオドールもお湯に浸かって、彼が出てくると、ダリオは縁側に腰を下ろして青年を隣に誘った。
「テオ、あのさ。お願いがあって⋯⋯昼間の続きで、もう少し話したいことがある。聞いてもらっても大丈夫か?」
この世のものとは思えない美貌がダリオを見つめていた。
「もちろんです」
隣に座る動作も洗練されたように優美で、ダリオはなんでこいつ、俺のこと好きなんだろうと今更不思議に思う。
長い睫毛が青い影を落とし、涼やかな切れ長の目は、わずかに薔薇色に染まっていた。
「僕は、ダリオさんの心を読みません。ですから、僕は一言だってダリオさんの言葉を聞き漏らしたくない。ダリオさんの口から聞きたいのです」
ああ、と腑に落ちた。テオドールが、どんなにか聞きたがっていたか。聞きたいのを我慢して、ひたすら待っていてくれたのか。それがどんなに大きな愛なのか。俺ってほんとうに何もわかってなかったなぁ、と思った。
一回だって、急かされたかよ。
そりゃあ、納得のいかないことは詰めてくる性質だが、ダリオの心のやわらかい部分を、決して無理にひらかせようとはしなかった。テオドールは、そここそ、引きずり出して食い散らかしたかっただろうに。そんな欲望をダリオはすでに聞かされていたのに、本質的にわからないふりをしたのだ。支配者という種族は、ただその花を肉体的に破壊し喰らいたいわけではないことなど、彼らの同化欲望を聞いてわからない方が間抜けだったろうに。
「俺、ほんとうは、売春したときも、両親に殴られたときも、捨てられたときも、犬のテオドールが施設送りになったときも」
ひとつひとつ思い出してきりがないなと思った。
「怪異に追い回されたり、変な場所に連れて行かれたときもさ。周りに助けてもらったときも、今一回きりだってわきまえなきゃって思って。本当は悲しかったしさびしかった。そういう恩知らずで際限のない感情は不当だから抑えないとって思ってた⋯⋯」
今もどうこうしてほしいわけじゃないんだ、とダリオは告げた。
「でも、テオが、見つけてくれたよな。テオは抱きしめに行けたらって言ってくれたけど、俺、確かに抱きしめてもらったよ。ありがとう」
今からでも抱きしめてもらって、ほんとうにダリオは十分だった。
あの時の悲しくてさびしくて仕方のなかった気持ちごと、未来のテオドールが抱きしめてくれた。だから、ここにいる、と自分で自分を迎えに行けた。
そうしたら、逆にもう手放してやっていい気がしたのだ。
ダリオはそれから、一つだけ撤回した。
「えっと、十分なんだけど⋯⋯今の俺も、抱きしめてほしい」
ほとんど衝動のように強く抱きしめられた。でも決して痛くはない。強く、優しい抱擁だった。
安心してダリオは身を預けた。
支配者と花とは得てして妙だ。
ダリオはテオドールにとって花だという。
きっと、傷ついて萎れた花だろうに。
テオドールはそれが欲しいというのだ。
「ダリオさん」
キスしてもいいですか、と優しく熱を帯びた声で問われ、ダリオは「うん」と素直に頷いた。
柔らかな唇が降りてきて、ダリオの唇を食んだ。
すぐに離れて、もう一度。
また離れてはもう一度と重なる。
テオドールは確かめるように少しずつ接触してくる。
焦れったくなるこのやり方が、ダリオのためにテオドールが考え抜いてたどり着いたそれであることも分かっていた。
「ん⋯⋯んっ」
もっとして。
ふとこの浴衣とかいう衣類は心もとない気もしたが、もつれるようにキスが深くなり、寝室へ向かう頃には、ずいぶん便利なものだと考えも変わっていた。
帯をほどかれるまでもなく、足を割り入るようにしてテオドールにのしかかられても、ひとつも怖くない。
「ダリオさんダリオさん⋯⋯! ずっと待っていました。ダリオさんを食べたかった⋯⋯!」
それは文字通りではないことも伝わってきた。
テオドールの時間間隔は人間より長大だが、ダリオに関してはテオドールは痺れを切らして乗り込んできたこともあるくらい短気な感覚も両立している。
ほんとうに、ずっと、我慢していたのだろう。
無理やり心を許せと迫らずに、ただ見守っていてくれたのだ。
ダリオは、まだ最初の段階で、すでに頭がとろんとしていた。
体の隅々までテオドールに向かってひらいていくような、何も警戒せずにただあるがままに身を委ねる感覚。
油断すると力が抜けてしまうので、必死にテオドールに手足を絡めた。
親代わりに愛情を求めるのではない。
まるで、二人は別人であるのに、お互いにひらいて、ゆるして、多幸感と目もくらむような気持ちのよさで頭が真っ白になった。
「抱き締めてほしい⋯⋯いっぱい抱き締めてほしい」
安心しきって甘えるような声が出た。
今までもハグしてくれと頼んだことはあった。ハグしようかと言ったこともある。
それらとは全く違う次元の、ダリオの心からのお願いだった。ほんとうの願いだ。
初めて素直にお願いしたような気がした。
興奮していたテオドールが、月の清輝を背に受けながら、ゾッとするほど美しい顔で見下ろし、瞳孔の開いた双眸ばかりが強い光を湛えてダリオを凝視する。
虫を見るときだって、こんな異質な眼差しはしないだろう。
完全に人外がはみ出しているのに、やはりダリオは安心していた。
こんなに違うのに、だからいいのだ。
違う者同士が、お互いを信頼して、そうしたときにする抱擁が、どれほど幸せなのか。
きっとひとりでもダリオはそれなりに自立して生きていけた。
誰かと深く心を許しあい、つながなくても、本や音楽や美しい絵画、水の音、風のささやき、緑の森や黒い土、青い空や星や月、それらといつでも抱擁をかわせるようになっただろう。
でも、ダリオのもとにテオドールが現れた。
支配者の青年。
初めはおかしなやつだと恐れたけれど。
彼はダリオを見つけてくれた。
過去のダリオも、今のダリオも。
誰もなし得ない、無機質で恐ろしく深い海の底を思わせる眼差しのまま、テオドールは答える。
「はい。ダリオさんの心を、あなたをずっと抱きしめています」
ダリオはわけもわからないほどの絶頂感に、自分が身をくねらせたのかも理解できなかった。
何を返せるのか俺、わからないよ。
テオからこんなにたくさんもらってるのに。
お前、やっぱり俺に都合が良すぎる。
夢の王子様だってこうはいかねぇだろ。
そう言ったのかもしれない。
テオドールがダリオの頬に触れ、唇を落とした。
「ダリオさん。僕はもう、どんな支配者も得られないほど、あなたからもらっています」
まるで夢のように。
そう言われた気がしたけれど、じゃあ俺たちお互い様なのか⋯⋯と口にしたら、そう同時に思ったらしい。二人とも吹き出した。
おわり!
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