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番外 八 支配者フェティシズム
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イーストシティ大学の武道場から更衣室に、ぞろぞろと体育実技終了後の面々が入って行く。
まだ肌寒く、イーストシティでは三月上旬でも最高気温が十℃に届かない日が多い。コート、マフラー、手袋は必須だ。
四月になれば花々も咲き始めるが、スプリングコートは必要だし、油断するとすぐに気温が下がり、寒気がぶり返す。
強風に吹かれながらも、実技の後はさすがに皆暑そうだ。
ダリオは顔つきこそ不愛想だが、頭も体もすっきりして、内心けっこうぼうっとしながら同じく更衣室の扉をくぐった。
武道の授業後は、からっぽになった頭で、とりとめもないことを考える。
まだ花冷えする頃だが、もう更衣室の窓からは、チェリーブロッサムがこぼれるように開花を始めていた。
(あー、もう一年経過すんのか)
ダリオは思った。
テオドールとの邂逅も、この時期だったからだ。
不法侵入から始まり、あれこれと事件に巻き込まれ、脱皮騒動ですったもんだし、巨体テオと異空間もどきでセックスしたり、現実にもしたり、あと旅行にも行った。
いろいろあった一年だったな~と考えていたダリオは、背後で騒いでいる面子の声が聞くともなし、耳に入って来た。
彼女の誕生日があさって云々と話しているので、へーと思いながら、道着を脱ぐ。ダリオは有段者のため、指導役を頼まれることもある。代わりに指導着一着無料でもらって、黒袴を着用していた。そして、ん? と気づいたのである。
テオドール顕現年齢ゼロ歳→一歳。
脳内でカラフルなクラッカーが、パーンした。
「お誕生日ってやつじゃねーか……」
めでたいのでは? と更に脳内クラッカーが鳴る。しかし、はた目には無表情だ。ダリオにはこういうところがある。
なお、テオドール本人いわく、ゼロ歳なのは現世顕現から数えてであって、精神発生はダリオとほぼ変わらないか少し遅れてくらいだそうだ。
すでに自立しているので、ダリオの気回しは余計な世話らしい。テオドールにしては珍しくきっぱり不機嫌に物申していた。
というわけで、さすがにゼロ歳児とつき合えんが……と思っていたダリオも、この説明を受けて交際に踏み切ったグレーな経緯があった。
本当にゼロ歳だったら、ダリオはあと二十年程度我慢する覚悟はあったので、情報共有は大事である。
また、ダリオは、自分の誕生日について、年齢が一歳上がった、という事実ベース意識しかない人間だった。
貧困と隣人生活を送ってきたので、誕生日=金のかかるイベント=スルーというシンプル計算式である(計算していないが)。
とはいえ、ダリオと親しい友人たちなどは、ちょっとした小さなプレゼント、バースデーカードや親切で気持ちを伝えてくれる。お返しも重なると生活を圧迫するため、ダリオは気遣いが素直にありがたいなと思っていた。バースデーカードは本当にうれしい。ダリオも相手の誕生日に気兼ねなく返せるし、メッセージを考えるのは楽しいからだ。
そういう次第で、ダリオは今年の自分の誕生日はとっくに過ぎ去っており、それよりもテオドールの一歳お誕生日で頭がいっぱいになっていた。
ゼロが一になるのはけっこう大きいぞ。
お祝いしたい。というか、テオドールに何かしたい。
何をあげたら喜ぶか考えるが、全然想像がつかなかった。
旅行はけっこう楽しんでいた気がする。いつもの無感動な顔が、少しうわついている空気はあった。
道着をたたんで袋にしまうと、ダリオは更衣室を出る。
旅行が好きなのか? 南の島が好きなのか? どうなんだろう。色々考えてみたが、わからなかったので、本人に聞くことにした。
「いえ特になにも」
何かほしいものあるか? と帰宅後聞いて、この回答である。
そう言うと思った。ダリオは驚かず、ひとまず「そうか」と受け止める。
テオドールは普段から要求が少ない。黙っているので、あれこれつつくと、ようやく出てくる程度だ。
自己主張が少ないというわけでもなく、あの人間を害していいですか、といったような、やめろやめろやめろ、とダリオが止めに入るたぐいの強弁は多々ある。本当にそれはどうなんだ。まあ、たいていの怪異は問答無用に加害してくるので、確認してくれるだけマシだろう。
こうした斜め背後からの精神攻撃もどきとは別に、テオドールがダリオに要求少な目なのは、度が過ぎると思って口をつぐんでいるのだろうなとダリオは理解していた。
というのも、以前、実際に尋ねたことがあったからだ。
ある日ダリオは、テオドールがダリオの衣類着脱に執着しているのではないかと思い至り、驚かされた。思い起こせば、テオドールは機会があれば欠かさず、不自然にならない頻度で、ダリオに着脱させてもよいか伺いを立ててきていた。これはよくよく気を配らなければ、なしえないさりげなさで行われており、すなわち意図的なものだ、とようやく気づいたのである。それは、静かな熱意と言い換えてもいい慎重さと観察行為によって成立していた。
『テオ、お前、もしかして……俺に服着せるの、なんか種族的なあれか?』
種族的なあれか? ってなんだ。言いながら当時、ダリオは語彙力の足りなさに額を抑えたくなったものだが、テオドールが案外あっさり「はい」と認めてしまったので、あーそう、となった。
つまり、テオドールにはどうも、自分の『花』の衣装の着脱を手伝うことに、種族本能的なフェティシズムがあるようだった。
『お前、その割に、けっこう抑えてたよな……』
『それは……』
あの時、テオドールは無表情ながら、やや口が重いように説明した。あまり言いたくないようだったが、それもダリオに引かれるのを懸念しているためのようだった。変なところで気にする。気にして欲しいところはもっと別だ、と当時ダリオは思ったがさすがにその場では言わなかった。
聞き出したところ、相手の着脱にすべて手を出すのは越権という意識から、『着せたい、脱がせたい』と思っても不必要なシーンでは口をつぐんでいたらしい。
ダリオは正直眩暈がした。
(バカ……お前……ほんと、馬鹿だろ……)
ダリオをめちゃくちゃにすることができるくせに、そうしない分別を持っている怪物。
誰しも、他者を己の自我の延長のように、好き勝手する権利などない。テオドールは異次元から来たとは言うが、よほどその点については心得て、ダリオの意志や自己決定権を当たり前のように前提として振舞う。普通の人間だって、それができない奴は大勢いるのだ。
花の着脱に執着があると告白して以降、現在にいたるまで、テオドールはダリオにあれを着ろ、これを着るなといったことはずっと境界を侵して来ない。ダリオ自身が決めることだという自然な態度だ。
ダリオは考えると良くも悪くも複雑な気持ちになるが、おそらく種族的なフェティシズムは変わらずあるのだろうと推察している。我慢しているだけで。
そうなれば、報いたいとなるのは、自然な成り行きだった。
といっても、さすがに全部着脱を任せるのは色々障りがある。ダリオも譲歩して、外出先からコートを脱いでクロ-ゼットにしまうなどは、おねがいすることにした。世話させているようで落ち着かない気持ちはある。だが、そこは認識の違いだと割り切ることにした。互いの妥協点として、ここまでは、とテオドールに任せているのが現状だ。
なので、今回もどうなんだろうと謎感満載ながら、ダリオは提案してみたのだ。
「テオ、もうすぐ一歳誕生日だろ。祝いに、何か欲しいものあれば聞きたかったんだが、特に思いつかないなら、俺にしてほしいこととかは?」
「いえ、そちらも特には」
ダリオさんにはいつもしていただいているので、とテオドールはむしろ戸惑っているようだった。誕生日祝いというのは頭になかったらしい。種族的に、歳を重ねるのを祝うという発想がないのかもしれなかった。
「そうか……無理に押しつけてもなんだしな……テオが物理的に欲しいものは俺も思いつかねーし、普段してないことどうかなと思ったんだが」
「普段していないことですか?」
「あー、例えば、種族的に『花』の着脱に執着あるって言ってただろ。一日、お前の好きなもん着せたり脱がせたりとか。いや、どうなんだろう、俺もよくわからんのだが」
ダリオの方こそ、フェティシズムというのはよくわからん過ぎると疑問符混じりに告げると。
テオドールは固まっていた。
既視感あるなこれ……とダリオは回答を待つ。
一応、何か声をかけようとして口を開きかけると、
「いいんですか?」
ずいっ、と顔を至近距離に寄せられた。瞳孔が開いている。
撤回したらどうすんだろ、と思わないでもなかったが、さすがに二言はない。
最初から欲望を言えよ、というのは酷かもしれなかった。テオドールの場合、彼の欲望の実現とダリオの破壊がイコールになっていることが多く、割と我慢させていることが多いのだ。衣服の着脱も、ある程度ボーダーを設けておかないと際限がなくなる。歴史上、衣服の制限や許可などは、身分制度と密接であり、ここに他者が関与するのは笑いごとではなく自他境界を越えて他者の支配につながりやすい。
奴隷は絵画でも常に裸に近いかっこうをしているし、女性を纏足やコルセットで行動範囲を制限させたり、権力者は布地を多く使う衣装を着て、色も厳密に身分によって使える色が指定されることもある。
テオドールは意図してダリオの衣服に口を出さず、自分の支配欲からダリオを遠ざけていた。守っていたとも言える。
そういう彼の我慢を、ダリオは一言ではあらわせない気持ちで受け止めていたので、言いだすならダリオの方からという話なのだった。
「なんか着せたいのあるか? あんまり高いのは用意できないけど、数着くらいなら……なんとか……」
なんでも用意してやる! と言えないのはなんだが、ない金をあると言っても仕方ない。
「……いえ、一着でいいです」
「そうか? あとで教えてくれ」
「はい。すでにダリオはさんはお持ちなので、新たにご購入には及びません」
「? 持ってる服でいいのか? テオがいいならいいが」
テオがそんなに着せたがる服持ってたか、俺、とダリオは内心首をかしげた。世界的デザイナーのエリック・ヴァンプのスーツをモデルで着せてもらったこともあるが、あれは一時的なものでダリオの持ち衣装ではない。
他になにかあっただろうか。
テオドールはすぐに言う気はなさそうだったが、なんとなしわくわく楽しそうに見えたので、まあいいかと流した。
その判断で、ダリオはテオドールの『お誕生日』当日、首を絞められることになる(なお、ダリオの誕生日の件で少しもめたが、来年は盛大に執り行うことでお互いに譲歩した)。
つまり、当日になって、「どれなんだ?」とダリオが尋ねたら、持ってきていいか逆に問われ、頷いた。そうしたら、以前ご開帳した『男性用ブライダル・ランジェリー』をテオドールが真顔で粛々と指定し、うやうやしく持ち出してきたからだ。
人間離れした魔性の美貌の青年が手に持ち、広げる、布面積最小透け透けの破廉恥物体。ミスマッチ感が凄い。もはや冒涜だ。
(いやなんでだ?)
ダリオも真顔になって、無言でランジェリーを見つめた。内心疑問と葛藤でいっぱいだった。
(え、なんで? 気に入ってたのか、これ? え? は?)
テオドールの美的感覚が、ダリオとだいぶずれているのは理解している。たぶん、下手したら衣装も全部同じに見えているレベルにあまり大差感じてねーんじゃねーかという感触は受けていた。
「……気に入ったのか?」
ダリオは無意味な質問を口にした。
「はい」
まあそう答えるよね、的な無意味な回答が当然来る。
「お嫌でしたら、別のものを」
「あ、いや、構わない。嫌というわけではなく……驚いただけだ」
心底驚いただけである。
テオドールは無表情だが、ダリオのようすを伺っている。本当に、ダリオが少しでも嫌そうなら引っ込めるつもりらしい。いかん、せっかく持ってきてくれたわけだし、とダリオは気持ちを切り替える。無理だが。
「あー、その、テオ。本当に驚いただけなんだ。お前って別にあんまり衣装の見た目そんな区別してないっぽいから、え、実際そうだよな? 違うのか」
「そうですね。特に着心地以外は気にしたことはないです」
「だよな。それで、なんでこれ指定したのかなと、驚いて」
テオドールは黙った。え、言いづらいやつなのか、とダリオは困惑する。
「以前……」
切り出したテオドールの口調は慎重だ。
「ダリオさんが、お嫁さんになってくださると仰ったので……」
あ。
あーーーーーーーーーーーーーーー。
あーなるほどね。
あ~~~~~~~~~~~~~~~~~。
ダリオも固まった。
顔面を覆いたい。
恥ずかしい。
度し難いことに、ダリオの胸のみならず、テオドールを受け入れる奥の奥も、きゅう、きゅう、と疼痛感のようなものを覚えて、感情がめちゃくちゃだった。
恥ずかしいのは、自分の過去の言動が恥ずかしかったとかではない。
思い至らなかった自分の至らなさへの羞恥である。
もう。
あ~~~~~~~~しかたない。
羞恥以外にも、あれだ。テオドールがかわいいとか。申し訳ないとか。好きだとか。健気過ぎるだろとか。俺もう雑過ぎるだろとか。
情緒がめちゃくちゃのめちゃくちゃになった。
まだ肌寒く、イーストシティでは三月上旬でも最高気温が十℃に届かない日が多い。コート、マフラー、手袋は必須だ。
四月になれば花々も咲き始めるが、スプリングコートは必要だし、油断するとすぐに気温が下がり、寒気がぶり返す。
強風に吹かれながらも、実技の後はさすがに皆暑そうだ。
ダリオは顔つきこそ不愛想だが、頭も体もすっきりして、内心けっこうぼうっとしながら同じく更衣室の扉をくぐった。
武道の授業後は、からっぽになった頭で、とりとめもないことを考える。
まだ花冷えする頃だが、もう更衣室の窓からは、チェリーブロッサムがこぼれるように開花を始めていた。
(あー、もう一年経過すんのか)
ダリオは思った。
テオドールとの邂逅も、この時期だったからだ。
不法侵入から始まり、あれこれと事件に巻き込まれ、脱皮騒動ですったもんだし、巨体テオと異空間もどきでセックスしたり、現実にもしたり、あと旅行にも行った。
いろいろあった一年だったな~と考えていたダリオは、背後で騒いでいる面子の声が聞くともなし、耳に入って来た。
彼女の誕生日があさって云々と話しているので、へーと思いながら、道着を脱ぐ。ダリオは有段者のため、指導役を頼まれることもある。代わりに指導着一着無料でもらって、黒袴を着用していた。そして、ん? と気づいたのである。
テオドール顕現年齢ゼロ歳→一歳。
脳内でカラフルなクラッカーが、パーンした。
「お誕生日ってやつじゃねーか……」
めでたいのでは? と更に脳内クラッカーが鳴る。しかし、はた目には無表情だ。ダリオにはこういうところがある。
なお、テオドール本人いわく、ゼロ歳なのは現世顕現から数えてであって、精神発生はダリオとほぼ変わらないか少し遅れてくらいだそうだ。
すでに自立しているので、ダリオの気回しは余計な世話らしい。テオドールにしては珍しくきっぱり不機嫌に物申していた。
というわけで、さすがにゼロ歳児とつき合えんが……と思っていたダリオも、この説明を受けて交際に踏み切ったグレーな経緯があった。
本当にゼロ歳だったら、ダリオはあと二十年程度我慢する覚悟はあったので、情報共有は大事である。
また、ダリオは、自分の誕生日について、年齢が一歳上がった、という事実ベース意識しかない人間だった。
貧困と隣人生活を送ってきたので、誕生日=金のかかるイベント=スルーというシンプル計算式である(計算していないが)。
とはいえ、ダリオと親しい友人たちなどは、ちょっとした小さなプレゼント、バースデーカードや親切で気持ちを伝えてくれる。お返しも重なると生活を圧迫するため、ダリオは気遣いが素直にありがたいなと思っていた。バースデーカードは本当にうれしい。ダリオも相手の誕生日に気兼ねなく返せるし、メッセージを考えるのは楽しいからだ。
そういう次第で、ダリオは今年の自分の誕生日はとっくに過ぎ去っており、それよりもテオドールの一歳お誕生日で頭がいっぱいになっていた。
ゼロが一になるのはけっこう大きいぞ。
お祝いしたい。というか、テオドールに何かしたい。
何をあげたら喜ぶか考えるが、全然想像がつかなかった。
旅行はけっこう楽しんでいた気がする。いつもの無感動な顔が、少しうわついている空気はあった。
道着をたたんで袋にしまうと、ダリオは更衣室を出る。
旅行が好きなのか? 南の島が好きなのか? どうなんだろう。色々考えてみたが、わからなかったので、本人に聞くことにした。
「いえ特になにも」
何かほしいものあるか? と帰宅後聞いて、この回答である。
そう言うと思った。ダリオは驚かず、ひとまず「そうか」と受け止める。
テオドールは普段から要求が少ない。黙っているので、あれこれつつくと、ようやく出てくる程度だ。
自己主張が少ないというわけでもなく、あの人間を害していいですか、といったような、やめろやめろやめろ、とダリオが止めに入るたぐいの強弁は多々ある。本当にそれはどうなんだ。まあ、たいていの怪異は問答無用に加害してくるので、確認してくれるだけマシだろう。
こうした斜め背後からの精神攻撃もどきとは別に、テオドールがダリオに要求少な目なのは、度が過ぎると思って口をつぐんでいるのだろうなとダリオは理解していた。
というのも、以前、実際に尋ねたことがあったからだ。
ある日ダリオは、テオドールがダリオの衣類着脱に執着しているのではないかと思い至り、驚かされた。思い起こせば、テオドールは機会があれば欠かさず、不自然にならない頻度で、ダリオに着脱させてもよいか伺いを立ててきていた。これはよくよく気を配らなければ、なしえないさりげなさで行われており、すなわち意図的なものだ、とようやく気づいたのである。それは、静かな熱意と言い換えてもいい慎重さと観察行為によって成立していた。
『テオ、お前、もしかして……俺に服着せるの、なんか種族的なあれか?』
種族的なあれか? ってなんだ。言いながら当時、ダリオは語彙力の足りなさに額を抑えたくなったものだが、テオドールが案外あっさり「はい」と認めてしまったので、あーそう、となった。
つまり、テオドールにはどうも、自分の『花』の衣装の着脱を手伝うことに、種族本能的なフェティシズムがあるようだった。
『お前、その割に、けっこう抑えてたよな……』
『それは……』
あの時、テオドールは無表情ながら、やや口が重いように説明した。あまり言いたくないようだったが、それもダリオに引かれるのを懸念しているためのようだった。変なところで気にする。気にして欲しいところはもっと別だ、と当時ダリオは思ったがさすがにその場では言わなかった。
聞き出したところ、相手の着脱にすべて手を出すのは越権という意識から、『着せたい、脱がせたい』と思っても不必要なシーンでは口をつぐんでいたらしい。
ダリオは正直眩暈がした。
(バカ……お前……ほんと、馬鹿だろ……)
ダリオをめちゃくちゃにすることができるくせに、そうしない分別を持っている怪物。
誰しも、他者を己の自我の延長のように、好き勝手する権利などない。テオドールは異次元から来たとは言うが、よほどその点については心得て、ダリオの意志や自己決定権を当たり前のように前提として振舞う。普通の人間だって、それができない奴は大勢いるのだ。
花の着脱に執着があると告白して以降、現在にいたるまで、テオドールはダリオにあれを着ろ、これを着るなといったことはずっと境界を侵して来ない。ダリオ自身が決めることだという自然な態度だ。
ダリオは考えると良くも悪くも複雑な気持ちになるが、おそらく種族的なフェティシズムは変わらずあるのだろうと推察している。我慢しているだけで。
そうなれば、報いたいとなるのは、自然な成り行きだった。
といっても、さすがに全部着脱を任せるのは色々障りがある。ダリオも譲歩して、外出先からコートを脱いでクロ-ゼットにしまうなどは、おねがいすることにした。世話させているようで落ち着かない気持ちはある。だが、そこは認識の違いだと割り切ることにした。互いの妥協点として、ここまでは、とテオドールに任せているのが現状だ。
なので、今回もどうなんだろうと謎感満載ながら、ダリオは提案してみたのだ。
「テオ、もうすぐ一歳誕生日だろ。祝いに、何か欲しいものあれば聞きたかったんだが、特に思いつかないなら、俺にしてほしいこととかは?」
「いえ、そちらも特には」
ダリオさんにはいつもしていただいているので、とテオドールはむしろ戸惑っているようだった。誕生日祝いというのは頭になかったらしい。種族的に、歳を重ねるのを祝うという発想がないのかもしれなかった。
「そうか……無理に押しつけてもなんだしな……テオが物理的に欲しいものは俺も思いつかねーし、普段してないことどうかなと思ったんだが」
「普段していないことですか?」
「あー、例えば、種族的に『花』の着脱に執着あるって言ってただろ。一日、お前の好きなもん着せたり脱がせたりとか。いや、どうなんだろう、俺もよくわからんのだが」
ダリオの方こそ、フェティシズムというのはよくわからん過ぎると疑問符混じりに告げると。
テオドールは固まっていた。
既視感あるなこれ……とダリオは回答を待つ。
一応、何か声をかけようとして口を開きかけると、
「いいんですか?」
ずいっ、と顔を至近距離に寄せられた。瞳孔が開いている。
撤回したらどうすんだろ、と思わないでもなかったが、さすがに二言はない。
最初から欲望を言えよ、というのは酷かもしれなかった。テオドールの場合、彼の欲望の実現とダリオの破壊がイコールになっていることが多く、割と我慢させていることが多いのだ。衣服の着脱も、ある程度ボーダーを設けておかないと際限がなくなる。歴史上、衣服の制限や許可などは、身分制度と密接であり、ここに他者が関与するのは笑いごとではなく自他境界を越えて他者の支配につながりやすい。
奴隷は絵画でも常に裸に近いかっこうをしているし、女性を纏足やコルセットで行動範囲を制限させたり、権力者は布地を多く使う衣装を着て、色も厳密に身分によって使える色が指定されることもある。
テオドールは意図してダリオの衣服に口を出さず、自分の支配欲からダリオを遠ざけていた。守っていたとも言える。
そういう彼の我慢を、ダリオは一言ではあらわせない気持ちで受け止めていたので、言いだすならダリオの方からという話なのだった。
「なんか着せたいのあるか? あんまり高いのは用意できないけど、数着くらいなら……なんとか……」
なんでも用意してやる! と言えないのはなんだが、ない金をあると言っても仕方ない。
「……いえ、一着でいいです」
「そうか? あとで教えてくれ」
「はい。すでにダリオはさんはお持ちなので、新たにご購入には及びません」
「? 持ってる服でいいのか? テオがいいならいいが」
テオがそんなに着せたがる服持ってたか、俺、とダリオは内心首をかしげた。世界的デザイナーのエリック・ヴァンプのスーツをモデルで着せてもらったこともあるが、あれは一時的なものでダリオの持ち衣装ではない。
他になにかあっただろうか。
テオドールはすぐに言う気はなさそうだったが、なんとなしわくわく楽しそうに見えたので、まあいいかと流した。
その判断で、ダリオはテオドールの『お誕生日』当日、首を絞められることになる(なお、ダリオの誕生日の件で少しもめたが、来年は盛大に執り行うことでお互いに譲歩した)。
つまり、当日になって、「どれなんだ?」とダリオが尋ねたら、持ってきていいか逆に問われ、頷いた。そうしたら、以前ご開帳した『男性用ブライダル・ランジェリー』をテオドールが真顔で粛々と指定し、うやうやしく持ち出してきたからだ。
人間離れした魔性の美貌の青年が手に持ち、広げる、布面積最小透け透けの破廉恥物体。ミスマッチ感が凄い。もはや冒涜だ。
(いやなんでだ?)
ダリオも真顔になって、無言でランジェリーを見つめた。内心疑問と葛藤でいっぱいだった。
(え、なんで? 気に入ってたのか、これ? え? は?)
テオドールの美的感覚が、ダリオとだいぶずれているのは理解している。たぶん、下手したら衣装も全部同じに見えているレベルにあまり大差感じてねーんじゃねーかという感触は受けていた。
「……気に入ったのか?」
ダリオは無意味な質問を口にした。
「はい」
まあそう答えるよね、的な無意味な回答が当然来る。
「お嫌でしたら、別のものを」
「あ、いや、構わない。嫌というわけではなく……驚いただけだ」
心底驚いただけである。
テオドールは無表情だが、ダリオのようすを伺っている。本当に、ダリオが少しでも嫌そうなら引っ込めるつもりらしい。いかん、せっかく持ってきてくれたわけだし、とダリオは気持ちを切り替える。無理だが。
「あー、その、テオ。本当に驚いただけなんだ。お前って別にあんまり衣装の見た目そんな区別してないっぽいから、え、実際そうだよな? 違うのか」
「そうですね。特に着心地以外は気にしたことはないです」
「だよな。それで、なんでこれ指定したのかなと、驚いて」
テオドールは黙った。え、言いづらいやつなのか、とダリオは困惑する。
「以前……」
切り出したテオドールの口調は慎重だ。
「ダリオさんが、お嫁さんになってくださると仰ったので……」
あ。
あーーーーーーーーーーーーーーー。
あーなるほどね。
あ~~~~~~~~~~~~~~~~~。
ダリオも固まった。
顔面を覆いたい。
恥ずかしい。
度し難いことに、ダリオの胸のみならず、テオドールを受け入れる奥の奥も、きゅう、きゅう、と疼痛感のようなものを覚えて、感情がめちゃくちゃだった。
恥ずかしいのは、自分の過去の言動が恥ずかしかったとかではない。
思い至らなかった自分の至らなさへの羞恥である。
もう。
あ~~~~~~~~しかたない。
羞恥以外にも、あれだ。テオドールがかわいいとか。申し訳ないとか。好きだとか。健気過ぎるだろとか。俺もう雑過ぎるだろとか。
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