俺の人生をめちゃくちゃにする人外サイコパス美形の魔性に、執着されています

フルーツ仙人

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番外 八 支配者フェティシズム

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 もう、情緒がめちゃくちゃになる。
 あれだ。男性用ブライダル・ランジェリーにまつわる一連のよかった記憶を覚えていたのだ。犬や猫が、リードや玩具を出されると、楽しかった記憶が連動想起され、「おさんぽ?」「おさんぽおさんぽ!!」「あそぶ?」「あそぶあそぶ!」となるやつ。しまいには、飼い主の前に、ぽとっと、リードや玩具を咥えて持ってきて落とすやつ。もっとか。聞かれるまで黙ってて、水を向けられて初めて、いそいそと咥えて持ってきた上に、待機して首傾げながらお行儀よくしているやつじゃねーか。あ~~~~~~~、と更に感情が攪拌される。
 テオドールの台詞が脳内で再生された。
『ダリオさんが、お嫁さんになってくださると仰ったので……』
 あ~~~~~~~~~~~、とまたダリオは死にたくなった。
 自殺願望などないのに、首を括りたくなる。
 言った。言ったのである。巨体テオドールと異空間交合した際に、感極まって、
『っめ、だめ、おれ、ておの……ておのお嫁さんなっちゃ……う~~~ッ』
 などと叫んでしまったのである。
 あの時、自分で自分の口にした内容に驚き、ダリオは愕然とした。なっちゃうとはなんだ。なりたくないってことか。同時にとてつもない解放感が生じて、ダリオの発達した太腿の筋がわななき、快感が這い上るが早いか達してしまったのだ。喘ぎながら、混乱した。何言ってんだ、という思いと、すとんと腑に落ちる感覚の両方だ。自分でも知らない願望大暴露である。
『お嫁さん……』
 テオドールのぞくぞくするような美声が、不思議な反響を伴ってダリオの脳に直接響いてきた。這いまわる闇が、あちこち伸ばされて、何かを探るようにしている。あとで聞いたら、この次元のビッグデータにアクセスし、情報を集めていたらしい。
 十分な情報分析が済んで満足したのだろうか。闇の中からテオドールの白い上半身が出て来て、ダリオの上にのしかかり、更に閉じ込めるようにして上から無表情に尋ねる。
『ダリオさん、僕のお嫁さんになりますか?』
 のぞき込まれて、そう問われた瞬間、ダリオはぎゅうぎゅうと中が凄まじくうねり、再びあっという間に絶頂してしまった。しばらく意識が飛んでいたかもしれない。へろへろとしながら、返事する。
『なる……テオのお嫁さんになる……』
 とろ……と結合部から互いの体液を垂らし、甘い鼻声がまた出てしまう。
 その後、どっろどろのぐっちゃぐちゃにされたし、なった。
 回想終わり。
 テオ、冷静そうに見えたけど、後で『どのようなものかこの次元のデータにアクセスして検索しましたが、僕にとって望外の喜びでした』『『花』の口から自発的にそう言われるのは……『支配者』にとり、夢のようなことです』とか真っ黒な目で静かに言ってたからな……とは思い出した。時折、『花』に拒絶された他の支配者同様、千も万も歳月を浪費する自分が勝手に夢見ている、そんな都合の良い夢ではないかと疑う。テオドールはそういったことを言っていた。
 どこまで種族的経験蓄積がドメスティックバイオレンスなんだ。ほぼほぼ決裂からの花殺しで終わってそうである。
 そう思った印象の方が強くて、そんなこと気にしてたのかとか、夢じゃないかと疑うようなら疑念を晴らすにはどうしたらいいだろうかとか。そちらに思考を割かれて、お嫁さん云々を自分が発言したことは、ダリオにあまり残らなかったのだった。
 逆にテオドールは、とても大事に記憶していたらしい。それこそ、犬や猫のリードや玩具の連動記憶のような意味付けがされるほどに。
 いや、さすがにそこまで単純ではないし失礼な例えだろうが、記憶のトリガーアイテムとしての機能は同じたぐいと思われる。
 そっか、嬉しかったのか……後生大事に抱えて、こうして聞かれたら、一番に出してくるほどに、そうか……
 ブライダル・ランジェリーを身につけて、さあどうぞと差し出してもいいが、真面目に考えようとダリオは思った。
 前回雑過ぎたので、今度は真面目に考える。その……つまり、結婚だ。結婚について、きちんと思慮する必要があった。なにせ、テオドールはマジレス人外である。リップサービス云々やプレイの一環ではなく、無感動な真顔だろうが『僕のお嫁さんになりますか?』と聞いてきたということは、そのまんまの意味なのだ。ダリオは、『なる……テオのお嫁さんになる……』とへろへろ回答したけれども、完全にこれは了承の意で成立してしまっている。
 おそらく、熱に浮かされての発言だと撤回しても、テオドールは内心どうあれ、『そうですか』と引くだろう。しかし、この人外の青年の心情を想像すると、ダリオにはそんなこと到底できないし、したくなかった。
 結婚するならする、しないならしないで、真面目に計画しなければなるまい。少なくとも人間社会的に学生結婚は無理だな、と冷静に却下する。結婚許可証取得の問題もそうだし、事実婚にしてもテオドールと結婚するにあたって、経済的自立を視野に入れ、卒業後順調であれば三年を目途だな、とダリオはあっさり予定を決めた。真面目に考えたが、全然熟考していない。先に腹を括っていたので、もはや即断即決だ。もしかしたら体を壊すなど思うようにいかない可能性もあるし、一応柔軟に対応するつもりだが、ダリオにはこういうところがある。
 ただ……、と考えた。
 ただ、とりあえず目の前のことから先に取り組むのが優先ではある。
 ダリオは何か言わねばと思ったが、結局我ながらどうなんだそれは、という呂律の回らない舌を更にもつれるようにして、
「え、ええと……ぬ、脱がす……? もう……」
 初夜だってこんなんじゃなかっただろ! レベルの酷いお誘いになった。
 すでに、どろどろのぐっちゃぐちゃのぬぷぬぷのオノマトペ再現不可能水音まで、共同作業を数度終えているのに、どうなんだ。
 テオドールは人間の情緒的なものをダリオと一緒に見せかけなりとも学習しつつあるが、ダリオはダリオで、皆無の羞恥心をテオドールに育成されつつある。
 それは、メイド服やランジェリーなど、見た目の問題ではなくて(そんなのものは、時と場所を選んで好きなものを着ればいい)、心の開き方を覚えるという意味での羞恥心だった。誰にでもは見せられない。テオドールにだけだ。
 ダリオは返事を待った。
 風呂もすでに済ませている。着せ替えごっこもどきとはいえ、中身はできるかぎりダリオにできる万全の準備をしておいた。
 テオドールは気にしなさそうだが、一応礼儀として、ハイブランドのボディソープその他で、いつもより丁寧に体や頭を洗ったわけだ。
 ちなみに館内のことは、テオドールが管理している。ダリオが買わないような類のアメニティも浴室には完備してあるし、細かいことを言えばここにきてから『掃除』をしたことがない。知らない間に、浴室をはじめ寝室のシーツまでいつでも清潔に整えられているためだ。
 最初はテオドールがシーツを変えたのか? などと勘違いすることもあったが、あ、これ違うな、としばらくして気づいた。
 本人が掃除をしているというより、多分なんかやべーやつ……深く追及したことないが……と色々察して現在に至る。
 つまり、この館は、自動で『自己復元』もしくは『再生』しているっぽいのだ。ホテルサービスレベルの消耗品類補充もそこに含まれる。
 ダリオが自分で手を入れているのは、食材や洗濯、自分の出したごみ捨てくらいだろう。ダリオが自分でしなければならないことというより、その私物や領分を勝手に侵さないために保障されている部分という感じがする。
 計算ソフトで言えば、全体管理権限はテオドールが保持しているが、あるセルについては、ダリオ用に保護がかけられているといったけはいだ。おそらくダリオがセルの権限移譲を申し出れば、テオドールは給餌から衣装管理まで全部顔色を変えずに引き受けるような気はした。
 そうしないために、線が引かれている、と感じる。
 また、大規模で言えば、館の間取りも時々変わっている。下手すると内装含め、改築レベルにチェンジすることもしばしばだ。テオドールがせっせと動かし、あるいは施工手配したわけではない。館が勝手に自分で配置組み換えしてるというか……
 つまり、今いる居間だって、最適解を探すように、その時々で内装が変わっているのだ。ソファもそうだった。
 館が現在チョイスしてくれたソファは、成人男性ふたり用にしてもかなり頑丈なものだ。
 ヌバックレザーにボタン留めのモダンデザイン、風格ある総革張りで、適度にシートもやわらかく、耐久性に優れたハイグレードな仕様である。これに、ファーやクッションを合わせて、よりくつろぎやすく整えられている。
 なめらかな手触りに、手のひらを当てながら、ダリオは体の向きを変えた。待ってもテオドールからの返事がないので、自分のシャツのボタンに手をかける。
「俺が自分で脱ぐか?」
 勢いでするのと違って、もうなんかめちゃくちゃ恥ずかしいなとダリオは思った。性交しようとしているわけではなく、着脱を相手にゆだねるか確認しているだけなのに、なんなんだこれ、と思う。
 テオドールも反応が鈍いし、いや本当にどうすんだこれ状態である。
 と、テオドールがぎこちなく動いた。
「いえ」
 僕が、と言う口ぶりも、言葉少なというより、もたついている。
 テオドールはダリオへの要望自体はあまりしないが、自己主張はけっこう激しい。ご納得いかないと、つめてくる。つまり、別に無口な性質ではないのだ。なんなら大変喋る。特にダリオの倫理観でストップが入るようなことは喋りまくる。
 ただ、ダリオに関することは慎重だ、という感じだ。恐らく、以前力のコントロールが云々言っていた件も関係あるのだろう。メンテナンスで拡張もすると言っていたし、色々考えているらしく、それで口数が減る、ということは多々あった。
 しかし、今のこの状態はそういうのとも違うようだった。
 加減や拡張深度を思慮する無口ではない。
(あ、こいつ……)
 余裕が無くなり、慌てて落ち着きを失っている。いっぱいいっぱいというか。
 ええ、まだ何も始まってないんだが? と思いたいところだが、ダリオも先ほどから完全にお仲間なのでどうこう言えなかった。
 本当にどうするんだこれ、とダリオは数回目に思考が反復した。
 テオドールは真剣な顔で、もた、もた、とダリオのシャツのボタンを外そうとしている。うん、外そうとしているな、とダリオは思った。
 外せていないのである。
 処理がお互いにガタ落ちしていた。
 本日何度目かのどうすんだこれ、が再度ダリオを過ぎって、顔や耳の裏まで熱くなるまま、気持ち天井を仰いだ。


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