俺の人生をめちゃくちゃにする人外サイコパス美形の魔性に、執着されています

フルーツ仙人

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番外 三十三 支配者とテオドールの悪夢編

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 あれ、でも、と思ったを最後に、ダリオは館の廊下に立っていた。
 合わせ鏡のように、無限回廊となって両側の壁には扉が延々並んでいる。
 振り返っても、そっくりトロンプ・ルイユのような同じ光景が続き、奥はもう真っ暗に吸い込まれそうなあぎとを開けて、果てのないように思われた。
 あー、こりゃ夢だな。
 あっさりダリオは結論づけた。テオドールの用意した館は確かにこのような感じになっているが、ダリオを迷子にさせるような変な挙動はめっきり減り、安心安全地帯になって久しい。別の支配者の消滅を見届けたことで、何か心理的な不安がこういう夢を見させてんのか? とダリオは自己分析まで始めた。本当にダリオはこういうところがある。
 怪異の仕業にしても、引きずり込まれた際はこんな感じではないのだ。もっと一生命個体として、即時に足の竦むような恐怖と危機感を覚える。
 俺のゆめ……? とダリオはふと廊下の奥を見つめた。
 誰かがやって来る。
 ハイブランドスーツを着た青年だ。見慣れるという気が全くしない、人間離れした美貌で、闇の中から現れた姿は現実感のないものだった。
「テオ――」 
 夢の中とはいえ、正面からやってきた青年に、ダリオは距離があったものの声をかけた。
 しかし、声は届いているだろうに、テオドールは一切表情を作らない。そのままダリオを無視して、す、と向きを変える。
 え、と思った時には、彼は扉のドアノブに手をかけ、中を覗き込んで、
「——さん」
 と声をかけた。じっと奥を見通すようにしたが、首を傾げると丁寧に扉を閉める。
「おい、テオ?」
 またすたすたと数歩歩いて、別の扉を開いた。再び中を覗き込むと、人形のように首を傾げ、扉を閉める。
 何してんだ、とダリオは困惑した。やがてテオドールは目前までやって来たが、避けようともせず、ふたりの体は重なり――すっとダリオを通り抜けていった。
「……」
 ダリオはしばし立ち尽くし、ようやく背後を振り返ると頭に手をやった。テオドールの背中が遠ざかっていく。
「そういう感じの夢か?」
 テオドールは何か探しているようだ。ダリオは幽霊にでもなった気分で、ひとまず青年を追いかけた。
 青年は無表情に扉を開けては中を確認し、また閉めて、次の扉を開けては中を確認し、また閉めて、これらのルーティンをひたすら繰り返している。
 そうこうする内に、嫌でも気が付いた。ダリオを探しているのだ。
「ダリオさん」
 いない。
「ダリオさん」
 いない。
 口元が小さく確認しては呟いている。
 段々ダリオは足元から悪寒の粟立つようなそれに、ぞっとした。
 これ、俺の夢か? ほんとうに? 
 誰の見ている夢なんだ。
 ダリオがいない世界の夢。
 テオドールは確認して、やっととまった。
 そのまま、手をつきかねた子どものように、ぼーっと突っ立っていた。
 今度は踵を返して、こちらにまた戻って来る。するすると回廊は開け、居間につながった。館はこのような有機的な変幻の空間のつながり方をする。
 テオドールはまたしばらくぼうっとしていたが、手元で何か空中に操作すると、壁一面の大きなスクリーンに、大学構内のカフェが映し出された。
 手元がぶれているかのようにガタガタ動く。テオドールが携帯フォンのPandoroidで記録した映像らしい。やがてダリオの姿が映った。
 ダリオは大学のテラスでコーヒーをテーブルに置き、レポートをしている。撮影許可しているのか、気にしていない様子だ。いや、ちょっと恥ずかしそうにこちらを向いて、何が面白いんだ? と拗ねたように言い、これを見ているダリオはびっくりした。え、俺ってこんな風に言ってたか? と驚いたのだ。
 撮影されているダリオは笑い、仕方ないなとばかり肩をすくめた。飽きたらこっち来いよ、と声をかけるとまたレポートに戻る。すぐに映像はそこで終わった。テオドールはダリオの側に寄っていく方を優先したらしい。
 するとまた、この短い映像は繰り返された。何回も何回も。
 気が付くと、ずいぶん時間が経過していたのか、時が飛ぶかしたようで、映像に乱れが起きて、とうとうスクリーンは真っ黒になり、何も映らなくなった。
 テオドールはまたぼうっとしていたが、「……映りません」と呟いて、何度か操作を繰り返した。デジタル映像も、永遠ではない。夢の中で、どれほどの時間経過が起きたのかダリオには分からなかった。
 テオドールはまた廊下に向かい、扉を今度は一つずつ確認し始めた。
 ダリオはその間、凍りついたようになっていたし、声をかけもしたが、全然伝わらなかった。
 これ、俺の夢じゃねえ。
 テオドールの夢だ。
 テオドールが見ている夢なんだ。
「ダリオさん」
 いない。
「ダリオさん」
 いない。
 また確認している。とうとう、テオドールも気づいたらしい。
「そういえば、ダリオさんはもういないんだった……」
 口元に黒皮手袋をはめた手を当てて、何か思案するようだったが、不意にぺしょん、と体が溶けて、小さな水饅頭になった。
 よたよたと進み、どこかに向かっている。気の遠くなるような時間をかけて、ふたりの寝室だった場所に辿り着くと、ダリオが作った小さなミニベッドが真っ黒になって壊れていた。保存していたのに、と不明瞭な声でテオドールは何か呟く。
 寝室のふたりのベッドは無事で、テオドールは苦労してなんとか這い上ると、枕の下からごそごそ赤い紐を咥えて引っ張り出してきた。
 小さなポシェットで、ダリオがあげたやつだ。これも一度、燃やされたようなこともあったが、あの時丁寧に保存を施していたらしい。
 短い手を生やして、ポシェットを開けると、中から、きらきら光る石が出て来た。虹のスペクトルが変化する遊色は、オパールと思われる。水饅頭のテオドールは、小さな体に不釣り合いの大きな二つの目を作って、よく観察しているようだった。
「だりおさん、ここにいました」
 何を言っているのかわからなかった。オパールがダリオ? いや確か、骨が化石になる時にオパール化したのをボーンオパールというが、俺の骨? 骨がオパール化するって、どのくらいだ? 十万年とかそういう単位ではなかったと思う。一センチ四方でも数百万年はかかったような記憶を引っ張り出し、ダリオは震えあがった。
 水饅頭のテオドールは大事に大事にオパール切片をポシェットの中に戻すと、自分の中に取り込むように包み込んで、抱きしめるようにした。
「おやすみなさい、ダリオさん……」
 大きな目は、ゆっくりと閉じていく。ポシェットを抱きしめたまま、テオドールはじっと動かなくなった。
 止めろよ、とダリオは言いたくなった。言ったかもしれない。
 俺、ちゃんと考えるって。テオドールも納得したのかと思っていた。
 でも、それって俺の……俺の感覚だったんだ、とダリオは理解した。
 もし人間同士なら、明日大切な人が死んでしまうはずが、一カ月寿命が延びたならどうだろう。嬉しいけれども、一か月後に死んでしまう。不安で悪夢を毎日見るかもしれない。毎晩悪夢を見ても、一か月後に死んでしまう大切な人の前では、泣いたりしないと思う。ダリオならそうしない。
 テオドールと、ダリオの時間尺度は、感覚が違う。わかっているようで、全然わかっていなかった。
 一日後に死んでしまうダリオから、頑張って一カ月生きるようにしたよ、と言われて、テオドールはどんな気持ちだっただろう。
 そもそも、初めからわかってたじゃないか。とても耐えられないような長い時間を提示された時点で、彼らの時間感覚が、俺と全然違うんだって。
 もっとちゃんと話せばよかった。俺、分かった気になって、こんな夢をテオドールに見させていたなんて、どれほど怖かっただろう。
 涙が止まらなくなって、今夜見送った支配者のことを思い出した。耐えられないから。決して耐えられないから、『花』の意思など踏みにじって、自分の中に取り込んで、同じ時を過ごしたのだ。テオドールは憎々しげだった。でも、夢の中でさえ、テオドールはそうしなかった。
 ダリオが、ダリオの骨がオパール化して、映像記録を繰り返し再生してもう見られなくなるほど時間を過ごして、そうすることを選択するつもりなのだと。
「もういいよ……俺、構わねーよ。怖いけど、どうにもならなくなったら、怖くないように……同化してもいいよ……お前が、お前だけが怖くて寂しいのじゃ、意味ねーだろ……」
 ダリオがそう声をかけると、赤いポシェットを抱きしめた水饅頭のテオドールは、それこそ塩をかけたナメクジのように目の前で小さくしぼんで消えてしまった。
 支配者は夢を見ない。でも、ダリオのポシェットを抱いたまま、ダリオの夢を見ながら消えていったのか。

 あれ、でも、と。
 ダリオは、ようやく気が付いた。
 支配者は夢を見ない。眠らない。支配者は――テオドールが見ている夢なら、

「ダリオさん、いけません」

 夢を見ているテオドールが、明晰夢に気づいたのか、ダリオの背後からしっかりした声をかけて来た。
 いつものハイブランドスーツに、柔らかな黒髪が白皙の額にかかり、切れ長の目は紫やピンクの宝石を砕いて燃やした海中の炎のようだった。
「僕の不徳の致すところです。僕の夢にダリオさんを招いてしまうとは」
 ダリオも涙を拳でぬぐい、痛む喉を抑え、問いつめた。
「おま、お前――お前夢を、あ、……食事……人参も嫌いって……お前……」
 吸血鬼にでも襲われたかのように、体中から力が抜けていく。足元から崩れそうだった。
 支配者に食事は必要ない。しかし、ダリオのために食事の機能を作った。
 支配者に食べ物の好き嫌いなどそもそもない。しかし、食の好みまで獲得した。
 支配者に眠りは必要ない。しかし、テオドールは夢を見ている。
 支配者ではなく、人間に。
 人間に近づいて、作り変わって?
「じゅ、……寿命、お前、寿命、……」
 声が震えて、うまく紡げなかった。
「じゅみょう、どうなって……るんだよ……」
「……だいぶ減りましたが、特段困るようなことはありません」
 もう全身に重りをぶら下げられたように、ダリオはへたり込んでしまった。
 ダリオだって分かっていた。ダリオが寿命を延ばすより、テオドールに削ってもらった方が、話が簡単だと。
「お前……それは……」
 そんな犠牲を強いたかったわけではない。それを避けたくて、ダリオは自分の寿命をどう心身を健全なままに伸ばしていくか、考えて――本心では、無理だろうなとは思っていた。
「ダリオさんも、僕のために、本来人間が生きる時間の何倍も何十倍も覚悟してくれたのに、僕にはそれをしてはいけないと言うのですか?」
「お、俺が、俺が寿命伸ばすのと、お前が削るのじゃ、話がちが……ちがう、だろ……」
「違いません」
 きっぱりとテオドールは言い、ダリオの体を支えるようにして、肩を貸すとベッドまで連れていってくれた。ダリオの体が柔らかな寝台に沈む。テオドールの目は美しく、真剣にダリオを覗き込んでいた。
「人間が、その精神が破壊されるのを懸念するほど長く生きると。ダリオさんは僕のために覚悟してくれました。同じことです。僕たちはまったく違う。だから、ダリオさんは僕に歩み寄ろうといつもしてくれていましたよね? 僕たちはずっとそうして来たのではありませんか? どうしてそうしてはいけませんか? ダリオさんにだけ犠牲を強いるのはまったく僕の希望ではない」
「……お、俺だって……俺だってそうだよ……お前に犠牲……お前を悲しませるのも置き去りにするのも、あんな風に……探して……ポシェット抱いて……させるの嫌だよ……ばかやろう」
 ダリオはテオドールに抱きついた。最初からこうするしかなかったのに、勇気が足りなくて、本当に必要な話し合いを避けていた。
 その分、テオドールを苦しませてしまった。
「わかった。俺が延ばして、お前が削る。ふたりで時間を合わせて行こう。だから、さびしいのも、かなしいのも、俺にちゃんとわけてくれ……」
 テオドールは長いこと沈黙していた。
 やがて、少し困ったように、小さな声で、はい、と応じてくれたので、ダリオはどうにか口端を持ち上げて、下手くそな笑いを浮かべる。そうして、愛してくれるように同じく小さな声でお願いした。
 ふたりは、初めてキスするように、どこかぎこちなく、初々しいキスをして、お互いにお互いを抱き締めた。
 


 番外三十三 悪夢編 終わり
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