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本編
06.オメガは気から
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「ゆっき~、何読んでんの?」
「『最新トップトレンド! ティーンオメガおしゃれ術』」
「ホントに何読んでんの?」
期間限定オメガ生活を決意した俺が最初に行ったのは、オメガになる努力をすることだった。
体の方はすっかりオメガ化してしまっているらしいので、課題は心のほうだ。
オメガっぽいメンタルを手に入れれば、俺は晴れて身も心もオメガ……一週間限定だけど。
だからといって登校前にコンビニの書棚で適当に「オメガ」と書かれている雑誌を買うという行動は安直すぎるかもしれないが、最初の取っ掛かりにするにはこれくらいで充分だろう。
どうせなら現状を楽しんじゃおうというわけだ。
案の定、キラキラ派手めのヤングでフェミニンなオメガ向け雑誌を堂々と読んでいる俺は教室で目立っている。すでにこのやり取りも三回目。
俺の様子がおかしいことで、彼らの好奇心の矛先は颯真に向いた。
「なぁなぁ、雪どうした? 変なものでも食べたんか?」
「……そうかも」
こら、適当な相槌打つな。
雑誌から目線を上げると、苦いものでも噛んだみたいな表情の颯真がいた。それはどういう気持ちの顔なんだ。
俺の机に肘をついて居座る構えのベータ友人たちが好き勝手にさえずりはじめる。
「今まで雪、女もオメガも全然興味なさそうだったじゃん。愛想はいいけど一線引かれてる気がする~って悲しむ女子、けっこういるよ?」
「そういう女子にいい顔して手出してるおまえらにどうこう言われる筋合いない」
「あ、バレてたんだ」
だって雪いると女子の集まり方が違うからさぁ、なんて悪びれもせずうそぶくベータのクラスメイトは、アルファ二人の間に挟まっても物怖じしない稀有な存在だ。
アルファは数が少ない。
優秀なやつが多いから表立って差別されることはないけど、区別されているのは感じる。
あいつらは俺達と違って優秀だから……って遠ざけられるなんてこと、このトシでもう何十何百と経験してる。
いつもつるむのは、そういう区別をしないやつらだ。
第二性が違うことは承知の上で、性別より俺個人を見て付き合ってくれる。
もちろん雑談的にアルファの性質について喋ったり、羨ましがられたりすることはある。アルファの俺に引き寄せられる蝶のような女子たちのおこぼれに与るという下心も含まれてるだろう。
でも気楽に付き合うなら、それくらいの関係が丁度いい。
「おはよー雪。何読んでんの?」
「『最新トップトレンド! ティーンオメガおしゃれ術』」
「なにそれ。オトしたいオメガの子でもいんの?」
新しく加わった友人の一言で、俺の周囲でダラダラしていた男どもが一気に興味を持った気配がした。
野郎、めんどくさいことを言いやがって。
「おいおいなんだよ雪、みずくさいな。俺らに相談してくれてもいいじゃん!」
「そーそー、で、どんなコなの?」
「かわいい系? キレイ系? てかオメガってどこで出会えんの?」
「バカ、アルファとオメガは引き合うもんなんだよ。ナントカいうやつ……ナントカだよ」
「ツガイ、だろ。アルファとオメガは番になるから引き寄せ合うってやつ」
「ひゅ~ロマンチックぅ!」
絡み方がウザすぎて何も言わずにいたら、俺は可愛い年下のオメガ娘に心を奪われ、番にするべく何をトチ狂ったか朝一番ファッション誌を買ってきた男になってしまった。
びっくりするくらい何もかも間違ってる。
でも訂正するのは面倒だし、本当のところをこいつらに言う気もないのでそのままにしておくことにする。
「おい颯真、雪に先越されちゃうぞ。いいのか?」
しかしやつらはウザ絡みの矛先を、同じく黙ったままだった颯真にまで向けやがった。
「おまえらいい加減にしろよ」
「なんで雪がキレんだよ。颯真だってオメガとか番とか興味あるだろ?」
「ん……まぁ」
おや、おやおや?
かなり歯切れ悪かったものの、颯真は肯定を返した。
なんだ颯真、オメガに興味あったのか……。あ、だから昨日俺の体がオメガ化してるかもって確認することに、あんなノリノリだったのか。
「あーあ。オメガなんて高望みしないから、俺もカノジョほしー」
「俺も~」
予鈴が鳴ったので、友人たちはいつもの決り文句を口にしながら散っていった。
思春期男子の「カノジョ欲しい」はもはや鳴き声に近い。
「じゃあまた後で」
「ん」
俺もキラキラオメガ向けファッション雑誌を鞄にしまい込み、代わりに教科書を取り出す。
一番最後に俺から離れた颯真が、ちらりと視線を投げてきた。
小首を傾げて対応したが、物言いたげな目をされただけだった。
今朝はなんだか冴えないなぁ、あいつ。
昼休みは友人たちの圧強めのお誘いに屈し、久しぶりに颯真と二人きりじゃなく6人ほど集まってのランチになった。
場所は屋上。ナントカと煙は高いところが好きって言うよね。
「んで、雪はどうしたの? マジでオメガのコ狙ってんの?」
メガネを掛けているが目が悪いわけではないベータ友人が、行儀悪く箸の先で俺を指差しながら問いかけてきた。
焼きそばパンにかじりついた口を戻すこともできず、そのまま噛みちぎる。
他のやつが口を挟まないところを見ると、みんな気になっていたらしい。この娯楽社会で俺の恋路がそんなに気になるものか?
「んーん。オメガの人のことが気になるんじゃなくて、オメガって性自体に興味あんの」
「へぇ?」
「オメガって全然接する機会ないじゃん。町中でキレイな人見かけても、オメガかな? って思うことはあっても答え合わせできることなんてないし。だからまずはこういうの読んでみようかなって」
あぐらの膝に乗せていた雑誌を見せると、友人たちは「よくわからないけど、へぇ~」というニュアンスの声を出した。
特定のオメガが気になるんでもなく、アルファの俺がいきなりそんなことを言い出したらそういう反応になるかもしれない。
俺にとっては突然の珍事に心の整理をつけたいという意味合いが大きいから、他人から見ればなおさら、突発的で奇異な行動に思えるだろう。
颯真は無言で弁当を食べ進めている。
「オメガに興味って言うけど、具体的には?」
「ん?」
「今読んでる雑誌みたいな、ファッションに興味あんの? それとも見た目? 考え方とか、オメガを取り巻く社会制度、差別、新薬開発なんて分野もあるけど」
今度はメガネをかけていないがインテリ系のベータ友人が問いかけてきた。
ほほう、お主有識者だな。言わないだけでかねてからオメガに興味があったものと見える。
ベータはフェロモンをほとんど感じ取れないし、オメガと番になることもできないが、フェロモンの匂いを体臭として捉える嗅覚はあり、当然結婚なども可能だ。
オメガに興味を持つ思春期男子がいるのは当然のことだろう。
「全般的に興味はあるけど、一番はアレだな」
「なになに?」
「セックス」
ぶっ、と米粒を吹き出したのは颯真だ。
横に座ってたやつが「なにやってんだ!」「きたねぇ!」と騒いでいる。
颯真は謝りながら、屋上の床に散った米粒をティッシュで拭いている。ポケットティッシュ持ち歩いてるの律儀だな。
「ほら~、ゆっき~が変なこと言うから颯真が壊れちゃったじゃん。颯真大丈夫か?」
「あ、あぁ……ちょっとびっくりして」
「だよなー。性的なこと全然興味ありませんって澄まし顔だった雪がさー」
失敬な。俺だって年頃の男の子だぞ、性欲は並にある。
だが昔、第二性がアルファだと判明した頃、寄ってきた何人かのベータ女とそういうことをして……なんかもういいや、って思ったんだ。
女の子は手がかかる。
というか、手をかけないとすぐへそを曲げられる。
かっこよくエスコートしないといけないとか、いつもお姫様みたいにちやほやしないといけないとか、メッセージの返信は5分以内にしないといけないとか。
本当に好きならそういうのも許容できるのかもしれないけど、俺には無理だった。
いくら彼女たちの要請があっても、俺はダラダラしたいときは動きたくないし、思ってもないお世辞連発できないし、メッセージの返事だって寝る前にまとめてやるくらいでいい。
そうしたら自然と女子を目で追うことが減り、ムラムラしても生身の相手で発散しようという気にならなくなり、右手が恋人でいいやと思うようになり……今に至るだけだ。
確かにアルファにしては性欲少なめかもしれないが、今のところ困ってないし。
「でもオメガのセックス、興味あるだろ?」
俺はある。周囲を見回せば、照れくさそうにしながらも何人か同意を得られた。
オメガはかつて「生むためだけの性」だなどと迫害を受けてきたという。
発情期の存在や、アルファを生む確率の高い性質からで、国際的にオメガ差別を撤廃しようという機運が高まってから何十年と経った今でも、根強い差別感情は存在すると言われている。
俺だって表立って差別することはないけど、オメガを「区別」しないで接することは現状無理だ。
でも今自分がオメガになった以上、関係ないと切り捨てることはできない。
そうなると自然と行き着くところは「今の体でセックスしたら、オメガ並に気持ちいいのか」という点で。
性欲少なめでも思春期アルファ男子だからさ。
「興味はそりゃあ、あるけど」
「こっちが興味あっても相手がいないからな~」
「それな……」
「雪はアルファなんだし、ツテとかないの?」
「てかホントはオメガの知り合いがいるから興味出てきたとかなんじゃないの? 相手いなくて興味だけいきなり出てくるもん?」
おっと、鋭いやつが紛れ込んでる。
まぁこやつもさすがに「俺がオメガ側で興味がある」とは想像もしないだろう。
そこは適当にお茶を濁すと、ベータたちの話題は徐々に猥談にシフトしていった。通常運転だ。俺は役目を終えたとばかりに焼きそばパンの残りを頬張る。
食事中、颯真と目があうことは最後までなかった。
昼休み後の究極に眠い時間帯の授業をなんとかやりすごし、放課後。
今日も変わらず颯真と帰宅する……んだけど。
「颯真、ちょっとあからさますぎ」
「え」
「そんなに避けられたら俺傷つくよ」
それほど混んでない電車内で妙に距離があると思っていたら、並んで歩くのもやけに離れているし、俺の部屋に入るのは一緒だったけど、いつもなら座らないようなラグの反対側の端っこに腰下ろすし。
俺から距離を取ろうという意思が露骨すぎる。
「昨日のことまだ気にしてんの? あれは俺も悪かったしさ」
「いや昨日のことは、気にならないわけじゃないけど、そうじゃなくて……」
「じゃ何」
頑なにこっちを向かない颯真を辛抱強く待ち続ける。
一番の友人だと思っている彼と気まずいままなのは絶対嫌だ。わだかまりは早めに解消するに限る。
数分黙ったまま目を泳がせていた颯真がやっと口を開いた。
「昼間の……話」
「ん?」
「だから、オメガの……セックスに興味あるって話」
「あぁ、アレね」
「セックス」の部分だけ声小さいのめっちゃ照れてるじゃん。
「あいつらはふつうに流してたけどさ、俺は……ユキがオメガになってるの知ってる。なのにあんなこと言ってて……それって、ユキ自身がオメガとして、受け身のセックスに興味あるって、そういう意味だよな……?」
「そーなるね」
体はどうあれ心根はアルファなので、今までは受け身のえっちに興味なんてなかったんだけど、考えれば考えるほど気になって仕方なくなった。だって男の子だもん。
発情期のオメガとのセックスは、ものすごく気持ちいいらしい。
それはアルファもオメガもという意味で、すごく良いという体験談が主にネットにごろごろ転がってるんだ。
昨日颯真が帰った後、オメガのことを色々調べるうちにそういうサイトを何個か見て、俄然興味が湧いた。
アルファとベータの男女のセックスは「もういいや」になってしまった俺だが、オメガとしてアルファとヤったらどうだろう、と。
「それってさ、俺のせい……?」
「ん?」
「俺が昨日、ユキの体を、その、触ったりしたから?」
「あー。きっかけではあるけど颯真のせいではないよ。どのみちいつかはそっちに興味出てたと思うし」
そう言っても、肩をこわばらせたままの颯真はリラックスしてくれそうにない。
何言っても「やっぱり俺のせいだ」って気に病むかなぁ。本当に颯真のせいじゃないのに。
しかし彼の懸念は俺の予想を飛び越えたところにあった。
「っ、ユキがオメガとしてのセックスに興味あるって言って、俺、昨日のこと思い出して……」
「ん」
「誰かが昨日みたいにユキの体触るのか、とか、もしかしたらそれ以上も……とか考えたらなんか変な気持ちになって……」
「ん?」
「ユキは怖がってたけど、もし神様に会う前に発情期が来たら、ユキは近くにいる誰かに助けを求めて、その誰かに……とか。そのまま発情期のオメガみたいなユキを想像しちゃって、顔が、見られなくなって」
「んん?」
なんか雲行きが怪しくなってきた。
颯真は俺がオメガのセックスに興味があること自体ではなく、俺が誰かにオメガとして抱かれる想像をしちゃって、それが気まずくてこうなってるってことか?
来る可能性のほうが低い発情期のことまで妄想して?
「それって、颯真が俺とセックスしたいってこと?」
いや、言ってからいくらなんでも直球過ぎたなって自分でも思ったよ。
颯真が真っ赤になって顔を覆ってしまったから。
「『最新トップトレンド! ティーンオメガおしゃれ術』」
「ホントに何読んでんの?」
期間限定オメガ生活を決意した俺が最初に行ったのは、オメガになる努力をすることだった。
体の方はすっかりオメガ化してしまっているらしいので、課題は心のほうだ。
オメガっぽいメンタルを手に入れれば、俺は晴れて身も心もオメガ……一週間限定だけど。
だからといって登校前にコンビニの書棚で適当に「オメガ」と書かれている雑誌を買うという行動は安直すぎるかもしれないが、最初の取っ掛かりにするにはこれくらいで充分だろう。
どうせなら現状を楽しんじゃおうというわけだ。
案の定、キラキラ派手めのヤングでフェミニンなオメガ向け雑誌を堂々と読んでいる俺は教室で目立っている。すでにこのやり取りも三回目。
俺の様子がおかしいことで、彼らの好奇心の矛先は颯真に向いた。
「なぁなぁ、雪どうした? 変なものでも食べたんか?」
「……そうかも」
こら、適当な相槌打つな。
雑誌から目線を上げると、苦いものでも噛んだみたいな表情の颯真がいた。それはどういう気持ちの顔なんだ。
俺の机に肘をついて居座る構えのベータ友人たちが好き勝手にさえずりはじめる。
「今まで雪、女もオメガも全然興味なさそうだったじゃん。愛想はいいけど一線引かれてる気がする~って悲しむ女子、けっこういるよ?」
「そういう女子にいい顔して手出してるおまえらにどうこう言われる筋合いない」
「あ、バレてたんだ」
だって雪いると女子の集まり方が違うからさぁ、なんて悪びれもせずうそぶくベータのクラスメイトは、アルファ二人の間に挟まっても物怖じしない稀有な存在だ。
アルファは数が少ない。
優秀なやつが多いから表立って差別されることはないけど、区別されているのは感じる。
あいつらは俺達と違って優秀だから……って遠ざけられるなんてこと、このトシでもう何十何百と経験してる。
いつもつるむのは、そういう区別をしないやつらだ。
第二性が違うことは承知の上で、性別より俺個人を見て付き合ってくれる。
もちろん雑談的にアルファの性質について喋ったり、羨ましがられたりすることはある。アルファの俺に引き寄せられる蝶のような女子たちのおこぼれに与るという下心も含まれてるだろう。
でも気楽に付き合うなら、それくらいの関係が丁度いい。
「おはよー雪。何読んでんの?」
「『最新トップトレンド! ティーンオメガおしゃれ術』」
「なにそれ。オトしたいオメガの子でもいんの?」
新しく加わった友人の一言で、俺の周囲でダラダラしていた男どもが一気に興味を持った気配がした。
野郎、めんどくさいことを言いやがって。
「おいおいなんだよ雪、みずくさいな。俺らに相談してくれてもいいじゃん!」
「そーそー、で、どんなコなの?」
「かわいい系? キレイ系? てかオメガってどこで出会えんの?」
「バカ、アルファとオメガは引き合うもんなんだよ。ナントカいうやつ……ナントカだよ」
「ツガイ、だろ。アルファとオメガは番になるから引き寄せ合うってやつ」
「ひゅ~ロマンチックぅ!」
絡み方がウザすぎて何も言わずにいたら、俺は可愛い年下のオメガ娘に心を奪われ、番にするべく何をトチ狂ったか朝一番ファッション誌を買ってきた男になってしまった。
びっくりするくらい何もかも間違ってる。
でも訂正するのは面倒だし、本当のところをこいつらに言う気もないのでそのままにしておくことにする。
「おい颯真、雪に先越されちゃうぞ。いいのか?」
しかしやつらはウザ絡みの矛先を、同じく黙ったままだった颯真にまで向けやがった。
「おまえらいい加減にしろよ」
「なんで雪がキレんだよ。颯真だってオメガとか番とか興味あるだろ?」
「ん……まぁ」
おや、おやおや?
かなり歯切れ悪かったものの、颯真は肯定を返した。
なんだ颯真、オメガに興味あったのか……。あ、だから昨日俺の体がオメガ化してるかもって確認することに、あんなノリノリだったのか。
「あーあ。オメガなんて高望みしないから、俺もカノジョほしー」
「俺も~」
予鈴が鳴ったので、友人たちはいつもの決り文句を口にしながら散っていった。
思春期男子の「カノジョ欲しい」はもはや鳴き声に近い。
「じゃあまた後で」
「ん」
俺もキラキラオメガ向けファッション雑誌を鞄にしまい込み、代わりに教科書を取り出す。
一番最後に俺から離れた颯真が、ちらりと視線を投げてきた。
小首を傾げて対応したが、物言いたげな目をされただけだった。
今朝はなんだか冴えないなぁ、あいつ。
昼休みは友人たちの圧強めのお誘いに屈し、久しぶりに颯真と二人きりじゃなく6人ほど集まってのランチになった。
場所は屋上。ナントカと煙は高いところが好きって言うよね。
「んで、雪はどうしたの? マジでオメガのコ狙ってんの?」
メガネを掛けているが目が悪いわけではないベータ友人が、行儀悪く箸の先で俺を指差しながら問いかけてきた。
焼きそばパンにかじりついた口を戻すこともできず、そのまま噛みちぎる。
他のやつが口を挟まないところを見ると、みんな気になっていたらしい。この娯楽社会で俺の恋路がそんなに気になるものか?
「んーん。オメガの人のことが気になるんじゃなくて、オメガって性自体に興味あんの」
「へぇ?」
「オメガって全然接する機会ないじゃん。町中でキレイな人見かけても、オメガかな? って思うことはあっても答え合わせできることなんてないし。だからまずはこういうの読んでみようかなって」
あぐらの膝に乗せていた雑誌を見せると、友人たちは「よくわからないけど、へぇ~」というニュアンスの声を出した。
特定のオメガが気になるんでもなく、アルファの俺がいきなりそんなことを言い出したらそういう反応になるかもしれない。
俺にとっては突然の珍事に心の整理をつけたいという意味合いが大きいから、他人から見ればなおさら、突発的で奇異な行動に思えるだろう。
颯真は無言で弁当を食べ進めている。
「オメガに興味って言うけど、具体的には?」
「ん?」
「今読んでる雑誌みたいな、ファッションに興味あんの? それとも見た目? 考え方とか、オメガを取り巻く社会制度、差別、新薬開発なんて分野もあるけど」
今度はメガネをかけていないがインテリ系のベータ友人が問いかけてきた。
ほほう、お主有識者だな。言わないだけでかねてからオメガに興味があったものと見える。
ベータはフェロモンをほとんど感じ取れないし、オメガと番になることもできないが、フェロモンの匂いを体臭として捉える嗅覚はあり、当然結婚なども可能だ。
オメガに興味を持つ思春期男子がいるのは当然のことだろう。
「全般的に興味はあるけど、一番はアレだな」
「なになに?」
「セックス」
ぶっ、と米粒を吹き出したのは颯真だ。
横に座ってたやつが「なにやってんだ!」「きたねぇ!」と騒いでいる。
颯真は謝りながら、屋上の床に散った米粒をティッシュで拭いている。ポケットティッシュ持ち歩いてるの律儀だな。
「ほら~、ゆっき~が変なこと言うから颯真が壊れちゃったじゃん。颯真大丈夫か?」
「あ、あぁ……ちょっとびっくりして」
「だよなー。性的なこと全然興味ありませんって澄まし顔だった雪がさー」
失敬な。俺だって年頃の男の子だぞ、性欲は並にある。
だが昔、第二性がアルファだと判明した頃、寄ってきた何人かのベータ女とそういうことをして……なんかもういいや、って思ったんだ。
女の子は手がかかる。
というか、手をかけないとすぐへそを曲げられる。
かっこよくエスコートしないといけないとか、いつもお姫様みたいにちやほやしないといけないとか、メッセージの返信は5分以内にしないといけないとか。
本当に好きならそういうのも許容できるのかもしれないけど、俺には無理だった。
いくら彼女たちの要請があっても、俺はダラダラしたいときは動きたくないし、思ってもないお世辞連発できないし、メッセージの返事だって寝る前にまとめてやるくらいでいい。
そうしたら自然と女子を目で追うことが減り、ムラムラしても生身の相手で発散しようという気にならなくなり、右手が恋人でいいやと思うようになり……今に至るだけだ。
確かにアルファにしては性欲少なめかもしれないが、今のところ困ってないし。
「でもオメガのセックス、興味あるだろ?」
俺はある。周囲を見回せば、照れくさそうにしながらも何人か同意を得られた。
オメガはかつて「生むためだけの性」だなどと迫害を受けてきたという。
発情期の存在や、アルファを生む確率の高い性質からで、国際的にオメガ差別を撤廃しようという機運が高まってから何十年と経った今でも、根強い差別感情は存在すると言われている。
俺だって表立って差別することはないけど、オメガを「区別」しないで接することは現状無理だ。
でも今自分がオメガになった以上、関係ないと切り捨てることはできない。
そうなると自然と行き着くところは「今の体でセックスしたら、オメガ並に気持ちいいのか」という点で。
性欲少なめでも思春期アルファ男子だからさ。
「興味はそりゃあ、あるけど」
「こっちが興味あっても相手がいないからな~」
「それな……」
「雪はアルファなんだし、ツテとかないの?」
「てかホントはオメガの知り合いがいるから興味出てきたとかなんじゃないの? 相手いなくて興味だけいきなり出てくるもん?」
おっと、鋭いやつが紛れ込んでる。
まぁこやつもさすがに「俺がオメガ側で興味がある」とは想像もしないだろう。
そこは適当にお茶を濁すと、ベータたちの話題は徐々に猥談にシフトしていった。通常運転だ。俺は役目を終えたとばかりに焼きそばパンの残りを頬張る。
食事中、颯真と目があうことは最後までなかった。
昼休み後の究極に眠い時間帯の授業をなんとかやりすごし、放課後。
今日も変わらず颯真と帰宅する……んだけど。
「颯真、ちょっとあからさますぎ」
「え」
「そんなに避けられたら俺傷つくよ」
それほど混んでない電車内で妙に距離があると思っていたら、並んで歩くのもやけに離れているし、俺の部屋に入るのは一緒だったけど、いつもなら座らないようなラグの反対側の端っこに腰下ろすし。
俺から距離を取ろうという意思が露骨すぎる。
「昨日のことまだ気にしてんの? あれは俺も悪かったしさ」
「いや昨日のことは、気にならないわけじゃないけど、そうじゃなくて……」
「じゃ何」
頑なにこっちを向かない颯真を辛抱強く待ち続ける。
一番の友人だと思っている彼と気まずいままなのは絶対嫌だ。わだかまりは早めに解消するに限る。
数分黙ったまま目を泳がせていた颯真がやっと口を開いた。
「昼間の……話」
「ん?」
「だから、オメガの……セックスに興味あるって話」
「あぁ、アレね」
「セックス」の部分だけ声小さいのめっちゃ照れてるじゃん。
「あいつらはふつうに流してたけどさ、俺は……ユキがオメガになってるの知ってる。なのにあんなこと言ってて……それって、ユキ自身がオメガとして、受け身のセックスに興味あるって、そういう意味だよな……?」
「そーなるね」
体はどうあれ心根はアルファなので、今までは受け身のえっちに興味なんてなかったんだけど、考えれば考えるほど気になって仕方なくなった。だって男の子だもん。
発情期のオメガとのセックスは、ものすごく気持ちいいらしい。
それはアルファもオメガもという意味で、すごく良いという体験談が主にネットにごろごろ転がってるんだ。
昨日颯真が帰った後、オメガのことを色々調べるうちにそういうサイトを何個か見て、俄然興味が湧いた。
アルファとベータの男女のセックスは「もういいや」になってしまった俺だが、オメガとしてアルファとヤったらどうだろう、と。
「それってさ、俺のせい……?」
「ん?」
「俺が昨日、ユキの体を、その、触ったりしたから?」
「あー。きっかけではあるけど颯真のせいではないよ。どのみちいつかはそっちに興味出てたと思うし」
そう言っても、肩をこわばらせたままの颯真はリラックスしてくれそうにない。
何言っても「やっぱり俺のせいだ」って気に病むかなぁ。本当に颯真のせいじゃないのに。
しかし彼の懸念は俺の予想を飛び越えたところにあった。
「っ、ユキがオメガとしてのセックスに興味あるって言って、俺、昨日のこと思い出して……」
「ん」
「誰かが昨日みたいにユキの体触るのか、とか、もしかしたらそれ以上も……とか考えたらなんか変な気持ちになって……」
「ん?」
「ユキは怖がってたけど、もし神様に会う前に発情期が来たら、ユキは近くにいる誰かに助けを求めて、その誰かに……とか。そのまま発情期のオメガみたいなユキを想像しちゃって、顔が、見られなくなって」
「んん?」
なんか雲行きが怪しくなってきた。
颯真は俺がオメガのセックスに興味があること自体ではなく、俺が誰かにオメガとして抱かれる想像をしちゃって、それが気まずくてこうなってるってことか?
来る可能性のほうが低い発情期のことまで妄想して?
「それって、颯真が俺とセックスしたいってこと?」
いや、言ってからいくらなんでも直球過ぎたなって自分でも思ったよ。
颯真が真っ赤になって顔を覆ってしまったから。
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