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本編
07.一石二鳥の完璧な計画
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若くして「知り合いがセックスしてるのを横から眺める」みたいな特殊性癖がない限り、颯真の言い分は「俺が誰かとセックスするかもしれないのは嫌だ」って話になる。
このまま俺を放っておいたら、性的なことへの興味が先走って、オメガの体のうちに誰かとヤってみようとか言い出しかねない。
だったらいっそ自分と……って思考回路?
「ごめんユキ! 俺を信頼して体のこと教えてくれたのに、俺、俺は……」
「いや別にいいけど。なんならヤってみる?」
「ごめ……え?」
「知らないアルファとかベータの男とかは怖いけど、颯真ならよく知ってるし。颯真が嫌じゃなければだけど」
フェロモンが出たり後ろが濡れたりとオメガの体になってはいるらしいが、俺の見た目はどう見ても男だ。
アルファとして何年も生きてきたので、男の身長とゴツい骨格、柔らかさのかけらもない筋張った肌しか持ってない。
オメガによく聞く、折れそうに細くて守ってあげたくなるたおやかさ……みたいなものはかけらもない。
どうせ抱くならそういう可愛らしいのがいいと思うし、颯真だってそうだろう。フェロモンに血迷っただけならすぐに目が覚めるはず。
だから今断られて、それで終わり。
当然却下されるものと出した提案だったが、いきなり正面から肩をガッと掴まれた。
「する」
「あ、うん。じゃあ、そういうことで」
目がマジだ。ちょっと血走ってもいる。
そんなに興味あったのか、オメガとのセックス。
まぁ颯真だって年頃の男の子だもんな。
俺以上に性的なことなんてどうでも良さそうに振る舞っている友人のケモノな部分が垣間見れたのはちょっと面白い。
そういえば昨日も、俺は嫌だって言ったのに結構強引にしてきたもんな。フェロモンに酔っていたとはいえ、意外とSっ気あるのかもしれない。
「今日は母さん早く帰ってくるから、明日な」
「え? あ、明日!?」
「何、用事でもあんの?」
「いや心の準備が」
えー、いるか? 心の準備。
というかそれは俺のセリフじゃないか?
「抜き合いはすぐにでもできそうだったんだし、本番も身構える必要なくね?」
詳しく聞いたことはないが、俺が童貞じゃないのと同様に颯真も多少は経験あるだろう。
普通は、こういう話をしてる時点ですぐに雪崩れ込むものだ。たぶん。
今回は俺が受け身初めて────つまり処女というわけで、時間をたっぷり取れる明日へ繰り越しとなるが、そうでなければ今ここで押し倒されても文句は言えない。
なのに、さっきは食い気味に了承してきた颯真の方が及び腰とは。
「ユキこそなんでそんな軽いの? もっとアルファとしての葛藤とか躊躇とかあってくれよ!」
「いやぁ……だってオメガって気持ちいいらしいし……」
「アルファのプライドしっかり持ってろよ!」
なんで突っ込む側に説教されなきゃならないんだ。
颯真の気持ちもわからないでもないけど。
俺だって友達がこんなこと言い出したら「自分を大事にしろ」とかオッサンみたいなこと言っちゃいそうだし。
でも。
「相手が颯真ならいいかなって」
そう、この一点に尽きる。
颯真なら痛いことはしないだろうし、怖いと思うこともたぶんない。
颯真は俺の体の変化のことを笑ったりしなかった。真剣に、全力で、一緒に悩んでくれた。
颯真なら俺の体が戻った後も、一番の友達でいてくれると信じられる。
「……最後の一個は保証できないぞ……」
「あー。大丈夫だって、抜き合いの延長線上って思えば。俺は気にしないし」
「ん゛んん……」
赤面を覆っていた男は、今度は頭を抱えてしまった。
我ながら貞操観念はユルい方だと自負している。一方の颯真は、どうみてもカチカチの堅物だ。
アルファの体に戻れば俺は誰かに股を開くつもりはないし、フェロモンが出なくなるから颯真が惑わされることもなくなる。
関係は完全に元通りにはならないだろうが、お互いに恋愛感情があるわけじゃないし、何年か後には昔の過ちとして水に流して酒とか飲める関係になるだろう。
「颯真、いつかはオメガと番になるつもりでいるんだろ?」
「え、あぁ、いや……そう、だけど」
だよな。アルファに生まれればみんな一度は考える。
昼休みの屋上でも、颯真はオメガに興味がないとは言わなかった。
「んじゃ~将来のための練習だと思って。俺もオメガらしくがんばるからさ。こんなデカくてゴツいオメガいるか、ってのはナシな」
努めて明るく軽~く言って、ぱち、と下手くそなウィンクもつけてやる。
滅多に出会えないオメガといつか遭遇したとき、オメガの扱いを心得ていればきっと有利に働く。
生まれ持った高貴な雰囲気に加え、スマートで紳士な颯真を見せることができれば、並のオメガなら秒でオトせる。なんせ顔がいいからなこいつ。
颯真の輝かしい幸せ家族計画のための礎になることができて、ついでに俺は現在興味津々のエロ体験ができて、まさに一石二鳥。
そうなると尚のこと、この計画を誰かに邪魔されるわけにはいかない。
決行は明日だ。
「つきましては、俺は明日の朝からばっちりオメガだから。颯真もそのつもりでね」
「うーん、わかったようなわからんような」
「返事はハイ一択!」
「ハイ……」
間もなく母親が帰ってくるので颯真を帰宅させ、俺はすぐさま情報収集を開始した。
すべては俺と颯真の楽しい明日のためだ。
そのせいで宿題が出ていたことを次の日の朝思い出した。颯真に見せてもらおう。
玄関を開けると、ここ数日ですっかり見慣れた光景が広がっている。
門扉の傍らに立つ、すらりと均整の取れた体つきの男子高校生。
目鼻立ちの際立った、思わず二度見する美貌には成長過渡期の幼さはあまり残っていない。
「おはよ、ユキ」
そんな男が俺だけに微笑んで挨拶してくれるなんて絶景だ。
俺が本物のオメガだったら、高一のとき一緒のクラスになって仲良くなった時点でもう惚れてたかもしれないなぁ、なんて思う。
「おはよ颯真。さっそくだけど学校ついたら宿題写させて」
「やってないのか?」
「忘れてた。今日のための情報収集と準備に忙しくて」
そう言ったら、颯真は僅かに目元を赤らめた。
イケメンの赤面はいいものですね。
「往来でそういうこと言うな」
「え~そういうことってどういうこと? 何想像したの? 颯真のえっち」
「やめろって」
照れる颯真に頭をくしゃくしゃにされた。
時間がない中せっかく整えた髪なのに。お返しに颯真の髪もかき混ぜてやった。
「確認なんだけど」
「ん~?」
かと思えば、真剣に見つめられる。
ここ数日で友人の真面目な顔を一生分拝んだかもしれない。
「今日は一日ユキをオメガ扱いする、ってことでいいんだよな?」
「あー。颯真にその気があるなら。二度とないことだし、ちやほやしてくれていいんだぜ?」
「ちやほやされたいのか」
苦笑する颯真が、俺に手を差し出した。
ん、なんだこの手は。
「そういうことなら遠慮なくちやほやしてやるから。お手をどうぞ、お姫様」
どうやらこの男、相当オメガの扱いに自信がおありのようだ。
そっちがその気ならこの勝負、受けて立つ。
俺だってオメガっぽい振る舞いは勉強してきたんだ。一夜漬けだけど。
でもお姫様扱いしてほしいわけじゃない。俺はあくまで男オメガだからな。
「はいはい。ユキは注文が多いな」
呆れた声を出す割に、繋いだ手は解かれることなく駅までの道のりを進んでいく。
ふと、自分が白線の内側を歩いていることに気づいた。
颯真は道路側で、さりげなく行き先の角度を変えて、アスファルトのでこぼこや水たまりを俺が避けられるよう歩いてる。
やだ、何そのエスコート。ちょっとキュンときた。
デキる男はそういう所作すらスマートなんだなぁ。オメガの扱いに自信があるのも納得だ。今後の参考にさせてもらおう。
その後も段差に注意するよう手を引かれたり、細い道で歩行者とすれ違うときさりげなく肩を抱かれたりと、細やかに気遣われながら駅まで歩いた。
電車内で庇われるような体勢になるのももう慣れっこだ。
「俺の匂いって、今どう?」
鞄を前に抱えて颯真に問いかける。
電車の中ってうるさいけど、満員電車の端っこで恋人並にくっついてると小さな声でも案外聞こえるものだ。
俺の小声に合わせて、颯真も小声で返してくる。
「あんまり感じない、けどこの距離だと少しは」
「そっか。やっぱ市販品だと完璧にフェロモン抑えるのは無理なのかもなぁ」
「かもね。……いい匂いだ」
電車の中ですんすん嗅ぐのやめてください。
他人から見れば痴漢だと思われても仕方ないぞ。というわけで冤罪を防ぐために、颯真の腰に腕を回して知り合いアピールをしておいた。
あれ、これってもしかして知り合いというより恋人っぽい表現だろうか。
でも今日くらいはいいか。一日だけの恋人ってことで。
「なんか今日いつもより仲良いよな、おまえら」
昼休み。
斜向(はすむか)いでメシを食っていた友人にそう指摘され、俺は周囲を見回した。
友人は俺を見てる。俺と誰が仲良いって?
視線をさまよわせた先で、颯真と目が合う。俺と颯真のこと言ってるのか。
「俺と颯真はいつだってマブダチだし」
「はいはい。そうじゃなくて、物理的に距離近いっていうか、なんつーか」
「そーかぁ?」
改めて横に座るアルファの友人を眺める。
今日は風が強いので屋上ではなく、教室で昼飯だ。半分くらいのクラスメイトが室内で好き勝手机を動かして食事している。
俺たちも今日は4人組。二つの机をくっつけて、周囲から適当に椅子を拝借して車座になっている。
前の席から椅子を借りて座っている颯真は今日もイケメンだ。姿勢が良くて行儀も良くて、お弁当が美味しそうに見える。
「食べるか? タコさんウィンナー」
「んぁ」
了承の意味で口を開けると、颯真の弁当からタコさんが運ばれてきた。
近くでよく見るとゴマで目がついてる。凝ってるなぁ。
もぎゅもぎゅ咀嚼しながら友人を見ると、なぜか呆れたような顔をしている。
「それで距離近い自覚ないのかよ」
「いや待て、こいつらっていつもこれくらいの距離感じゃないか?」
「言われてみればそうかも……」
ウィンナーをよく噛んでいる俺と、口を挟む気がないらしい颯真が黙っている間に友人たちの疑義は解消されたらしい。
それ以降は特に中身のない会話が続き、最終的に颯真以外全員が5時間目の授業の宿題をやっていないことが発覚。
全員で颯真の答案を写させてもらうことになった。
「ところどころ答え変えたりしたほうがいいよな?」
「んな小細工してるヒマねぇって!」
いつも以上にミミズがのたくったような達筆でなんとか写し終えた俺たちを、颯真は終始苦笑いで見守っていた。
何食わぬ顔で宿題を提出し、時々眠気に負けながらも一日の授業を受け終え、颯真と一緒に帰宅する。
「颯真と雪、最近毎日一緒に帰ってね? 颯真部活は?」
「今ちょっと休んでるんだ」
「ふーん。まぁそういうときもあるよな」
俺の友人は皆なんというか、柔軟な考え方をする。
誰かの事情を執拗に聞き出そうとしたりしないし、深入りもしてこない。それでいて俺たちアルファを差別することはない。心地良い距離感を保ってくれている。テキトーとも言う。
その分、仲間に色恋沙汰の話が持ち上がると異常なまでに食いついてくるけどな。
友人たちは「ふーん」で済ませたことだが、俺は「ふーん」では済まない。
颯真が何日も部活を休んでいるのは俺のせいだから。
「ごめんな、颯真」
「え、何が?」
「部活、ホントは出たいだろ? 朝練も俺のせいで出られないし」
「ユキのせいじゃない。俺の勝手だ」
そう言われてしまうと俺はもう何も言えない。
でも安心してくれ。颯真の朝夕時間を拘束するのは、今日と来週の一日だけだ。
土日は登校しないから俺は家に引きこもってる予定だし、月曜は晴れて約束の「一週間後」その日となる。
やっと颯真を解放してやれる。
その前に今日これからビッグイベントがあるわけだけど。
「颯真、今日はこっち」
「え?」
定期券で乗り込んだ電車、いつもと反対側のドアの前に陣取った俺は、たった二駅で電車を降りた。もちろん颯真も一緒に。
降りた駅はこの辺で一番大きい繁華街で、歓楽街でもある。
「どこか買い物でも行くのか?」
「装備が足りなければ買ってもいいけど、違う」
「装備?」
俺は颯真を見た。
うちの高校は制服登校だけど、鞄は自由だ。
俺は普段肩掛けで、颯真はリュック。どちらも学校指定のものじゃない。
これならあとは、目立つブレザーを仕舞って上着を羽織れば、学生に見えにくくなる。
俺はいつもより膨らんでいるバッグから薄手の上着を取り出して颯真に渡した。自分でもパーカーを着込み、ワイシャツが見えないように襟元を調節する。
「これ着て。行くよ」
「だからどこに?」
なかなか察しが悪いな。
でもそっか。颯真はこういうことしたことないんだろう、真面目だから。
学生が見た目を取り繕って、放課後週末の歓楽街へ向かう理由なんてそう多くない。
「ラブホ!」
そう言って腕を引っ張ると、颯真は目を丸くした。
このまま俺を放っておいたら、性的なことへの興味が先走って、オメガの体のうちに誰かとヤってみようとか言い出しかねない。
だったらいっそ自分と……って思考回路?
「ごめんユキ! 俺を信頼して体のこと教えてくれたのに、俺、俺は……」
「いや別にいいけど。なんならヤってみる?」
「ごめ……え?」
「知らないアルファとかベータの男とかは怖いけど、颯真ならよく知ってるし。颯真が嫌じゃなければだけど」
フェロモンが出たり後ろが濡れたりとオメガの体になってはいるらしいが、俺の見た目はどう見ても男だ。
アルファとして何年も生きてきたので、男の身長とゴツい骨格、柔らかさのかけらもない筋張った肌しか持ってない。
オメガによく聞く、折れそうに細くて守ってあげたくなるたおやかさ……みたいなものはかけらもない。
どうせ抱くならそういう可愛らしいのがいいと思うし、颯真だってそうだろう。フェロモンに血迷っただけならすぐに目が覚めるはず。
だから今断られて、それで終わり。
当然却下されるものと出した提案だったが、いきなり正面から肩をガッと掴まれた。
「する」
「あ、うん。じゃあ、そういうことで」
目がマジだ。ちょっと血走ってもいる。
そんなに興味あったのか、オメガとのセックス。
まぁ颯真だって年頃の男の子だもんな。
俺以上に性的なことなんてどうでも良さそうに振る舞っている友人のケモノな部分が垣間見れたのはちょっと面白い。
そういえば昨日も、俺は嫌だって言ったのに結構強引にしてきたもんな。フェロモンに酔っていたとはいえ、意外とSっ気あるのかもしれない。
「今日は母さん早く帰ってくるから、明日な」
「え? あ、明日!?」
「何、用事でもあんの?」
「いや心の準備が」
えー、いるか? 心の準備。
というかそれは俺のセリフじゃないか?
「抜き合いはすぐにでもできそうだったんだし、本番も身構える必要なくね?」
詳しく聞いたことはないが、俺が童貞じゃないのと同様に颯真も多少は経験あるだろう。
普通は、こういう話をしてる時点ですぐに雪崩れ込むものだ。たぶん。
今回は俺が受け身初めて────つまり処女というわけで、時間をたっぷり取れる明日へ繰り越しとなるが、そうでなければ今ここで押し倒されても文句は言えない。
なのに、さっきは食い気味に了承してきた颯真の方が及び腰とは。
「ユキこそなんでそんな軽いの? もっとアルファとしての葛藤とか躊躇とかあってくれよ!」
「いやぁ……だってオメガって気持ちいいらしいし……」
「アルファのプライドしっかり持ってろよ!」
なんで突っ込む側に説教されなきゃならないんだ。
颯真の気持ちもわからないでもないけど。
俺だって友達がこんなこと言い出したら「自分を大事にしろ」とかオッサンみたいなこと言っちゃいそうだし。
でも。
「相手が颯真ならいいかなって」
そう、この一点に尽きる。
颯真なら痛いことはしないだろうし、怖いと思うこともたぶんない。
颯真は俺の体の変化のことを笑ったりしなかった。真剣に、全力で、一緒に悩んでくれた。
颯真なら俺の体が戻った後も、一番の友達でいてくれると信じられる。
「……最後の一個は保証できないぞ……」
「あー。大丈夫だって、抜き合いの延長線上って思えば。俺は気にしないし」
「ん゛んん……」
赤面を覆っていた男は、今度は頭を抱えてしまった。
我ながら貞操観念はユルい方だと自負している。一方の颯真は、どうみてもカチカチの堅物だ。
アルファの体に戻れば俺は誰かに股を開くつもりはないし、フェロモンが出なくなるから颯真が惑わされることもなくなる。
関係は完全に元通りにはならないだろうが、お互いに恋愛感情があるわけじゃないし、何年か後には昔の過ちとして水に流して酒とか飲める関係になるだろう。
「颯真、いつかはオメガと番になるつもりでいるんだろ?」
「え、あぁ、いや……そう、だけど」
だよな。アルファに生まれればみんな一度は考える。
昼休みの屋上でも、颯真はオメガに興味がないとは言わなかった。
「んじゃ~将来のための練習だと思って。俺もオメガらしくがんばるからさ。こんなデカくてゴツいオメガいるか、ってのはナシな」
努めて明るく軽~く言って、ぱち、と下手くそなウィンクもつけてやる。
滅多に出会えないオメガといつか遭遇したとき、オメガの扱いを心得ていればきっと有利に働く。
生まれ持った高貴な雰囲気に加え、スマートで紳士な颯真を見せることができれば、並のオメガなら秒でオトせる。なんせ顔がいいからなこいつ。
颯真の輝かしい幸せ家族計画のための礎になることができて、ついでに俺は現在興味津々のエロ体験ができて、まさに一石二鳥。
そうなると尚のこと、この計画を誰かに邪魔されるわけにはいかない。
決行は明日だ。
「つきましては、俺は明日の朝からばっちりオメガだから。颯真もそのつもりでね」
「うーん、わかったようなわからんような」
「返事はハイ一択!」
「ハイ……」
間もなく母親が帰ってくるので颯真を帰宅させ、俺はすぐさま情報収集を開始した。
すべては俺と颯真の楽しい明日のためだ。
そのせいで宿題が出ていたことを次の日の朝思い出した。颯真に見せてもらおう。
玄関を開けると、ここ数日ですっかり見慣れた光景が広がっている。
門扉の傍らに立つ、すらりと均整の取れた体つきの男子高校生。
目鼻立ちの際立った、思わず二度見する美貌には成長過渡期の幼さはあまり残っていない。
「おはよ、ユキ」
そんな男が俺だけに微笑んで挨拶してくれるなんて絶景だ。
俺が本物のオメガだったら、高一のとき一緒のクラスになって仲良くなった時点でもう惚れてたかもしれないなぁ、なんて思う。
「おはよ颯真。さっそくだけど学校ついたら宿題写させて」
「やってないのか?」
「忘れてた。今日のための情報収集と準備に忙しくて」
そう言ったら、颯真は僅かに目元を赤らめた。
イケメンの赤面はいいものですね。
「往来でそういうこと言うな」
「え~そういうことってどういうこと? 何想像したの? 颯真のえっち」
「やめろって」
照れる颯真に頭をくしゃくしゃにされた。
時間がない中せっかく整えた髪なのに。お返しに颯真の髪もかき混ぜてやった。
「確認なんだけど」
「ん~?」
かと思えば、真剣に見つめられる。
ここ数日で友人の真面目な顔を一生分拝んだかもしれない。
「今日は一日ユキをオメガ扱いする、ってことでいいんだよな?」
「あー。颯真にその気があるなら。二度とないことだし、ちやほやしてくれていいんだぜ?」
「ちやほやされたいのか」
苦笑する颯真が、俺に手を差し出した。
ん、なんだこの手は。
「そういうことなら遠慮なくちやほやしてやるから。お手をどうぞ、お姫様」
どうやらこの男、相当オメガの扱いに自信がおありのようだ。
そっちがその気ならこの勝負、受けて立つ。
俺だってオメガっぽい振る舞いは勉強してきたんだ。一夜漬けだけど。
でもお姫様扱いしてほしいわけじゃない。俺はあくまで男オメガだからな。
「はいはい。ユキは注文が多いな」
呆れた声を出す割に、繋いだ手は解かれることなく駅までの道のりを進んでいく。
ふと、自分が白線の内側を歩いていることに気づいた。
颯真は道路側で、さりげなく行き先の角度を変えて、アスファルトのでこぼこや水たまりを俺が避けられるよう歩いてる。
やだ、何そのエスコート。ちょっとキュンときた。
デキる男はそういう所作すらスマートなんだなぁ。オメガの扱いに自信があるのも納得だ。今後の参考にさせてもらおう。
その後も段差に注意するよう手を引かれたり、細い道で歩行者とすれ違うときさりげなく肩を抱かれたりと、細やかに気遣われながら駅まで歩いた。
電車内で庇われるような体勢になるのももう慣れっこだ。
「俺の匂いって、今どう?」
鞄を前に抱えて颯真に問いかける。
電車の中ってうるさいけど、満員電車の端っこで恋人並にくっついてると小さな声でも案外聞こえるものだ。
俺の小声に合わせて、颯真も小声で返してくる。
「あんまり感じない、けどこの距離だと少しは」
「そっか。やっぱ市販品だと完璧にフェロモン抑えるのは無理なのかもなぁ」
「かもね。……いい匂いだ」
電車の中ですんすん嗅ぐのやめてください。
他人から見れば痴漢だと思われても仕方ないぞ。というわけで冤罪を防ぐために、颯真の腰に腕を回して知り合いアピールをしておいた。
あれ、これってもしかして知り合いというより恋人っぽい表現だろうか。
でも今日くらいはいいか。一日だけの恋人ってことで。
「なんか今日いつもより仲良いよな、おまえら」
昼休み。
斜向(はすむか)いでメシを食っていた友人にそう指摘され、俺は周囲を見回した。
友人は俺を見てる。俺と誰が仲良いって?
視線をさまよわせた先で、颯真と目が合う。俺と颯真のこと言ってるのか。
「俺と颯真はいつだってマブダチだし」
「はいはい。そうじゃなくて、物理的に距離近いっていうか、なんつーか」
「そーかぁ?」
改めて横に座るアルファの友人を眺める。
今日は風が強いので屋上ではなく、教室で昼飯だ。半分くらいのクラスメイトが室内で好き勝手机を動かして食事している。
俺たちも今日は4人組。二つの机をくっつけて、周囲から適当に椅子を拝借して車座になっている。
前の席から椅子を借りて座っている颯真は今日もイケメンだ。姿勢が良くて行儀も良くて、お弁当が美味しそうに見える。
「食べるか? タコさんウィンナー」
「んぁ」
了承の意味で口を開けると、颯真の弁当からタコさんが運ばれてきた。
近くでよく見るとゴマで目がついてる。凝ってるなぁ。
もぎゅもぎゅ咀嚼しながら友人を見ると、なぜか呆れたような顔をしている。
「それで距離近い自覚ないのかよ」
「いや待て、こいつらっていつもこれくらいの距離感じゃないか?」
「言われてみればそうかも……」
ウィンナーをよく噛んでいる俺と、口を挟む気がないらしい颯真が黙っている間に友人たちの疑義は解消されたらしい。
それ以降は特に中身のない会話が続き、最終的に颯真以外全員が5時間目の授業の宿題をやっていないことが発覚。
全員で颯真の答案を写させてもらうことになった。
「ところどころ答え変えたりしたほうがいいよな?」
「んな小細工してるヒマねぇって!」
いつも以上にミミズがのたくったような達筆でなんとか写し終えた俺たちを、颯真は終始苦笑いで見守っていた。
何食わぬ顔で宿題を提出し、時々眠気に負けながらも一日の授業を受け終え、颯真と一緒に帰宅する。
「颯真と雪、最近毎日一緒に帰ってね? 颯真部活は?」
「今ちょっと休んでるんだ」
「ふーん。まぁそういうときもあるよな」
俺の友人は皆なんというか、柔軟な考え方をする。
誰かの事情を執拗に聞き出そうとしたりしないし、深入りもしてこない。それでいて俺たちアルファを差別することはない。心地良い距離感を保ってくれている。テキトーとも言う。
その分、仲間に色恋沙汰の話が持ち上がると異常なまでに食いついてくるけどな。
友人たちは「ふーん」で済ませたことだが、俺は「ふーん」では済まない。
颯真が何日も部活を休んでいるのは俺のせいだから。
「ごめんな、颯真」
「え、何が?」
「部活、ホントは出たいだろ? 朝練も俺のせいで出られないし」
「ユキのせいじゃない。俺の勝手だ」
そう言われてしまうと俺はもう何も言えない。
でも安心してくれ。颯真の朝夕時間を拘束するのは、今日と来週の一日だけだ。
土日は登校しないから俺は家に引きこもってる予定だし、月曜は晴れて約束の「一週間後」その日となる。
やっと颯真を解放してやれる。
その前に今日これからビッグイベントがあるわけだけど。
「颯真、今日はこっち」
「え?」
定期券で乗り込んだ電車、いつもと反対側のドアの前に陣取った俺は、たった二駅で電車を降りた。もちろん颯真も一緒に。
降りた駅はこの辺で一番大きい繁華街で、歓楽街でもある。
「どこか買い物でも行くのか?」
「装備が足りなければ買ってもいいけど、違う」
「装備?」
俺は颯真を見た。
うちの高校は制服登校だけど、鞄は自由だ。
俺は普段肩掛けで、颯真はリュック。どちらも学校指定のものじゃない。
これならあとは、目立つブレザーを仕舞って上着を羽織れば、学生に見えにくくなる。
俺はいつもより膨らんでいるバッグから薄手の上着を取り出して颯真に渡した。自分でもパーカーを着込み、ワイシャツが見えないように襟元を調節する。
「これ着て。行くよ」
「だからどこに?」
なかなか察しが悪いな。
でもそっか。颯真はこういうことしたことないんだろう、真面目だから。
学生が見た目を取り繕って、放課後週末の歓楽街へ向かう理由なんてそう多くない。
「ラブホ!」
そう言って腕を引っ張ると、颯真は目を丸くした。
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