小石の恋

キザキ ケイ

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本編

04.摩擦

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 突飛な出来事のせいで、ぼくと至先輩はなんとなく疎遠に……は、ならなかった。
 むしろ先輩がぐいぐい来るようになった。
 これまでは週一回かそれ以下、メッセージが来たり、お出かけのお誘いが来たり、その程度だったのに。
 メッセージが数時間に一回来る。
 お出かけのお誘いは二日に一回来る。
 改めて確認したところ、ぼくと先輩の二人において、毎日暇なのはぼくだけであり、先輩は現役大学二年生でふつうに忙しいことがわかった。
 しかし誘われる。手を替え品を替え目的地を替え、ときにはぼくの知っている至先輩の取り巻き勢の名前を出し「会いたがっている」などと言う。
 至先輩単品のお誘いは断ることができても、知り合い、特に先輩の名前を出されると断りにくい。
 かといって実際会いに行って、至先輩がいないときに話を聞くと「俺が律紀に会いたがって? ……あぁ、まぁ、そうだね、うん」などと冴えない返事をされる。
 どう見てもぼくを家から引きずり出すために名義を使われている。ぼくは取り巻き先輩に友人付き合いを考え直したほうがいいと進言し、三分の二くらいの確率で苦笑されつつ同意してもらった。
 残りの三分の一の先輩には、こう言われた。

「それは律紀のほうなんじゃないの?」

 たしかにぼくも、人間関係を考えたほうがいい時期に来ているかもしれない。
 具体的には至先輩との距離感だ。
 先輩は忙しい。有名な大学に進学して、なにやら難しい資格を取る仕事を目指して一年次から計画的にやっているらしい。
 一方のぼくは、ちゃらんぽらんな自分でも行ける程度の大学に推薦で入り、とくに興味があるわけでもない学部でなんとか乗り切れればいいとしか考えておらず、将来のこともまったく未定。
 ちょっと不安になってきた……。

「バイトでもしようかな」

 若者世代の将来の負担について、なんていう暗澹たるテレビ番組を見ながらそうつぶやくと、父がそれならと仕事を斡旋してくれることになった。
 父の弟、ぼくから見て叔父はデザイナーで、数年前に独立して事務所を持っているらしい。そこの事務や雑用に雇っていたアルバイトの学生が就活生となるため、入れ替わりにひとり雇い入れたいとのこと。
 とりあえず体面だけでも履歴書用意して、と言われて証明写真を撮りながら、こんなとんとん拍子に進むことあるんだなぁと思う反面、父はぼくを叔父さんへ預けたかったのかもしれないと察する。
 叔父さんはとてもパワフルでエネルギッシュなひとで、ぼくとは正反対だから。

「バイトはじめるので、あんまり遊べなくなります」

 そう告げると、先輩はじっとぼくを見つめて席を立った。
 至先輩に連れられてきたお店はいつもと少し違って、渋い門構えの和食屋さん。おすすめのカツ煮定食がとてもおいしくて、いつものようにぼくのカツをひと切れ、先輩の天ぷらをひとつ交換した。ピーマンの天ぷらっておいしいんだなぁ。
 急いで味噌汁を飲み干し追いかけると、先輩は黙ったまま駅へ入り電車に乗り込んだ。仕方なくぼくも後を追う。
 至先輩は時折、本当にしゃべらなくなってしまうので、ぼくは黙ってついていったり、せいいっぱい彼の考えを想像したりしなければならなくなる。正直ちょっとめんどくさいこともある。
 でも先輩がそうやって黙っているときはなにかを深く考えているときなので、邪魔しないようぼくは気配を消す。
 ちなみにぼくが黙るのはしゃべるのが億劫なときだ。なんにも考えてなんかない。
 今回もとくに何を考えるでもなく、ぼんやりと先輩について行った先は、降りたことのない駅だった。先輩は迷いなく歩いていく。
 やがてたどり着いたのは、一棟のマンション。迷いのない先輩。戸惑うぼく。

「入って」

 大きく開けられたドアをおそるおそるくぐると、そこは至先輩の部屋だった。
 なんのことはないひとり暮らしのお部屋。玄関とキッチンとお風呂とトイレ、ドアの向こうに一間のリビング。最低限の生活感漂う1KのK部分には色々とものや家具があるけれど、部屋のほうにはあまりものがなく、大きな本棚とデスクと、かなり大きなベッドがあるだけ。殺風景だ。
 大学生のひとり暮らしにしてはちょっと広めな気はする。
 どでかいベッドがあってもそこそこ広さが残ってて、収納家具がまだ置けそうだし、二人くらいなら住めそうだ。

「リツ、いっしょに住も」

 なんと先輩も似たようなことを考えていたらしい。

「スペースが余ってるから?」

 思いがけず広い部屋に入居してしまい、スペースが余っているのでその分に住人を詰め込んで、家賃を浮かす。そんな構造を思い浮かべる。
 ぼくもちょうどバイトを始めることだし、これを機に家を出てシェアハウスと洒落込んでも良いかもしれない。しまった、ただついてきただけだから路線を見てない。バ先から通いやすい立地だといいけど、乗り換え一回くらいならあるいは。
 複雑怪奇な都会の乗り換えを脳裏に思い浮かべていたら、先輩に軽く手を引かれた。
 引っ張られるままベッドへ連れていかれ、横並びに座る。

「リツ、聞いてくれるか」
「はいどうぞ」
「俺はできれば、今までと同じかそれ以上にリツといっしょにいたい。進学とアルバイトで会えなくなるというのなら、ここに住んでほしい。わかるか?」
「なるほど」

 家賃を浮かせるためにぼくを住人にしたいのとは違うらしい。
 そういうことなら、と頷こうとして、先輩が手のひらを掲げた。なんだこれ。大仏?
 なんとなくぼくの手を大きな手のひらに重ねてみる。中指が長い。一センチくらい違うかも。指の太さも違う。ぼくの手のひょろひょろしたことといったら。
 立派な男の手に感心していたら、先輩が深く溜め息を吐いた。どしたの。

「手の大きさ比べじゃないよ、リツ。ほんとこういうの自然にやるんだからな……」
「やらないよ、ふつうは。先輩の手がおっきいから」
「……俺以外にはやらない、ってこと?」
「たぶん」

 たぶんかよ、と先輩は苦笑して、きゅっと手を握られた。

「俺が強く言えば、リツは深く考えずに了承しそうだから、よく考えてくれ」
「かんがえる?」
「俺が、どうしてリツといっしょに暮らしたいか、わかる?」

 まるで子どもに言い聞かせるように尋ねる先輩に、そういうことかと思考する。

「家賃の問題じゃないんだよね?」
「そうだね」
「誰でもいいわけでもない?」
「リツがいい」
「ぼく? うーん」

 なんだか水平思考パズルみたいだ。家賃を補填したい、いいえ。同居人はぼくがいい、はい。うーん。
 ぼくじゃなきゃいけないなんてことは全然思い浮かばない。
 先輩を昔から知ってる人がいいとか。いやでも、先輩は威圧感があって顔が怖いわりに人を惹きつけるので、従順な同居人なんてよりどりみどりだ。それこそ男でも女でも。あ。

「先輩、彼女にふられたの? さみしくなった?」

 ぼくはひらめいてしまった。こんなひらめきっぷりはそうないくらい、すべてのピースがぴたりとはまる。
 妙に寒々しく空いた部屋のスペース。ぼくに構ってくる頻度の上昇。
 彼女がいれば、後輩にこんなに絡むことはないだろう。
 それらの材料はすべて、先輩のさみしい現状を示している。
 先輩ってば、引く手数多の爆モテだから、逆にふられるとどうすればいいかわからなくなったんだな。
 名推理に我ながら満足していると、先輩が急にぼくの頭を鷲掴みにしてきた。そのまま髪をかき混ぜられる。頭もぐわんぐわんと回される。

「なんでそうなる」
「えー。だって先輩爆モテ男なのに、今彼女いないんでしょう?」
「いねぇけど、最近だけの話じゃないっつの」
「え、そうなの。結構前から?」
「そ。もう何年も相手なし、さみしーよ俺は」

 そうだったのか。あの伝説のモテ男が。
 いよいよ女の子にモテすぎて女の子が嫌になっちゃったのかな。もしくは飽きたとか。とんでもない人だな。
 先輩はぼくの手をまだ握っていて、もにゅもにゅと揉んでいる。ちゅ、とされることもある。
 ずっと人恋しいからこんなことをするんだな。男のぼくにこんなことをするくらいなんだから、そうとうさみしいんだろう。
 なんだかかわいそうになって、ぼくは先輩の髪を撫でた。今は深い青に水色のメッシュが入っている短髪で、指に絡んで抜けた毛も青だ。

「リツだけだ」

 ぼくの手の甲にちゅ、として、先輩の目がぼくをまっすぐ射抜く。
 至先輩は髪の色は変幻自在にいじりまくるのに、目の色は変えない。眼鏡もかけてない。
 他のひとより少し薄いブラウンの瞳が、ちょっぴりさみしげにぼくを捉える。

「もう俺は、リツだけだよ」

 こんなにも一直線に見つめられたら……目を逸せない。
 かたこと、と。
 蓋をしていた心を、おっかなびっくり覗きこむ。

「先輩は、女のひとにすっごくモテて」

 ことり、と小石の動きがごとく、音を立てて鳴る心臓に、いつから気づいていたのだっけ。

「背が高くて細くてきれいな、年上の女のひとがいいんでしょう?」

 背は伸び悩み、年下で、きれいでもない、なんの変哲もない路傍の小石じゃ、戯れに転がしてもらえたとしても、すぐに飽きられてなかったことにされる。
 小学生が通学路で蹴り転がして、いつしか排水溝に落ちるみたいに。

「ぼくに構っていたのは、めずらしいからとか、毛色が違うからで」

 あなたはぼくを忘れるでしょう、一度転がしただけの小石なんて。
 でも小石はずっと忘れられないかもしれない。たった一度だけでも、自分を転がしてくれたひとのことを。
 排水溝の底から届かない地上を見上げて、水と月日に流され朽ちるまで。

「ぼくに触れるのは、さみしいからとか、溜まっていたからで」

 忘れられなくて苦しみたくない。それなら最初からなにも感じないほうがいい。
 気まぐれを特別にしない。変化は一過性に、戯れは日常に、溶かして薄める。
 所詮小さな小石が、大事に拾い上げられてポケットに入れてもらって、おうちに持ち帰ってもらえるなんて、だいそれた夢見てはいけない。
 そう己を律して、決して心を揺らさずに、ことりと鳴ることがないように、ずっとずっと、蓋をし続けた。
 至先輩が痛そうな顔で「ごめん」と言い、そっとぼくを抱き寄せても、ずっと蓋をされてきた心はもう鳴らない。

「ごめん、リツ。言葉を惜しんで、傷つけてごめん」
「傷ついてなんかないよ、先輩」
「好きなんだ。ずっとリツだけが好きだ」
「ちがうよ先輩。そんなのはちがう」

 揺れるのも震えるのも疲れ果ててしまった。
 小石はもうなにも期待しないことに決めたんだ。

「先輩には年上の美女が似合うよ。ぼくじゃないよ」
「俺はリツがいい」

 痛いくらいに抱きしめられても、悲しそうな声で愛を囁かれても、小石は決して都合のいい未来を信じたりしないんだ。
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